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株式市場が不調な時に見直されるマーケットニュートラルという投資戦略

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近時、株価の変動幅が大きくなってきています。ここしばらくは大幅な下落もあり、投資で損失を出している個人もいるでしょう。

このような相場の時には、リスクを抑えて安定的に収益を得たいと考える投資家が増えます。また、「買い建て(ロング)」のみの株式投資で良いのかと考えることもあるでしょう。

今回は、マーケットが不安定な時期にも利益を出すことを追求する代表的な投資戦略であるマーケットニュートラル戦略について確認しましょう。何らかの参考になるかもしれません。

 

マーケットニュートラル戦略とは

まず、マーケットニュートラル戦略とは何か、概要を確認しましょう。

マーケット・ニュートラル運用とは、ヘッジファンドなどで使われる運用手法のひとつで、買い建て(ロング)する金額と同額の売り建て(ショート)を行う手法です。基本的に、割安な銘柄を買い建て、割高な銘柄を売り建てるスタンスで運用し、相場が上がっても下がっても全体の動きによる影響を受けることなく、利益を出そうとするところからマーケット・ニュートラルという呼び方が使われます。ただし、買い建てと売り建ての両方で収益が得られる可能性がある反面、見通しが外れた場合は、両方で損失が発生する可能性もあります。

(出所 SMBC日興証券サイト)

マーケット・ニュートラル戦略は市場全体の動きに左右されることなく、銘柄選択能力で収益を獲得することに専念した戦略です。安定的なリターン(絶対収益)を獲得することを目指しており、大きなリスクは採らないことから、株式市場が大きく下落しても損失を回避する運用を目指しています。

言い方を変えれば、株式市場の変動による影響を極力排除して、購入した個別銘柄の業績・動向等が株価に与える影響だけを考えて運用できるようにすることをコンセプトとしています。

例えば、独自の技術や商品・ブランドの価値が高く、これからも好業績が期待出来る個別株式があるとします。この株式に投資した後にリーマンショックのような事象が発生したとしましょう。リーマンショックのような株式市場の暴落は、個別銘柄に関係なく市場全体が下落することが一般的です。

すなわち、株式投資は個別銘柄の要因だけではなく、株式市場全体の影響を受けるのです。

マーケットニュートラル戦略は、この株式市場全体の影響を極力回避しようとする投資戦略です。


マーケットニュートラル戦略の方法

では、マーケットニュートラル戦略とは、具体的にはどのような投資を行うのでしょうか。

日本における典型的で最も一般的な手法は、株式を買い付けると同時に、その購入額と同額だけ「株式市場全体を売却」するというものです。

もちろん、株式市場全体を売却することは困難です。「全ての上場企業の株式を売り建てるには膨大な資金が必要」です。

そのため、株価指数先物を利用します。市場全体の方向性を示す指数として一般的なTOPIXや日経平均株価等の指数先物の値動きを、株式市場全体と見做して利用するのです。すなわち、株式購入と同時に、株式購入額相当分の株価指数先物を売り建てるということになります。

そして、購入する銘柄は、割安な銘柄(当然、業績が安定している銘柄や成長性が高い銘柄とすることもあり得ます)とするのが一般的です。

上昇相場では株式市場の平均(指数)よりも購入した株価が上昇し(割安であるため)、株価指数先物が損失を出します。しかし、株価指数よりも購入した個別株の株価の上昇率が高ければ、利益が出ることになります。

例えば、50万円でトヨタ株式等の自動車業界株式を購入し、同額の50万円でTOPIXの先物を売り建てます。株価が上昇して自動車業界の株式は55万円(+5万円、+10%)となった一方で、TOPIXは+8%の上昇となっていたとします。この場合、TOPIXは50×108%=54万円となっており、先物では50-54万円=▲4万円の損失が出ています。しかし、全体で見ると購入銘柄の+5万円、先物の▲4万円、合計+1万円となり利益が出ていることになる訳です。

同じように、下落相場では株価指数の先物の売り建てによって利益が発生します。一方で購入した株式が割安ならば、マーケット全体の下落率よりは購入株式の下落率が少なくなる可能性が高くなります。そもそも割安なので下落を契機に購入者が増える(相対的に他銘柄よりも売られず買われる)からです。

上記説明のイメージ図は以下です。

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(出所 大和住銀投信投資顧問サイト)

これがマーケットニュートラルの簡単な投資手法です。

マーケットニュートラルの投資手法は上記で紹介した以外にも様々なものがあります。例えば「ペアトレーディング」だと「三菱自動車を売って、マツダを購入する」というように各業界でペアのトレードを行い、マーケット全体としてのリスクを排除しながら収益獲得を目指します。

非常に合理的で有用な投資手法と言えるでしょう。

上記で紹介した投資手法の優劣は、個別銘柄の選択、要は「どの銘柄が割安かを選ぶ目利き力」にあります。

 

まとめ

以上マーケットニュートラル戦略について確認してきました。

この投資手法は概念としては素晴らしいと筆者は考えています。分かりやすく合理的です。

しかし、この手法が現実世界で有効かは疑問がつくのも事実でしょう。

例えば、三井住友トラスト・アセットマネジメントの「日本株式リサーチ・マーケット・ニュートラルファンド」の運用レポートを見ると「現物株式ポートフォリオの騰落率がTOPIX先物の騰落率を下回ったため、基準価額の月間騰落率はマイナスとなりました」とのコメントがあります。(http://www.smtam.jp/fund/pdf/_id_510152_type_m.pdf

また、三菱UFJ国際投信の「日本株プライムニュートラル・ファンド(ラップ向け)」ではベンチマーク(無担保コール翌日物レート(指数化))に対してファンドの1年間の運用成績は▲1.56%も負け越しています。(過去3年間だと+1.95%の勝ち越しとなっていることも付言しておきます。そもそもベンチマークが無担保コール翌日物で良いのか、マーケットニュートラルのコンセプトからベンチマークという存在が必要かという観点は置いておきます。https://www.am.mufg.jp/pdf/geppou/250499/250499_201810.pdf

このように理論、コンセプトは良くても実際に運用するとマーケットニュートラル投資戦略でも収益が出ないこともあるのです。

また、マーケットニュートラル投資戦略は、通常の投資信託よりも仕組みが複雑な分、高い手数料を徴収することが一般的です。マーケット(TOPIX等)には運用で勝っても、価値幅が少なければ信託報酬等のコスト控除で投資家の運用成績はマイナスとなることもあり得ます。

現在の株式市場の状況では、これからこのようなマーケットニュートラル投資戦略を銀行等は販売しようとするかもしれません。コンセプトは本当に素晴らしいものです。

しかし、現実にそれが機能するかは別の問題です。究極的には運用者の「購入する銘柄の目利き力」が全てであり、その目利き力の判断は難しいのです。そして、多額の手数料徴収は避けられません。

では、このよう運用を個人投資家が実施しようとすれば、どのようにすれば良いのでしょうか。

一つの手法は、東証に上場するETFを使うことです。

TOPIXには正の連動をするETFのみならず負の連動をするETFも存在します。

負の連動(すなわちTOPIXが下がれば価格が上昇)するETFを購入すれば、上述のマーケットニュートラルのコンセプト通り「株式市場全体を売ること」ができます。

後は、同時に「自身の目利き力を使って」個々の株式を購入するのです。

筆者は銀行や証券会社から投資信託を購入したいと考えたことはほとんどありません。多額の販売手数料やランニングコストを支払うということは、最初から運用成績がマイナスからのスタートとなることを意味しています。少しでも低いコストで投資ができることを目指すべきと考えているからです。

マーケットで直接購入できる運用手法であれば(個人の資金力では限界もありますが)、自身で挑戦してみるのは良いでしょう。投資の目的は運用収益の獲得であり、素晴らしいコンセプトへの投資(による満足)ではないからです。