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商工中金の民業圧迫とは結局のところ何か~今後のビジネスモデル~

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商工中金の危機対応業務における不正行為は2016年10月に発覚し、2017年10月に2度目の業務改善命令が主務大臣から出されました。

そして、今回、会計検査院が政府系金融の民業圧迫について異例の調査に乗り出す旨の報道がなされています。

ここで改めて商工中金の「民業圧迫」とは、どのようなものだったのか、商工中金の今後の在り方について確認、考察します。

会計検査院についての報道

まずは、会計検査院の動きについての報道を確認します。

会計検査院、政府系金融の「民業圧迫」で異例の調査

2018/03/01 日本経済新聞

会計検査院が政府系金融機関による「民業圧迫」の調査に乗り出した。全国500超の銀行など民間金融機関から情報を集め、実態を解明する。政府系の商工組合中央金庫(商工中金)で国の制度を使った不正融資が発覚したことがきっかけだ。政府系の貸出金利を抑える「利子補給」には年400億円超の財政資金が投入されており、こうした状態が適正なのかどうかを判断する。
検査院が政府系金融の「民業圧迫」について調査するのは異例。対象は日本政策金融公庫(日本公庫)、商工中金、日本政策投資銀行(政投銀)、国際協力銀行など6機関。全国の銀行と信用金庫、信用組合に17項目にのぼる質問票を送っており、政府系金融が実際にどんな事業活動をしているか情報を集めている。
これらの情報を分析して実態把握を進め、春から夏にかけて実施する政府系の検査に生かしていく。不適切な民間との競合事例などが確認されれば、11月にまとめる報告書で公表し、是正を促す。検査院がこれまで民業圧迫について報告した例はない。
検査院は毎年、政府系金融機関向けの財政資金が無駄づかいされていないかどうかを調べ、報告書を出している。今回は「民業の補完や配慮が十分行われていない恐れがあるのではないか」と判断し、民間からの情報収集という特別な対応を決めた。
商工中金の不正を受けた措置だ。災害などで一時的に業績が悪化した企業向けの「危機対応融資」を、資料を改ざんするなどして対象外の企業にも適用していた。金融庁の立ち入り検査では、危機対応融資の約3割、金額にして7000億円前後が優良企業に貸し出されていたことが判明している。こうした経緯を受け、その他の政府系でも不正がないかどうか確認する必要が生じただけでなく、「民業補完」「民業配慮」の規定がきちんと守られているのかという疑問が強まった。
焦点の一つが「利子補給」制度だ。一定の条件を満たした場合、企業が払う金利の一部を国が補助する仕組みだ。借り手の負担は民間金融機関と取引するよりも小さくなることが多いとされ、「民業圧迫」の批判が出ている。
利子補給資金は国がいったん日本公庫に出す。同公庫が2017年3月期決算に計上した「政府補給金収入」は455億円。発足後2番目に多い水準で、リーマン・ショックがあった09年3月期(270億円)と比べても大幅に増えている。
全国地方銀行協会の調査によると、「政府系の平均提示金利はおおむね(民間の)半分程度」。正常先(上位)への融資だと、地銀の金利を1とした場合、商工中金が0.49、日本公庫が0.32だとしている。

以上が先日報道されていた内容です。

なお、会計検査院は、国会及び裁判所に属さず、内閣からも独立した憲法上の機関として、国や法律で定められた機関の会計を検査し、会計経理が正しく行われるように監督する職責を果たしています。

会計検査院法32条に権限が規定されており、かなりの権限を持っています。

あまり聞きなれない公的機関ですが、映画にもなった小説「プリンセストヨトミ(著者 万城目学)」の主人公が会計検査院に所属しているといえば記憶にある方もいらっしゃるかもしれません。

それでは、更に具体的に商工中金にはどのような問題があったのかについて、今回は銀行側の立場からみていきましょう。

商工中金の問題事象

全国地方銀行協会(いわゆる第一地銀協)は、政府系金融機関が地方銀行の活動領域に過度に介入しているとの会員銀行の声を受け2012年7月より活動実態に関するアンケートを実施しています。

一番最近の調査は2016年4月~2017年7月(2017年9月締切)となっています。

アンケート対象先は、第一地銀協の会員銀行64行です。

近時の調査では、424件の問題事象があり、うち109件が商工中金に関するものでした。

問題事象の内訳としては、政府系金融機関の低利融資により、地方銀行が融資機会を奪われる事例が半数以上となっています。

また、政府系金融機関全体の平均提示貸出金利は、地方銀行の概ね半分程度となっていると報告されています。

第一地銀協の報告では、上記の記事にあるように、地銀の提示金利を「1」とした場合、正常先(上位)において商工中金は「0.49」、政府系金融機関全体で「0.35」となっています。
また、商工中金は、正常先(中位)では「0.75」、正常先(下位)では「0.69」となっており、特に高格付の正常先=地銀のメインターゲット顧客に対して、商工中金は積極的に安いレートで貸出をしていたことが分かります。

政府系金融機関は全体として、高格付先(いわゆる財務内容、業績が良好な先)に対し低金利融資を積極的に実施しており、正常先が、件数で9割以上、金額でほぼ全額を占める状況にあります。

単純にいえば、地方銀行が取引のメインターゲットとしている事業会社に対して政府系金融機関がアプローチをかけてきているということです。

どの金融機関も「お金を貸したい先」は一緒なのです。

では低利融資以外にも商工中金はどのような問題業務を行っていたのでしょうか。

ここでは政府系金融機関全体における具体例を確認しておきましょう。ただし、問題事象は日本公庫と商工中金で9割弱を占めることから、商工中金の問題と認識しても、大きなズレはないでしょう。

<制度面の問題事例>

  • 利子補給により実質ゼロ金利での融資対応
  • 低利を強調した特別金利の提示
  • 繰上返済を申し出た先に対し貸増で対応
  • ものづくり補助金の申請承認後に融資提案
  • 地方銀行からの資金調達が具体化した段階で取引参入
  • 巨額案件の横取り
  • 正常先にランクアップした途端に肩代わりを提案

<運用面の問題事例>

  • 予算消化や実績作りのための借入要請
  • 通常融資と劣後ローンの抱き合わせ販売
  • 金利入札への参加
  • 危機対応業務の不正について謝罪しつつ低利融資をセールス
  • 地方銀行の金利提示に対し利下げで対抗
  • 地方銀行からの協調融資の依頼を拒否し単独で対応
  • 地方銀行の抗議に対し民業圧迫を認める

<商工中金独自の問題事例>

  • 震災等の影響が軽微な地方銀行メインの正常先(財務内容優良)に対し、商工中金が、利子補給メリットを前面に低利融資をセールス
  • 地方銀行メインの正常先(県内大手)に対し、商工中金が、低利融資(利子補給あり)を実行。結果、地方銀行の当座貸越残高が大幅減少。

これが商工中金の問題事象です。

これだけみると、確かに民業圧迫といわれてもしょうがないかもしれません。少なくとも民間金融機関とは競争していることは間違いないでしょう。

しかし、商工中金は地銀にとっても有用なパートナーでもあります。

第一地銀協が挙げている協調・連携事例には、貸出回収リスクが高い業績の厳しい先に対して、商工中金の資金支援もあり、企業の維持がなされ、業績が回復した事例等があります。

では、地銀は商工中金にどのような役割を担って欲しいのでしょうか。

地銀が商工中金に求める役割

地銀が商工中金(およびその他政府系金融機関)に求める役割とは何でしょうか。

第一地銀協の資料では、政府系金融機関の役割として「民間で対応可能なものは民間に任せ、民間だけでは困難な案件に限定」、「創業期や再生期等における高リスク案件において、民間金融機関と協調・連携して対応」すべきとしています。

これはちょっと考えると分かりますが、少々都合の良い話でもあります。

企業の創業期や低迷期・再生期というのは非常に貸出回収リスクが高いためです。

地銀が、「ノウハウがない」もしくは「適切なリスクがとれない」ことを棚に上げて、政府系の金融機関にリスクを押し付けようとしているようにもみえるのです。

地銀協の商工中金の在り方への要請事項は正式には以下の通りとなっています。

【平時の民業補完の在り方】

民間で対応可能なものは民間に任せ、創業期や再生期等における高リスク案件において、民間金融機関と協調・連携して対応していただきたい。
【危機対応業務の在り方】
真の経済危機や大規模災害を対象とし、期間や地域を限定して慎重に運用していただきたい。
【ガバナンスの在り方】
地域の中小企業者を支えるパートナーとして、民間金融機関の声をガバナンスに取り入れていただきたい。

 

2017年12月一般社団法人全国地方銀行協会「商工中金の在り方について」
出典 中小企業庁ホームページ
商工中金の在り方検討会(第2回)資料
http://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/syokoutyukinarikata/171201syokoutyukinarikata.htm

これが地銀が商工中金の在り方として要請した内容となります。

商工中金の在り方

以上のような事象等を受けて、商工中金の在り方検討会が提言(中間取りまとめ)を2018年1月に公表しました。

 

<商工中金のビジネスモデルの在り方>

  • 商工中金の昨今のビジネスモデルは、危機対応業務に依拠してきたところが大きく、今回の不正事案は、地域金融のマーケットが飽和状態にある中で、従前からのビジネスモデルに限界が生じていたことの証左でもある。
  • 他方で、各地域には、生産性が低く、経営改善、事業再生や事業承継等を必要としている中小企業やリスクの高い事業に乗り出そうとしているがうまく進められない中小企業が多数存在する中、現状では、地域金融機関はこうした企業の生産性向上等に十分に対応できていない。
  • 商工中金は、地域金融機関と信頼関係に基づき連携・協業しながら、上記のような中小企業に対する支援に重点的に取り組んで当該企業の生産性向上や地方創生に貢献し、これを通じて適正な金利や手数料等を得るビジネスモデルを構築していくべき。また、地域の金融機関による中小企業支援の濃淡に応じて役割を発揮すべき。
  • その手法は以下の2つに大別される。
  1. 担保や経営者の個人保証などに頼らない事業性評価、事業承継等を含めた課題解決型提案やきめ細かな経営改善支援といった銀行本来の機能の強化
  2. 困難な状況に直面するも地域にとってかけがえのない存在である中小企業の抜本的な事業再生、資本性ローン等のメザニンファイナンス、M&A等の先進的取組み
  • このことにより、中小企業にとっては、経営上の課題に直面して困難な時こそ、これまで以上に、有益な知恵と併せた活きた資金を商工中金から親身に提供してもらえるなど、単なる融資にとどまらない支援を受けることが期待されることとなる。また、商工中金にとっても、上記のようなビジネスモデルにより他の金融機関と差別化していくことによって初めて持続的な経営を成り立たせ、継続的に安定して中小企業の支援を実施していくことが可能となる。
  • 今回の不正事案を契機に解体的出直しを図るため、今後4年間、商工中金は、政府出資の下で上記のような分野の取組みに全面注力すべき。4年後にビジネスモデルが確立されたかどうか徹底検証を行う。
  • その過程で商工中金は、上記分野以外の融資残高を減少させ、最適な事業規模・組織規模としていくことが必要となる。

このように商工中金は、より明確に民業の補完として、地銀が対応できない、もしくは弱い領域を対応していくことになる方向性です。

本来であれば、地銀が対応しても良いと筆者は思うのですが、地銀が担えないのであれば商工中金が対応していくということなのでしょう。

商工中金にはかなり厳しい道のりが待っています。

担保や保証に頼らず事業の評価を行うこと等を通じ、事業再生やメザニンファイナンス(劣後ローン等)、M&A等に取り組んでいくことになるのです。

商工中金の現場の職員も、全ての方がこのような業務のノウハウを持っている訳ではないでしょう。

筆者としては、事業再生やメザニンローン等の領域への注力は結果として不良資産の山を築くリスクを抱える可能性が相応に大きいと考えています。

リスクに見合ったリターンがあれば良いのですが、商工中金は恐らく政治の状況に影響されることになるでしょう。

景気対策、中小企業支援等の名目で低いレート・手数料での対応を余儀なくされる可能性はあるのです。

よって、商工中金は、そう簡単には安定的に利益を確保できる体制にはならないのではないかと想定しています。

今後の商工中金の動向につき引き続き注目していきたいところです。