銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

日本の資産運用業界の問題点

我々が投資、資産運用について考える機会は近年増加の一途をたどっています。

SBI等のネット証券の台頭、NISA・iDecoといった制度の創設、会社でのDC制度導入、老後の資金不安、日本の年金制度への信頼低下、FIREへのあこがれ等、様々な要素が絡み合い、この20年で投資は過去に比して身近になったものと思います。

この投資・資産運用ですが、日本の資産運用業界には、以前から問題が指摘されてきたことがあります。この数年、金融庁はこの構造的な問題にメスを入れようとしており、今回発表した資料ではそれが更に浮き彫りになっています。

日本の資産運用業界が改善されていくことは、我々にとっては望ましい変化です(既存金融機関は困るかもしれませんが)。

日本の資産運用業界の何が問題なのか、今回は皆さまと確認していきたいと思います。

 

金融庁が発表したレポート

金融庁は2023年4月に「資産運用業高度化プログレスレポート 2023」を発表しました。

このレポートの前文には以下の記載があり、金融庁が認識している日本の資産運用業界の問題点を端的に説明しています。

昨年 11 月、内閣官房に設置された新しい資本主義実現会議において、「資産所得倍増プラン」が決定された。「資産所得倍増プラン」では、わが国の家計金融資産の半分以上がリターンの少ない現預金で保有されている現状に鑑み、家計・個人の資産形成を支援し、長期的には資産運用収入そのものの倍増も見据えて政策対応を行うこととしている。
具体的な取組みの柱として、2024 年からの NISA 制度の抜本的拡充・恒久化や金融リテラシー向上に向けた金融経済教育推進機構の創設が掲げられ、関連法案が今国会に提出される等、政府による「貯蓄から資産形成」に向けた環境整備が進んでいる。
他方で、「貯蓄から資産形成」を着実に推し進めるには、税制上の優遇措置や金融教育面の後押しのみならず、わが国の資産運用業が専門性と透明性を向上させ、国民の尊敬と信頼を得ることが必要である。
しかしながら、銀行や証券会社など、わが国における運用商品・サービスを提供する金融機関(以下、「販売会社」という。)については、時として、販売手数料獲得を目的とした顧客本位ではない販売行動が見受けられる。また、資産運用会社については、大手金融機関グループに属している社が市場で高いシェアを占め、経営陣の選任、商品の組成・販売・管理(プロダクトガバナンス)、議決権行使等の様々な場面でグループと顧客との間に利益相反の懸念が生じやすい状況にある。
加えて、わが国では、資産運用会社の「事務」と「運用」、販売会社の「商品提供」と「アドバイス」が、同じ組織内で一体的に運営されることが一般的であり、同一の機能間の競争が十分ではなく、各機能の専門化・効率化が、米国や英国等と比べて遅れているようである。
家計・個人への運用商品の情報開示も十分ではなく、中立的な第三者による運用商品の比較や評価も充実していないため、家計・個人と資産運用業界との情報の非対称性は大きく、牽制が働き難い状況にある。
(出所 金融庁「資産運用業高度化プログレスレポート 2023」)

これが金融庁の認識です。

以下では、この課題認識をもう少し深堀していきましょう。

 

資産運用会社の経営トップについて

まずは、資産を実際に運用する資産運用会社の経営トップについての問題意識です。以下のグラフをご覧下さい。

(出所 金融庁「資産運用業高度化プログレスレポート 2023」)

日本の大手金融機関系列の資産運用会社では、2022年12月末時点で、在任期間が「3年未満」の経営トップが多く、グループ内他社からの異動後、「3年未満」で経営トップに就任する例が多いことが分かります。海外の大手資産運用会社では、在任期間が「5年以上」の経営トップの割合が多く、「勤続10年以上」の内部昇進の割合が高いに比べるとその傾向は際立つでしょう。

日系大手は、資産運用会社としての成長よりも、グループ内の人事上の処遇を重視しているとの懸念を持たれるおそれがあると金融庁は指摘していますが、これは端的に言えば「素人が資産運用会社の経営トップをやっているからダメなんだ」と指摘しているということでもあります。

日系大手の資産運用会社は、資産運用会社での勤務経験(受託資産運用部門を含む)が「20年以上」の経営トップもいますが、「3年未満」と短い経営トップも少なくありません。世界の大手資産運用会社では、資産運用会社での勤務経験が「20年以上」の経営
トップが最も多く、経営トップの選任理由について、一般への開示が進んでいます。

「わが国の資産運用会社においても、高度化に向けたサクセッションプランの策定と経営トップの選任理由の開示を期待」すると金融庁はコメントしています。

 

資産運用の透明性確保について

次に資産運用会社の資産運用における透明性についても過大として挙げられている事項を見ていきましょう。

以下は資産運用担当者の氏名開示についてです。

(出所 金融庁「資産運用業高度化プログレスレポート 2023」)

日本では、通常、法人顧客向けには運用体制(氏名、経歴、担当等)を資産運用会社が開示していますが、個人投資家向けには、投資信託の運用担当者の氏名開示が進んでおらず、ファンドの本数に占める開示割合は、世界各国の中でも最低水準とされています。
海外の資産運用会社の事例も参考に、個々の投資信託の運用体制の実態が顧客に理解されるよう、旗艦ファンドから情報開示の充実を図るなど、可能な限り、自主的な開示を進めることが望ましいと金融庁はしており、資産運用会社による運用体制の透明性確保について課題認識を持っています。

次に資産運用会社が運用するファンド(投資信託等)の保有銘柄開示の頻度についてです。以下のグラフをご覧ください。

(出所 金融庁「資産運用業高度化プログレスレポート 2023」)

多くの国・地域では、資産運用会社がファンドの全保有銘柄を月次または四半期の頻度で開示していますが、日本では年に1~2回の頻度の開示に留まっていることが分かります。また、海外の資産運用会社では、HTML形式やExcelファイルを活用した全銘柄開示やデータベンダーへの提供が進んでいますが、わが国では、PDFファイルでの開示が主流である等、データの二次利用が困難という指摘がなされています。資産運用業界における自主規制団体によるデータ開示の促進など、業界全体での開示方式の見直しを期待すると金融庁はコメントしています。

 

資産運用への集中及び運用力の強化について

「野村の1兆円ファンド」についてご記憶の方もいるのではないでしょうか。

野村アセットマネジメントが運用する投資信託「ノムラ日本株戦略ファンド」という商品であり、今は運用残高が500億円もないファンドです。IT(情報技術)バブルの2000年に登場し、当時の個人投資家でブームになった「1兆円ファンド」として知られていますが、当時購入した投資家は軒並み損していると思われます。

当初設定額歴代上位20位以内の公募投資信託の多くは、設定来、数カ月から1年半以内に純資産額のピークを迎え、その後、急速に縮小します。これを示したのが以下のグラフです。

(出所 金融庁「資産運用業高度化プログレスレポート 2023」)

この当初だけ残高が増加し、その後急減していく傾向は、古い投資信託が多いものの、一部の金融機関では、直近5年以内に設定された投資信託についても、同様の事例が見受けられると金融庁は説明しています。

日本の投資信託は、欧米と比べて、運用資産規模に対する本数が多く、資産運用会社の管理が煩雑になり、開示負担も大きいという課題があります。以下はその比較です。

(出所 金融庁「資産運用業高度化プログレスレポート 2023」)

日本に投資信託が多数存在している要因として、日本の運用商品の販売現場が、販売手数料獲得型の営業を主流としており、その時々で話題性があり、顧客に販売し易い新規商品の提供を優先してきたことがあることは間違いないでしょう。販売現場のこうした行動は、顧客に訴求しやすい新商品の開発と「販売ストーリー」資料の作成、研修提供等、販売会社の営業支援を重視した資産運用会社の行動とリソースの配賦に繋がってきました。要は、販売会社が強い(そして資産運用会社のグループ内の位置付けが上位であることが多い)日本では、資産運用会社は資産運用ではなく、販売支援に力を注いできたのです。

上記の通り、当初設定額が歴代上位 20 位の公募投資信託の純資産額の推移を見ると、その多くは設定以降、数カ月から1年半以内に純資産額のピークを迎え、その後急速に減少しており、顧客の最善の利益に適う販売方法や運用商品の選定が行われていなかったことが伺えると、金融庁は結論付けています。

資産運用会社は、過去の販売方法、商品選定により、業界全体で多数の投資信託を抱え、管理が煩雑で非効率です。販売会社及び資産運用会社は、投資信託の本数を最適化し、コスト削減の成果を投資家に還元する努力が求められています。

また、日本では米国株式を中心とした海外での資産運用商品が人気となっています。これは少子高齢化が続く日本の将来よりも外国の成長を期待する投資家としての考えの現れでしょう。

(出所 金融庁「資産運用業高度化プログレスレポート 2023」)
上記のグラフは、2022年の公募投資信託への資金流入額のうち、全体の約61%が外国株式に流入しており、そのうちのアクティブ運用の約9割が外部委託運用となっていることを示しています。すなわち、日本の資産運用会社は、外国資産での運用能力をあまり持っていないということを示しています。

資産運用会社が海外資産の運用力強化に十分に取り組まないまま、外部委託運用を拡大し続ける場合には、長期的に以下のような懸念があると金融庁は指摘しています。

① 国内の資産運用会社が自社内で運用する顧客資産は減少し、わが国国内の運用人材の流出・減少や運用機能が低下するおそれがある。結果、海外の運用委託先と対等な立場に立つことができなくなり、委託先管理が困難になるおそれもある。
② 海外資産運用会社のわが国への参入意欲低下により、投信計理やレポーティング等の運用機能以外の顧客対応機能がガラパゴス化するおそれがある。更に、資産運用会社の収益の源である運用機能に関する世界最先端の情報が集まらなくなり、国際金融センターとしてのわが国の魅力は低下する。 

この対策は、簡単でそして道のりの長いものではありますが、資産運用会社が、人材の確保等により、中長期的に自社運用を強化していくしかありません。但し、「資産運用」の会社なのですから、当然と言えば当然のことを避けてきたというだけかもしれません。

 

利益相反問題について

日本の資産運用会社は、大手金融機関グループに属している社が市場で高いシェアを占め、上記で見てきたように経営陣の選任、商品の組成・販売・管理等の様々な場面でグループと顧客との間に利益相反の懸念が生じやすい状況にあります。

以下は日本における資産運用会社の独立系・非独立系(すなわち金融機関グループ)の残高シェアです。

 

(出所 金融庁「資産運用業高度化プログレスレポート 2023」)

日本における公募、私募、投資一任契約の運用資産残高合計で上位 20 社のうち、金融機関グループに属する非独立系の資産運用会社のシェアは 85%となっており、日系の独立系資産運用会社は含まれていません。

一方で、ミューチュアル・ファンド(投資信託)と ETF の運用資産残高合計で世界上位 30 位内の資産運用会社を見ると、その大半が、大手金融機関グループに属さない独立系の資産運用会社です。

金融庁はプログレスレポートでは以下のように説明しています。

米国の Affiliated Managers Group のレポートによると、独立系資産運用会社の株式のアクティブマネージャーは過去 20 年(1998 年~2018 年)で非独立系資産運用会社の競合を年率で 0.62%、トータルリターンで 16%上回っている。また、ベンチマーク指数との対比では、同期間に年率で1.35%上回っている。
これは、系列の資産運用会社は、グループ全体の経営方針や人事・報酬制度の適用等、運用戦略や体制が親会社の意向に左右されることがあり、グループ全体と顧客との間で利益相反が生じ易いが、独立系の資産運用会社は、そうした影響を受け難く、自由なカルチャーの下、運用力の強化に注力でき、結果、顧客の最善の利益を図ることができるからではないかと考えられる。

(出所 金融庁「資産運用業高度化プログレスレポート 2023」)

このように資産運用においては、親会社である金融機関グループとの利益相反の問題が日本における資産運用会社の課題であり、要は「プロとして正しく行動しなさい」ということです。

この利益相反という問題では以下のグラフも参考となります。このグラフは企業型DCで企業が実際に採用している投資信託についての調査です。

(出所 金融庁「資産運用業高度化プログレスレポート 2023」)

大手のDC運営管理機関11 社が取り扱っている投資信託(商品ユニバース)に占める系列の資産運用会社が提供する投資信託の割合は1割~4割弱ですが、実際に企業に採用され、加入者が選択することのできる投資信託の本数に占める割合を見ると、6割~7割の間が多いことが当該グラフでは示されています。

要は、DCの運営管理機関は、本来はDC加入者のために運用商品を選定し、商品ユニバースに採用すべきはずですが、実態は自らの所属する金融機関グループの運用商品を採用しているということになります。これも利益相反の事例の一つと言って良いでしょう。

 

まとめ

今回は、金融庁「資産運用業高度化プログレスレポート 2023」から、日本の資産運用業界における問題点を解説してきました。

非常に厳しい表現にはなりますが、「日本の資産運用業界は、素人が経営し、開示が悪く、資産運用会社が販売会社の方を向き、外国資産での運用力に乏しく、系列の金融機関グループとの間の利益相反を抱えている」という問題点が存在します。

このような日本の資産運用会社の投資信託等を皆さんは買うべきだと思うでしょうか。日本でインデックスファンドが流行る理由も分かるのではないでしょうか。

現在、日本の資産運用会社に投資家が求めるものがコストの低減だけ(インデックスファンドばかり売れる)と言えるのも、上記の問題があるからです。

日本の資産運用業界は、金融資産を多額に持つ日本において成長産業となる可能性を秘めています。但し、最大の問題は、そのお金を出して商品を買ってくれる投資家の方を向いていないということにあるのではないでしょうか。