2018年7月に金融庁の「融資に関する検査・監督実務についての研究会(第1回)」が開催されました。
金融庁は検査・監督の方向性を変えていこうとしています。
従前の金融庁検査は、個社毎の債務者区分を査定されるような検査が一般的でした(イメージはドラマ「半沢直樹」の検査シーンでしょうか)。
金融庁は画一的、強権的な検査・監督からどのような方向性に転換しようとしているのでしょうか。そもそも、あの組織が変わることができるのでしょうか。
今回は金融庁の検査・監督実務の方向性について確認していきましょう。
従前の検査・監督
上述の「融資に関する検査・監督実務についての研究会(第1回)」では、金融庁がどのような検査・監督を行ってきたか、組織としてどのように認識しているかを、整理しています。
以下で当該研究会の資料から一部抜粋していきます。
(出典 金融庁HP)
https://www.fsa.go.jp/singi/yuusiken/siryou/20180704.html
これまでの融資に関する検査・監督実務
<バブル崩壊後の不良債権処理>
金融庁は、バブル崩壊後の資産価格の下落を主な要因とする不良債権の拡大に対応し、金融機関の健全性を確保するため、以下のような検査・監督を行ってきた。
①検査マニュアルに基づく定期的かつ網羅的な個別の資産査定(債務者区分、Ⅰ~Ⅳ分類)の検証(1999年~)
②不良債権処理の推進破綻懸念先以下のオフバランス化に係る主要行向けルールとして、以下を設定。
a.2年3年ルール(新規発生分は3年以内、既存分は2年以内)(2001年)
b.5割8割ルール(新規発生分について、1年以内に5割、2年以内に8割)(2002年)→主要行の不良債権比率半減目標を達成(2002年8.4% ⇒ 2005年2.9%)
この記述は金融行政(監督・検査)について非常にまとまっています。
海外から日本の銀行における不良債権額について懐疑的な目で見られ、不良債権処理を強権的に進めなければならない時代であったことは間違いありません。
2年3年ルール、5割8割ルールは不良債権の半減目標に貢献しました。
一方で、銀行は長い付き合いの取引先との関係悪化・取引解消等の禍根を残しました。
金融庁は、金融庁の検査マニュアル・行政指導等によって、銀行が外形的・表面的・画一的・機械的な取り組みとならないように様々な対応をしてきたとも主張しています。
<顧客の実態に応じた金融機関の取組みを尊重>
他方で、金融庁は、検査マニュアルの示す外形的な基準だけが優先されることのないよう、検査マニュアル冒頭で「金融機関の規模や特性を十分に踏まえ、機械的・画一的な運用に陥らないよう配慮する必要がある。」旨を示すとともに、以下のような様々な取組みを行ってきた。
a.実現可能性の高い経営改善計画による債務者区分の改善を可能に
b.中小・零細企業の経営・財務面の特性や実態を踏まえた扱いを求める金融検査マニュアル別冊(中小企業融資編)を公表(2002年)
c.リレーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプログラムを公表(地域金融機関を対象として、中小企業の再生と地域経済の 活性化を図るための取組みを進めることにより、不良債権問題の解決を目指した)(2003年)
この取り組みについては、主に中小企業に対しては一定の効果があったと言って良いでしょう。
しかし、それは銀行の自主性を尊重するようなものだったのでしょうか。
筆者の感覚では、政治的な要請に基づく中小企業の保護(有権者の支持・マスコミへの対応)の観点が主だったように感じていますが、どうでしょうか。
従前の検査・監督による影響
従前の検査・監督による影響については金融庁は以下の課題を認識しています。
融資に関する検査・監督についての主な課題
<金融機関の融資行動の変化>
検査マニュアルに基づく検査が繰り返されたことにより、一部の金融機関では以下のような融資行動の変化が生じているのではないか。
a.財務指標への過度な依存: 財務指標などの定量データを重視した債務者区分や格付のプラクティスが定着した結果、与信判断まで均一化した。顧客の事業の将来性や金融機関の支援態勢など定性的な要因を適切に与信判断に織り込めていない。
b.短期継続融資から証書貸付への転換: 書換継続されている手形貸付が貸出条件緩和債権に当たりうるとの検査指摘を受け、正常運転資金の範囲内のものまでが約定弁済付の証書貸付へ切り替えられ、顧客の資金繰り悪化の一因となった。
c.目利き力の低下: 顧客の実態や各地域の経済環境等を把握・評価して与信判断を行うという本来的な融資スキルが失われた。
d.担保・保証への過度な依存: 担保・保証による保全がない与信についてのリスクを見極めるスキルが失われた結果、担保・保証に過度に依存した融資慣行が定着した。
この観点は非常に重要な点でしょう。
与信判断がある程度均一化したことは間違いありません。
不良債権処理は、営業現場を疑うことでもありました。本部は現場の主張を鵜呑みしていたら金融庁から指摘されます。現場にはどんどんと裁量がなくなっていったのです。
金融庁検査では、個別の判断・事象はかなり無視され、客観的な指標・数字に基づいて画一的に債務者区分が決められました。
厳密に言えば、債務者区分の判定と与信判断は違うのですが、債務者区分・格付上では不良債権予備軍とされている取引先に、リスクを取って貸出を行う「サラリーマン」が銀行でどれだけ生き残れたでしょうか。
なお、担保・保証による保全がない与信についてのリスクを見極めるスキルについては、従前から存在していたかは疑問です。
短期的な資金繰りの見極めノウハウは存在していましたが、現在の方が中長期的なCF分析の能力は上がっているのではないでしょうか。ただし、その分析能力が与信に結びついているかは疑問かもしれません。
現在は、担保さえあればリスクを取ることができるというよりは、「貸出採算が改善する」から担保を取るという表現の方が正しい銀行も多いかもしれません。
銀行間の競争は厳しく、貸出採算を確保するためには担保が必要なのです。担保はリスク判断のみに影響する訳ではありません。
<金融機関が認識しているリスクと引当の水準のズレ>
現状の実務では、顧客の実態バランスを中心に債務者区分の判定を行い、過去実績を中心に将来の損失を見積もっているため、顧客の定性情報、特定の顧客に帰属しない足元や将来の情報(マクロ情報を含む)については、金融機関のリスク認識には反映されている場合でも、引当には反映されていないのではないか。これにより金融機関のリスク認識と引当の水準にズレが生じているのではないか。
<将来の金融危機に対応できないのではないか>
過去実績や担保・保証を重視するこれまでの検査・監督は、バブル崩壊後の事後的な不良債権処理には有効であった。 他方で、バブル当時に戻って考えてみると、地価や株価が上昇している最中では、借手のほとんどが正常先であり、かつ、ほとんどの貸出が担保によりフル保全となっていたため、これまでの検査マニュアルに基づく検査では金融機関の融資ポートフォリオに関する信用リスクの高まりを事前に察知し、将来の金融危機に対応することはできないのではないか。
銀行のリスク認識と引当の水準にズレが生じているのは間違いありません。
もちろん、定性的な情報により取引先の財務内容・業績が悪化する懸念を引当(≒債務者区分)に織り込んでいないというのもあるでしょう。
要因としては、営業現場も多忙であり債務者区分見直し等に注力している時間は無いということもあるでしょうし、債務者区分見直しのトリガーも結局は「定量的な」基準としている銀行が多いということもあるでしょう。定性的な情報は主観によるところが大きいため、組織として活用・運用するのは難しいのです。
また、取引先の業績が更に改善し、債務者区分・格付が向上する可能性を織り込んでいないという観点もあるでしょう。アップサイド(=引当は減少)する方向について銀行の認識と引当額との乖離もあるのです。
金融庁からの長い期間にわたる指導もあり、 保守的に債務者区分・格付査定を行うことが一般的になっている銀行が多いのではないでしょうか。
こちらは債務者区分≒与信判断となっている現状では問題(もっと貸すことができる等)だとは思いますが、銀行の健全性維持を優先する金融庁にとっては、あまり関係ない話かもしれません。
課題にかかる分析と今後の方向性
金融庁が認識している課題について、同庁が課題が発生した原因分析をしています。
課題についての原因分析
<なぜこのような課題が生じたのか?>
① 債務者の実態バランスをベースに定量情報で債務者区分を判定し、過去データを基に引当の見積りを行ってきた。
a.資金使途(運転、設備、赤字補てんなど)が考慮されにくい
b.将来変化(支援による改善、外部環境による影響など)などが十分に反映されない
c.定性情報が反映されにくい
d.業務方針、顧客との関係を深めて得た情報、金融機関からの働きかけによる顧客の行動の変化などが十分に考慮されない② 個別債務者毎に債務者区分を議論してきた。過去のバブル崩壊後は、不動産等の資産価格の下落を背景に多くのケースにおいて個別の大口与信先に対する不良債権のリスクが重要だったが、現在は重要なリスク要因が多様化しているため、個別の債務者毎に債務者区分を議論しても本質的なリスクに対応できない可能性がある。
a.信用毀損に至っていない大口与信先に大きなリスクがあるケース
b.産業集中(不動産などの特定産業)によりリスクが高まっているケース
c.高齢化・人口減少が著しい地域において市場縮小・廃業などのリスクが高まっているケース
d.新しく手がけた与信(新たな産業、商品、地域など)に関するリスクが既存の与信とは異なるケース
この分析は筆者としても賛同します。金融庁がこのような課題とその原因を認識したのみならず、公表し、改善していこうとする姿勢は評価されて良いのではないでしょうか。
今後の金融機関の実務の方向性
<金融機関の実務の改善に向けた環境整備>
- 実務の改善を希望する金融機関が前述の課題に対処し実務の改善を進めやすくするためには、どのような環境整備が必要か。
- 金融機関は、これまで融資ポートフォリオの信用リスクを把握する際に、少なくとも個社の定量情報や過去実績などの情報を評価するよう求められてきた結果、これらの点を注視するようになった。
- 他方で、検査マニュアルにおいては、定量的な基準だけが優先されることのないよう、個社の定性情報も勘案することとされているが、共通に設定された債務者区分という枠組みの中での反映に限られてきた。
- また、個社に帰属しない足元の情報や将来の情報については、具体的な評価方法が明らかでなく、当局も検査の際に検証の対象にしていなかったため、ほとんどの金融機関において信用リスクを評価する際に用いられていない。
- このような状況の下、現状の実務を継続する金融機関も存在する一方で、将来の損失をより的確に見積もるための改善に取り組んでいこうとする金融機関も存在する。
- 金融機関によって業務方針や顧客の層・地域・産業が異なるため、融資ポートフォリオの特性は様々である。金融機関が重要な順にリスクを評価した上で合理的に行動したい場合、金融機関が不安なく工夫できる環境が望ましいが、どうしたら作ることができるのか。
今後の融資に関する検査・監督の方向性<どのような検査・監督が必要か>
全ての金融機関に画一的な最低基準を適用するスタイルの検査・監督を改めるとすれば、今後の融資に関する検査・監督にあたってどのような対応が必要か。例えば以下のような方向性が考えられるがどうか。
① リスクを適切に評価する切り口を検討するために金融機関の実態を把握する
② より広い範囲の情報からリスクを認識する
③ 金融機関のビジネスモデルやポートフォリオの多様性を踏まえて情報を評価する
<金融機関の実態を把握する>
リスクを適切に評価する切り口を検討するために全ての金融機関を一律の手法に当てはめるのではなく、金融機関の実態を把握し、多様性を理解する。
a.金融機関のビジネスモデルはどのようなものか
b.どのような経営方針、融資戦略、クレジットポリシーを掲げているのか
c.これまでどのように融資ポートフォリオ構成が推移し、今後はどのような姿を目指しているのか
d.どのような顧客特性があるのか、地域・産業に関してどのような特徴があるのか<より広い範囲の情報からリスクを認識する>
当局が、金融機関の融資ポートフォリオに関するリスクを評価するに当たり、過去の実績だけでなく、足元や将来の情報を含め、金融機関にとって合理的に利用可能な情報を幅広く活用する。
<金融機関の多様性を踏まえて情報を評価する>
認識した情報を基に、信用リスクのうち、どこまでが引当に反映され、どこからが資本でカバーされているかを評価していく。その際、情報の評価に当たっても、金融機関のビジネスモデルや融資ポートフォリオの多様性を勘案するよう留意する。
金融庁の検査・監督の方向性は、個別・多様性を許容性を踏まえる方向に行きそうです。
以上確認してきたように、画一的な指導が現在の銀行における課題を生み出しており、それを金融庁が認識していると公表したのであれば、それを改めるしかありません。
銀行実務に長年携わってきた筆者としては、この方向性は正しいと考えます。
ただし、実効的になるかは金融庁・銀行双方の多大な努力が必要です。
金融庁が「多様性を許容する」ということは、組織としての金融庁および個々の職員が、銀行経営のみならず債務者の事業特性を個々に理解していかなければなりません。
また、業界(例えば少子高齢化に伴う不動産賃貸業)がどのようになっていくのか、地域はどうなっていくのか、銀行も知見を蓄え、主体的に判断していく一方で、こちらも金融庁が知見を持たなければならないでしょう。
金融庁も銀行も、この多様性の許容、すなわちある意味での「是々非々」にて活動していくまでにはかなりの苦労が伴うでしょうが、業界が生き残り、国民生活に銀行業が貢献していくために必要なプロセスなのでしょう。