2018年4月にICO ビジネス研究会が提言レポートを出しています。
ICOビジネス研究会は、多摩大学大学院教授でルール形成戦略研究所長の国分教授を座長にし、産業・専門分野の会員や有識者らで構成されています。
当該レポートは2017年11月から2018年3月にかけて検討してきたとされています。
ICO(Initial Coin Offering)についての有識者による提言は日本においては初めてといえるものであり、今後のICOに影響を与える可能性があります。
今回はこのICOビジネス研究会の提言についてみていくことにしましょう。
ICOとは
まず、ICOとはそもそも何かについて確認しておきます。
ICOはInitial Coin Offeringの頭文字をとったものであり、仮想通貨技術を使った資金調達です。
ICOを金融庁がは以下のように定義しています。
一般に、ICOとは、企業等が電子的にトークン(証票)を発行して、公衆から資金調達を行う行為の総称です。トークンセールと呼ばれることもあります。
(出典 金融庁ホームページ「ICO(Initial Coin Offering)について~利用者及び事業者に対する注意喚起~」)
ICOは、株式の新規上場を意味するIPO(Initial Public Offering)という用語になぞらえて使われるようになったものですが、実際の証券取引所に上場するわけではありません。
トークンに確固たる定義はなく、ICOにおいては一般的にブロックチェーンに記録されたデジタル資産をさします。
ブロックチェーンが利用されるのは、一般的なデータベース等に記録されたトークンは改ざんや二重払いの懸念があること、ICOでの資金調達が多くなってきたこと(ICOといえば資金調達がやりやすい)等が理由とされています。
トークンには様々な性格のものが存在していますが、現状では以下のような事例のものが存在しています。
- イベント参加権等を表象するもの
- 人気投票の印のように、トークン自体は何の権利も表象しないが、実態として流通しているもの
- 収益の分配を受ける権利を表象するもの(収益分配型のトークン)
一般的に、企業もしくは事業プロジェクトが資金調達を行う場合、金融機関からの借り入れ(デットファイナンス)を行うか、もしくは新株発行(エクイティファイナンス)により出資を受けるかのいずれかの方法がとられます。
ただ、こうした従来の方法は手続きの煩雑さに加え、信用力の低いスタートアップ(ベンチャー企業)は、借入であれば金利負担、新株発行ではそもそもベンチャーキャピタル等からの調達には相応のハードルが存在する等、資金調達に踏み切りにくいという難点があります。
ICOであれば、トークンの発行体(企業等)には以下のメリットがあります。
- 出資者への配当は不要
- 利払い負担がない
- 出資者に議決権は付与されず発行体は経営に関与されるリスクがない
- インターネットを介しグローバルな資金調達が可能
これだけをみるといICOは非常に有効な資金調達と思われるかもしれません。
しかし、ICOのメリットは、資金調達者にとって有利であっても、出資者にとっては不利なものなのです。
他にも問題点は多く存在します。
ICOには、証券取引所における上場審査のように第三者機関が事業者を細かくチェックするプロセスがないため、企業やプロジェクトの信ぴょう性、将来性、安定性などが担保しづらいというデメリットがあります。
発行体は、ICOを目指してホワイトペーパー(資金調達目的を投資家向けに説明する事業概要をまとめた文書)と呼ばれるような書面を任意で発行するケースがほとんどですが、技術的・難解な文言が多く含まれていたり、事業拡大シナリオがあまり記載されていない等、一般の投資家が理解するのはかなり困難でしょう。
すなわち、ICOには明確なルールがなく投資家保護、マネーローンダリング対策等が不足しています。
そのため、様々な国でICOが禁止される事態に至っています。
ICOビジネス研究会の概要
ICOビジネス研究会の設立目的、提言の目的は以下となります。
近年、仮想通貨を対価してトークンの発行を行うICO(Initial Coin Offering)は、新たな資金調達・運用手段として大きな注目を集める一方、ICO の法的位置づけや会計・税務に関する論点が網羅的に整理されているとは言えず、また、投資家保護の仕組みも十分ではないケースがある、といった点が世界的にも問題視されている。
ICO は未だ黎明期にあり慣行や制度は確立されていないが、ICO が健全かつ信頼性のある資金調達手段として社会の信認を得つつ普及するためには適切なルール形成が必要であるとの問題意識に基づき、金融機関や事業会社、ベンチャー企業と共同でICO ビジネス研究会を設立した。本レポートは、当研究会での討議に基づき、ICO が持続的な資金調達の手段として確立するために必要なルールを提言するものである。
ICOビジネス研究会のメンバーは以下となります。
自民党の衆議院議員が入っていること、大手金融各社が入っていることがポイントでしょう。
日本におけるルールを形成するに一定の影響を持つことが想定されます。
【座長】 國分俊史(多摩大学大学院教授、多摩大学 ルール形成戦略研究所所長)
【顧問】 平井卓也(衆議院議員、自由民主党 IT 戦略特命委員長)
【事務局長】 荻生泰之(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員)
【アドバイザー】
法務アドバイザー 斎藤創(創法律事務所 代表弁護士)
会計・税務アドバイザー 野根俊和/藤井行紀(有限責任監査法人トーマツ パートナー/デロイト トーマツ税理士法人 パートナー)
技術アドバイザー 加納裕三(株式会社bitFlyer 代表取締役)
【会員】
株式会社NTT ドコモ
株式会社クラウドワークス
GMO ペイメントゲートウェイ株式会社
株式会社JTB
住友商事株式会社
第一生命ホールディングス株式会社
株式会社大和証券グループ本社
東京電力ホールディングス株式会社
野村ホールディングス株式会社
株式会社VOYAGE GROUP
株式会社みずほフィナンシャルグループ
株式会社三井住友フィナンシャルグループ
株式会社三菱UFJ フィナンシャル・グループ
(五十音順)
提言内容
ICOビジネス研究会の提言レポートの内容は以下になります。
まずは、ICOの類型を3つに分類しています。
ICOの類型
<パターン① ベンチャー型>
コンセプト: ベンチャー企業によるリスクマネー調達を図るもの
想定発行体像: 株式市場を通じた増資やベンチャーキャピタルから出資を受けることが困難な小規模ベンチャー企業 (例) 地方企業
想定投資家像: 株式以上のハイリスクハイリターンを求める投資家
※パターン①が現時点で行われている一般的なICOといえます
<パターン② エコシステム型>
コンセプト: 企業・自治体など複数法人による取組のための資金調達
想定発行体像: エコシステムを通じた新たな市場形成の取組を行う、企業連合や自治体と企業の連合体
(例) 水素社会イニチアチブ、人権配慮型サプライチェーン構築、排出権取引
想定投資家像: 市場が形成された際に、エコシステムへの参加を望む企業(トークン保有により有利な取引条件でのエコシステム参加オプションを
獲得)
<パターン③ 大企業型>
コンセプト: 企業内のリスクの高い特定のプロジェクトのための資金調達
想定発行体像: 事業性が評価しにくい高リスク事業を行う企業や企業に埋もれた資産(技術等)の活用を図る企業
(例) 新製品開発、ゲーム等のコンテンツ制作
想定投資家像: 企業からの特典を期待する投資家やプロジェクトへの支援・賛同を表明したい投資家
以上のように現在ICO を行う主体(発行体)は、インターネット関連のベンチャー企業やプロジェクトが中心ですが、今後は様々な目的・手法に発展する可能性があり、多様な活用が期待されるとしています。
ルール形成の提言(トークン発行の原則)
ICO の浸透・発展に向けては、「トークンの発行」や「発行市場でのトークンの売買」に関してルール形成が求められます。
これは、流通市場においてはトークンの売買について、ある程度資金決済法というルールが存在する一方で、発行市場では法規制等の明示的なルールが不在であるために、当事者間の認識の不一致や投資家保護がなされていないケースが発生しているためです。
当該研究会ではICOの革新性や柔軟性に関する観点と投資家保護の観点の双方に留意しつつ、まずトークンの発行については次の2 つの原則を提言しています。
【発行の原則1】
サービス提供等の便益提供の条件や、調達資金・利益・残余財産の分配ルールを定義し、トークン投資家、株主、債権者等へ開示すること
(補足) ICO の設計については、各発行体の裁量に委ねるものの、トークン投資家や株主、債権者等が受けうる影響(権利義務関係)については予め明示されることが必要との考えに基づく。
【発行の原則2】
ホワイトペーパー遵守およびトレースの仕組みを定めて開示すること
(補足) ホワイトペーパーに記載された計画がどの程度成果を上げているのか、トークン投資家が確認する手段が予め明示されることが必要との考え。トークン発行の目的や発行体の企業体力に応じて、必ずしも財務情報でなくともよいと考える。また、ホワイトペーパーの変更についても、変更の手続きが規定されている、変更履歴が閲覧できる等、透明性高く管理されることが必要である。
上記原則の帰結として、実務的に求められる事項をガイドラインとして提言する。
【ガイドライン1】既存株主・債権者も受け入れられる設計であること
(補足) ICO が特定のステークホルダーを利するまたは不利益を与える道具となることは回避するべきである。
【ガイドライン2】株式調達等金融商品による既存の調達手法の抜け道とならないこと
(補足) ICO が社会から広く支持を集めるには、潜脱行為の道具となることは回避するべきである。
ルールの形成提言(トークンの売買原則)
研究会ではトークンの発行のみならず、トークンの売買についても投資家保護を確保するべく5つの原則を提言しています。
【売買の原則1】
トークンの販売者は、投資家のKYC(Know Your Customer:本人確認)や適合性について確認すること
【売買の原則2】
トークン発行を支援する幹事会社は、発行体のKYC について確認すること
【売買の原則3】
トークンの取引所を営む仮想通貨交換所は、上場基準について各社共通の適切なミニマムスタンダードを制定・採用すること
【売買の原則4】
上場後はインサイダー取引等不公正取引を制限すること
【売買の原則5】
発行体、幹事会社、取引所等トークンの売買に関与するものは、セキュリティの確保に努めること
(当該レポートのリンク先)
https://www.tama.ac.jp/crs/2018_ico_ja.pdf
所見
当該レポートが提言している原則等は最低限といえるものです。
ただし、 提言されたルールは、不正行為、詐欺、マネーロンダリングの標的となっている(と言われている)ICOを合法化する最低条件とは何かを、日本の相応の有識者・組織が集まって、初めて示したものとして注目されます。
ICOを発行体(資金調達者)の裁量に極力任せ、ICOという新たな動き・ムーブメントを潰さないように配慮しながら、投資家保護、国家として要求されること(マネーロンダリングやテロ資金供与防止)にも目を配った提言内容となっています。
現在のICOは、(筆者もすべてのホワイトペーパーを見たわけではありませんが)発行体=資金調達者にとって有利にできています。
そして、ICOというだけで資金が集まってしまう傾向にあるのも事実です。
たしかに、既存の資金調達手段は資金調達を目指すスタートアップにとっては面倒で問題があるのかもしれません。
時間もかかり、審査も厳しく、スピードが必要とされるスタートアップにとっては、取り得ない選択肢というのも否定できない事実でしょう。
しかし、忘れていけないのは、現在のIPO(新規株式上場)は、様々な試行錯誤を経て、この形・ルールに落ち着いているということです。IPOも最初に仕組みとして登場した時は画期的なものだったのです。
資金調達者のみならず、投資家の保護、国家の要請等、様々な関係者の経験・議論が積み重なって、IPOのルールは作られてきました。
ICOも普及していくならば、様々な問題事象が発生し、対策が考えられ、結果として国際的なルールが整備されていくのかもしれません。
しかし、ICOは「出資者に議決権は付与されず発行体は経営に関与されるリスクがない」「インターネットを介しグローバルな資金調達が可能」という点で、魅力的なものです。
筆者はICOに様々な問題があると思いますし、カネ余りの時代が終われば下火になる可能性もあると思います。
それでも、ICOは、国境を越えて、スピーディーに、スタートアップが必要な資金を手に入れられる可能性があるのです。
これは非常に素晴らしいことです。
日本ではベンチャー企業投資が少ないと言われて久しい状況にあります。確かに、日本でベンチャーが育たないのは資金面でも問題があるのでしょう。これは金融業界(当然銀行も)にとって受け止めるべき現実です。
この日本の現状、(表現するとしたら)閉塞感を、ICOは突破する一つの仕組みとなるかもしれません。
ICOが今後も健全に普及していくことを筆者は願ってやみません。