金融審議会「金融制度スタディ・グループ」
(平成30事務年度第4回)が開催されました。
この審議会では「情報通信技術の飛躍的な発展等を背景に、金融と非金融の垣根を超えた情報の利活用が可能となり、従来は存在しなかった利便性の高い革新的なサービスが出現しつつある環境において、金融機関による情報の適切な利活用の促進に係る検討を進めていく上で、留意すべき論点はあるか」等を議論しています。
興味深いことに、当該審議会で使用された資料にデータの活用事例・実験事例等が掲載されています。
今回は金融機関(保険会社)における情報の活用事例について確認するとともに、懸念点についても考察しましょう。
損害保険の事例・活用方法
まずは、損害保険の事例を見ていきましょう。
審議会資料では、リスクへのタイムリーな対処策(リスク移転・リスク回避等)をリコメンド可能にする活用法が説明されています。
- 活用情報例(源)としては、ドライブレコーダー、バイタル、GPS、気象 、購買 、機器稼動状況 等々が挙げられています。
- 活用法としては、「気象や渋滞の情報に基づく自動車運行経路の変更提案」
- 「体調の変化を察知し、危険発生前に運転中止の注意喚起」
- 「ゴルフクラブ購入やゴルフ場到着等の情報を受けた保険加入提案」
- 「自動車衝突の衝撃感知による保険会社や救急等への自動通報」
以上、基本的には損害保険であるため、「行動傾向・環境変化等を勘案した精緻なアラート情報発信により、事故を未然に防止」に主眼が置かれた活用法が提示されています。
また、他業態との連携事例も興味深いと言えます。
<リアルデータ(気象データ)を活用した他の事業者との連携によるサービス提供>
- 飲食店の生産性改善を実現するスマート経営に向けた実証実験「平日の雨による来店客数の影響度の解析」
- 〈キャンセル率〉4時間5mm以上の場合=平日12.9%、休日25.8%、4時間10mm以上の場合=平日14.8%、休日38.2%
- 〈ウォークイン率〉4時間5mm以上の場合=平日1.5%、休日8.7%、4時間10mm以上の場合=平日7.3%、休日8.3%
- 外食産業の生産性向上および働き方改革の促進に向け、主に以下の実現を目指す。
- 「来店者数の需要予測モデル構築」
- 「店舗の損失を補償する保険商品等の開発(予測が外れた場合)」
- 「適正な仕入れによるフードロス問題の解決・適切な人員配置」
以上が、情報を活用した損害保険の活用案・事例でした。
(出典 金融審議会 「金融制度スタディ・グループ」(平成30事務年度第4回)損害保険事業における情報利活用 平成30年12月6日 小嶋 信弘 一般社団法人日本損害保険協会 一般委員長)
生命保険の事例・活用方法
次に生命保険の活用方法も確認しましょう。
<ビッグデータ解析による商品開発(健診割)>
- 第一生命では2018年3月より「健康診断割引特約」(健診割)の提供を開始
- 健康診断の受診・健康診断書の提出という「行動」に対して保険料を割り引くことで、生活習慣の改善を促進し、重症化を予防、ひいては健康寿命延伸や社会保障給付費の抑制にも貢献
- 保険加入時の健康診断書等の提出なし → 通常保険料、提出あり → 健診基本割、提出あり+結果が優良 → 健診優良割
以上の商品が開発された背景は以下の通りです。
- 1,000万件を超える保有契約の情報(医療ビッグデータ)を分析し、加入時に健康診断を受診していた契約と、それ以外の契約について、死亡・疾病リスクを比較
- 結果、健康診断を受診していた場合、未受診の場合との比較において、3大疾病(がん、急性心筋梗塞、脳卒中)などを原因とする支払発生率で約1割、死亡を原因とする支払発生率で約3割も発生リスクが低いことを確認
これが健康診断を受けている個人への割引を可能としているのです。
また、生命保険会社グループに集積された情報の活用可能性については、以下の通りとされています。
<将来的な活用可能性>
- 生命保険会社におけるデータの利活用が進展した場合、保険契約引受の際に得られる健康・医療データに加え、商品・サービス開発のため外部から取得したデータ、および健康増進サービス利用先から得られるデータ等、健康・医療・介護分野における幅広いデータの集積が起こる可能性
- 集積したデータを活用して、新しいサービスの展開による利用者利便の更なる向上の可能性が拓ける
- 情報信託機能 • 集積した保険・医療・健康データを保管・管理し、個人の同意のもとで、企業や医療機関等に提供
- 健康・医療・介護プラットフォーム機能→「健康・医療・介護に関する連続的・総合的なコンサルティングの提供」、「適切な医療・介護・健康に関する官民サービスとのマッチング提供」
以上が生命保険の情報活用方法です。
(出典 金融審議会 「金融制度スタディ・グループ」(平成30事務年度第4回)生命保険業界における情報の利活用 2018年12月6日 第一生命保険株式会社)
所見
上述のように、様々な情報が活用可能となってきたことにより、保険業界でも新たな商品開発が可能となってきています。
例えば、事例として記載した、雨天による飲食店のキャンセル率の調査のみならず、そこから「来店者数の需要予測モデル構築」「店舗の損失を補償する保険商品等の開発(予測が外れた場合)」まで繋げ、適正な仕入れによるフードロス問題の解決・適切な人員配置まで解決しようとする活用案は非常に面白いのではないでしょうか。
一方で、保険会社の情報活用は危険性も持ちます。
例えば、上述の健康診断受診者を対象とした保険の割引は、健康診断を受けられる比較的裕福な個人や、「しっかりとした」企業の社員を優遇することになります。これは、所得の低い個人や会社の健康診断を受けられない個人に保険料の面で更に負担を強いることに繋がります。そして、健康診断を受けられない個人は保険を忌避するようになるかもしれません。しかし、そのような個人こそ貯蓄が少ないので、いざという時の保険が必要である可能性は高いでしょう。
すなわち、誤解を恐れずに言えば、このような保険は、貧富の差を拡大することに作用する恐れがあるのです。
また、生来、何らかの障害を持っていたり、健康を害している個人にとっては、情報の活用のされ方によっては「差別」に近い扱いを受けることもあり得るでしょう。
保険会社は営利企業です。当然、儲かる商品を開発したくなります。しかし、行き過ぎとなることも過去にはあったのです。そのため、規制がなされてきたのです。
近時は活用出来る情報量が格段に増加しました。それが新たな商品開発を可能にしています。しかし、それが結果として過去には考えられなかったような問題を引き起こす恐れはあるのです。
情報の活用は、先を見据えた、想像力を働かせた商品開発と規制が重要になってくるということです。