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役員退職慰労金という嫌われもの~キーワードは株主との利害一致~

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役員退職慰労金という言葉をご存知でしょうか。いわゆる企業の役員に対する退職金です。

この退職慰労金を廃止する上場企業が増加しています。

今回は役員退職慰労金が廃止されている背景について確認していきましょう。

 

報道内容

先日、興味深い記事が日経新聞に掲載されました。

まずは、この記事をご紹介しましょう。

役員退職慰労金制度の是非
2018/11/02 11:30 日経速報ニュース

 株主総会の議案のうち、最も反対票が多い議案の一つが役員退職慰労金贈呈議案だ。最近では、機関投資家により行使される議決権のうち半分前後を反対票が占める。当然のことながら、企業の側も次々と退職慰労金制度を廃止し、これまで退職慰労金として引き当ててきた金員を基本報酬に上乗せしたり、他の報酬に振り替えたりしている。
 しかし、退職慰労金制度は、そこまで問題のある制度なのだろうか。例えば、他人に仕事を頼むとき、その報酬の支払時期をいつにするのが依頼者に有利なのだろうか。通常は、仕事の成果を踏まえ、後払いで支払うのが、依頼者にとって有利なはずだ。
 取締役が、中期経営計画を策定し、その遂行を通じて会社の企業価値を上げていくことが期待されていることを踏まえれば、取締役の任期中のパフォーマンスを考慮して取締役に後払いで報酬を支払うこと自体は、何ら批判すべき話ではない。
 それでも退職慰労金贈呈議案に反対票が集まるのは、その不透明性に対する漠然とした懸念にある。通常、退職慰労金贈呈議案では、退任する取締役のプライバシーをおもんぱかって具体的な金額はもちろん、総額や支給基準が議案に記載されない。そのような議案を見た株主が不機嫌になるのもわからなくはない。
 もっとも実際の退職慰労金の支給基準については、実務的にある程度確立した相場があり、支給額もさほど多額ではないのが通常だ。そうであれば退職慰労金制度を廃止に追い込むまでの必要はなく、退職慰労金の支給基準や上限額を議案などで開示させたり、報酬委員会の実質的な関与を求めることなどにより透明性を増すことを促せば足りるはずだ。少なくとも株主は、後払いの報酬制度のメニューをそうやすやすと手放すべきではないのではなかろうか。
(森・濱田松本法律事務所 弁護士 石綿 学)

なかなか面白い指摘です。

役員退職慰労金は後払い支給となります。この退職慰労金の不透明感や「お手盛り感」が株主の反発を招いてきたのは間違いありません。

では、役員退職慰労金についてもう少し詳しく見ていきましょう。

 

役員退職慰労金とは

役員退職慰労金とは、取締役や監査役が役員を退職する際に、株主総会の決議を経て支給される退職金をいいます。(出典 EY新日本有限責任監査法人ホームページ)

この役員退職慰労金の支給金額を算出する方式の中で代表的なものとしては、退任時の報酬月額に役員在任期間と一定の係数(功績倍率)を乗じる方法があり、この金額に功労加算などの名目で加算された慰労金が付加されることもあります。

この支給は、株主総会において、取締役会へ具体的金額、時期、方法等の決議を一任することが多い状況にあります。

そして、日本の上場企業の大半は退任する役員全体の受取総額の開示にとどめて、個別役員の受取額は公表していません。

そのため、株主総会で算定基準が不透明だったり、個別役員の支給額が開示されなかったりなどという理由で、株主が退職慰労金の支払いに反対するケースが増えていました。

しかし、近時は日本政府がコーポレート・ガバナンスコード制定に動き、役員退職慰労金への風当たりは更に強くなっています。

 

コーポレート・ガバナンスコード

コーポレート・ガバナンスコードでは、役員報酬について以下のように定めています。

コーポレート・ガバナンスコード

【原則4-2.取締役会の役割・責務(2)】

(中略)

また、経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである。

〈補充原則〉
4-2① 取締役会は、経営陣の報酬が持続的な成長に向けた健全なインセンティブとして機能するよう、客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきである。その際、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきである。

これはどのような背景から定められているのでしょうか。

 

役員退職慰労金反対のロジック

一般的な役員退職慰労金の支給算定式については、上述の通り役員の退任時の最終月額報酬額や在任期間に役職に応じた係数(功績倍率)を掛け合わせます。

この算式において、役員が退職慰労金を最大化するには、どのような行動を取るのが良いでしょうか。

それは、可能な限り出世することのみならず、役員を長年勤めることです。退職慰労金の額は、会社業績を向上させても増額されることはほとんどありません。そのため、社長に嫌われないように、大過なく、長い期間にわたって任期を全うすれば、役員退職慰労金の受け取り額は増加します。

これは、株主に付託されて経営を行っているはずの役員における報酬としては、問題があると言えるのではないでしょうか。すなわち、株主と同じ利害=業績向上、企業価値向上が、役員にとってはインセンティブになっていないのです。株主からは、経営リスクを取らずに、任期を全うするインセンティブに見えるのです。

よって、役員退職慰労金は株主から嫌われるのです。

機関投資家は以上の考え方を踏まえ、議決権行使の基準を見直してきました。

以下は三井住友信託銀行の議決権行使基準です。

5. 退職慰労金

【議案に対する考え方】
役員報酬等については、企業業績や株主に対する利益配分と整合性があり、また、インセンティブとしての効果等の観点から適正な水準・内容とするべきであると考えます。また、会社業績や資本効率、株価が中長期にわたり低迷している企業においては、退職慰労金贈呈は望ましくありません。

【行使の原則】
以下のいずれかに該当する場合、原則として反対します。なお、功労金、弔慰金についても同様の基準に基づき判断します。
・会社業績や資本効率、株価が中長期にわたり低迷している企業において、退職慰労金の支給を行う場合
・社外取締役、監査等委員である取締役、監査役、または社外監査役に退職慰労金の支給を行う場合
・不祥事が発生した企業において、合理的な理由なく退職慰労金の支給を行う場合

これが、日本の機関投資家における役員退職慰労金に対する考え方と言えるでしょう。

上述の新聞記事にあるように「取締役の任期中のパフォーマンスを考慮して取締役に後払いで報酬を支払う」方法は、譲渡制限付株式や信託方式等で対応可能です。

業績や株価に連動せずに役員報酬を支給することが許されなくなってきているだけなのです。上場企業の役員退職慰労金は今後も減少を続けると想定されます。