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アフターコロナでジョブ型雇用が拡大する雰囲気には懸念を持ちたい

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転職サイトの「ビズリーチ」が、サイトの会員を対象に、新型コロナウイルス感染症拡大に伴う、働き方やキャリア観・転職活動への影響に関するアンケート調査を実施しました。

新型コロナウイルス感染症は日本のビジネスパーソンのキャリア観に大きな影響をもたらすことになりそうです。

今回は、アフターコロナにおける、個人のキャリア観の変化、そして雇用形態の変化について簡単に考えてみたいと思います。

 

ビズリーチのアンケート調査結果

まずはビズリーチのアンケート調査結果を確認してみましょう。

<アンケート結果概要>
56%:新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、自身のキャリア観に変化

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Q:それはどのような変化ですか。

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A2:どこでも活躍できる自身の強みを可視化する必要があると感じた。(n数=284)

  • そう思う62%
  • どちらかといえばそう思う34%
  • どちらかといえばそう思わない2%
  • そう思わない1%

A3:スキルアップや新しいスキル習得のために時間を割く必要があると感じた。(n数=284)

  • そう思う54%
  • どちらかといえばそう思う38%
  • どちらかといえばそう思わない8%
  • そう思わない1%

A4:場所や時間を選ばない働き方に魅力を感じた。(n数=284)

  • そう思う45%
  • どちらかといえばそう思う39%
  • どちらかといえばそう思わない13%
  • そう思わない4%

その他、今後の働き方やキャリア観について下記のような回答がありました。(自由回答から抜粋)

  • 新型コロナウイルス感染症拡大は、ジョブ型への急速な移行が進むきっかけになると思う。
  • 今後、日本の企業はこれまでのジェネラリストから、欧米のようなスペシャリストを重視した人材採用を段階的に増やしていくようになると思う。
  • 定年が延長され、雇用形態が多様化すると思う。
  • 仕事が誰にでもある状況ではないので、自ら業務を生み出し、よりプロフェッショナルな能力が求められると思う。
  • より雇用が流動的になると思う。
(出所 ビズリーチ プレスリリースhttps://www.bizreach.co.jp/pressroom/pressrelease/2020/0430.html)

この調査は、ビズリーチ会員が対象で、調査期間は2020年4月20日~2020年4月22日、有効回答数は517となっています。

転職サイトということで対象者が偏っている可能性はありますが、本件調査では、約6割のビジネスパーソンが新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、キャリア観が変化したと回答しました。また、そのうち9割以上が「企業に依存せずに、自律的にキャリア形成する必要がある」と回答しました。今回のような世界的な社会情勢の変化を受け、今後日本でも働き方が変化していくことが予想されるなかで、どこでも活躍できるように自身の強みを意識しながら、キャリアを築くことが重要だと考える個人が増加している可能性があります。

このアンケートで特に筆者が気になることは、ジョブ型雇用、スペシャリスト重視、雇用流動化というようなキーワードです。

一方で、経営者の団体である経団連もジョブ型雇用を推進しようとしています。

改めて、ジョブ型雇用とはどのようなものでしょうか。確認してみましょう。


ジョブ型雇用とは

ジョブ型雇用を理解するためには、日本における主流の雇用形態である「メンバーシップ型」雇用との対比が有効でしょう。

「メンバーシップ型雇用」とは、正社員として採用されると、仕事内容(職務)や勤務地などが限定されない雇用形態といえます。いわゆる「就社」型です。従業員は、企業に命じられた仕事はなんでもやらなければなりません。

新卒一括採用、終身雇用を前提とし、従業員に階層別研修を受けさせたり、ジョブローテーションとして様々な職場・業務を経験させたりしながら、その企業で必要な能力を向上させていく雇用形態こそがメンバーシップ型です。

従業員という「人」を重視した雇用形態ともいえます。異動して職務が変わっても給料は大きく変わらないことが一般的です。

一方、ジョブ型は職務や勤務地を明確にし、専門の能力を磨いていく働き方です。欧米に多いと一般的にはいわれています。

これこそが「就職」型です。

企業は求める仕事が先にあり、その仕事に対して人を割り振ることになるため欠員募集が一般的であり、仕事の内容も明確です。

職務記述書に従業員の仕事の内容が明記されている以上、企業が勝手に仕事を変えたり、異動(特に日本にありがちな転居を伴う異動)を命ずることはできません。

従業員の給料は「仕事」によって決まるため、日本のように年次が上がったから自動的に仕事の難易度が上がる(先輩は難しい仕事をする)、給料が上がる、昇進していくということは通常ありません。

このような違いがメンバーシップ型とジョブ型雇用には存在します。


経営者側の思惑

経団連、すなわち大企業の経営者は、なぜジョブ型雇用を推進しようとしているのでしょうか。

ジョブ型雇用を経団連が推進する理由は、高度人材の採用にあると報道されています。

現行のメンバーシップ型雇用では、年功序列に近い賃金体系になっており、専門性の高い人材を高い給料で採用しづらいということでしょう。

これは一面では正しいといえます。

特に外国人はジョブ型雇用が一般的であるため、職務記述書(=契約書)にない業務をさせられる可能性があったり、中途採用者にはメリットがない賃金体系(例えば年功序列や退職金制度という実質的な給料後払い制度)を避けるでしょう。

しかし、経団連の本音はこのような「キレイ」なものばかりではないはずです。

ジョブ型雇用は、解雇が容易です。

会社の方針転換や経済状況が変化した際には、「仕事」がなくなることはあります。その際に、ジョブ型雇用の従業員を雇用契約終了とし、解雇させることが比較的容易なのです。

ジョブ型雇用では仕事の内容・範囲と勤務場所が限定されており、企業にはジョブ型雇用の従業員に新しい「仕事」を用意する義務はありません。

また、与えられた仕事で期待されている成果を残せない場合は、能力不足として解雇されることもありえます。

そして、企業はジョブ型雇用の従業員を教育する必要もありません。ジョブ型雇用では、仕事を遂行できる能力を持った従業員を採用するためです。

ジョブ型雇用を推進することにより、会社は、給料は高くとも、社内には無いスキルを持ち、教育コストをかけなくても良い従業員を、必要なタイミングで、必要な期間だけ採用し、必要が無くなったら雇用契約を終了することができます。

新卒一括採用と終身雇用、年功序列を柱とする日本型雇用制度を見直し、ジョブ型雇用を推進していくとは、上記のような目的なのです。

 

個人にとってのジョブ型雇用

ジョブ型雇用は、悪いことばかりではありません。若年時から高い給料を獲得出来るようになる等、従業員側にとってもメリットがあります。

また、ジョブ型雇用で専門能力が高ければ、その企業に仕事がなくなっても別の会社に移って活躍できる可能性があります。

加えて、ジョブ型雇用はダイバーシティー(多様性)と親和性があります。育児や介護をしながら働き、勤務地や時間を働き手のニーズに応じて限定しつつ、能力を最大限発揮する、ということはジョブ型雇用の方が可能でしょう。メンバーシップ型雇用は、仕事が決まっていないので上司の命令一つで仕事が増えます。働き方に個人の裁量が少ないのです。

但し、まだまだ日本では転職市場が貧弱です。転職が当たり前になってこそ、ジョブ型雇用は個人にとってメリットとなり得ます。

一方で、ジョブ型雇用は個人に自立を迫ります。

日本のように企業内で職業教育(階層別研修、社内資格制度等)を行っているというのは世界的にみると少ないケースかもしれません。ジョブ型雇用が一般的であれば、日本のように新卒一括採用、年次が上がるにつれ自動的にキャリアアップすることがないため、わざわざ素人を採用して育てるメリットがないからです。

ジョブ型雇用が一般的ならば、個人は自分で強みを磨かなければならず、その強みを発揮できる領域が時代遅れとなり世の中から仕事が無くなったとしても自己責任です。これは厳しい世界であるとも言えるでしょう。

また、ジョブ型雇用の従業員の「上司(評価者)」の評定能力、マネジメント能力にも現時点では問題があるでしょう。メンバーシップ型雇用を前提としたマネジメントとジョブ型雇用のマネジメントは異なります。ジョブ型雇用の方が個人の行動事実、実績をきちんと評価しなければならず、難易度は高いのです。メンバーシップ型に慣れた今のマネジメント層に、ジョブ型雇用者のマネジメントができるでしょうか。

 

所見

単にジョブ型雇用を増やすだけでは、日本に新たな社会不安・雇用不安が発生する可能性があります。

日本の人材教育と社会保障制度は、企業に依存しています。本来は政府が担うべきことまで企業が肩代わってきたといえるかもしれません。退職金・企業年金制度や企業の健康保険組合はその最たる例です。継続雇用義務もそうでしょう。

企業にとって、ジョブ型雇用導入の当初の目的は本当に高度人材の獲得だったとしても、ジョブ型雇用の普及が、企業のコスト減らしに使われる可能性は十分にあります。大企業で相次いでいる早期退職者募集の意味を考えなければなりません。

アフターコロナの時代に、個人にとって非常に重要なのは、年功序列や終身雇用という「ファンタジー」を守るよりも、転職が不利にならない社会システムの構築です。これはブラック企業対策にもなります。
転職が容易で、経済的に不利にならないのならば、低賃金を許容する労働者は多くないはずです。ブラック企業・ブラックな職場からも、労働者自身が壊れてしまう前に離脱を選択することになるでしょう。

経団連のジョブ型雇用の推進は一面では正論です。しかし、企業にとっての個別最適を追求しているようにも思えます。高度人材が欲しいならば、単純に高い給料を提示する人事制度を作れば良いのです。

今回、新型コロナウィルス感染症拡大は、ビジネスパーソンという個人のキャリア観を変えようとしています。

このようなショックの後は、企業に依存するべきではないと個人が考えるのは当然です。

しかし、筆者はジョブ型雇用を安易に導入していく前に、転職を容易(決して解雇の容易化ではありません)とする社会制度の構築が先ではないかと考えています。年金(ポータビリティ)、退職金(給料の後払い)の慣行、職業訓練、休業補償の充実など、考えるべきポイントは膨大にあります。

安易なジョブ型雇用の拡大は、次のコロナショックが来た時に、大量の失業者を生むだけとなる可能性もあるのです。