銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

気候関連リスクを不動産価格は織り込んでいないという指摘

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地球温暖化は、自然環境や人の暮らしに、大きな被害をもたらすと考えられており、地球温暖化対策は、世界的な共通課題となってきました。

そのため、コロナ禍にあっても、菅首相は所信表明演説で「2050年に温室ガス排出量ゼロ」の方針を発表しました。

このような気候関連のリスクは、資産価格への反映を通じて金融にも影響を与えるとされています。

今回は、気候関連金融リスクについて簡単に見ていくことにしたいと思います。

 

気候関連金融リスクが注目される背景 

近年、世界各地で、洪水、暴風等の災害を中心に、気象災害の発生件数が増えており社会・経済に多大な影響を及ぼす事象も見られるようになってきています。

以下は気象災害の発生件数をまとめたグラフです。

<世界の大規模気象災害の発生件数>

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(出所 日銀レビュー「気候関連金融リスクに関する国際的な動向」)

少なくとも大規模自然災害は増加傾向になることは間違いなさそうです。 

このように自然災害が増加することは金融業にも大きな影響を与えます。

以下の日銀レビューのコメントは留意すべきでしょう。 

例えば、米カリフォルニア州では、高温と乾燥のもとで森林火災が頻繁に発生し、多数の死傷者を出しているほか、広大な面積を焼失させている。米大手電力会社は、火災の誘因となり得る送電線設備の管理を怠ったとして訴訟を受け、損害賠償の負担により 2019 年に経営破綻に陥った。経営破綻の申請に際して、その目的として、森林火災に起因する債務の再編や補償のほか、気候変動による森林火災リスクの顕著な増加に対応することを挙げている。わが国では、2018 年 7月の集中豪雨や 2019 年の台風第 19 号等を受け、風水害等による損害保険金支払額は、このところ年間 1 兆円を超えている。こうした気象災害の増加傾向や社会・経済への影響事例は、気候変動への世界的な関心を高める要因となっている。

(出所 日銀レビュー「気候関連金融リスクに関する国際的な動向」)

 

気候関連金融リスクとは

では、気候関連金融リスクとはどのようなものなのでしょうか。こちらも日銀レビューが分かりやすく説明しています。

「気候関連金融リスク」とは、前述のとおり、気候変動が社会・経済に広範な影響を及ぼし得るとの認識が高まるなか、とりわけ金融システムの安定性を脅かすリスクに焦点を当てたものである。これには、大別すると「物理的リスク」と「移行リスク」の 2 類型があるとされている。

「物理的リスク」は、気候変動による物理的な変化が、企業や家計に経済的損失をもたらすリスクを指す。例えば、大規模な気象災害の発生頻度の高まりや海面上昇等が、企業設備や家屋の毀損、事業継続の困難化等をもたらすリスクである。

一方、「移行リスク」は、気候変動問題に対応する政策・技術・消費者のし好の変化等が企業や家計に経済的損失をもたらすリスクを指す。例えば、数十年を費やす低炭素社会への移行に際して、炭素税等の政策変更や低炭素化技術の開発、消費者のグリーン商品志向の高まり等が生じた場合、こうした変化に対して迅速にビジネス・モデルを転換できない企業が、その価値を毀損したり、雇用に悪影響を及ぼしたりするリスクである。

(出所 日銀レビュー「気候関連金融リスクに関する国際的な動向」)

この気候関連金融リスクのイメージ図は以下の通りです。

<気候関連金融リスクのイメージ>

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(出所 日銀レビュー「気候関連金融リスクに関する国際的な動向」)

金融においても気候変動は無視できないリスクであることが分かるでしょう。金融はやはり実体経済と密接に関係しているということです。

 

資産価格は気候関連リスクを織り込んでいるのか

では、気候関連のリスクは、金融に最も影響を与える資産市場に対してどのような影響を現時点で与えているのでしょうか。既に気候関連金融リスクとして表れてきているのでしょうか。

日本銀行ワーキングペーパーシリーズ 「気候変動と金融システムの相互作用:先行研究のサーベイ(概要)」では、この気候関連リスクが資産価格に織り込まれているのかについての先行研究を紹介しています。

その抜粋は以下の通りとなります。

 

1.不動産

  •  不動産価格が、海面上昇や洪水等のリスクを十分反映しておらず、過大評価されているとする米国の研究は多い(Bernstein et al. 2019, Hino and Burke 2020, Giglio et al. 2018,Murfin and Spiegel 2020, Bakkensen and Barrage 2017)
  • こうした研究は、買い手が企業でない場合や、非投資(購入者と居住者が一致する)物件、非商業物件、情報開示が少ない物件、洪水等のリスクに関する開示が義務付けられていない地域の物件、温暖化を信じる住人の割合が低い地域の物件が特に割高としている
  • リスクに関する見方に異質性がある場合、楽観的な人々が危険な地域に住むことで、価格がリスクを反映しなくなるという議論がある
  • ハリケーンの発生後、直接的な被害がなかった地域でも、不動産価格が下落(Hallstromand Smith 2005、Muller and Hopkins 2019)
  • Muller and Hopkins (2019)は、洪水リスクの啓蒙活動を行っていた地域でのみ、価格が下落したと報告
  • 洪水後に不動産の市場価格が下落するなかでも、銀行が担保の評価額を見直さなかったとの結果もある(Garbarino and Guin 2020)

2.株式

  • 株価が、移行リスクを中心に気候関連リスクを一定程度は織り込んでいるとの結果が多い
  • 汚染物質やCO2の排出量が多い企業は、将来環境規制が導入された際の影響が大きいため、株式のリターンにプレミアムが要求されている(Hsu et al. 2020、Bolton and Kacperczyk 2020a,b)
  • CO2排出量が多い企業の株価は、トランプ大統領の当選等で上昇(Ramelli et al. 2019ほか)
  • ESG(特に気候変動関連)へのコミットが強い企業では、株価の下落リスクが小さい(Hoepner et al. 2018)
  • 株式オプションでも、CO2排出量の多い企業の価格において、同様の結果(Ilhan, Sautner, and Vilokov, 2020)
  • グリーン債発行のアナウンスメントにより、株価が上昇(Flammer 2020)
  • 気温の上昇トレンドが強まることによって価格が下落しやすいポートフォリオでは、リターンに正のプレミアムが観測される(Bansal et al. 2019)
  • もっとも、物理的リスクに関しては、ミスプライシングを示した研究もある
  • 食料品会社の株価が、干ばつリスクを織り込んでいない(Hong et al. 2019)
  • 気温に対する株式のリターンの感応度が高い企業ほど、同リターンは低く、先行きのROAも低い(Kumar et al. 2019、IMF 2020b)
  • 投資家に気候関連リスクを強く意識させるようなイベントが発生すると、株価
    が急激に同リスクを織り込み始めるほか、過剰反応する可能性がある
  • 異常に高気温の月には、個人投資家が、CO2排出量が多い企業の株を売却(Choi et al. 2020)
  • 大きな自然災害のあとには、被災地に所在する職業投資家は、被災地に所在す
    る企業の株をアンダーウエイトする結果、投資パフォーマンスが悪化する(Alok etal. 2020)
  • 気候関連リスクに関する情報開示は、株価に影響がある
  • 投資家へのサーベイによると、物理的リスクの情報が重視されている(Ilhan et al.
    2020)
  • 情報開示は、株価を押し上げ(Matsumura et al. 2014、Flammer et al. 2019)、こうした傾向は特に排出量の少ない企業でみられる(Jouvenot and Krueger 2020)

3.その他の資産

  • 債券価格などが気候関連リスクを一定程度は織り込んでいるとの結果が多い
  • 環境負荷の大きい企業が、特に環境規制の厳しい地域に所在する場合、格付けが低く、債券スプレッドが高くなる(Seltzer et al. 2020)
  • シンジケート・ローン金利では、パリ合意のあった2015年のあと、埋蔵化石燃料を多く所有する企業向けで正のプレミアムがみられるようになった(Delis et al. 2020)
  • 地方債価格は、海面上昇リスクを織り込んでいる(Painter 2020、Goldsmith-Pinkham et al. 2020)
  • 天候デリバティブの価格は、気温上昇に関する科学的予測と整合的(Schlenker and Taylor 2019)
  • 米国のグリーン地方債の研究では、結果が区々となっている
  • Karpf and Mandel (2018)は、金利に正のプレミアムがあると報告しているが、税を勘案していないとの批判を受けている
  • プレミアムが負とする研究(Baker et al. 2018、Zerbib 2019)やゼロとする研究(Larcker and Watts2020)もある

以上は先行研究の概要だけですが、全体像はつかめるのではないでしょうか。

 

まとめ

日本においては、国土交通省が、浸水想定区域で浸水被害が相次いでいることを受け、省令を改正し、2020年8月より「住宅購入や賃貸などの契約前に水害リスクを説明することを不動産業者に義務付け」ています。

一つの参考情報ですが、以下は全国(アメダス)の1時間降水量50mm以上の年間発生回数の推移です。

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(出所 気象庁「全国(アメダス)の1時間降水量50mm以上の年間発生回数」)

全国の1時間降水量50mm以上の年間発生回数は増加しています。

最近10年間(2010~2019年)の平均年間発生回数(約327回)は、統計期間の最初の10年間(1976~1985 年)の平均年間発生回数(約226回)と比べて約1.4倍に増加しています。2020年1月から11月までの1,300地点あたりの発生回数は342回であり、増加トレンドは継続しています。

日本は地震リスクが懸念されていますが、気候変動にも大きな影響を受けます。

大雨、台風等による風水害のニュースが増えた印象をお持ちの方もいるでしょう。少なくとも上述のように局所的な豪雨の発生回数は増加しています。

海抜が低いこと等による浸水リスクについては、今後は住宅ローンやアパートローン等でも勘案されることになるでしょう。そうなれば不動産価格には影響が出るはずです。

これらは非常に分かりやすい例ですが、気候変動リスクを日本の不動産が織り込んでいないのであれば、今の流れではどこかでリスクを織り込むことになります。その点だけは我々は認識しておいた方が良いでしょう。

また、株式や債券についてはある程度の気候変動リスクが織り込まれている可能性はありますが、株価が物理的リスクを十分に織り込んでいないとする研究も多くみられるようです。

気候変動リスク、気候関連金融リスクには、今後留意が必要です。