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グーグル日本法人の従業員が労働組合を結成した背景を考察する

米グーグルの日本法人で働く従業員が初めて労働組合を結成しました。グーグルは1月に、全世界の従業員の6%にあたる約1万2千人の従業員を解雇すると発表しています。新たに結成された労働組合によると、日本法人でも代表から2月初旬に「3月中に何らかの通知をする」というメールが従業員宛に来ているとされています。

グーグル日本法人の従業員は、高度専門職の在留資格で働く外国籍の社員も多く、職を失えば日本で生活できない恐れがあるとされています。そして、メンバーの一部は既に、手当支給や転職支援を持ちかけて退職勧奨するような内容のメールを受け取ったと報じられています。

外資系は業績が悪化したならばすぐにリストラを行うイメージが強いと思いますが、なぜグーグル日本法人の従業員は労働組合を結成したのでしょうか。会社に抵抗することにはあまり意味はないのではないでしょうか。

今回は、日本における外資系企業の解雇規制と労働組合結成の背景について少し考察してみたいと思います。

 

外資系企業では解雇が簡単に行われると認識されている背景

まず第一に、この記事をご覧になっている読者は、外資系企業は従業員が簡単に解雇されるイメージがあるのではないでしょうか。

外資系企業の多くは、成果主義型の給与体系が採用されているのが一般的です。成果が発揮出来なければ従業員の収入は減少しますし、逆に成果を挙げれば給与はアップします。その代わり、多くの日本企業が採用している退職金や年金のような給与の後払い(もしくは長期勤務に対するインセンティブ)の性質を持つ制度が無いこともあります。成果が出なければ雰囲気として居づらくなるだけではなく、給与としても居づらくなるのが外資系企業です。

そして、外資系企業に勤める従業員は、自身の給与を上昇させるためには社外のポストに就く必要があることが多くなっています。自社の中で昇格・昇給するというのは簡単ではなく、企業を渡り歩くことでステップアップしていくのです。これは、いわゆるジョブ型雇用であるため、その企業のポジションに空きが無ければ昇格・昇給出来ないからです。そのような傾向があるため、外資系企業は退職者が多くなる傾向にもあります。また、会社が求める能力に達していない従業員に対しては、退職をすすめる傾向があることも、会社を辞める従業員が多くなる理由のひとつといえるかもしれません。

但し、外資系企業であろうとも、日本においては日本の解雇規制が適用されます。違法な解雇は許されないことは日本企業と同様なのです。

外資系企業は前述の通り、従業員の入れ替わりが多くなる傾向にあることは間違いありません。しかし、それではなぜ解雇が簡単という印象があるのでしょうか。その答えは、外資系企業が日本市場からの撤退や部門の閉鎖・移管によって解雇をしてきたことがあるからでしょう。

外資系企業からすれば、日本市場はあくまで一つの地域の支店のようなものであり、儲からなければ撤退することがあります。また、今までは日本で行ってきた業務を中国やシンガポールへ移管することがあるのも外資系の特徴です。日本企業でもコールセンターを都内から沖縄や北海道に移管していたことがありますが、外資系企業はそれがグローバルに行われているということになります。

従って、日本市場からの撤退や従業員自身が所属している部門の閉鎖・移管があれば、従業員が解雇されることがあり、これも外資系企業が簡単に解雇をするという印象をつけることになった理由です。

では、外資系企業が行っている「解雇」は適法なのでしょうか。

 

日本における解雇規制

労働契約法16条は、解雇は客観的合理的理由と社会通念上の相当性を欠く場合には、権利を濫用したものとして無効とする、と規定しています。

この規定は、判例法理(簡単に言えば裁判の事例)の形で存在していた解雇権濫用法理と呼ばれる解雇制限法理が明文化されたものです。

労働契約法16条の下で解雇が有効になるためには、解雇について「客観的合理的理由」と「社会通念上の相当性」の存在が必要になります。しかしながら、法律の条文だけでは具体性がありませんので、判例によって積み重ねられた先例を確認する必要があります。

解雇が認められる「客観的合理的理由」とはどのようなものでしょうか。判例で成立してきた客観的合理的理由は以下の通りとなります。

  • 労働者の労務提供の不能による解雇(簡単に言えば、怪我や病気により働けないこと)
  • 能力不足、成績不良、勤務態度不良、適格性欠如による解雇(ただし、会社側は繰り返し改善のための指導等を行う必要あり)
  • 職場規律違反、職務懈怠による解雇(一気に解雇ではなく、降格のように段階を経るべき等の観点もあり)
  • 経営上の必要性による解雇
  • ユニオンショップ協定による解雇(労働組合からの脱退、ただし、制限あり)

これだけでも、現在の日本では、会社が従業員を解雇するのは法律・判例上難しいことがイメージできるのではないでしょうか。

外資系企業での解雇という観点では、上記の客観的理由のうち、特に「能力不足、成績不良、勤務態度不良、適格性欠如による解雇」「経営上の必要性による解雇」に該当するか否かがポイントになります。

さらに、解雇には「社会通念上の相当性」が必要となります。この判断においては、当該事実関係の下で労働者を解雇することが過酷に過ぎないか等の点が考慮されます。解雇という処分をする事案の内容・程度が厳し過ぎないか、他の一般的な事案や処分と比較しても、充分な妥当性があるか、ということも判断に入るということです。

ここまでみてきた通り、日本で解雇を行うのは相当なハードルがあることが分かります。

そして、最大のポイントは「経営上の必要性による解雇」、すなわち整理解雇です。

今回のGoogleの事例が当てはまるかは微妙だと思いますが、どのような企業であっても業績不振で人員のリストラがどうしても必要になる場合もあるでしょう。

しかし、このような整理解雇でも4つの要件が必要とされており、安易な解雇は厳しく規制されています。

①人員整理の必要性(特定の事業部門の閉鎖の必要性等)

②解雇回避努力義務の履行(希望退職者の募集、役員報酬のカット、出向、配置転換、一時帰休の実施など、解雇を回避するためにあらゆる努力を尽くしていること等)

③被解雇者選定の合理性(選定が客観的・合理的であること等)

④手続の妥当性(労使協議があること等)

この整理解雇の四要件をみると、整理解雇を行うには、会社存続の危機がある等の相当な理由があり、加えて、様々な方策を行った後でなければ認められないことになります。会社は解雇を回避するためにあらゆる努力を尽くす必要があるのです。

但し、前述の通り、外資系企業では日本市場からの撤退や部門の閉鎖・移管があります。その際には上記①が適用され、合法とされることもあるでしょう。

 

今回のGoogle日本法人の場合

では、今回のグーグル日本法人の場合は、解雇は認められるのでしょうか。

ここでポイントとなるのは、現時点でグーグル日本法人は従業員を解雇している訳ではないというところです。報道を見ると一部の従業員は「手当支給や転職支援を持ちかけて退職勧奨するような内容のメールを受け取った」と報じられていますが、解雇されたとは報道されていません。

すなわち、グーグル日本法人は「退職勧奨」は行っていますが、「解雇」はしていないのです。

グーグル日本法人が従業員を解雇出来る場合は、現在の状況においては「能力不足、成績不良、勤務態度不良、適格性欠如による解雇」か「経営上の必要性による解雇」でしょう。

しかし、能力不足等による解雇は繰り返し指導を企業側が行う必要があり、非常にハードルが高い現実があります。そして、整理解雇の四要件にも大きなハードルがあります。グーグル日本法人が日本から撤退することは現時点で想定されていないでしょうし、グーグルが全世界的にみて倒産に瀕している訳でもありません。このような場合に、整理解雇の四要件を充足させて整理解雇に踏み切るのは厳しいでしょう。

従って、グーグル日本法人の従業員が会社の「退職勧奨」に安易に応じず、労働組合を結成して会社と話し合いを行うこと自体は日本の法律・判例を鑑みると適切なのです。

労働組合という存在は日本においてはあまり良いイメージがないでしょうが、他国でも普通に存在する機能です。強い力を持つ経営者に対抗するには数の力が必要であり、従業員が団結するのは何ら問題がありません。但し、日本においては、過去の労働争議(国鉄やJALの例が有名です)もあり、労働組合の印象は良くありません。労使協調路線を取り経営が安易に従業員を解雇しなかったこともあるのでしょう。「上に従っておけば良い」という風潮が日本企業では多くなり、労働組合へ加入している従業員の割合は低下を続けてきました。

それでも、日本憲法28条では、労働者保護のために「労働三権」と呼ばれる3つの権利が定められています。

  • 団結権=使用者と対等な立場で話すために、労働組合を結成または加入する権利
  • 団体交渉権=労働組合が労働条件などについて、使用者と交渉する権利
  • 団体行動権=団体交渉で労働条件が改善されない場合、デモやストライキ等で抗議する権利

そして、労働組合法とは、労働三権を具体的に保障するために定められた法律です。同法では、団体交渉での取り決めを労働協約として締結する権利や、労働組合・組合員への不当な扱いを禁止する不当労働行為等が定められています。

グーグル日本法人の従業員が労働組合を結成することは、会社(経営者)と交渉する上では合理的な手段なのです。

グーグル日本法人の従業員の今後の交渉は、日本企業に勤めている従業員にとっても他人事ではありません。今まで述べてきたように外資系企業に勤めていようと日本企業に勤めていようと適用される法律は同じです。グーグルに勤めていたら給与が高いエリートで会って自分たちには関係ないとは思わない方が良いでしょう。いつ同じようなことを日本企業が従業員に実施するか分かりません。そして、グーグル日本法人の事例があまりにも外資系企業全体から見て逆に理不尽(従業員に有利過ぎる)な決着となった場合には、外資系企業が日本に進出しなくなることになるかもしれません。それは、日本全体の賃金水準が上昇していくのを将来的に妨げるかもしれません。

以上を背景に、グーグル日本法人の今回の動きは筆者も注目しています。