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産業革新投資機構の社外取締役の辞任コメントから見る日本の問題点

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産業革新投資機構の民間取締役全員が辞任表明をしました。

一部報道では、役員の報酬で経済産業省と対立したとされていますが、辞任理由はもっと根本的なものです。

今回は、社外取締役が辞任表明に際してコメントを発表していますので、その全文を掲載します。報道されている内容よりも正確に理解出来ると思います。

また、これだけの立場、経験のある方達が、かなりの本音を公式文書で語っていることも珍しいでしょう。日本の問題点の一端が理解出来るのではないでしょうか。

 

経済産業省リリース

まずは、経産省のリリースコメントを見ておくことにしましょう。

株式会社産業革新投資機構から申請のあった「平成30事業年度産業革新投資機構予算変更の認可について(申請)」に関して認可しない決定をすることについて
2018年12月3日

経済産業省は、平成30年11月28日(水曜日)に株式会社産業革新投資機構から申請のあった、「平成30事業年度産業革新投資機構予算変更の認可について(申請)」について、12月3日付けで認可しないこととする決定を行いました。

〈認可しないこととする理由〉
官民ファンドの運営に当たっては、「官民ファンドの運営に係るガイドライン」(平成25年9月27日官民ファンドの活用推進に関する関係閣僚会議決定)にあるとおり、監督官庁及び出資者としての国と各ファンドとの関係については、密接に意見交換を行いながら進める必要があるとされています。
経済産業省と機構は、これまで報酬水準について協議を重ねてきました。その中で、平成30年11月27日(火曜日)に届出のあった「役職員の報酬・給与等の支給の基準」の内容では経済産業省として受け入れられない旨明確に説明しました。しかしながら、継続中の協議を機構の代表取締役社長 田中 正明氏が一方的に打ち切り、機構が調整未了の報酬水準を前提とした予算の変更認可を申請したことは誠に遺憾であります。

これが、経産省のリリースです。

 

坂根取締役会議長の辞任コメント

次に坂根氏の辞任コメントを掲載します。

取締役会議長・社外取締役
坂根 正弘
私は下記事由により残務の整理がつき次第、辞任することと致しました。

今回の混乱(出資者である官側と JIC の経営陣との間)の経緯はともかく、官側の提案に基づいて取締役会で正式決議したことを根底から覆されたことと、両者間の信頼関係が修復困難な状況の中で、今後取締役議長としてガバナンスを遂行することに確信がもてなくなったことによります。

【補足】

今回の任務の打診を受けた時、私としては日本における民間のリスクマネーの供給が非常に少ない中で、なんとか国の資金でこの動きを誘発することができないかと思っておりました。特に私自身、この2年間、「全国レベルでの産官学金の連携による大学振興」の政府の仕事に携わる中で大学発のベンチャーの活性化に関心が強くなっておりました。

しかし、この国では、特に地方の金融機関がこういったリスクマネーの供給者になりえず、当面は官の資金でリードするしかない。しかし、資金以前の問題として、この国がグローバル規模の最先端の成長産業に対する知見、目利き能力、投資ノウハウに劣っていることへの取組みが第一歩と思っておりました。
そこで私自身にはこういった能力がないので、JIC の社外取締役としてなら何とか貢献できるのではと思い引き受けた次第です。
JIC の第一歩として前述の日本のベンチャー投資に対する能力アップのためにも、米国のベンチャー投資から始めることに私自身も関心を持ち、JIC-US の立ち上げを最優先で取り上げ、短期間で有能な人材を確保し、ベンチャーのスキームの政府認可を得ることができ、いいスタートができたことに喜んでいたところです。

しかし、今回の混乱の根本原因が日本型の最終決定権者が不明確なボトムアップ意思決定プロセスにあったとすれば、人材確保と意思決定スピードが勝負を決める米国社会で成功を期待することは難しく、私が失望したのは、この点にあります。
今後、JIC が新たな体制でスタートする場合、私の考える上記の課題を何とか解決できる方向に強化して頂くことを切に願うものです。

 

冨山取締役の辞任コメント

以下、他取締役のコメントを掲載します。

報酬委員会委員長・社外取締役
冨山 和彦

本日、私は以下の理由で(株)産業革新投資機構(以下 JIC)の社外取締役の職責について辞意を表明いたします。

JIC は、我が国のリスクキャピタルの機能、取り分け大きなイノベーションを促し経済成長をドライブするための様々な長期的リスク投資機能が、質・量ともに世界に比べて圧倒的な差をつけられている状況を挽回すべく、海外の巨大ファンドに対抗しうるグローバルトップレベルの政府系長期リスクキャピタル投資機関を目指すという政策趣旨に賛同して、社外取締役を引き受けました。
しかし、この数か月の経緯をみるに、官の側との丁寧な調整を積み重ね、会社法上も産業競争力強化法上も適法かつ適正な手順によって合理的に取締役会で決定した事項について、当初、論点になっていた報酬の問題だけでなく、広範な事項について後から覆されるリスクが高いガバナンス実態、意思決定メカニズムになっていることが露呈しました。世界的なリスクキャピタルの競争の舞台は、法的な適正手続きや約束事への信頼、そしてその前提で自らの能力と裁量でスピーディかつ果敢に職務遂行し、その結果に対する厳しい成果評価に規律され処遇されるプロフェッショナリズムへの信頼で成り立っています。しかし、今回の騒動の経緯、それが公知となっている状況に鑑みるに、JIC と言う投資機関はそうした法的安定性や信頼度が低い、あるいはプロフェッショナルな投資スタイル、処遇スタイルの実現が難しい組織であると言う見方が、日々、世界的に強まっていく事態となっています。
まことに残念なことですが、これでは内外のトッププロフェッショナルを集め、また世界トップレベルのエリート・リミテッドパートナー(主にリミテッドパートナー(LP)と言う立場で資金運用を行う機関の中でも長期的な実績と規模において世界的に尊敬されている機関投資家)やエリート・ジェネラルパートナー(LP 投資家から資金を預かり直接の投資や運用を担うプロフェッショナルまたはプロフェッショナル組織のグローバルな一流どころ)と組んで仕事をすることは今後、極めて難しいとみるべきでしょう。すなわち当初の理念であるグローバルトップレベルの政府系長期リスクキャピタル投資機関の実現は非常に難しくなったということです。私自身も、かかる意思決定メカニズムの中でこの状況を挽回し、世界のトッププロフェッショナルコミュニティにおいて JIC の信用を取り戻すことに貢献できる力を持ち合わせているとは思えません。
まさに JIC がやろうとしていることの先行ロールモデルファンドづくりについては、バイオインダストリーの世界的なレジェンドであり、現役のトップキャピタリストでもある金子恭規さんが、田中社長の尽力もあって JIC の副社長に就任してくださる僥倖があり、「日本国の未来のためなら」という心意気で、その圧倒的な実績と信用、ネットワークをフルに活用した獅子奮迅の活躍のおかげで、普通ならあり得ないような豪華かつ若手で働き盛りの GP メンバーのリクルーティングに成功し、米国、西海岸にバイオベンチャーファンドが認可・設立されたところでした。この進展に社外取締役一同も、本当に大きな希望と期待を抱いていました。しかしこれとて、一連の騒動を経て、また、JIC 側の執行部体制も大きく変わる可能性が高いなか、現在の様なグローバルスケールの超一級 GP メンバーを維持することは極めて難しくなるのではないか、と思うと、かえすがえす残念です。千載一遇、いや一期一会とも言うべき、世界のベンチャー投資の頂上領域へ一流プレーヤーとして日本ベースの組織がアクセスするチャンス、そこで学び成長した多くの人材が将来、世界的なプレーヤーへと飛び立っていく可能性、そうした人材が日本全国のベンチャーを世界的レベルで活性化してくれる可能性を私たちは失おうとしているのかもしれないのですから。

以上、当初、賛同した理念、組織目的の成就が極めて困難になってしまった今、私がこの職にとどまる意味はなく、また自らの能力で貢献できる役割もなくなります。本日、辞意を表明したうえで、辞任時期については、残務処理の完了後、特に米国西海岸のファンドを含め、従来の方針で進めてきたものの、この状況を受けて継続が困難になるかもしれない事項の収拾を、執行部が速やかかつ円滑に行い、訴訟などのトラブルを回避または最小限化して、この騒動による、国際的なリスクキャピタルコミュニティーにおける JIC に対する信頼棄損の拡大を可能な限り回避することを見届け次第、本職を辞任致します。今、何よりも優先すべきは、本日を境に状況を正常化させ、これ以上の信頼棄損を回避することです。

最後に、願わくは、関係当局におかれては、この困難な状況を何とか大挽回し、本来の理念を目指せるような新体制を構築されること、そしてこの騒動を通じて、

① 世界クラスの政府系リスクキャピタル投資機関を作るという高い理想を掲げた試みがなぜこうした展開になってしまったのか(同じく「国民感情」にさらされる民主主義国家であるノルウェーやカナダなどでは、なぜそれが可能なのか

② 政策的にリスクキャピタル供給を目的とした官民ファンド一般について、なぜ必きずしもうまく機能しない状況が続いているのか

③ さらには民間にも通底する問題として、リスクキャピタル投資機能について、世界有数の資本蓄積国である我が国から、なぜグローバルに一流なプレーヤーが現れず、むしろ世界との差がどんどん広がる一方なのか

について、本質的な問題点に関する真摯なレビューが行われ、後型となっている(株)産業再生機構の中核的な創業かつ執行責任者であった立場からも、そのレビューへの協力を惜しまないつもりです。

 

星取締役の辞任コメント

社外取締役
星 岳雄

私は、今年9月の発足以来、産業革新投資機構の社外取締役を務めてまいりましたが、
本日以下の理由により辞意を表明します。

私は、特に金融の面から日本経済を過去35年ほど研究し、カリフォルニアの大学で教育・研究に携わってきました。私の研究の一つの大きなテーマは、高度成長を遂げた日本経済がその後停滞してしまったのはなぜか、そして成長を取り戻すためには何をやらなければならないかということで、長年の共著者であるシカゴ大学のアニル・カシャップ教授といろいろなところで論文にまとめてきました。簡単にいうと、日本経済は、1970年代後半には追い付き型の経済成長が終わり、イノベーションを通じた生産性の上昇が不可欠な時代になりましたが、高度成長期のメインバンク制、終身雇用制、産業政策といった追い付き型成長に適した経済システムは、イノベーションと創造的破壊を成長の原動力とする先進国での経済成長には適さないものになった、ということです。新しい経済システムを模索しながら、それに必要な改革・変化が進まなかったことが、過去20年以上にわたる日本経済の停滞の原因です。

日本政府、特に経産省は、イノベーションの重要性を1980年代には理解していて、日本でそれをサポートするようなエコシステムを作るべく、努力してきました。ただし、その手法は旧態依然とした産業政策で、上手くいくはずのないものでした。先進国の事例を見れば、どの産業を育成すれば効果的かわかるという追い付き型の成長が終わった後は、政府がイノベーションを促すことなど不可能だったのです。
そのような成功するはずのない政策の一つが官民ファンドです。実際、官民ファンドは、金融危機の後の企業再生を手がけた産業再生機構を例外として、成果をあげることができませんでした。産業革新機構も、イノベーションの推進を目指すと言いながら、実際は不振企業の救済に多くの資源を投入してしまいました。
しかし、去年経産省が立ち上げた「第四次産業革命に向けたリスクマネー供給に関する研究会」の委員として、議論に参加し、産業革新機構が産業革新投資機構に改組されると同時に、田中正明氏を中心に金融のプロとして世界的に信頼された人達を経営陣に揃えるのを見て、もしかしたら、日本の政府・経産省も、旧態依然とした産業政策から離れて、日本の成長を取り戻すための政策に真剣に取り組み始めたのかと思い、そのような新しい取り組みを助けたいと思い、社外取締役を引き受けました。
ここ1ヶ月程に渡る展開は、私の日本政府が変わったという判断が間違っていたことを示すのに十分でした。一見するとわかりにくいかもしれないが日本経済のためになる政策を国民に納得させる役割を引き受けるべき政府が、「国民の相場観に合わない」という理由で、一度了解した報酬形体を(報酬委員会との相談も無しに)引っくり返し、投資基準を(これも産業革新投資委員会の外で)政府の都合の良いものにしようとする動きから、産業革新投資機構も今までの官民ファンドのように救済機関として使われるようになる可能性が高いと判断するようになりました。
私の研究でよく知られているものの一つに、ゾンビ企業の研究があります。業績が悪いために正常な競争状態では市場から淘汰されるべき企業を、政府などが救済するなら、新規参入は阻害され、優良企業の拡大を妨げられ、全体の経済成長は低下してしまう、というものです。産業革新投資機構が、ゾンビの救済機関になろうとしている時に、私が社外取締役に留まる理由はありません。
残念なのは、産業革新投資機構の現経営陣が目指した、世界に通用する政府系のファンドを作ることによって日本のイノベーションに貢献する、という目標が達成されず、その結果として、日本の成長率が今後も停滞する可能性が高いということです。日本は豊かな国なので、成長率が上がらないことの弊害は見えにくいかもしれません。しかし、日本は(もっとイノベーションが活発になれば)いまよりもより豊かになれるのです。
その実現に日本を一歩近づける可能性を持っていた産業革新投資機構の今後が、経産省の方向転換によって不透明になってきたことのコストは大きいと考えられます。
辞任の時期については、JIC の残務処理などの円滑な実行に支障が生じないように、他の社外取締役の方々と相談して決めたいと思います。

 

保田取締役の辞任コメント

社外取締役
保田 彩子

私は、下記の理由により、残務の整理がつき次第、社外取締役を辞任することと致しました。

産業革新投資機構の発足にあたって、私が社外取締役として機構の仕事に参加させて頂こうと決めたのには、三つ理由がありました。
第一は、JIC の投資フォーカスがベンチャーキャピタルとプライベートエクイティであり、私のその分野を専門とする金融学者としての知識、経験が実際に機構の業務に具体的に関与するものであることから、 何かの役に立てると予想されたことです。第二は、GPIF の近年の改革のスピードなどを見ていて、JIC を政府系長期投資ファンドとして成功させるのに必要とされる、 仕組みの変化を受け入れる姿勢が政府側にあると思われたことです。第三は、日本人として日本のイノベーションファイナンスをグローバルスタンダードに近づけ、育てることで、日本経済の競争力を高めるのに少しでも貢献できるのは、個人的に意義深いミッションだったからです。
しかしながら、JIC が発足して数ヶ月経った現在の状況を鑑みますと、第二の条件が整っていないことが明らかとなりました。日本のイノベーションファイナンスは、投資規模、またベンチャーを支援するエコシステム共に未熟であり、将来の 産業のグローバルリーダーに初期投資するマーケットとして世界の機関投資家に認知されるには至っていません。それを可能にする環境構築のためにはグローバルな人材を国内外から集めることが不可欠です。そしてそのような人材に日本の官民ファンドの下で働きたいと思ってもらうためには、ルールベースの、法、契約に基づいたガバナンスを保証しなくてはなりません。なぜなら、(特に国際)ビジネスは契約に基づいて信用が構築されていくものだからです。一旦文書を交わしたら、たとえ誰であっても法の下の一法人格で交わした相手と同レベルの法律上の扱いを受ける、それを保証できるということが法治国家であると思います。
JIC は発足以来、政府からの提案を取締役会で決議し、それに基づいた報酬体系を報酬委員会内で論議し作成した上で、認可を受けた第一号西海岸ファンドの発足の為にアメリカでの人材確保に努めて来ました。それは政府が出した文書を、プロフェッショナリズムに基づく、政府内部の調整を経たものとして信頼して取った行動でした。その結果、第一号西海岸ファンドに素晴らしい人材が揃ってきて、日本とシリコンバレーのバイオテクノロジーを繋げる、稀有な機会が訪れたかと思われました。
しかしながら、一旦交わし決議も行なった文書を事後に法律上何の問題も発生していないのにも関わらず白紙に戻すという展開となり、法、契約に基づくガバナンスが保証されないことが明らかになりました。このガバナンスの保証なしには、政府系長期投資ファンドとして、国内外の民間から人を雇い、 投資パートナーを募り、企業に投資して成功することは困難極まりないと思われます。いつ政府の行動がどのようなロジックで変わるか予測できない、そのリスクは機関投資家を敬遠させるものであリ、長期投資ファンドとしての JIC の 信用力を致命的に落とすものであります。
私の金融学の研究で最も良く知られているものに、ベンチャーおよびプライベートエクイティファンドの管理報酬(フィー)と業績報酬(キャリー)の期待現在価値を、個々のファンドの報酬契約のデータを用いて推定したものがあります。それによると、一般の予想に反し、管理報酬額は業績報酬額の約二倍でした。また、ベンチャーやプライベートエクイティファンドの業績報酬とは 、実際に実現した(エグジット時点での)利益額に連動している為、毎年パフォーマンスに関係なく管理資産の一定のパーセンテージとして支払われる(よって投資家リターンを確実に低下させる)管理報酬と違い、業績の出ないファンドには一切払う必要のないものです。そして業績報酬が高額に支払われるシナリオとは、必然的にファンドの投資家への実際のキャッシュ返還額も高いシナリオであり、その返還額の一部をキャリーに当てることにより新たに投資家自身の資金が使われることはない仕組みになっています。よって、投資家のリターン最大化の為に効果的なのは、業績報酬の最大額を抑えることではなく、管理報酬を潤滑なファンド運営上必要最低限のレベルに抑えることであることがわかリます。このため、最も交渉に長けている国際機関投資家(年金、ソブリンファンドを含む)は、特に大型プライベートエクイティファンドに対して 管理報酬のパーセンテージのレベルを下げるよう交渉し、様々なスキームにより管理報酬の事実上のパーセンテージは過去10年下がる傾向にあります。それとは対照的に、連動報酬の最大額を抑えようという圧力は日本以外では見られません。ファンド契約書で、ファンドの実現リターンに連動させることを明記し、ファンドの業績を監査することにより、 世界の投資家はファンドマネジャーとファンドのリスクと運営の成果を効果的にシェアリングするスキームとして長期連動報酬(キャリー)を採用しています。大切なのは、キャリーの年間最大額を抑えることではなく、抑えることによってキャリーが業績と非連動した隠れた報酬として独り歩きする結果、差額を先送りして事後払う際に投資家の資金を新たに使う結果とならないことです。

私個人としては、キャリーや長期業績連動報酬については自分の研究トピックでもある為、これから第二号、第三号ファンドを設立して行く過程で、きちんと個々のファンドと全体の管理および業績報酬体系を整えていき、開示をして恥じないような整合性のあるスキームを作って行く作業に参加したいと思っていた矢先にこのような展開となり、社外取締役が過半数で構成される報酬委員会の仕事を報酬委員会に任せて頂けなかったことが誠に残念であります。
結論として、日本のイノベーションファイナンスの振興に貢献したいという熱意に変わりはないのですが、JIC でその活動を行う最低必要条件が整っていないことが明らかになったことから 、辞意を表明致します。残務の処理については、坂根議長始め 取締役各位と共に協力し速やかに行うものと致します。

 

和仁取締役辞任コメント

社外取締役
和仁 亮裕

私は、下記の理由により、株式会社産業革新投資機構(JIC)における社外取締役としての残務の整理がつき次第、社外取締役を辞任することと致しました。

私が JIC の社外取締役としてその運営をお手伝いしてきたのは以下のような経緯があります。

1.わが国では、「貯蓄から投資へ」というスローガンが、ずっと政府により提唱されてきましたが、一般国民のみならず、企業においてもリスクマネーとしての投資を行う意欲は乏しく、それが、人口の高齢化とその減少というネガティブな事実とあいまって、日本の産業の衰退、企業家精神の脆弱さ、ベンチャー企業の少なさという事態を招いているという指摘がされて来ました。政府系長期投資ファンドである JIC の設立は、日本におけるリスクマネーの供給の先導者としての役割を果たし、他の民間企業によるリスクマネーの活性化を図るということを目的とするものだったと理解しております。そのために JIC は同種の民間ファンドの市場レート以上の収益を目指し、補助金的な投資は行わないことを標榜しておりました。つまりわが国内外の民間ファンドと同じ土俵で戦い、勝ち抜くことを目的としておりました。これは、日本の将来にとってよい結果をもたらすのは明らかです。
2.また、JIC は国内外におけるリスクマネーの供給により、日本の地方や海外における将来性のある新規事業に投資し、それによりわが国の産業の発展に寄与することも目的としておりました。この一つのやり方として、わが国企業がJIC と共同投資者になるということも計画されておりました。つまり、JICは、単なる利益の追求だけでなく、政府系長期投資ファンドとして日本の国益のために積極的にかかわっていくことも予定しておりました。
3.このような JIC の多様な活動を実現するためには、経営陣、実行部隊に国際的な視野と活動能力、活動実績のある人材を確保する必要があります。そして、現在の JIC の経営陣、実行部隊は、このような要件を満たすグローバル・クラスと呼べる人々を配置し、国際的、国内的にも、知名度と信用の高い人々を集められました。いわば、この分野におけるドリーム・チームが出現したと感じられ、私もそのお手伝いを是非したいと感じました。このような人々を集めるには、やはり国際的な競争市場で一般に採用されている報酬を提供しなければならないのは、一般常識だと考えられます。経済産業省が示された役員の報酬体系はこの要件を満たすものでした。私個人としては、役員の能力、役員の引き受けている事業リスクから言って、不当な高額報酬という批判は当てはまらないと思います。
4.JIC は産業競争力強化法、株式会社法の規定に従って、報酬委員会を設置し、経済産業省が示した役員の報酬体系をその会社規定の中に取り込みました。また、同様に、認可を受けた第一号西海岸ファンドの設立に向けて米国での人材確保作業を開始しました。周到に準備してきた結果とはいえ、非常にスムーズで、スピーディな船出だったと感じました。
しかしながら、経済産業省は自らの意思で申し込み、提示した報酬体系が経営陣によって一旦承諾された後で、その撤回・無効を主張し、信頼関係が破壊されたと主張されています。株式会社として、JIC が産業競争力強化法、株式会社法の枠内で多数派株主である経済産業省の意向を尊重しなくてはならないのは当然ですが、すでに有効に成立した私人との契約の効力について、このような主張をされるのは、法治国家の政府機関として、法律的に納得を得られるものではありません。契約発効後に契約の内容を変更する必要が生じることはよくあることですし、その場合には、存在している契約の有効性を前提として解決を図るということになります。一方、当事者にとって問題の生じた契約の効力を、今回のように、(報道されているところによると)頭ごなしに否定し、相手方当事者の辞任を要求することは法律的に無理があると判断いたします。国際的にも、日本国は、一旦有効に成立した契約の合意を平気で否定する国だと捉えられても仕方ないと考えられます。この事態は国の信用にかかわる深刻さを持っており、経済産業省は一般的に説得力のある説明を準備しておくことが必要だと考えられます。
このような経済産業省の対応については、いかに日頃尊敬を持って接している役所であっても、残念ながら同意することはできません。そして、そのような意見を持って社外取締役としての業務を継続していくことには、困難を感じざるを得ませんし、株主である経済産業省から信頼関係に悖る行為であると言われても仕方ないと考えます。
日本における政府系長期投資ファンドのお手伝いをしたいという気持ちにはまったく変わりないのですが、以上の理由に基づき JIC における残務の整理が完了し次第、社外取締役を辞任させていただきます。

(以上、産業革新投資機構ホームページ開示資料から引用 https://www.j-ic.co.jp/jp/news/pdf/JIC_ExternalDirector_20181210.pdf)

 

所見

「今回の混乱の根本原因が日本型の最終決定権者が不明確なボトムアップ意思決定プロセスにあった」と筆者も認識しています。

政府の行動が、どのタイミングで、どのようなロジックで突然変わるか分からない、というのは様々な問題を生みます。

そして、日本においてはプロフェッショナルを正当に処遇しないという問題も顕在化しています。

プロフェッショナルを正当に処遇しない、それを受け入れない国民性(マスコミが作っているだけかもしれません)の問題は、日産のゴーン元会長の報酬事件でも表れています。

意思決定プロセスの問題、プロフェッショナルの処遇の問題は、政府に限った話ではありません。多くの日本企業でも同じでしょう。

日本はこれから本格的な人口減少、労働力不足の時代を迎えます。日本国内の論理だけでは衰退を迎えるだけになるのではないでしょうか。

今回の産業革新投資機構の民間取締役の辞任劇は、日本の問題の一端を浮き彫りにしたということです。