銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

日銀のAIワークショップから学ぶ、銀行がデータビジネスに乗り出す背景と危機感

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近時、AIという言葉を聞かない日はないと言えるでしょう。

銀行業界でもAIをどのように活用するのか、AIで何かできないか、AIを活用したIT企業・フィンテック企業に銀行業界が淘汰されるのではないか、等の話題が出ることが多くなっています。

今回は、日本銀行が開催した「AIを活用した金融の高度化に関するワークショップ」における講演録の一部をご紹介します。銀行業界がAIを活用し、どのような活動をしているのか、何を目指しているのか等について非常に参考となる、分かりやすい講演でした。

 

講演内容

それでは早速に講演内容について、以下抜粋して引用します。

講演タイトルは「デジタル社会の到来と金融機関のチャレンジ」、講演者は三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 村林社長です。 

  • デジタライゼーションは、既存ビジネスを「改善」 (“Improve”)したり、「改革」 (“Reform”)することにつながる。しかし、イノベーションは、「改善」や「改革」からは生まれない。これまでの発想とは非連続な形での革新を進めることで、初めてイノベーションは起こる。イノベーションを起こすために必要なことは、自らを「ディスラプト(破壊)」 (“Disrupt”)することである。 
  • 実際に自らを「ディスラプト」するためには、金融機関が現時点で自ら持っているデータを活用するだけでは不可能ではないかと思う。なぜかというと、既存のシステムを「ディスラプト」しようとする競合相手は、金融機関が持っていないデータを活用して、イノベーションを起こしているからである。
  • 私は、米国西海岸に行き、アマゾンゴー(“Amazon GO”)を見たり、AI の専門家の方と話をしてきたが、西海岸の企業文化、すなわち「失敗してはまた繰り返し、成功に向けてやっていく」という企業文化を目の当たりにした。日本の金融機関も、最近は、「失敗をおそれずにどんどんやるんだ」とか、「オープンイノベーショ ンが必要だ」とかいろいろ言っているが、企業の根底にあるカルチャーを変えないと、「ディスラプト」されてしまうのではないかと危惧している。
  • 既存の銀行業務の4割はAIに代替できるものと試算している。
  • じぶん銀行が、AIがお客さまに代わって外貨の積立タイミングを判断し、外貨自動積立を行うという商品を出している。じぶん銀行のホームページを確認してみると、AIの自動積立は、2017年4~12月の平均で、111.48円で外貨を購入しており、顧客が外貨購入のタイミングを指定する通常の外貨自動積立よりも、円高のタイミングを捉えて米ドルを購入できていると評価できる。 (中略)「ブラックボックス化」の問題があって、「顧客への説明責任の問題というのはどうなっているんだろう」、「投資家の自己責任ということで整理してよいのだろうか」という点が課題としてある。 
  • 現時点で金融機関がたくさんもっているデータは、「改善」や「改革」には使えるが、本当に自らを「ディスラプト」するうえで使えるのだろうかという問題意識を持っている。
  • MUFG コイン(ブロックチェーンを使った低コストで利便性の高いデジタル通貨)の実証実験を行っている。勿論、MUFG コインを使って、利便性の高い決済体験やキャッシュレス化により効率化を図ることも大事であるが、 それでは「改革」の範囲に止まってしまう。それよりも、「データを利用した新ビジネスの展開」ということが大事であると考える。いま、金融機関は決済金額のデータしか手元にない。しかし、顧客がMUFGコインを使用することにより、顧客の消費動向などが全部わかれば、金融機関はデータとAIを活用してもっといろいろなことが可能になる。このように、MUFGコインを、今まで金融機関が収集できなかったデータを集める手段にしたいというのが大きな狙いであり、それはMUFGだけではなく、日本の金融機関みんながそのようなデータを持てるようになれば、新しい競合相手に対抗できるようになっていくと思われる。
  • このほか、①MUFGが米国Akamai社と提携し、1秒間に100万件の決済をするブロックチェーンネットワークの実験を行ったこと、②Japan Digital Design 株式会社が、インバウンド顧客向けに動画投稿コミュニティサービスを立ち上げたこと、③三菱UFJ銀行がfreee株式会社に対して増資に応じたことも、データが集まる「プラットフォーム」を作ろうとする現れである。
  • 先週、米国のAmazon.comに行ったときに、12の「リーダーシッププリンシプル」というものを教えてもらった。そのプリンシプルの先頭は、“Customer Obsession(「リーダーはカスタマーを起点に考え行動します。カスタマーから信 頼を獲得し、維持していくために全力を尽くします。リーダーは競合に注意を払いますが、何よりもカスタマーを中心に考えることにこだわります。」)”というものだった。金融機関もディスラプトされないためには、“Customer Obsession”を「リーダーシッププリンシプル」の最初に掲げて行動しなければならないと考えている。 
(出典 日本銀行 金融機構局 金融高度化センター/AIを活用した金融の高度化に関するワークショップ 第1回「総論」の模様/「デジタル社会の到来と金融機関のチャレンジ」(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 村林 聡氏))
 

所見

今回取り上げた講演者は、三菱 UFJ 銀行の元CIO(Chief Information Officer)であり、MUFGのデジタル・AI戦略を担っていた人物と言えるでしょう。
その人物が語る内容は非常に率直であり、改革・改善では銀行は生き残れず、自らディスラプト(破壊)しなければならないが、銀行が現時点で持つデータだけではディスラプトできないとしています。そのため、MUFGコインに取り組み、顧客の購買データ等今まで収集できなかったデータを集めたいとしているのです。
MUFGコインについては、仮想通貨の普及を阻止するために銀行が対抗策として商品リリースをするという扱いのメディアもあったかと思いますが、大きなグランドデザインを考えていたようです。
そして、上記では引用していませんが、「世の中の成功している企業は、「お客さま中心」という発想で、「デザインシンキング」に取り組んでいる。金融機関も「AI を活用して何かできないのか」 とか言っている場合ではなく、顧客が求めているものは何であるかを明確に理解し、それに対して「AI などの技術を使えば、こうしたソリューションを顧客に提供できるよね」というような発想にならないといけないのではないか」と語っています。
「AIを活用して何かできないか」という供給者目線ではなく、「顧客起点」でビジネスを考えなければ銀行も競争に打ち勝っていけないと考えていることが良く分かります。
この顧客起点を最も実践していたのはコンビニ大手のセブンーイレブンではないでしょうか。筆者の記憶が間違っていなければですが、当時の鈴木会長は「他のコンビニを見く行くな」と部下に言っていると、記事か何かで読んだことがあります。競合を意識するのではなく、お客様が何を求めているかだけを考えるべし、という意味だったと認識していますが、この考え方がセブンーイレブンの躍進を支えてきたのではないでしょうか。
銀行は規制業種ではありますが、すでに様々な分野で他業態から侵食されることが見えてきています。本来の競争環境において勝ち残れる企業は、顧客から支持された企業のみです。
AIの時代だろうと何だろうと、この点は真実でしょう。
顧客よりも「お上(金融庁)」や「内部(頭取や役員)」「他行との横並び」を優先する企業風土の変革を成し遂げなければ銀行は生き残れないのではないでしょうか。