三菱グループである三菱UFJ信託銀行が、同じ三菱グループである三菱マテリアルの役員選任に株主総会で反対したとの報道がなされています。
旧財閥である三菱グループは結束が固いと言われてきました。その一員である三菱UFJ信託が、三菱マテリアルの経営陣に反対票を突き付けるというのは、確かにニュースとなるのかもしれません。
今回は、アセットオーナー(資金拠出者)から資金を預かり運用をしている信託銀行のような機関投資家が、株主総会においてどのような議決権行使行動をとっているのかについて確認していきましょう。
報道内容
まずは、どのような報道がなされたかを確認しましょう。以下は日経新聞の記事の引用です。
三菱マテリアルの役員選任 三菱UFJ信託が反対
2018/08/30 日経新聞三菱UFJ信託銀行は29日、2018年4~6月に開かれた株主総会での議案の賛否結果を公表した。三菱グループとして関係の深い三菱マテリアルについて、品質不正問題の責任があるとして、経営トップなど4人の取締役選任に反対した。不祥事を起こした企業に対し、グループに関係なく機関投資家として責任を追及する姿勢を明確にした。三井住友信託銀行も三菱マテリアルの一部役員の選任に反対票を投じた。
三菱UFJ信託銀が三菱マテリアルの総会で反対票を投じたのは、招集通知にあった竹内章社長(当時、現会長)と現社長の小野直樹氏(当時副社長)、副社長、専務の4人の取締役選任議案。判断理由は「同社の不祥事に関し責任がある」と記した。
三菱マテリアルは招集通知を発送した後も不正発覚が続き、6月11日に竹内氏の引責辞任と、小野氏の社長昇格を発表した。22日の株主総会開催後の取締役会を経て小野氏が社長に就任するという異例の事態となった。
三菱UFJ信託は4月に改定した議決権の行使基準で、不祥事が起きた企業の取締役の再任について、不祥事行為に関与したか、責任があると判断した場合に反対するとしている。今回、こうした基準に基づいて判断したようだ。
これが報道内容でした。
「不祥事を起こした企業に対し、グループに関係なく機関投資家として責任を追及する姿勢を明確にした」とされています。
本件のような社長・取締役の選任議案に対して、同じグループの信託銀行が反対するということは、三菱グループの結束に問題が生じるのではないでしょうか。
この三菱UFJ信託銀行の動きについて、もう少し掘り下げて見ていきましょう。
今回の三菱UFJ信託銀行の議決権行使に関する背景
前掲の新聞記事では詳細が取り上げられていませんでしたが、三菱UFJ信託銀行が機関投資家として議案に反対したというのは、どのような意味でしょうか。
新聞記事はニュースとなるように取り上げますが、肝心な部分を省いています。
三菱UFJ信託銀行のような信託銀行は、主に2つの「ポケット(勘定)」を持っています。
一つは、自社(この場合は三菱UFJ信託銀行自身)のために取引先の株式を保有する勘定、もう一つは、他者のために株式を保有・運用する勘定です。
前者は、他の銀行や企業が保有している「いわゆる持合株(政策保有株式)」です。後者は、信託銀行が機関投資家として、他者から資金や株式を預かり(受託)運用している投資としての株式です。
もし、自社のために保有している持合株の議決権行使で、同じ三菱グループの企業の取締役選任に反対した場合には、「喧嘩を売っている」と表現しても良いかもしれません。ニュースになってもおかしくはないでしょう。
しかし、読者の方もお気づきの通り、今回、三菱UFJ信託が三菱マテリアルの議案に反対したのは、他者のために管理している株式の分です。この株式は、他者のために運用したり預かっているのですから、三菱UFJ信託の親密先に「甘い」議決権行使をするということは許されません。これが金融庁が近年に盛んに使うようになったフィデューシャリーデューティー(受託者責任)の考え方です。アセットオーナーの利益のために運用会社等は行動をしなければならないのです。
そして、それを担保・監視するために、金融庁に促され信託銀行等は、議決権行使基準および議決権行使結果を開示するようになりました。
三菱UFJ信託銀行の議決権行使基準
では、三菱UFJ信託銀行の議決権行使基準はどのようになっているのでしょうか。
以下、三菱UFJ信託のホームページに開示されている行使基準を抜粋します。本件報道に関係のある取締役選任について行使基準です。
【三菱UFJ信託銀行 株式議決権行使基準(抜粋)】
取締役の選任:以下に該当する場合は、原則反対します。
<不祥事>
- 不祥事の発生により、経営上重大な影響が出ていると判断する場合(※(1)-①-1)→代表取締役の再任
- 更に当該不祥事行為に関与または責任があると判断する取締役がいる場合→当該取締役の再任
- 内部管理体制に重大な不備がある等、不祥事行為が取締役会全体の問題であると判断する場合→全取締役の再任
<社外取締役の選任状況>
- 社外取締役が複数選任されていない場合→取締役候補者全員の選任
- (親会社等を有する上場会社の場合) 独立性のある社外取締役が取締役総数の1/3以上選任されていない場合→取締役候補者全員の選任
<業績>
- 過去3期連続赤字決算(※(1)-①-2)であり、かつ今後改善が見込めず、経営責任があると判断する場合→当該期間中継続して在任していた取締役の再任
- 過去5期連続で株主資本利益率(ROE)が一定水準(5%)を下回り、かつ今後改善が見込めず、経営責任があると判断する場合。なお、判断にあたっては業種状況等も勘案する→当該期間中継続して代表取締役であった取締役の再任
<取締役会決議>
- 株主価値を毀損するような取締役会決議が行なわれたと判断する場合(※(1)-①-3)→取締役の再任
<取締役会規模>
- 取締役を増員し、21名以上となる場合→取締役候補者全員の選任
- 営業停止、免許取消、課徴金支払いなどの行政処分により、業績に大きな影響が発生している場合
- 顧客評価失墜により売上が大幅に減少している(売上の大幅な減少が見込まれる)場合
- 不正会計等により投資家の信頼を喪失(株価下落)している場合
- 法人として刑事告発される場合、業務上行為で役員が逮捕される場合
- 不祥事が繰り返し発生している場合、または隠蔽、組織的関与がある場合、適切な対処を怠るなど対応に大きな問題が認められる場合
- その他業績、企業価値への影響が大きいと判断される場合
※(1)-①-2 経常利益または当期利益が 3 期連続赤字
※(1)-①-3 「株主価値を毀損するような取締役会決議」
- 不適切と判断する買収防衛策の導入及び対抗策の発動
- 配当の取締役会授権の場合における不適切と判断する剰余金処分
- その他株主価値を毀損すると判断されるもの
(出典 三菱UFJ信託銀行ホームページ)
https://www.tr.mufg.jp/houjin/jutaku/pdf/unyou_kabu_1_pdf.pdf
以上が三菱UFJ信託銀行が開示している議決権行使基準(取締役選任部分のみ)でした。
今回の三菱マテリアルの場合は、この不祥事に該当するということで、社長含む4名の取締役の選任に反対となりました。
三菱UFJ信託銀行が開示している議決権行使結果には「同社の不祥事に関し責任があると考えることから反対。」との記載がなされています。
(出典 三菱UFJ信託銀行ホームページ:議決権行使の結果 会社別議案別行使状況(個別開示) 2018年4月~2018年6月総会)
まとめと雑感
以上のように三菱UFJ信託銀行が三菱マテリアルの役員選任に反対したのは、当然の結果でした。
「事前に議決権の行使基準を開示」し、「不祥事を起こした場合に取締役に責任を問う」としているのです。アセットオーナーに対しての責任を果たす、すなわちアセットオーナーの利益になるように行動するのであれば、当然の行動だったと言えるでしょう。その結果として議決権の行使結果が開示され「分かりやすい事例」として今回の三菱マテリアルに対する三菱UFJ信託の事例が取り上げられたのです。
この事例のように、株式の持合いが一般的で、株主からの監視が効きにくいと言われてきた日本も変わってきたということは言えるでしょう。株式市場に関わるそれぞれの関係者(今回の場合は信託銀行という機関投資家)が、各々の役割を果たせば、日本の株式市場は透明度が高くなり更に海外からの資金を引き付けることになるかもしれません。このような行動・活動・変化は、筆者も歓迎したいと考えます。
なお、余談ではありますが、今回の三菱マテリアルの株主総会では、社外監査役として三菱UFJ信託銀行の会長が選任されています。
同じ三菱グループであり、取引関係もありますが(株主総会招集通知にも記載あり)、三菱UFJ信託は自社の会長を三菱マテリアルの社外監査役に選任する議案には賛成していました。
筆者からするとこちらの方が利益相反等の問題があるような気が致しますが、如何でしょうか。
(参考)
【三菱UFJ信託銀行の議決権行使基準(社外監査役)】
社外監査役の選任候補者が社外監査役である場合、独立性に問題がないか、取締役会及び監査役会への出席は十分か、等の観点から検討し、以下に該当する場合、当該候補者に原則反対します。
<独立性について問題があると判断する場合>
社外取締役と同基準(「(1)取締役の選任 ②社外取締役の選任」参照)
~社外取締役の選任~
候補者が社外取締役である場合、独立性に問題がないか、取締役会(監査委員会、監査等委員会)への出席は十分か、等の観点から検討し、以下に該当する場合、当該候補者に原則反対します。
<独立性について問題があると判断する場合>
- 過去に当該会社またはその子会社の業務執行取締役であった者」
- 持株比率10%以上の大株主出身者(過去5年間に所属していた者)
- 特定関係事業者出身者(過去5年間に所属していた者)(※(1)-②-1)
- 当該会社または特定関係事業者から役員報酬以外の多額の報酬を得る予定がある(過去2年間に得ていた)場合(※(1)-②-2)
- 当該会社の会計監査人である公認会計士(過去2年間にそうであった場合も含む
- 当該会社または特定関係事業者の業務執行者との間に、3親等以内の関係がある場合
- その他特別の利害関係があると判断される場合
- 在任期間が著しく長期間の場合