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自社株報酬における株式給付信託の位置付け

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日経新聞で信託を使った株式報酬制度導入が拡大しているとの報道がなされました。

株式給付信託という聞き慣れない商品です。

今回は、この株式給付信託とはどのようなものなのか、導入されるようになった背景は何か等について、考察していきます。

 

報道内容

まずは日経新聞の記事を確認しておきましょう。以下引用します。

自社株報酬 導入600社超 
2018/07/24 日経新聞

 信託を使った自社株報酬制度を役員や従業員向けに導入する企業が増えている。この株式給付信託を導入した上場企業は6月末までに延べ約630社に上り、コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)が適用された3年前に比べ、4倍以上に増えた。株高による恩恵を受けることに加え、税制面のメリットを受けやすいことも導入を促している。
 株式給付信託は信託銀行が企業の資金で株式を取得。業績に連動して、役員や従業員にポイントを付与し、在職時や退職時にポイント数に応じて株式を給付する。
 みずほ信託銀行によると、役員向けに導入した企業は累計430社で、3年で12倍に増加。株主総会がピークを迎えた直近3カ月間だけでも2割以上増えた。従業員向けも安定株主づくりや福利厚生目的で導入する企業が増え、3年で約2倍の203社となった。合計で延べ633社となる。
(中略)
 自社株報酬は、2015年6月適用の企業統治指針が、中長期の業績と連動した報酬の活用を促したことで導入が増えた。収益が高まれば配当なども増え、役員や従業員が業績向上に取り組む効果がある。17年度の税制改正で役員向けの法人税法上の扱いが明確になったことも背景にある。
 自社株報酬には、ほかに株式購入の権利を付与するストックオプションや「譲渡制限付き株式報酬」(リストリクテッド・ストック、RS)などがある。株式給付信託は信託報酬のコストがかかるものの、ストックオプションに比べて企業側の事務負担が軽く、RSに比べ損金算入の自由度が高いとされる。

これが自社株報酬(株式報酬)、株式給付信託についての報道内容です。

では、以下でもう少し詳しく見ていくことにしましょう。

 

株式報酬とは

そもそも、株式報酬・自社株報酬とはどのようなものなのでしょうか。

株式報酬とは中期経営計画の達成など目標達成度合いに応じて「自社株」を役員等に付与する制度です。

現在、この株式報酬が注目を浴び、企業の導入が進んでいるのはコーポレートガバナンス・コードの策定によるものです。

このコードでは、役員報酬は「中長期的な会社業績や潜在的リスクを反映させ、企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けをすべき」との考えが示され、「中長期的な業績と連動する報酬の割合、現金報酬と自社株式報酬の割合」「経営幹部・取締役の報酬を決定するにあたっての方針と手続」を開示もしくは説明することが必要とされました。

また日本の株式市場で大きな比率を占める外国人投資家にとっては、役員等の報酬は、現金のみならず株式報酬のように企業の業績等に連動するような仕組みを組み合わせるのが当たり前です。

そのため、投資家と役員等経営陣が利害を共有できる株式報酬の割合が増加してきたという背景があります。

過去の日本企業では、役員は従業員の出世における「すごろくのあがり」のようなもので、報酬体系も従業員の報酬体系の延長のようなものでした。

しかし、そもそも株式会社の仕組み上、役員は株主から経営を付託された立場であり、従業員の延長線ではありません。グローバル化の流れの中で、経営者として今までとは異なる報酬体系が求められるようになってきたということです。

 

なぜストックオプションの導入ではいけないのか

新型株式報酬の導入が増加していることは上述のとおりですが、なぜ今まで導入されていたストックオプションではいけないのでしょうか。

まずストックオプションの特徴について確認しましょう。

  • ストックオプションは通常の場合、役員に交付する金額(費用)が決まっています。
  • そうすると株価が高い時には交付される株式数が減少します。逆に株価が下落した場合は株式の交付数は増加します。
  • そして、ストックオプションは通常、退任時に権利行使をして株式を取得しますが、取得した株式を売却できるのは退任後1年程度となっています(役員はインサイダー情報を知っている可能性が高いため)。
  • なお、税金面では権利行使時に納税が発生します。納税は権利行使時に交付された株式の時価がベースとなります。

以上がストックオプションの特徴となります。

これをストックオプションを交付された役員の立場からみるとどうなるでしょうか。金銭面でみた場合、何が最も得になるのでしょうか。

簡単に言えば、以下の条件が最も役員「個人」にとって良いのです。

  • 役員自身が現役の間は株価は低く(=多くの株式が交付される)
  • 権利行使をして株式交付を受ける際にも株価は低く(=納税額が少なくなる)
  • 株式を売却できるようになったタイミングでは株価は高い(=多額の売却益を手にすることができる)

これをみるとストックオプションの権利を持っている役員と投資家である株主とは必ずしも利害を共有している訳ではないことが分かります。

株主は常に株高を望むものです。

ストックオプションを持つ役員は、(もちろん最終的には株高が利益にはつながりますが)上述の通り一時的には株安の方が良いのです。

これがストックオプションの逆インセンティブ問題といわれているものであり、逆インセンティブ問題をある程度クリアできる株式報酬制度としての信託型、譲渡制限株式の増加が拡大してきた背景だと筆者は理解しています。

 

株式給付信託とは

株式給付信託は株式報酬制度の一種です。

業績目標の達成度や役職に応じて、事前に定めるルールに基づくポイントが役員に交付され、一定期間経過後にポイント相当分の株式を役員に対して交付する仕組みです。この点については、あらかじめ株式を交付しておく特定譲渡制限付株式とは異なります。

資金拠出者は企業であり、信託銀行が株式の取得、ポイントの管理、株式の交付等を行います。役員個人に金銭的な負担はありません。

株式給付信託の特徴

株式給付信託は非常に柔軟性の高いスキームです。

特定譲渡制限付株式が業績連動型とすることが難しいのに対して、信託型の株式給付信託は業績連動型とすることに何ら問題はありません。
大まかに言えば、株式給付信託は欧米で主流のスキームと同じであり海外投資家には導入が受け入れられやすいと想定されます。

また、業績の上昇にも、株価の上昇にもインセンティブが働く設計とすることが可能であり、株式報酬型ストックオプション(いわゆる1円ストックオプション)の逆インセンティブ問題よりも優れている側面があります。

業績連動型とする場合、指標の柔軟性も面白いところです。例えばCSRの観点から電気自動車の普及率を目標指標としても良いのです。

企業の実情や企業理念・ヴィジョンに合致する目標指標を作り、それを投資家にアピールしていくことが可能となるのが株式給付信託の特徴なのです。

この信託方式は、コーポレートガバナンス・コードの制定趣旨に最も適合した役員報酬制度だといえます。

役員個人にとってのメリット

株式給付信託には株式報酬型ストックオプションと比較して、役員個人にとってメリットがあります。

株式報酬型ストックオプションは権利行使時に株式取得にかかる納税が必要となります。

手に入った株式を売却できるのは権利行使から1年後程度ですから、役員個人にとっては納税が先に発生し、実際のキャッシュが手に入るのは後になります。

株式給付信託はインサイダーの問題をクリアしているため、役員に交付する株式の一部を金銭に最初に換価しておくことができます。

役員個人の納税資金を事前にキャッシュで準備しておくことが可能となるのです。

ここが株式給付信託における役員個人のメリットとなります。

税務面のポイント

業績連動型の株式給付信託は、会社側にとっても税務メリット(損金参入)が可能です。
これは特定譲渡制限付株式よりも優れています。

株式給付信託では業績連動給与の要件を充たしておけば役員に対する株式の交付時期は、在任時だろうと退任時だろうと損金参入が可能です。

特定譲渡制限付株式では業績連動型とする場合は損金参入の対象となりません。

これは納税面だけでみれば導入企業のコスト負担が株式給付信託の方が低いということを意味します。

なお、損金参入が認められる業績連動給与の要件は、交付株式数の算定方法が、業績連動指標(有価証券報告書に記載されるもの)によって算出されるものとなっています。この業績連動指標は単年度のみならず複数年でも可能です。

よって各企業の中期経営計画とリンクさせる役員報酬制度も株式給付信託では問題なく導入できるのです。

 

今後の動向

役員向け株式報酬のカテゴリー内では、業績・株価向上へのインセンティブ性、企業の損金参入メリット、役員個人にとっての納税資金手当のどれをとっても株式報酬信託がスキーム上は優れています。

少なくとも大企業においては、特定譲渡制限付株式よりも株式給付信託の方が導入メリットが上回るでしょう。

ただし、株式給付信託を導入しているのは大企業が中心だと思われます。

この背景は株式給付信託の導入およびランニングのフィーが高いという点にあります。

そもそも株式給付信託で扱うような役員報酬(株式報酬)の対象者は企業に何人いるでしょうか。数十人の役員に株式報酬を導入するために数百万円から数千万円のフィーを払うのは本末転倒だと考える企業が存在してもおかしくはありません。

株式給付信託の唯一のネックはフィーが高いことといえるのです。

以上より、株式給付信託は株式報酬の一つではありますが、大企業中心に導入がなされ、中堅企業が導入する特定譲渡制限付株式の方が導入件数としては多くなっていくのだろうと筆者は推測しています。