日銀の副総裁が「仮想通貨が支払い手段として普及する可能性は低い」との見解を示し、一部で話題となっているようです。
報道では細かい内容、ニュアンスまでは報じられていませんので、日銀の副総裁が具体的に何を語ったのかについて確認してみましょう。
将来の「マネー」について当局が何を考えているかの一端が見えるでしょう。
報道内容
まずは、上記副総裁の講演がどのように報道されているかを確認しておきましょう。共同通信社の記事を引用します。
日銀、仮想通貨支払いは普及困難 雨宮副総裁が講演
共同通信社 2018/10/20
日銀の雨宮正佳副総裁は20日、名古屋市で開かれた日本金融学会でお金の将来について講演した。仮想通貨が、円やドルといった既存のお金以上に支払い手段として普及する可能性は低いとの見解を示した。一般の支払いに使えるようなデジタル通貨に関しては「日銀は現在のところ、発行する計画はない」と従来の主張を繰り返した。
雨宮氏は、既存のお金は発行元の中央銀行の独立性などを背景に信用が確保されていると説明。これに対し仮想通貨は、信用を得るための取引の検証に膨大な計算が必要となるなどコストがかかり、普及に向けて「ハードルは相当高いように思われる」と話した。
これが報道されている内容です。
では、雨宮副総裁が何を具体的に語ったのか、もう少し詳しくみていきましょう。
雨宮副総裁講演内容
日銀では副総裁以上の講演録、発言等については日銀のホームページで公表していることがあります。今回の副総裁の講演も日銀のサイトにアップされています。
この講演内容について、原文を確認していきましょう。以下は講演内容の抜粋です。
(マネーに求められる「信用」と暗号資産)
第一に、発行者を持たず、ソブリン通貨単位を用いない暗号資産が、信用と使い勝手を備えたソブリン通貨を凌駕する形で、支払決済に広く使われていく可能性は低いように思います。
将来のマネーがいかなる形態をとるにせよ、ヤップ島の石貨の事例が示すように、マネーが「信用」を基盤とする点は変わらないでしょう。そして、このような信用を築き上げるには「コスト」がかかります。石貨の場合は、石を切り出し、時に嵐の中を運ぶ労力がこれに相当します。そしてソブリン通貨の場合は、中央銀行の独立性を担保する制度的枠組みや、信頼に足る業務や政策のトラックレコードなどが必要となります。もちろん、中央銀行への信用が一たび失われれば、ソブリン通貨といえども受け入れられなくなることは、ハイパーインフレの事例が示す通りです。一方で、こうした信用がしっかり確保されている限り、中央銀行は既にある信用を利用することで、ソブリン通貨、すなわち自らの債務を、低いコストで発行できます。
これに対し、暗号資産がソブリン通貨を凌駕して使われるためには、既に確立されている中央銀行の信用と競わなければなりません。しかしながら、暗号資産は、信用をゼロから築き上げるために、取引の検証 ― マイニング ―のための膨大な計算や、これに伴う大量の電力消費などのコストがかかります。
このような制約を持つ暗号資産が支払決済に広く使われていく上でのハードルは、相当高いように思われます。現在、暗号資産が日常の支払決済手段としては殆ど使われず、専ら投機的な投資の対象となっている姿も、このことを裏付けているように思います。
もちろん、暗号資産の基盤技術であるブロックチェーンや分散型台帳技術は、有望な技術ですし、これらの技術をソブリン通貨などの信用と結びつけることで、取引や決済の効率化を実現できる可能性もあるように思います。このような観点から、現在、多くの中央銀行がこれらの技術に関する調査や実験を行っています。日本銀行も、欧州中央銀行との間で、分散型台帳技術に関する共同調査“Project Stella”を進めています。
(キャッシュレス化の一段の進展)
第二に、今申し述べた暗号資産とは異なり、ソブリン通貨単位を用いつつ、デジタル情報技術を一段と活用する形での支払決済のキャッシュレス化は、今後とも進んでいくと考えられます。
もちろん、あらゆる支払決済手段は強い「ネットワーク外部性」を持っているため、新たな決済手段が直ちに、現金を一気に凌駕して使われていくとまでは言い切れません。とりわけ、既に現金が広く使われている国々ほど、キャッシュレス決済手段の普及には時間がかかりやすいと予想されます。また、低金利の国々では、価値保蔵手段として現金が需要されやすい面もあると考えられ、支払決済の面でキャッシュレス化が進んでも、現金の残高の方はなかなか減少しないことも考えられます。
もっとも、国によりスピードの差はあるにせよ、以下で申し述べるような点を踏まえれば、支払決済におけるキャッシュレス化の流れは、基本的には続いていくように思います。
まず、マネーの本質が信用にある以上、それが必ずしも金属や紙という形をとる必然性はないと考えられます。さらに、ヤップ島では海底に沈んだ石貨すらマネーとして機能したことを考えれば、無形のデジタル信号がマネーの役割を果たしていくこと自体は、決して不思議なことではありません。もちろん、これまでマネーの媒体として広く使われてきた「紙」は、情報やデータを「書き込み」、「伝達し」、「表示する」という機能を併せ持つ、人類の偉大な発明の一つであり、だからこそマネーや証券の媒体として広く使われてきました。
しかし現在では、情報やデータの書き込みや伝達をデジタル技術で行い、これをスマートフォンやPC上に表示することが、より容易になっています。
また、技術革新や、eコマースなどデジタル・ベースで行われる経済取引の発達などに伴い、キャッシュレス化が人々の生活の利便性向上に結び付く局面も増えています。例えば、電子マネーやETCの普及により、駅の改札や券売機、料金所などの混雑は、かなり緩和されたように思えます。現金からキャッシュレス手段への移行局面では様々なハードルもある訳ですが、人々が、例えば「支払のために列を作って待たなくても良い」といった利便性を実感するにつれ、キャッシュレス化の勢いは増していくでしょう。
さらに、データが「21世紀の石油」として、付加価値を生み出すアセットとしての性格をますます強めている中、デジタル化された支払決済手段が、紙よりもはるかに多くの情報やデータを書き込み、伝達できることも、キャッシュレス化を進める要因となるでしょう。
(マネーとデータの接近)
そこで、三番目に申し述べたいことは、先行き、マネーとデータはますます接近していくだろうということです。
殆どの経済取引は支払決済を伴う訳ですが、現金とは異なり、デジタル化された支払決済手段は「誰が、いつ、どこで、何を買ったか」といったデータまで媒介することも可能です。現在、多くの巨大IT企業がキャッシュレス決済の分野に参入するとともに、これらのサービスを安価、ないし時に無料で提供できているのは、企業側が支払決済サービスをデータ収集のプラットフォームと捉え、集めたビッグデータを様々な用途に活用できるためと考えられます。これらのサービスのユーザーは、サービス利用の対価を、自らのデータを提供する形で支払っているとみることもできます。
同様に、ポイントカードやeコマースの利用による割引は、企業側が顧客のデータを実質的に「買っている」とも捉えられます。また、顧客側がこれらの取引を通じて貯めた「ポイント」を広範な財やサービスの購入に利用する場合、自らのデータをマネーに換えているとも言えます。このように、キャッシュレス決済を通じた顧客データの蓄積や活用が進むにつれて、データとマネーは、ますます接近していくことが予想されます。
デジタル情報技術の進歩は、マネーが、価値情報にとどまらない様々な情報やデータの媒体としての機能も備えていくことを可能としています。一方で、ユーザー側にとっては、支払決済に伴う匿名性やプライバシーの確保が、一段と重要な課題になっています。この中で、将来のマネーは、媒介する情報やデータを双方向から制御できるような機能も、拡充していくことが考えられます。
例えば、顧客情報を集めたい企業が、ポイントカードに加入したり、ネット決済の際に年齢や趣味など様々な属性情報も併せて入力してくれる顧客に対し、追加的なポイントや割引を提供するといったケースがよく見られます。このように、企業側が支払決済の機会を利用し、きめ細かい価格戦略を通じて自らのビジネス上有益な顧客情報を集めようとする動きは、今後も続くでしょう。その一方で、顧客側も、企業側に渡したくないデータを支払手段から切り離したり、その利用を制限することで、自らのプライバシーを守るといった機能が、求められていくように思えます。
また、このようなマネーとデータの接近は、経済や金融の構造にも、様々な影響を及ぼしていくと予想されます。
例えば、グローバルな情報技術革新やデータ革命は、買い物の際のポイントカード割引などが示すように、企業側も顧客側のデータを実質的に買入れ、その分を販売価格から差し引く形での値引きを可能とするなど、各国で物価を幾許か押し下げる力として働いている可能性が考えられます。
また金融の面では、これまで民間銀行は預金を核として、支払決済サービスと信用仲介サービスの両方を提供してきました。これに対し、近年、金融分野に参入しているIT企業やeコマース企業は、ビッグデータやデータ収集のプラットフォームを核として、金融サービスを含む広範なビジネスを展開しています。このように、データとマネーの接近は、金融サービスの供給構造も変化させていく可能性が考えられます。
金融サービスのユーザーである個人や企業は、「情報やデータの束」とも捉えることができます。この中で、例えば企業は銀行などに対し、自らの経営体力やビジネスのリターン・リスク等に関する情報やデータを提示し、信用供与などのサービスを受けてきました。このように、もともと金融サービスが「情報処理」の固まりであることを踏まえれば、情報技術革新のもと、これからの金融サービス提供主体は、顧客から情報やデータを預かり、これらを守りながら、それぞれの顧客のために最適なサービスの提供に努めるという「情報バンク」、「データバンク」としての性格を、一段と強めていくと予想されます。
(出典:日本銀行ホームページ
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2018/ko181020a.htm/)
以上が雨宮副総裁の関連する講演内容の抜粋です。
まとめ
今回の講演では、日本の中央銀行である日銀は、ビットコインに代表されるような仮想通貨・暗号通貨(資産)が決済手段となるとは想定していないことが示されています。
信用がしっかり確保されている限り、中央銀行は既にある信用を利用することで、ソブリン(法定)通貨、すなわち自らの債務を、低いコストで発行できます。一方で、仮想通貨・暗号通貨は、既に確立されている中央銀行の信用と競わなければならず、取引の検証=マイニングのための膨大な計算や、これに伴う大量の電力消費などのコストがかかると指摘しています。すなわち、競争では既存の中央銀行が発行している法定通貨が有利としているのです。
そして、銀行券の代わりに中央銀行(=日銀)が自らデジタル通貨を発行すべきとの議論について、名目金利のゼロ制約を解消できることや、金融の安定化にも寄与するなどメリットを指摘する声があることも紹介しています。しかし、広く利用されている現金を無くすことは決済インフラをむしろ不便にするとして、仮に中央銀行がデジタル通貨の金利をマイナスにしても、現金が残る限り、現金への資金シフト(逃避)は起こるとしています。また、中央銀行発行のデジタル通貨へ移行していると、預金から中央銀行のデジタル通貨への資金シフトが起こり銀行の信用仲介機能の縮小につながって経済への資金供給・信用創造機能へ影響が起こり得ることも指摘しています。加えて、直近の北海道地震の際の事例のように「現金は電力に依存しない」ことも指摘しました。
すなわち、紙幣・硬貨という現金を無くし、中央銀行が発行するデジタル通貨への移行を行うことは現時点ではないとしているのです。
ただし、仮想通貨・暗号通貨の背景技術であるブロックチェーンは有望であること、キャッシュレス化自体は進んでいくこと、マネーが価値情報にとどまらない様々な情報やデータの媒体としての機能も備えていきマネーとデータが接近することを指摘しています。
筆者は概ね雨宮副総裁の意見には賛同します。
現時点では仮想通貨・暗号通貨が支払決済手段として普及することはないでしょう。そして、既存のインフラ等も活用しながらキャッシュレス化は進展していき、データが更なる価値を持ち、マネーと接近していくことが想定されます。
しかし、あえて言うのであれば、これはすべて日本の法定通貨に信用が維持されている場合です。
日本銀行は未曾有のマネー=円をマーケットに供給してきました。「お札を刷りまくった」という表現もできるでしょう。現在では円の価値への信認は揺らいでいないようです。しかし、膨れ上がった円の価値がいつまでも信用されるかは分かりません。政府債務の金額はもはや天文学的なものであり、他国との比較とはなりません。少子高齢化により日本の経済状態はこれか激動が予想されます。
日本円が信用されなくなった時には何が起こるのでしょうか。
USドルへの資金逃避でしょうか。人民元やユーロでしょうか。それとも昔ながらの金(ゴールド)等貴金属への投資でしょうか。
少なくとも、この「逃避先の選択肢」には仮想通貨・暗号通貨が入るでしょう。キプロスの預金課税が発表された2013年3月や、人民元レートの決定方法が修正されたことを契機に人民元の減価が進展した2015年8月には、一部の資金がビットコインといった仮想通貨に流れ込んだとされています。ウクライナ危機、ロシアルーブル急落時、アルゼンチン危機でも仮想通貨に資金が流れ込んでいます。韓国・台湾では政情・戦争不安から資金が流れ込んでいるようです。
すなわち、日本円が信用されなくなった時には仮想通貨・暗号通貨も支払手段になる可能性がゼロではないのです。たしかに価格の変動が高すぎて現時点では決済には向きません。しかし、そもそもは決済の仕組みとして作られたこともあり、決済との相性はまだ良い方でしょう。
筆者は先行きを見通す能力はありません。仮想通貨・暗号通貨がどのようになっていくか明確にビジョンは持っていません。そして、雨宮副総裁の考えは非常に納得感のあるものです。しかし、一部にポジショントークが入っている可能性はあります。
筆者は仮想通貨・暗号通貨が普及してほしいと願っている訳ではありません。しかし、普及してほしくないとも思っていません。一つのアセットが投資対象として、もしくは決済手段として、普及するか普及しないかは、時代が選ぶだろうと考えているだけです。今後も注目しています。