銀行員のための教科書

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スマートデイズ「かぼちゃの馬車」をめぐるトラブルはスルガ銀行を窮地に追い込むか

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女性専用シェアハウス「かぼちゃの馬車」への投資に関する問題でスルガ銀行への批判等が強まっています。

この「かぼちゃの馬車」の問題では、大半の所有者に物件の取得資金を貸し出していたのがスルガ銀行であること、そのスルガ銀行に対して物件のオーナーである借主が返済の一時猶予を求め、スルガ銀行が受け入れたことが報道されています。

今回の記事は、この「かぼちゃの馬車」問題がスルガ銀行にどのような影響を与えるかを考察していきます。

直近の報道

まずは直近の報道を引用します。

スルガ銀、時価総額1月から3割減 シェアハウス融資を懸念
Reuters 2018/03/06
[東京 6日 ロイター] - スルガ銀行<8358.T>の株価が1月から下落基調となり、今月6日までに時価総額の3割を失った。スルガ銀行がシェアハウスの建設資金を融資し、その一部が回収不可能になるのではないかとの懸念が浮上。株価下落の大きな要因として認識されている。
問題になっているのは、不動産会社・スマートデイズが運営するシェアハウスへの融資。スルガ銀行は6日、ロイターの取材に対し、メールでスマートデイズが運営する物件も含むシェアハウスに関連した融資があることを認めている。
シェアハウスは、複数の賃借人がキッチンやトイレ、浴室などを共用する住居。オーナーは銀行から融資を受けてシェアハウスを建設、その運営をスマートデイズに委託していた。
オーナーはサブリース賃料を受け取り、スマートデイズは最長で30年の賃料保証をしていた。
スマートデイズは6日、ロイターの取材に対し、2017年10月末から、オーナーへの賃料支払いを一部減額し、今年1月末には賃料の支払いが「大変厳しい状況」であることを伝えたとしている。
1月17日と20日にオーナーへの説明会を開催しているが、スルガ銀の株価下落はこの時期に始まった。
スマートデイズによると、2018年1月時点で845棟(部屋数1万1259)のシェアハウスを主に東京都内で運営、そのオーナー数は約700人としている。
シェアハウスのオーナーのほとんどが、スルガ銀行から融資を受けていたという一部報道について、スマートデイズは金融機関とオーナーとの契約についてはコメントができないとしている。
UBS証券の銀行アナリスト、伊奈伸一氏は2月28日付のレポートの中で800人程度と報じられているシェアハウスのオーナー数から、スルガ銀行には1000億円程度の融資残高があると想定。
全額が返済されない可能性があるとして、200億円程度の与信コストが2019年3月期にかけて発生する可能性があるとしている。
スルガ銀行は個人向けローンを積極的に展開し、他の地銀より高い利益率を確保することで投資家から評価されていた。同行の2017年12月末の総貸出金の9割は個人ローンであり、預貸金粗りざやは3.51パーセントと地銀平均の1.12パーセントを大きく上回っている。
UBS証券の伊奈氏は「リスクを取らなければ、高い利回りの確保はできない」とし、仮に同行に200億円の与信コストが発生したとして、それを埋める利益を出すことは可能とみている。
スルガ銀は、2018年3月期の当期純利益を430億円と予想している。
融資焦げ付き懸念による株価下落と、200億円の与信コストの推測について、スルガ銀の担当者は「回答を控える」と述べている。
(藤田淳子 編集:田巻一彦)

以上が直近の記事です。

スルガ銀行の株価は3割も減少し、200億円の損失発生可能性があるというのです。

スルガ銀行の株価水準

では、現時点での株価水準をみてみましょう(2018年3月8日現在)。

  • PER 8.93倍
  • PBR 1.15倍
  • 予想配当利回り 1.26%

(以上、会社四季報ONLINEより数値引用)

この指標を見る限りは、スルガ銀行の株価は利益水準からみると割安になってきているといえるかもしれません。

しかし、2018年3月期の決算では「かぼちゃの馬車」をめぐるトラブルによって、貸出損失が発生する(貸倒引当金の計上含む)可能性もあります。

株式市場は、この損失を心配しスルガ銀行の株価が減少しているのでしょう。

それでは、スルガ銀行に「かぼちゃの馬車」の問題はどの程度の影響を与えるのでしょうか。

少し冷静にみていきましょう。

スルガ銀行への影響

筆者は、スマートデイズの「かぼちゃの馬車」の問題は、スルガ銀行へ大きな影響を与えない可能性の方が高いと想定しています。

その理由は以下の通りです。

  • 「かぼちゃの馬車」へ投資したオーナーへの貸出金は1,000億円程度
  • 2018年3月期 第3四半期(すなわち2017年12月末時点)のスルガ銀行の純資産額(いわゆる自己資本に近い数値)は3,740億円
  • 2018年3月期の連結業績予想は430億円(当該数値は「かぼちゃの馬車」の影響含まず)
  • 「かぼちゃの馬車」におけるオーナー宛貸出が、仮に「全額」が返済されなかっとしても、スルガ銀行の自己資本は3,000億円弱は残っている状況
  • スルガ銀行の収益力は1年に400億円程度の利益が上げられるところまで来ており、1,000億円が全て回収ができなかった(=お金が返済されなかった)としても3年程度で損失を取り返せる可能性がある
  • 以上を勘案すると、「かぼちゃの馬車」に関する問題がスルガ銀行の経営の屋台骨を揺るがす可能性は小さい

如何でしょうか。皆さんはどのようにお考えになるでしょうか。

「かぼちゃの馬車」の入居率は低迷しており、担保として押さえている物件を売却しても貸出金が回収できる程度の売却額にはならないでしょう。

よって、今回の問題は、スルガ銀行にとっては決して小さくはない損失額とはなります。

しかしながら、上記の通り最大の損失額を考えても、スルガ銀行が破綻するような致命的な影響には、なり得ないのです。

よって、株式市場は若干なりとも過剰に反応(心配)している可能性が高いのではないかと考えています。

これが現時点での筆者の所見です。

貸し手責任について

これまでは、投資家の目線でスルガ銀行への影響をみてきました。

しかしながら、スマートデイズの「かぼちゃの馬車」の問題は、お金を借りたオーナーに責任があり、スルガ銀行には責任がないのでしょうか。

一部報道によれば、借入人の資力を証明する(=お金を借りる)ために通帳のコピーに記載されている預金残高が改竄されたり、といった問題があったと報道されています。(ただし、これにスルガ銀行の貸出担当者が関与していたかは分かりません。)

また、ずさんな運営をしてきたスマートデイズの問題をスルガ銀行が知っていたならば、収益を生まない可能性の高い資産にオーナーが投資することを銀行が認めていたのですから、銀行側にも責任があるのではないでしょうか。

銀行側は投資が失敗し、貸出金の返済が滞る可能性があることを認識しながら貸出を行ったのではないでしょうか。

それなら返済を猶予するどころか、債務自体を免除するのは当たり前といえるのではないでしょうか。

このような疑問を抱く方は少なくないと思います。
では、実際に銀行の貸し手責任はどうなのでしょうか。

以下でみていきましょう。

貸し手責任(=Lender Liabiltty)は、融資の交渉~回収までの全ての過程において、融資先(企業・個人等)から銀行に対して想定される請求に対し、「融資側が負う可能性のある責任」といえるでしょう。

例えば、融資先の経営内容・事業計画を融資側が把握し、介入する事等による法的責任という考え方もできます。また、銀行が融資を約束したのに撤回したことから会社が倒産したというのも場合によっては貸し手責任(信義則違反)として借主が法的に保護される可能性はあるでしょう。

この貸し手責任の法的な根拠としては、不法行為・債務不履行・信義則違反等によるそれぞれの責任と考えられています。ただし、あくまで社会的責任ではなく法的責任を指します。

統一された法律がないため、日本においては、明確に「これが貸し手責任」といえるような定義は難しいかもしれません。

裁判例でも貸し手責任は簡単には認められていません。

以下のリンク先には様々な事例がありますが、銀行側に責任が認められるのは高いハードルがあることが分かると思います。
http://www.retio.or.jp/case_search/search_result.php?id=94

一方で銀行の貸し手責任が認められることもあります。

銀行の貸し手責任が認められた裁判例で有名なのは「最一小判平成18年6月12日」という判例でしょう。

この判例は、建築会社を紹介し収益物件の建築を銀行が提案した事案です。
簡単に以下事例を挙げます。

建築会社の担当者が顧客に対し融資を受けて顧客所有地に容積率の制限の上限に近い建物を建築した後にその敷地の一部売却により返済資金を調達する計画を提案した際に上記計画には建築基準法にかかわる問題があることを説明しなかった点に説明義務違反があるとされた事例

建築会社の担当者と共に顧客に対し、融資を受けて顧客所有地に容積率の制限の上限に近い建物を建築した後に、その敷地の一部売却により返済資金を調達する計画を説明した銀行の担当者に、上記計画には建築基準法にかかわる問題があることについての説明義務違反等がないとした原審の判断に「違法」があるとされた事例

出典 裁判所裁判例ホームページ
最一小判平成18年6月12日 裁判所 | 裁判例情報:検索結果詳細画面
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=33185

この裁判では、一審判決で大阪地裁は銀行と建築会社共に説明義務違反を認定し、請求額の約1割の損害賠償を命じましたが、控訴審判決で大阪高裁は両者について説明義務違反の主張を採用せず、顧客側は最高裁に上告をしました。

最高裁は、本事案において銀行には、収益物件の底地に関する建築基準法上の問題や隣地の売却可能性を調査し、顧客に説明すべき信義則上の義務を認める余地がありうる、として、控訴審判決を破棄差し戻しました。その判決の概要は次のとおりです。

ここでは法律事務所の解説記事を引用いたします。

一般には融資の返済計画が具体的に実現可能かは借受人が検討すべき事柄であり、本件でも、銀行担当者が隣地の売却可能性について調査、説明すべき義務が当然にあるわけではない。
しかし、本件で銀行担当者は顧客に対し、土地の有効利用を図ることを提案して建築会社を紹介した。のみならず、収益物件に関する経営企画書や投資プランを作成し、建築会社担当者と共にその内容を説明した。顧客はその説明によって、返済可能な融資だと考えて、これを受けた。しかも、顧客の主張によれば、銀行担当者は隣地の売却は確実に実現させると述べた、ということになっている。
こういった特段の事情があれば、銀行には信義則上の調査、説明義務があったと認める余地がある、と結論づけました。
銀行と顧客の間では金銭消費貸借契約があるだけで、顧客が借りたお金を返す義務を負うだけ、顧客がその金をどう使うかは銀行は知らない(少なくとも法的責任の点で)というのが原則と考えられます。
ところが、銀行はバブル期に融資を増やすため、投資や相続税対策として不動産の購入、建築を顧客に紹介、提案することが多くありました。その提案の中に事実と異なる説明をしたり、尽くしておくべき説明を尽くしていなかったりした場合には、銀行の「説明義務違反」を認定して、相当額の賠償を命じることがありうるとしたのが本判例です。この「説明義務」は金銭消費貸借上の貸し手側の「付随義務」であるとの構成が可能です。
同種の問題に関する判例が近時散見され、このことは近時の経済状況においても十分起こりうる話です。

出典 御池総合法律事務所 御池ライブラリー(ホームページ掲載)
http://www.oike-law.gr.jp/wp-content/uploads/oike25.pdf

本判決は、単に建築会社を紹介した、弁済計画を立てたというだけでは、金融機関に弁済計画の破綻に伴う調査・説明義務違反を認めていません。

本判決が認定した特段の事情のような、金融機関の積極的関与、これによる借主の信用(詐欺における因果関係と同視できるかといえるでしょう)が重要な要素となるといえます。

以上が銀行の貸し手責任の認められた事例です。

すなわち、一般的なアパート建築請負業者を紹介しただけのようなアパートローン案件では法的には貸し手責任を認められる可能性は低いといえます。
(この貸し手の責任の記事部分については以下の筆者過去記事を引用しています)

今回の事案は、銀行が建築業者を紹介したわけではないでしょう。

そもそも、スマートデイズの「かぼちゃの馬車」に関する本事案について、スルガ銀行がどの程度関与したのかは明らかになっていません。

しかし、銀行が貸出をする際には、担保物件の調査はします。また、貸出期間中は物件の稼働率(入居率)の調査等も行うことが普通でしょう。

したがって、スマートデイズが詐欺的なサブリース業者であることをスルガ銀行が認識していたのであれば、何らかの貸し手責任が認められる可能性はあるかもしれません。

なお、この場合でも、財務面では最大で1,000億円の損失ですから、その時点ではスルガ銀行の経営が揺らぐことはないといえます。

ただし、スルガ銀行の評判は悪化するでしょうから、スルガ銀行から預金を引き出す預金者が急増したり、スルガ銀行からお金を借りないとする個人が増加し、結果としてスルガ銀行の屋台骨が揺らぐことはあり得ます。銀行は「信用商売」だからです。

今後、スルガ銀行に想定される影響

今後、スルガ銀行にはどのような影響が起こるのでしょうか。

筆者の想定は以下の通りです。

  • スマートデイズの「かぼちゃの馬車」問題を受けて、相応の貸し倒れに備えて引当金を計上する(損失が発生する)
  • 「かぼちゃの馬車」オーナーとの間での貸出取引に問題がなかったか、特にほとんどの貸付を担当していた支店での組織的な問題がなかったか、調査を実施する
  • それまではオーナーへ借入金の返済を猶予する
  • 上記調査結果が出たところで、オーナーとの返済交渉を開始する
  • 返済交渉の中身は、スルガ銀行側に問題がなかった場合は、返済期間の延長(=一回あたりの返済額の引き下げ)によるものとし、債務免除は行わない
  • スルガ銀行に問題があった場合には、債務免除も視野に入れるが交渉は長期化(裁判での対応もあり得る)
  • スルガ銀行はアパートローンのような収益不動産購入資金貸出を若干厳格化する
  • よって、新規貸出金額の減少(=中期的な貸出残高全体の減少)により、スルガ銀行の利益は中長期的にみて若干減少する

以上が想定されます。

なお、ずさんな融資をしていたのだから、スルガ銀行が「かぼちゃの馬車」オーナーに対して債務免除を行うと予想している方も存在するでしょう。

しかしながら、そう簡単には銀行は債務免除を行うことはしません。

安易な債務者との妥協・合意により銀行の利益を減少させてしまった場合、株主からの責任を銀行が問われかねないからです(株主代表訴訟等)。

筆者がもっとも懸念するのは、本件によりスルガ銀行が貸出の基準や審査を厳格化することです。

スルガ銀行のビジネスモデル・強さは、貸出に関する圧倒的な審査スピード、他行が手掛けない不動産へも積極的に融資する姿勢、その代わりとして高い金利を適用する、というものです。
スルガ銀行のビジネスモデルは、リスクをとる分、貸倒損失(貸付金が返ってこないこと)が発生することを当然としているのです。誤解を恐れずにいえば、一般的なお堅い銀行よりは消費者金融に感覚としては近いでしょう。
もし、スルガ銀行が融資の厳格化を図る場合には、この「強み」が消滅し、他の地方銀行と変わらなくなってしまう可能性があります。

筆者は以下の記事でスルガ銀行の「強さ」が持続可能かは分からないと書きましたが、スマートデイズの件は、まさにそのような事象が発生したということです。

(参考)金融ADRとは

今回、「かぼちゃの馬車」のオーナーたちは弁護士を使ってスルガ銀行と交渉を開始したようです。

これは当然の選択肢ですが、弁護士に依頼するには相応の費用がかかります。

金融機関とのトラブルには金融ADRを利用することもできます。

ここで参考として金融ADRについても触れておきます。

以下は政府が公表している金融ADRについての説明です。

銀行の預貯金や生命保険、損害保険、株式や債券、投資信託など、金融商品・サービスの多様化・複雑化が進む中で、利用者と金融機関との間で、金融商品・サービスに係るトラブルが多くなっています。
こうした金融トラブルを解決するため、銀行・保険・証券などの業界団体などにおいて、従来から自主的な苦情処理・紛争解決の取組が進められてきましたが、中立性・公正性、実効性などの観点から、必ずしも万全ではなく、利用者からの信頼が十分得られていない面がありました。また、トラブルを解決するために、「裁判」で争うという方法もありますが、裁判には費用も時間もかかるという問題もあります。
そこで、平成21年の「金融商品取引法などの一部を改正する法律」により、利用者保護・利用者利便の向上のため、裁判よりも費用や時間がかからず、金融分野に見識のある弁護士などの中立・公正な専門家(紛争解決委員)により、金融トラブルの解決を図る「金融ADR制度(金融分野における裁判外紛争解決制度)」が、国の制度として創設され、平成22年10月1日から本格的にスタートしました。
<金融ADR制度の3つのメリット>
金融ADR制度は、金融機関との取引に関して、利用者と金融機関との間でトラブルが発生したときに、当事者以外の第三者(金融ADR機関)にかかわってもらいながら、裁判以外の方法で解決を図る制度のことです。
金融ADR制度には、次のような3つの大きなメリットがあります。
(1)中立・公正
金融ADR機関に所属する金融分野に見識のある弁護士などの中立・公正な専門家(紛争解決委員)が和解案を提示し、解決に努めます
(2)迅速
金融ADRによる紛争解決までの標準的な処理期間は2~6か月程度で、裁判よりも短期間で解決することができます
(3)低コスト
各金融ADR機関によって利用料が定められていますが、一部を除き、無料です。
出典 政府広報オンライン
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201107/2.html

金融ADR制度の趣旨は、以下の三点です。

  • 紛争解決機関を行政庁が指定・監督し、その中立性・公正性を確保。
  • 利用者から紛争解決の申立てが行われた場合には、金融機関に紛争解決手続の利用や和解案の尊重等を求め、紛争解決の実効性を確保。
  • 金融分野に知見を有する者が紛争解決委員として紛争解決に当たることにより、金融商品・サービスに関する専門性を確保。

出典 金融庁ホームページ
http://www.fsa.go.jp/policy/adr/

この金融ADRのポイントは、金融機関が「利用者からの紛争解決の申立てに応じなければならないこと」「提示された和解案は原則受け入れなければならないこと」にあります。

金融ADRは金融機関との争いをかかえる個人にとっては非常に有用なものと筆者は認識しています。もちろん、金融機関とトラブルとなった場合には、筆者は間違いなく利用するでしょう。

以上が参考情報としての金融ADRについてです。