銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

LINEは決済革命を起こせるのか

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LINEが決済分野で攻勢に出ようとしています。
これは既存の銀行にとっては大きな影響をもたらす可能性があります。
LINEが狙う「決済革命」がどのような意味を持ち、影響があるのかについて考察します。

 

報道内容

まずは、全体像を確認するために報道内容を確認しましょう。

以下の記事は日経新聞の記事の引用です。

LINE、なるか決済革命
2018/07/10日経新聞
 電子メールより簡単に連絡を取り合える「対話アプリ」で名をはせたLINEが「銀行」への道を走り始めた。今後3年で「LINE Pay」を拡散させる計画を打ち出した。全国どこでも24時間365日、手持ちのスマートフォン(スマホ)でお金を送ったり使ったりできるようにする。しかも無料だ。7500万人の利用者に「決済革命」が起きれば、既存の銀行業を根底から揺さぶりかねない。
 「圧倒的に使える店舗を増やす。そのための無料化だ」。LINEの出沢剛社長は6月28日、千葉県浦安市で開いた戦略説明会で、大胆な戦略を打ち出した。
 「決済革命」と称した新戦略は3年間、小さな飲食店や商店から受け取る手数料をゼロにすること。しかも、端末設置の初期費用もゼロ。「クレジットカードですら全国津々浦々で使えない。キャッシュレス化を加速させる起爆剤にする」という。
 LINEが打ち出した一手は銀行業界にアリの一穴となり得る。理由は2つある。
 1つは新しい事業モデルだ。銀行と系列で抱えるクレジットカード会社は「手数料」で稼ぐ。一方、LINEはそれと一線を画し、決済を通じて得られるデータや顧客情報を広告などに活用する「事業者支援」で事業を成り立たせる青写真だ。QRコードで決済すれば決済額の3~5%分ポイント還元するおまけを付け、利用者が利用者を呼ぶ拡散効果も促す。銀行やカード会社に手数料を払う習慣が崩れれば、中長期的に既存の金融を追い込む可能性がある。
 2つ目は、銀行の根幹業務である預金だ。安定した決済システム、いつでも引き出し可能なATM、13000に上る店舗。銀行が抱えるインフラは計10兆円規模に上る。LINEのような無料サービスは、こうした既存の設備を陳腐化させる威力を持つ。銀行の巨大なインフラは基本的に預金を集めるために作り上げた設備だからだ。
 しかし、超金融緩和下で、預金金利はゼロ近辺に張り付く。貯蓄機能を持たず、現金の保管機能しかない状態。若者を中心に預金者は便利で低コストなら、現金の預入先を乗り換える可能性も高まっている。
 LINEが勝負に出た流れは、予想された動きともいえる。金融庁が「銀行」を守らなくなっているからだ。銀行法は、銀行業を「預金と融資」「為替取引(決済)」のいずれかを手がける事業と定める。銀行免許を持つ業者にしか、この業務を認めてこなかったが、金融庁はこの規制に風穴を開けていた。
 LINEは2014年10月、少額(100万円まで)に限り為替取引業務を特例的に認める「資金移動業者」の登録を受けていた。金融とIT(情報技術)を融合したフィンテックを促すため、金融庁が打った一手が現実となり始めた。
 LINEの出沢社長は銀行免許を取得したり、銀行を買収したりすることについて「規制緩和で銀行免許でなくてもできることが増えた」と指摘。「今はそれ以外にできることがある。検討中とも言えない」と慎重な姿勢を崩していない。
 銀行最大手の三菱UFJ銀行ですら預金口座数は4000万。LINEの7500万人が動き出せば、固定電話が携帯電話に置き換わったような大きなうねりが起きるかもしれない。その時、LINEはメガバンクを超える「ギガバンク」のような存在になる潜在力を持っている。

<日経電子版 出沢社長インタビュー抜粋>
――手数料0円は赤字覚悟のキャンペーンなのでしょうか。
 「決済手数料で稼ごうと思っていない。ユーザーとのエンゲージメント(つながり)と、ユーザーの同意を得た上で得られる情報が価値になる。3年間はキャンペーンという長さではない」
 ――一方、ジェーシービー(JCB)と非接触型決済「クイックペイ」で提携します。大手と組む狙いは何でしょうか。
 「大手流通チェーンの店舗はすでに、カードリーダーなどの決済方式を導入している。それを有効に活用するためだ。クイックペイは72万カ所で使える。2018年中に100万カ所に増やす目標が現実味を帯びる」
 ――LINEペイでできる決済や送金は銀行の専売特許でした。
 「LINEは7500万人が使うサービスで、ユーザーとの接点が多い。携帯キャリアやスマホの基本ソフト(OS)を問わず誰でも使え、汎用性がある。いろいろなサービスがLINE上で連携できるし、LINEペイで決済したユーザーに自社のアカウントを友だちに登録してもらうなどマーケティングツールとしても活用できる。我々は金融の『素人』だからこそ、まっさらな目でユーザー視点のサービスを提案できる」
 ――銀行を傘下に置くなど、銀行業に参入する構想はありますか。
 「規制緩和が進み、(免許が必要な)銀行業でなくてもできることが増えている。現時点ではできることをやる。銀行には知見と資産があり、なくなることはないと思う。LINEがやるべきことはユーザー視点のサービスをつくることだ。(免許取得や銀行買収は)検討中とも言えない(笑)」
 ――LINE前身の一つ、ライブドアでは当時の社長だった堀江貴文氏が西京銀行と新銀行の設立を構想したことがありました。
 「当時、ライブドア社内から見ていたが、めちゃくちゃ大変そうだった。みんな懲りたのではないか(苦笑)。自ら銀行を持つのはメリットもデメリットもある。今はむしろ銀行とのパートナーシップが重要だ。LINEペイは現時点で62行の銀行口座と連携してる。銀行口座は非常によくできたシステムで、LINEの決済サービスとどう連携させるかが重要だ」
 ――5年後、10年後の金融事業をどう描きますか。
 「LINEはユーザー視点で金融サービスを考える。起点となるのがLINEペイだ。友達に送金する機能など、ネットワーク効果によるサービスの拡散も見込める。メッセンジャーアプリもそうだったが、一定数を超えた段階で生活が変わるようになる。利用者が増えたその延長線上に何が起こるのかに興味がある
 「利用可能な店舗が100万店を超え、LINEペイを使うお客や従業員が増える状況をつくれれば、様々なニーズが出てくる。決済や個人間送金のほか、企業から個人への送金などBtoCビジネスに参入する構想もある

以上が報道記事の内容です。

 

LINEの発表内容

次にLINEが公表した戦略説明会の内容についても引用しておきます。

「LINE CONFERENCE 2018」を開催
2018.06.28 (抜粋)
8)Financial Session
LINEにとって、今年最大のテーマ、新たな挑戦として金融領域の”リデザイン”を行っていくことを発表いたしました。金融=お金は、LINEの成長戦略である「スマートポータル」を実現、完成させるために欠かすことのできないパーツであり、LINEが人とお金の関係を”リデザイン”することを宣言いたしました。Financial Sessionでは、Financial領域および「LINE Pay」における、新たな挑戦を発表いたしました。
(中略)

<LINE Pay>
「LINE Pay」では、”決済革命”を発表し、以下の新たな取り組みを発表いたしました。
■新たな決済手段として、「QUICPay」と提携し、非接触型決済へ対応(対応開始予定:2018年秋以降)
「LINE Pay カード」、QR/バーコード決済に続く第3のオフライン決済方法として非接触型決済に対応すべく、「QUICPay」との提携を発表いたしました。これにより、「Android」の対応端末をお使いのユーザーは「QUICPay」に対応する国内約72万箇所でスマートフォンをかざして「LINE Pay」アカウント残高から支払いが可能となります。
■コード決済普及のための3つの施策を発表
1.決済アプリ「LINE Pay 店舗用アプリ」の提供開始(本日6月28日よりサービス開始)
本日より、中小規模の店舗をはじめとする事業者がより気軽にコード決済を導入することができるようにすべく、スマートフォンにアプリをダウンロードして「LINE Pay」のQRコード決済に対応する「LINE Pay 店舗用アプリ」の提供を開始いたしました。「LINE Pay 店舗用アプリ」は、“レジ機能”に加え、店舗アカウントと連携することで友だちにメッセージ配信が可能な “メッセージ機能”も兼ね備えており、決済から販促まで活用いただけます。
2.3年間「LINE Pay 店舗用アプリ」QRコード決済手数料を無料化(期間:2018年8月より3年間)
2018年8月1日~2021年7月31日の3年間、電子決済利用の際に店舗側が負担する決済手数料を「LINE Pay 店舗用アプリ」に関しては0%で提供いたします。これにより、アプリをご利用の事業者は、3年間QRコード決済を初期費用ゼロ、手数料もゼロで利用可能になります。
3.「マイカラー」制度アップグレード(期間:2018年8月から)
ユーザーによりお得にコード決済を使っていただくため、インセンティブプログラム「マイカラー」において、コード決済の利用を大幅に優遇してまいります。
2018年8月1日~2019年7月31日の1年間、カラーバッジ保有ユーザーを対象に決済時に付与される「LINEポイント」を、QR/バーコードで支払う「コード支払い」に関しては、カラーごとに提示されている還元率に3%を上乗せして付与いたします。さらに、現在設定されているポイント付与対象金額10万円の上限を撤廃いたします。
(出典 LINEホームページ)
https://linecorp.com/ja/pr/news/ja/2018/2238

以上がLINEが発表した内容です。

 

LINEが狙うもの

LINEの金融領域における戦略については、まずユーザーに対して何を提供していきたいかがポイントになります。

基本的にはユーザーの中でも個人に的を絞っているのは間違いありません。

上記戦略説明会のリリース文には記載はありませんが、野村證券と証券会社の設立準備中であり、資産運用サービスおよび個人ローンも準備中です。上記のリリース文の中には(当該記事では引用していませんが)仮想通貨についても取り扱う予定としています。

LINEはコアの事業であるコミュニケーションツールの圧倒的な個人顧客基盤を活用し、個人分野における様々な金融サービスを一手にユーザー個人に提供しようとしているのです。

その中でLINE PAYは大きな意味を持つことになります。

LINE PAYは個人の情報を収集するのに最適です。

すなわち、個人がどの程度の支払い能力があるのか、どのような商品・サービスに興味がありお金を払っても良いと考えているのかという情報を獲得することが可能なのです。

これに従来からLINEが提供するニュース、音楽等のユーザー利用情報を掛け合わせれば、銀行では持ち得ない個人情報が出来上がります。

この情報を使えばLINEがユーザー個人に対して、信用力(支払能力等)を査定し、お金を貸すことが可能になります。恐らく銀行や消費者金融よりも、個人毎の信用力調査の精度は高いでしょう。

精度が高ければ、信用力の高い個人を抽出することが可能であり、銀行や消費者金融よりも低い金利で貸し出しを行うことも可能になってきます。

同様に資産運用についても興味あるテーマ等で勧誘が可能になるでしょう。もちろん、LINE PAYでの支払が多いユーザーであれば収入が多いか、資産背景があるかという想定も可能です。効率的かつ有効なユーザーへのアプローチが可能となるでしょう。

これがLINEの狙いです。

ではLINEの狙いを実現するためには、どのようにしたら良いのでしょうか。

それが今回のLINE PAYにおいての戦略なのです。

LINE PAYが普及するには、多数の店舗等で活用が可能でなければなりません。

また個人にとっては利用にかかるインセンティブがなければなりません。

この二つを満たすために、店舗等については決済手数料をゼロとし、使える店舗等を増やすと共に、個人が利用した場合に3%以上の還元を行うことにしたのです。

これはクレジットカード会社のみならず、決済サービスを提供する既存事業者(楽天PAY等)へも打撃を与える可能性を秘めています。

お店にとっては3~5%程度の決済手数料を払わなくても良いのであれば、とにかくお客様にはLINE PAYを使ってもらいたいと考えるでしょう。

個人も3%以上の還元率であれば、還元が大きいといわれるクレジットカードよりもLINE PAYで支払った方が「お得」です。

LINE PAYを個人ユーザーが使うことが普通になれば、個人間の送金(例えば飲み会の割り勘)もLINE PAYで送金することが一般的になるかもしれません。

LINE PAYは個人ユーザーにとっては送金手数料がかかりません。すなわち、LINE PAYが便利な現金代わりとなる可能性もあるのです。
なんと言ってもLINEを使っているユーザー数は圧倒的です。

使い勝手が良ければ普及する可能性は高いといえます。

そして、LINE PAYが普及すると、既存の銀行が取り組んでいる仮想通貨(例としてはMUFGコイン)や電子マネー(例としてはみずほのJコイン)は個人分野では無価値になる可能性があります。

銀行が開発している仮想通貨や電子マネーの「売り」は為替手数料の「安さ」です。現段階では、無料を想定はしていないでしょう。

既存の銀行送金ネットワークではない形で、システムコストを抑えて、サービスを提供しようとしているのです。

LINE PAYはこのサービスを無価値にする可能性を秘めているのです。

 

LINE PAY普及のハードル

LINE PAYはかなりの可能性を秘めており、現行の送金サービスを破壊する可能性すらあります。

一方で、普及していくにはハードルもあります。

一つの要因は日本の資金決済法です。

個人ユーザーの送金では、想定しづらいかもしれませんが、資金決済法では一回あたり100万円の送金が上限となります。これは最終的に法人までをLINE PAYで取り込もうとしているのであれば、使い勝手が悪いといえます。

またLINE PAYは事前チャージ型ですので、個人ユーザーにとってはクレジットカードのような後から支払うタイプの決済手段よりは面倒とされる可能性があります。

加えて、法律上の前払式手段であるため、「基準日における未使用発行残高が政令で定める額(現行1,000万円)を超える場合に、その2分の1以上の額の発行保証金を供託する義務(銀行等の保証契約でも可)」がLINEに発生しています。

ユーザーが集まり、入金が増大するとLINEにとっての供託(もしくは銀行保証)コストがかかってくる可能性があります。LINE PAY自体は無料どころかインセンティブ付与で費用がかかっていますから、確実に収益化させるための手段が必要となります。

そもそも集まってきた資金は、結局は銀行に預けることになるでしょう。銀行側はマイナス金利政策導入以降は預金を受け入れるとそれだけ利益が圧迫されます。

競合サービスであるLINE PAYを維持するために預金を受け入れる協力をする銀行がどれだけあるのか、懸念が残ります。

場合によっては、銀行がマイナス金利相当のコスト負担をLINEに求めるかもしれません。
このようなハードルがLINE PAYには待っています。

しかし、LINE PAYは日本のキャッシュレス化を大きく進める潜在力を持っています。また、小売店等の収益を改善することにもなるかもしれません。

様々なハードルはあるものの普及して欲しいと思います。