銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

金融庁の2020年度金融行政方針における銀行のトピックス

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金融庁が「令和2事務年度 金融行政方針」を発表しました。

タイトルは「コロナと戦い、コロナ後の新しい社会を築く」です。

金融行政方針は、金融庁が今後1年で取り組む重点施策を盛り込んだものであり、金融行政の方向性について非常に参考になるものです。

今回は、この金融行政方針について、特に銀行に関係のある項目を見ていくことにしましょう。

 

制度面への対応

令和2年(2020年)の金融行政方針では「制度面の対応」について以下のように触れられています。少し長くなりますが、重要な箇所であるため原文を引用します。

制度面の対応

① 顧客・地域の再生に必要な業務を可能にするための銀行の業務範囲等の見直し

コロナ禍等の影響により社会経済のあり方が変わるとともに、構造的に少子高齢化の進展や人口の減少などが進む中、金融機関は、企業や個人によるこうした変革への対応を主体的に支援し、自らのビジネスの見直しを進めることが必要だ。
金融機関がこれらの課題により積極的に取り組むことのできる環境を整備し、もって金融機関が地域経済の再生や持続的な成長に貢献できるようにする。具体的には、経済の回復と持続的な成長に資する銀行制度等のあり方について、金融審議会において以下の検討を行う。

(ア) 銀行グループが、地方創生に資する業務など社会的に意義のある業務に積極的に取り組むことができるよう、銀行の子会社や兄弟会社の業務範囲に関する規制を見直す

(イ) 地域における事業再生や事業承継、ベンチャービジネスを支援していく観点から、銀行グループによる一般事業会社への出資に関する規制を見直す

(ウ) 銀行グループと事業会社グループとの間のイコール・フッティングを確保する観点から、一般事業会社による銀行保有のあり方について検討する

(エ) 銀行グループが保有する人材やデータ、IT システムなどのリソースを最大限に活用する観点から、銀行(本体)や子会社、兄弟会社が営むことができる業務に関する規制を見直す

(オ) 我が国の銀行グループの国際競争力を強化する観点から、銀行の、海外における子会社や兄弟会社の業務範囲に関する規制を見直す

 

② 金融機関が借り手を全面的に支えられる包括担保法制等を含む融資・再生実務の検討

今般のコロナ禍では、事業性評価や伴走型支援といった金融機関の平時からの取組みの真価が問われた。危機時において、事業者のためにリスクを取り、迅速に支援するためには、平時から事業者と緊密な関係を築き、事業実態を理解している必要があることが、改めて認識された。こうした事業者・金融機関の緊密な関係構築を促し、価値ある事業の継続につなげていくことは、将来の危機への耐性を高める上でも、今後の日本経済の力強い回復を支える上でも、重要だ。
事業継続を支えられるような望ましい融資・再生実務のあり方について、実務家や有識者との研究会を通じ、現在の経済環境や海外の実務も踏まえつつ、検討していく。現状では、有形資産に乏しい事業者は将来性があっても依然として経営者保証の負担を負わざるを得ない場合があることや、従来の個別資産ベースの担保法制では債権者の最終的な関心が事業の継続価値よりも個別資産の清算価値に向きがちであるといった課題がある。
金融機関に事業の継続や発展を支援する適切な動機付けをもたらすような、事業を包括的に把握し支える担保権等の実務上の可能性を模索していく。

(出所 金融庁「令和2事務年度 金融行政方針」)

金融庁は、コロナ禍の中で社会構造が変わる中、特に地方経済再生に向け銀行の規制緩和に踏み切る方向性を出しました。

制度面の見直しのポイントは、大きく2点となっており、一つは銀行もしくはその関連会社の業務範囲の見直しです。銀行は事業会社を支配しないように、もしくは銀行自身の健全性を保つために、出来る業務が規制されています。この規制を緩和していこうという動きです。

もう一つは、担保法制の見直しです。単なる土地担保のようなものではなく、事業自体を担保とするような担保法制・実務を模索していくとしています。

要は、全事業を担保とするような形で、土地のような有形資産の価値よりも、事業全体の価値を守る方向性に債権者兼担保権者である銀行の目線を変えていきたいという金融庁の考えがにじみ出ています。土地の価値よりも、事業の価値を評価でき、それを担保にできる、そのような銀行の業務運営を金融庁は目指しているのです。

 

地域金融機関

今回の金融行政方針で焦点が当たっているのは、やはり地方銀行を中心とした地域金融機関です。

大手銀行グループ等には12行しか触れていませんが、地域金融機関に対しては以下の通り多くの項目を指摘しています。

地域金融機関

地域金融機関(地域銀行及び協同組織金融機関)においては、優秀な人材、地域からの信頼、地域におけるネットワークなどの重要なリソースを、地域社会の抱える様々な課題の解決に生かし、地域と共有される付加価値を創造していくことが重要だ。また、事業者への経営改善・事業再生支援等を通じた地域経済の活性化に一層の役割を果たすためにも、自らが、持続可能なビジネスモデルを構築し、将来にわたって健全性を維持していくことが必要だ。こうした観点から、金融庁として、コロナ禍の状況等も注視しつつ、地域金融機関の経営状況やガバナンスについて、深度あるモニタリングを行っていく。
コロナ禍等による、事業者の経営状況の変化や、内外の金融市場の変動等について、リアルタイムで注視していく。その上で、持続可能な収益性や将来にわたる健全性に課題がある地域金融機関とは、早期警戒制度等に基づく深度ある対話を行い、持続可能なビジネスモデルを構築するための実効性のある対策を求めていく。その際、先の通常国会で成立した改正金融機能強化法や独禁法特例法をはじめとする各種施策の活用、システム等の業務基盤・管理部門の効率化も含めて、経営基盤の強化にどのような方策があり得るか、幅広く検討を促す。
また、地域金融機関の抱える課題に応じて、経営トップをはじめとする金融機関各階層の職員や社外取締役との対話や、リモート技術も活用した検査等を適切に組み合わせ、モニタリングを行う。特に、経営トップとの間では、「コア・イシュー」も活用して対話を行う。また、対話に当たっては、「心理的安全性」の確保に留意する。
金融市場の変動等が各行に与える影響等も踏まえつつ、有価証券運用態勢等について課題が見られる地域金融機関については、早め早めにリスク管理態勢の向上等に向けた対話を行う。

また、検査マニュアル廃止後の融資や引当等に関する地域金融機関の取組みについて、「検査マニュアル廃止後の融資に関する検査・監督の考え方と進め方」に基づいて、工夫事例の把握に努める。
あわせて、地域金融機関による、持続可能なビジネスモデルの構築や、地域の事業者への支援等を促す観点から、例えば、システムコストの見直しに係る対話の実施、政府事業も活用した人材マッチングの推進等を進めていく。このほか、地域への経営人材の円滑な移動や兼業・副業を実現する観点から、大手銀行等の専門経験を有する人材をリストアップして REVIC (※筆者註:地域経済活性化支援機構)でリストを管理し、地域の中小企業とのマッチングを促進する。
協同組織金融機関は、相互扶助の理念の下、会員・組合員を通じて地域により深く根差している。コロナ禍での事業者支援をはじめとする金融仲介機能の発揮と健全性の維持の両立に向けた対話に当たっては、こうした特性を踏まえた議論を行う。特に、中小・零細企業に対する支援に配意するよう促す。

(出所 金融庁「令和2事務年度 金融行政方針」)

この項目では、金融庁が地銀を中心とした地域金融機関に対してどのように対応していくかが如実に分かります。

まずコロナ禍における地銀の貸出先(債務者)の状況については、金融庁はリアルタイムで把握したいと考えているようです。この債務者のモニタリングは地銀にとって重い負担となるとは思いますが重要な業務となるでしょう。

その上で、コロナ禍で不良債権が増え、健全性に問題が発生するような地域金融機関があれば、金融庁は早期に対応を促すことになります。具体的には他社(他行)との統合や傘下入りのようなものになるでしょう。

また有価証券の運用には金融庁は引き続き着目しているようです。含み損を抱えている地銀のみならず、業容比で過大な有価証券を運用しているような地域金融機関は、金融庁からの厳しい指摘を覚悟する必要がありそうです。

そして、金融検査マニュアルの廃止後における不良債権処理、引当への対応については地銀から情報を吸い上げ、横展開をしようと金融庁はしています。創意工夫の横展開という名の地域金融機関間のレベル合わせです。

加えて、システムコストへの着目や、地域の企業への人材供給の役割等を地域金融機関には期待しています。

 

所見

コロナウィルスは、地銀の苦境を加速させることになります。

一方で、地銀が地元経済界でプレゼンスを強化する機会にもすることが可能でしょう。

金融庁の金融行政方針は、地銀に対して、地域経済への責任を果たすように変革と覚悟を迫る内容になっています。

金融庁の視点は全体として見れば、地銀にフォーカスされています。今後の動きに注目したいと思います。