銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

MUFGと三菱地所の合弁会社設立は銀行の不動産賃貸緩和を見据えた動き

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三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)が三菱地所と駅前の再開発等を行う新会社を設立すると報道されています。

銀行は不動産についても厳しい規制があり、駅前の店舗等の好立地物件も有効には活用できていません。MUFGはどのような狙いを持って新会社を設立するのでしょうか。

今回はこのMUFGの動きについて、銀行の規制、新会社設立の背景等を考察しましょう。

 

報道内容

まずは、今回の報道内容を確認していきましょう。以下は読売新聞の記事を引用します。

三菱UFJ、店舗再開発へ…都心や駅前など

9/11(火) 7:17配信 読売新聞

 三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は、傘下銀行の多数の店舗について、大規模な再開発を行う方針を固めた。10月にも三菱地所と、再開発計画を作る合弁会社を設立する。都心や駅前など立地の良い店舗が対象で、100店を超える可能性がある。

 銀行の店舗は、来店者の減少や本業の融資による収益減で採算が悪化している。MUFGは、商業施設やマンションなどに建て替え、収益力を高める。店舗は移転だけでなく、再開発後のビルやマンションへの再入居も検討する。

 MUFG傘下の三菱UFJ銀行と三菱UFJ信託銀行などの店舗は約570店舗(3月末時点)。このうち、両行いずれかの所有で、好立地で収益を上げやすい店舗を選ぶ。所有する店舗のうち建設から40年以上の老朽化店舗は5割超を占めており、売却も検討する。

これが今回の報道内容です。

 

銀行に対する規制

前述の新会社は「再開発計画を作る合弁会社」とされています。

なぜ「再開発を行い不動産を保有する会社

」ではないのでしょうか。これは銀行の行うことができる業務範囲についての規制が関係しています。

銀行は銀行法12条により他業が禁止されています。

この法律の趣旨は、資金力がある銀行が強力な金融力を背景として一般事業に進出した場合、公正な競争が阻害されるおそれがあること、すなわち銀行に産業界を支配させないようにすること等です(今は、銀行を異なる業種のリスクから切り離し健全性を維持することに主眼がおかれているようです)。

この条項が今の時代に則しているかはともかく、銀行法の他業禁止により銀行は行うことができる業務の範囲が限定されているのです。

そして銀行の業務範囲については金融庁の監督指針で決められているところもあります。

銀行の不動産賃貸についてはこの監督指針において制限がなされています。

以下、金融庁の監督指針について確認します。

主要行等向けの総合的な監督指針(抜粋)

銀行及びグループ会社の業務範囲等

基本的考え方

(1)銀行の他業禁止規制の趣旨
銀行には、銀行法上他業禁止規制が課されているが、その趣旨は、銀行が銀行業以外の業務を営むことによる異種のリスクの混入を阻止する等(注)の点にある。
(注) この他に、銀行業務に専念することによる効率性の発揮、利益相反取引の防止が他業禁止の趣旨として指摘されている。

「その他の付随業務」等の取扱い

銀行が法第10条第2項の業務(同項各号に掲げる業務を除く。以下「その他の付随業務」という。)等を行う際には、以下の観点から十分な対応を検証し、態勢整備を図っているか。

(中略)

(4)上記(1)から(3)までに定められている業務以外の業務(余剰能力の有効活用を目的として行う業務を含む。)が、「その他の付随業務」の範疇にあるかどうかの判断に当たっては、法第12条において他業が禁止されていることに十分留意し、以下のような観点を総合的に考慮した取扱いとなっているか。
1.当該業務が法第10条第1項各号及び第2項各号に掲げる業務に準ずるか。
2.当該業務の規模が、その業務が付随する固有業務の規模に比して過大なものとなっていないか。
3.当該業務について、銀行業務との機能的な親近性やリスクの同質性が認められるか。
4.銀行が固有業務を遂行する中で正当に生じた余剰能力の活用に資するか。

(注1) 上記規定を総合的に考慮するに当たり、例えば、事業用不動産の賃貸等を行わざるを得なくなった場合においては、以下のような要件が満たされていることについて、銀行自らが十分挙証できるよう態勢整備を図る必要があることに留意すること。

イ.行内的に業務としての積極的な推進態勢がとられていないこと。

ロ.全行的な規模での実施や特定の管理業者との間における組織的な実施が行われていないこと。
ハ.当該不動産に対する経費支出が必要最低限の改装や修繕程度にとどまること。ただし、公的な再開発事業や地方自治体等からの要請に伴う建替え及び新設等の場合においては、必要最低限の経費支出にとどまっていること
二.賃貸等の規模が、当該不動産を利用して行われる固有業務の規模に比較して過大なものとなっていないこと。
※ 賃貸等の規模については、賃料収入、経費支出及び賃貸面積等を総合的に勘案して判断する(一の項目の状況のみをもって機械的に判断する必要はないものとする。)。

(注2) リストラにより、事業用不動産であったものが業務の用に供されなくなったことに伴い、短期の売却等処分が困難なことから、将来の売却等を想定して一時的に賃貸等を行わざるを得なくなった場合においては、上記(注1)を準用すること(ただし、ハ.のただし書及び二.を除く。)。

http://www.fsa.go.jp/common/law/guide/city/05.html

この監督指針をみていくと、銀行は「正当な」リストラ等で店舗に余剰スペースができた場合には、「積極的・全行的規模では行わず、改装や修繕を必要最低限にとどめ、賃貸の規模がその店舗で行われている銀行業務の規模に比して過大なものになっていないこと」等の条件を充たせば賃貸ができるということになります。しかし、このような条件を充足するのは非常に高いハードルがあります。

2017年9月からは監督指針が一部改正され、今までよりは外部に賃貸等をしやすくなりました。これは公的な再開発事業や地方自治体等からの要請に伴う建て替え、新設の場合において該当しますが、一般のビルオーナーのようには賃貸できません。

以上をみれば分かるようにこのような監督指針では銀行の店舗を有効に活用しようとしても難しいことが分かるでしょう。

それでもこの監督指針の改正は、銀行業界の要望を金融庁が受け入れたということでは前進でした。

今回のMUFGと三菱地所との合弁会社は、あくまで再開発の計画策定に限定しているようですが、この理由は銀行もしくはその子会社では、自由に再開発および外部への賃貸、すなわち不動産業を営めないからです。

では、今後も銀行は不動産賃貸を業として行うことは出来ないのでしょうか。

 

地銀の要望

銀行、特に地銀は、不動産賃貸を行えるように規制緩和を要望してきました。

例えば、第二地方銀行協会は「規制緩和要望」を取りまとめ内閣府(規制改革ホットライン)に提出してきました。

(提案の具体的内容)

空き家対策や中心街の空洞化対策等の地方創生を促進するため、銀行所有の余剰不動産に係る賃貸業務について、固有業務との親近性等の要件を柔軟化し、現行より幅広く認めて頂きたい。

(提案理由)

銀行が所有する余剰不動産の賃貸については、その他付随業務として、銀行業務との機能的な親近性等の要件の下、実質一時的な賃貸でなければ認められていない。

例えば、比較的好立地にある銀行店舗や社宅等の統廃合や建替等によリ生じた余剰不動産について、地公体や地元の民間事業者等からは、賃貸により地域に合った有効活用を望む声があるが、現状では柔軟な賃貸業務が行えないため、売却以外の選択肢はほぼなく、また地方ではその資産を購入し事業化できるような事業者等も少ないことから、売却できずに空き家、更地として放置されてしまうなど、中心街の空洞化問題を惹起することもある。

本件については、地域活性化や地方創生を促進する観点から、銀行業務との親近性等の要件を柔軟化頂き、従前より幅広く賃貸業務を認めて頂きたい。

この要望に対する金融庁の回答は「検討に着手」でした。

銀行が所有する余剰不動産を賃貸できる場合については、銀行に対する他業禁止の趣旨を踏まえ、銀行の健全性確保の観点から検討を行います。

この流れで前述の監督指針は改定されています。地銀にとってはわずかではありますが、要望がかなったのです。

近時報道されているように銀行、特に地銀の経営は厳しくなってきています。

かつ、地方経済の活性化の観点からも好立地の不動産を有効に活用していくことは非常に有用です。

そのため、金融庁は少なくとも銀行、特に地銀の店舗について外部賃貸を行うこと、すなわち銀行の不動産賃貸事業の解禁をかなり前向きに検討しているのではないかと筆者は考えています。

この理由は、上述の通り金融庁が実際に「検討に着手」と回答したことに加え、2017年11月16日の金融審議会があります。

まず、この金融審議会では資料に以下の記載がありました。

金融を取り巻く環境変化に対応した規制の点検・見直し
○金融機関においては、人口減少に伴う国内市場の縮小や世界的な長短金利の低下など、金融を取り巻く環境変化が起こる中、支店網の機能・役割の見直しなど、ビジネスモデルの再構築を図っている。
○こうした取組みに関して、制度面での障害があれば、除去していく必要。例えば、店舗制度のあり方等、金融を取り巻く環境変化に対応した規制の点検・見直しを行っていく必要があるのではないか。
http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/soukai/siryou/20171116-1.tml

ここでは共同店舗についての事例しか挙げられていませんが、銀行の不動産賃貸事業の実質解禁については協議されているようです。

以下、ロイターの報道記事を引用します。

[東京 16日 ロイター] - 金融庁の油布志行参事官は16日の金融審議会(首相の諮問機関)で、同庁が10日に公表した行政方針に地域金融機関の業務範囲規制の緩和を盛り込んだことについて「必ずしも法律改正が念頭にあるということではない」と述べた。
政策の総合調整を担当する油布参事官は、審議会参加者からの質問に対し、地域企業や経済に貢献するコンサルティングの提供や金融機関の保有不動産の活用などを例に挙げながら「規制を緩和することによってビジネスにつなげる余地があるのであれば、前向きに対応するという趣旨だ」と説明した。
地域の不動産情報が地銀に集約しやすいなどの理由から、不動産仲介など不動産関連業務への参入を要望する地銀は多いが、他業禁止を定める銀行法では認められていない。
http://www.asahi.com/business/reuters/CRBKBN1DG0HB.html

この通り、道筋は少しずつ作られてきているように筆者は考えています。

地銀は地域経済にとって現段階では必要な機能であることは間違いありません。

その地銀の収益下支えとなり、かつ地方創生にも繋がるのであれば店舗の余剰部分の外部賃貸も良いということなのでしょう。

また、地銀が積極的に不動産を新規開発を行うのではなく、既存物件の有効活用であれば、地場の不動産賃貸業者からの反発も少ないと想定されることも金融庁が規制を緩和しようと考えている背景にはあるはずです。

地銀の店舗の外部賃貸解禁は、上述の通り地域の活性化にとって有用です。地銀の収益を安定化させるためにも是非とも解禁・規制緩和をして欲しいと筆者は考えています。

 

MUFGの狙い

今回のMUFGが三菱地所と合弁会社を設立する狙いは以下の通りと筆者は想定しています。

  • 現段階では銀行法に抵触しないコンサルティング業務として三菱地所と合弁会社を設立
  • 三菱地所のノウハウを活用し店舗再開発を円滑に推進、三菱地所のノウハウも吸収
  • コンサルティング会社であるため、物件再開発時の利益外部(三菱地所への)流出は極力回避
  • MUFGで新規に立ち上げている私募REITの成長確保(再開発後の物件供給)
  • 将来的な銀行の不動産賃貸解禁への布石(銀行本体での収益確保)
  • なお、三菱地所にとっては店舗が外部売却となった場合の優先的な情報入手・購入の機会を確保

以上が想定されるところです。

なお、MUFGの傘下には不動産仲介業等を営む信託銀行がありますが、信託銀行でも再開発等のコンサルティングぐらいは可能なのではないでしょうか。

この点については少々気になりますが、MUFGと三菱地所の間では何らかのビジネス上の合意がなされているのかもしれません(もちろん、REITの運用を受託している信託銀行との利益相反があるからというのが素直な考え方ですが)。