キャッシュレス化への取り組みが様々な業態等で進められています。
そして、キャッシュレス化という言葉は便利なもの、良いもののように感じられます。
一方で、日本では諸外国に比べてキャッシュレス化が進んでいないともいわれています。
今回は、日本においてなぜ政府がキャッシュレス化の流れを進めようとしているのか、日本におけるキャッシュレス化の状況はどうか、について確認していきます。
キャッシュレス化の目的
日本は、「『日本再興戦略』改訂2014」においてキャッシュレス決済の普及による決済の利便性・効率性の向上を掲げたことを発端として、「日本再興戦略2016」では2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会開催における訪日外国人への支払手段提供等を視野に入れたキャッシュレス化推進を示しています。
さらに、2017年5月に公表した「FinTechビジョン」においては、FinTechが付加価値を生み出すために必要な決済記録の電子化の鍵はキャッシュレス化の推進であることなどを指摘し、キャッシュレス化比率を政策指標として示しながらキャッシュレス化促進のための課題や方策を継続的に分析・検討していく必要性を示しています。
その後、2017年6月に閣議決定された「未来投資戦略2017」にてKPI(Key Performance Indicator:重要な評価指標)として10年後(2027年)までにキャッシュレス決済比率を4割程度とすることを目指すとしています。
今後、日本は、少子高齢化や人口減少に伴う労働者人口減少の時代を迎え、国の生産性向上は喫緊の課題といえます。
キャッシュレス推進は、実店舗等の無人化省力化、不透明な現金資産の見える化、流動性向上と、不透明な現金流通の抑止による税収向上につながると共に、さらには支払データの利活用による消費の利便性向上や消費の活性化等、国力強化につながる様々なメリットが期待されています。
また、キャッシュレス化の実現方法に関しては、近年、従来型のプラスチックカードによらない媒体(スマートフォン等)、インターネットやAPIを活用した既存の業界スキームとは異なる形態等が登場し、多様化の様相を見せています。よりキャッシュレスが実現しやすくなっているのです。今後も様々な形態で、イノベーションを活用した新たなキャッシュレス化を実現するサービスの登場が予想されます。
こうした中、経済産業省では2017年3月に「クレジットカードデータ利用に係るAPI連携に関する検討会」を立ち上げ、カード会社とFinTech企業等とのAPI連携のあり方について検討を開始していました。
しかし、支払方法の多様化や、個別の売買データの利活用を実現するためには、API連携のあり方を検討するだけでは十分とは言えません。
世界では、支払サービス事業者の中には、支払手数料やインフラコストを低廉化することで利用を増やし、その結果として集まる支払情報を蓄積・分析することで新たなサービスを創造するビジネスモデルも誕生しています。
このような支払サービス事業者の中には、それを世界展開する事例も見受けられます。
日本でもキャッシュレス化を進展させていかなければ、Amazon、Google、Facebook等がプラットフォーマーとして市場を支配しているように、支払サービスの分野でも日本企業が劣後してしまうとの危機感が日本政府・経済産業省にも存在します。
これが政府がキャッシュレスを推進しようとする目的であり、背景です。
(以上については経済産業省 キャッシュレス・ビジョンより引用・加筆修正)
世界のキャッシュレス決済比率
世界各国のキャッシュレス決済比率はをみると韓国は89.1%に達する等、キャッシュレス化が進展している国では40~60%程度あるのに対して、日本は18.4%にとどまります。
各国のキャッシュレス決済比率は以下の通りです(2015年時点)。
韓国 89.1%
中国 60.0%
カナダ 55.4%
イギリス 54.9%
オーストラリア 51.0%
スウェーデン 48.6%
アメリカ 45.0%
フランス 39.1%
インド 38.4%
日本 18.4%
ドイツ 14.9%
(出典 経済産業省キャッシュレス・ビジョン、データは世界銀行「Household final consumption expenditure(2015年)」及びBIS「Redbook Statistics(2015年)」の非現金手段による年間決済金額から事務局算出)
各国のキャッシュレス支払を手段別にみるとクレジットカードが主流のグループと、主にデビットカードを用いるグループに大別されます。
日本は2016年(上記の2015年とは調査年が異なります)で、キャッシュレス決済比率の内訳としては、クレジットカード18.0%、プリペイドカード(電子マネー)1.7%、デビットカード0.3%となっています。
日本、韓国、トルコ、カナダ、シンガポール、オーストラリア、米国はクレジットカードでの支払が多い国に該当します。
一方で、英国、スウェーデン、ベルギー、ロシア、インド、フランス、イタリアはデビットカードでの支払が大きく上回っています。
クレジットカードでの支払が多い国でも、日本とトルコはほとんどデビットカードでの支払がなされていませんが、他の韓国、カナダ、シンガポール、オーストラリア、米国はデビットカードでの支払もかなりの割合(キャッシュレス決済比率では20%前後≒日本のクレジットカードの利用率と同等の水準)に達しており、日本はこの点でも他国とは異なります。
なお、日本では一人当たり7.7枚のカード(クレジットカード・デビットカード・電子マネー)を保有しています。
これは約10枚のシンガポールについで比較できる国では2位です。
韓国は5枚強、米国・中国は4枚程度、ドイツ・オーストラリア・カナダ当は3枚程度となっています。
(出典 経済産業省キャッシュレス・ビジョン)
日本は国民一人当たりで、キャッシュレス決済の支払手段を多数保持していることになります。
現時点ではこの多様な支払手段を保有しているにもかかわらず日本ではキャッシュレス化は進んでいません。
まとめ
今回は日本のキャッシュレス化を国がなぜ進めようとしているのか、そして足元のキャッシュレス化の比率はどのようなものかについて確認しました。
日本はSuica等の電子マネーの普及も早く、キャッシュレス化は他国に優位に立っていたはずですが、スマートフォンの普及を契機に諸外国に一気に追い抜かれたという状況にあります。
このキャッシュレス化の流れは先進国だけではなく、資金決済インフラが脆弱だった発展途上国も含めて急速に進行しています。
このキャッシュレス決済によって生み出されるデータを利活用することは、国全体の生産性が向上し、実店舗・消費者・支払サービス事業者がそれぞれ何らかの利益を獲得できる可能性があります。
そして、キャッシュレスの手段自体が、インバウンド消費、越境取引(EC等)等へと広がっていくことになります。
筆者は長らく銀行業界に身を置いていたものとしてキャッシュレス化の進展を複雑な思いでは見ています。
現金取扱が無くなると銀行の利用者との接点は格段に低下し、預金を預かるという銀行本来の強みが無くなっていくと想定されるからです。
特に地銀は、利用者(預金者等)のそばにいることこそが強みです。
キャッシュレス化の進展は、銀行にコスト削減をもたらしますが、一方で本来の強みも弱めてしまうことになります。
しかし、日本が国としてキャッシュレス化を進展させようとしてるように、キャッシュレス化の流れは止まらないでしょう。
特に日本は他国に出遅れている分だけ、急激にキャッシュレス化が進む可能性も否定できません。(もちろん、高齢化の状況にあっては利用者が支払手段の変化に抵抗し、キャッシュレス化が進行しないこともあり得るでしょう)
この流れにきちんと対応していくことが銀行のみならず各業界に求められています。
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