銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

ESG投資にリターンは期待出来るのか~現時点での研究結果~

f:id:naoto0211:20181204200639j:image

ESG(環境・社会・ガバナンス)投資に変調の兆しがあると日経新聞が報じています。そして、そのESG投資が減少する可能性の理由に投資リターンを挙げています。投資家が、理念先行の投資よりもリターンを重視するシナリオがあり得るとしているのです。

今回は、ESG投資のリターンについて考えていくことにしましょう。

 

報道内容

まずは、日経新聞の記事を確認しておきましょう。以下抜粋して引用します。

ESG投資 変調の兆し
2018/12/03 日経新聞

 3日の日経平均株価は7営業日続伸となった。米中貿易摩擦をめぐる緊張緩和ムードの中で、株式市場には新たな懸念材料が頭をもたげつつある。企業のコーポーレートガバナンス(企業統治)などを重視する「ESG投資」に変調の兆しが出てきた。旗振り役だった米年金基金の幹部交代が波紋を広げる可能性がある。
 ESGは環境・社会・ガバナンスの英語の頭文字。こうした社会的な責任を果たす企業に投資する手法で、特に2016年以降の株高局面で注目され、国内でも関連ファンドの立ち上げが相次いだ。率先して取り組んできたのが全米最大の年金基金、米カリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)だ。
 カルパースの運用資産は約3500億ドル(39兆円)あり、大きな影響力を持つ。全体のうち株式の比率が50%を占め、日本株への投資残高は1兆円規模とみられる。運用する全資産でESGに配慮してきた。17年にはトヨタ自動車に気候変動対策を強化するよう要請した。企業にも行動を働きかけることでも知られる。
 ところが19年1月、ESG投資を主導してきた理事のプリヤ・メイサー氏が退任、後任にESG反対派のジェイソン・ペレス氏が就任する予定だ。今年8月から10月に行われた役員選挙で、メイサー氏の得票をペレス氏が上回った。
 ペレス氏は「加入者の間にESGが恩恵をもたらしていないという考えがある」と当選理由を語っている。選挙ではカルパースの投資収益がESGによって抑えられ、退職者の年金生活を脅かしているとの指摘を繰り返してきた。
 実際、カルパースではこのところ運用成績が振るわない。6月末決算のカルパースの年間投資収益率は17年度で8.6%。代表的な米国の株価指数S&P500指数の12%を下回る。17年度まで5年間や10年間の運用成績も指数の上昇に届かない。
 ペレス氏は特にたばこや火力発電など、社会に害を及ぼすとされる企業への投資を自粛する「ダイベストメント投資」を進めることを問題視していた。ダイベストメントのような投資手法は社会の問題改善を促す。基金の加入者はこうした取り組みよりも、投資リターンを求めているようだ。

(以下略)

これが日経新聞の記事です。

カルパースが力を入れてきたESG投資とはそもそもどのようなものなのでしょうか。また、ESG投資はリターンが低いのでしょうか。以下で見ていきましょう。

 

ESG投資の意義

ESG投資とは、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)に配慮している企業を重視・選別して行う投資方法です。

今回、ESG投資自体については本記事では細かくは触れません。以下の記事が参考になるかもしれません。

 

なお、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がなぜESG投資を行うかを説明しています。

UNEP金融イニシアティブ『ユニバーサル・オーナーシップ』(2011年)
大手の機関投資家は、世界の資本市場を代表するような、広く分散されたポートフォリオに長期にわたって投資するので、事実上、ユニバーサル・オーナー(資本市場全体を幅広くカバーする株式所有者)である。
彼らのポートフォリオは、必然的に、企業活動を原因とする環境のダメージからの、ますます拡大するコストにさらされることになる。機関投資家は、それらのコストを全体として最小化し、外部性を削減するために、事業活動が行われる方法に影響を与えることができる。長期的な経済の安定と受益者の利益は、今、危機に瀕している。機関投資家は、環境影響がもたらす財務的リスクを削減するために、共同して行動することができるし、そうするべきである。」(水口 剛著「責任ある投資」の訳文より抜粋)

(出典 年金積立金管理運用独立行政法人リリース「ESG指数選定結果について」)

以上のように、GPIFのようなユニバーサル・オーナー(広範なポートフォリオを持つ大規模な投資家)にとってネガティブな外部性(環境・社会問題等)を最小化することを通じ、ポートフォリオの長期的リターンの最大化を目指すことは合理的です。
また、環境・社会・ガバナンスの要素を投資に考慮することで期待されるリスク低減効果については、投資期間が長期であればあるほど、リスク調整後のリターンを改善する効果が期待されます。

GPIFは説明するまでもなく巨大であり、かつ超長期の投資家です。運用金額が大きいためマーケットでは鯨に例えられることもあります。

運用金額が巨額であるため上場企業の大多数に投資しているのが現状ですし、GPIFが株式を売却するとなったら需給バランスが崩壊し株価の大暴落を招きかねない規模です。

すなわち、GPIFという投資家は日本市場から簡単には逃げられませんし、身動きもとりにくいのです。

仮に、GPIFが保有する一部の企業が短期的な収益拡大を狙い環境を破壊しながら大幅な増収増益を果たしたとします。この企業の株価は短期的には上昇するかもしれませんが、持続性にはかけるものと想定できます。また、この企業が引き起こした環境破壊はGPIFが投資する他の企業等にマイナスの影響を与えることになります。

よって、巨大で超長期で運用をしなければならず簡単に株式を売れないGPIFにとって、ESG投資を通じて企業に行動を促していくことは合理的なのです。

誤解を恐れずに言えば、GPIFは日本のマーケットから逃げられないため、日本経済の「持続的」成長を果たすことによってしか運用収益を確保できないのです。

カルパースのような規模の大きい基金も同様でしょう。

また、GPIFは選定したESG指数のリスク・リターンについても公表しています。

ESG指数のポートフォリオ全体では、過去5年間で、 リターン14.83%となり、親指数(対比する指数)に比べ+0.39%の勝ちとしています。また、リスクもESGポートフォリオ全体では17.62%となり親指数対比で-0.16%とリスクが低下しています。(年金積立金管理運用独立行政法人リリース「ESG指数選定結果について」)

GPIFが選定したESG指数は投資リターンも良く、またリスクも低減されると説明しているのです。

以上がESG投資の意義とされています。

 

ESG投資のリターン

ここで素朴な疑問が湧きます。

ESG投資は本当にリターンが良いのでしょうか。

カルパースの理事にはESG反対派が就任する予定です。これはどのように解釈すれば良いのでしょうか。

筆者は、ESG投資がリターンの観点で有効であるかは研究・議論がなされているところであり、結論は出ていないと認識しています。(結論が出るかも良く分かりません)

ここで、どのような研究がなされているのかについて確認しておきましょう。

以下はGPIFと世銀グループが発表したESG共同研究の報告書からの引用・抜粋です。債券投資に関するものですが、全般的な参考となるでしょう。

 

〈債券投資への環境・社会・ガバナンス(ESG)要素の統合〉

2,200の一次研究とそのレビューをまとめた包括的なサーベイ論文(Friede et al, 2015)によると、約90%の研究が、ESGと企業の財務的なパフォーマンスには負の相関はないとしている。しかし、個別企業のデータではなく、ESGファンドや指数などポートフォリオのデータを用いた研究では、より中立的/相反する結果となっている。株式以外の資産クラスについての調査は比較的少ない。「債券に関する36の研究のうち、63.9%がポジティブな結果となる一方、13の研究が中立的もしくは相反する結果を示した(36.1%)」。

 

債券投資におけるESG要素の関連性を分析する研究努力は高まっている。個々の研究方法は非常に多彩で、疑問を呈するものもあるが、全体的に、これら増加している研究は、1) ESG要素は信用リスクに影響を与え、2) ESG要素の統合はリターンの犠牲を意味しないという広く信じられた見方を支持するものとなっている。これらは、研究プロセスの初期段階における興味深い結果の一部であり、さらに深めていく必要がある。PRI (2017a)は、現段階で以下の「教訓」を導き出している。

  • 学術研究と市場調査のいずれも、ESG要素と借り手の信用リスクは関連しているという考えを支持している。
  • ほとんどの学術研究は、信用リスクの指標として信用格付をもとにしており、(クレジット·デフォルト·スワップなど)その他の手法を用いた論文は非常に少ない。
  • デフォルトの事例、特に投資適格債のデフォルトをみると、ガバナンスと企業の破綻に明白な関係があることが分かるが、環境や社会問題との関係を把握することは困難である。

 

これまでの研究結果の重要性と投資への適用については、慎重に考えることも重要である。

  • ほとんどのESG研究は、過去のデータを使用している。過去の結果が将来も成り立つとは限らない。投資原則は、過去の調査結果における「多数決の結果」だけに依拠することはできない。
  • 過去データが限られ、いくつかの研究結果についてはバックテストが困難である。
  • (分析対象の選択、データ、サイズ、その他)バイアスが働いている可能性がある。ESG研究が成熟すれば、より詳細に検証されることとなる。

(出典GPIFと世銀グループ、ESG共同研究の報告書発表 https://www.gpif.go.jp/investment/esg/20180420.html)

以上のように、ESGでの評価と企業の信用力とには関係がある可能性は高いでしょう。

しかし、ESG評価が高い企業は、「企業の収益力が高く、業績が良いからESGへの対応も出来る」ことを単に示しているに過ぎないかもしれません。

環境や社会のことなど考えずに、収益を目指す企業の方が投資リターンが良いかもしれません。

これらの実証、研究はこれからです。

ただし、筆者はESG投資を否定している訳ではありません。本質的には正しいアプローチだと考えています。

しかし、ESG投資「もどき」や、企業の表面的なESG対応も増加すると想定しています。今後、ESG投資が陳腐化しなか注目していきたいと思います。