足下で、相次ぎ中央銀行が発行するデジタル通貨についての報道、発表がなされています。
今回の記事では、この法定デジタル通貨発行の議論がなされている背景の一端について深読みしていきます。
日経新聞の報道
日経新聞では法定デジタル通貨についての記事が相次いで掲載されました。
まずはこの記事内容について以下確認していきます。
日銀ウォッチ 突き放しても消えぬ議論
2018/02/15 日経新聞
(抜粋での引用)
規制強化を巡る観測で、仮想通貨の価格は乱高下が続いている。最近は国際会議で各国中銀の首脳が顔を合わせるたびに話題になるため、中銀としてどう仮想通貨に向き合うかの論点整理が進んできたという。
日銀内には、中銀がデジタル通貨を発行する意義についても懐疑的な見方が多い。中銀が決済インフラを通じて個別の金融取引の情報を握ってしまう懸念や、民間銀行の預金業務に影響を与えてしまう問題があるためだ。
「中銀はデジタル通貨を検討せよ」A・レビン教授
2018/02/15 日経速報ニュース
日銀はデジタル通貨の発行を検討すべきか。米連邦準備理事会(FRB)のエコノミストとしてイエレン前議長らのブレーンを務めた現ダートマス大学教授のアンドリュー・レビン氏の答えは「YES」だ。いったい何のために必要なのか。
――どうして中央銀行が発行するデジタル通貨が必要なのでしょうか。
(中略)
「なぜ中銀が関与すべきか。第一に、国民は安定した価値を持つ通貨を望んでいる。モノを買ったり、20~30年単位の貯蓄計画を立てたりする際に、ビットコイン建てでは価格変動が大きすぎる。日本には民間の銀行が円と連動した独自のデジタル通貨を発行する計画があるようだ。だがそれは民間銀行の任務だろうか。人々が銀行を疑うような局面になれば、そうした通貨を持つ人はすべてを失う可能性もある。すべての人が分け隔てなくレートを参照できるような環境を生み出すためには、最終的に日銀の関与が必要だ」
「私は中銀が発行したデジタル通貨が民間銀行を通して流通する官民連携モデルを想定している。預金者のお金が民間銀行の負債として計上され、それがそのまま銀行から中銀への口座へと移される。このモデルであれば、中銀は個々の預金者の個人情報を入手できないため、プライバシーが保たれる。ビットコインのような暗号通貨を発行するのではなく、中銀が台帳を持ち、取引に応じてそれを書き換えるイメージだ。スウェーデンや英国、カナダの中銀もこうした仕組みがよいという見解を出している。これはおそらく2年程度で実現できる仕組みだ」
――日銀もデジタル通貨の発行を検討すべきでしょうか。
「『YES』と答えてよいと思う。すべての中銀が慎重に検討すべきだ。私の9歳の息子はタイプライターを博物館でしか見たことがない。彼が30歳になったときには、紙幣が同じようになると推測している。いまの中銀の課題は、たとえば日銀が円に信用をもたせたように、デジタル通貨が信頼されるようにすることだ」
――金融政策にはどのような影響がありますか。
「デジタル通貨には国債利回りと同じような水準の金利を付けるべきだ。経済がひとたび危機に陥った場合には金利をマイナスにかえることができるようにする。これは税金のような負担になるため、低所得層には免除措置が必要になるだろう。それも中銀が台帳を管理する仕組みなら、難しいことではない。また税金といってもマイナス1%程度であれば、小さな水準だ。目的は(経済を刺激するために)企業が事業投資する際の金利を下げること。特に日銀にとっては、物価を長期的に安定させるために重要なツールになる」
以上が昨日、相次いで掲載された日経新聞の記事です。
次に、先日、日銀のホームページ上で掲載された日本銀行金融研究所のディスカッションペーパーシリーズについても確認していきましょう。
日本銀行金融研究所の公表資料
まずこの日本銀行金融研究所のディスカッションペーパーシリーズはどのような位置付けについて確認しておきます。
日本銀行金融研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズは、金融研究所スタッフおよび外部研究者による研究成果をとりまとめたもので、学界、研究機関等、関連する方々から幅広くコメントを頂戴することを意図している。ただし、ディスカッション・ペーパーの内容や意見は、執筆者個人に属し、日本銀行あるいは金融研究所の公式見解を示すものではない。
よって、このペーパーの内容は様々な関係者からの意見を徴集するため、もしくは議論を巻き起こすために公表されているということです。
では内容について確認していきましょう。
マイナス金利環境におけるファイナンス:課題と研究の潮流
2018 年 2 月
(2) マイナス金利の下限
マイナス金利の深掘りはどこまで可能かという点、すなわちマイナス金利の下限も、議論の対象となっている。マイナス金利の下限の決定要因は、経済的な限界と物理的な限界の 2 つに大別される。経済的な限界とは、Brunnermeier and Koby [2017]が議論しているとおり、ある水準よりも金利を下げると、実体経済に対して、金融緩和による正の効果を上回って、金融機関収益が悪化することを通じた負の効果が及ぶという意味での限界である。一方、物理的な限界とは、預金にマイナス金利を適用する場合において、現金や金の保有コストを超える水準にまで金利のマイナス幅を深めると、預金者が預金ではなく、マイナス金利の適用されない現金や金で資産を保有するインセンティブが生じるため、マイナス金利の効力が失われるという意味での限界である。
後者の物理的な限界については、例えば、貨幣に有効期限を設けることなどによって現金そのものにマイナス金利を適用できれば、現金保有のコストを超えて預金金利のマイナス幅を深められるという議論がある。これは、いわゆるゲゼル(Gesell)型貨幣として知られる、20 世紀初頭から存在する議論であるものの、実務上の手続きの煩雑さなどから現実的ではないと考えられてきた。しかしながら、近年デジタル貨幣の普及が進んでいる状況を踏まえると、現金をすべてデジタル貨幣として電子的に管理することによって、ゲゼル型貨幣のアイデアを実現できる可能性が高まっている(Agarwal and Kimball [2015]、Goodfriend [2016]、岩村[2016])。実際、図 9 のとおり、デンマーク・スウェーデンにおいては、名目 GDP に対する現金流通高の割合や 1 人当たりの現金流通高は非常に低くなっており、紙幣・硬貨に代わってデジタル貨幣が広く使われている様子が窺われる。こうした国では現金へのマイナス金利適用の可能性が現実味を増していると考えられる。
他方、マイナス金利が適用されたデジタル貨幣が、果たして現実に流通するだろうかという疑問も残る。他の通貨・デジタル貨幣や金への逃避が進むことに加えて、貨幣保有のインセンティブが低下することで、交換経済の基盤そのものが棄損してしまう可能性なども考えられる(植田[2016])。マイナス金利を深掘りしていった場合の政策効果は、これまでのマイナス幅のもとでのマイナス金利政策の効果の延長線とは質的に異なるとみられるほか、マイナス金利の物理的な下限を押し下げていった結果、結局は経済的な下限に突き当たる可能性も高い。マイナス金利の下限に関しては、今後もさまざまな観点から研究が進められていくことが期待される。(14P)
http://www.imes.boj.or.jp/research/abstracts/japanese/18-J-03.html
※筆者註 本文後のカッコ内の名前、年は参考文献です。上記リンク先にある資料の最後尾に参考文献が掲載されています。
所見
以上3つの記事・公表資料を確認してきました。
ここから読み解くことができる流れはどのようなものでしょうか。
それは、少なくとも日本において「マイナス金利の深堀」が政策的に可能になるように、法定デジタル通貨が使えないかを検討している集団が存在するということです。
中央銀行が発行する法定デジタル通貨が議論されるときのメリットとして挙げられるのは、近時では「現金の流通コストの削減」が多かったように思います。
しかし、今回みてきた記事等では、むしろ現金が多く流通する世の中ではマイナス金利の「幅」を深められないという問題意識が出ており、その実現性に対する中央銀行としての迷いが透けてみえます。
このデジタル通貨発行→マイナス金利幅拡大の議論がなされる背景には、今まで黒田日銀で行ってきた量的・質的緩和政策が当初想定したような効果を発揮していないことがあるのでしょう。
日本のインフレ率は高まらず、政府が推進するはずだった構造改革も進まず、日銀としては手詰まり感が漂うのでしょう。
米国は他国の先陣を切り金融緩和の縮小・利上げに向けて動いています。しかし、日本はこの金利上昇の流れからは置いていかれる可能性が高い状況にあります。
日銀としては、マネーがためこまれることなく、次々と使われ、循環していく経済を実現させ、日本経済に適度なインフレの環境を作りたいと考えているのでしょう。
そのためのマイナス金利の深堀なのです。
現金が流通しているならば、マイナス金利幅を拡大しても、預金から現金として引き出され、「タンス預金」となってしまいます。それでは意味がありません。
政策効果を発揮するためには、確かにデジタル通貨は有効でしょう。(もちろん日本円の法定デジタル通貨を受け取った企業や個人が全て他通貨に逃避するリスクはありますが)
筆者にとってはマイナス金利政策の成否については何ともいえません。(銀行・金融機関だけの立場に立てば間違いなく愚策でしょうが)
しかし、日銀が法定デジタル通貨の発行について興味を持ち始めるのであれば、それは良く言われているような「現金保有・流通コストの削減が日本経済のムダを省く」「マネーロンダリングを行い難くする」というような簡単な目的ではないことだけは確かでしょう。
今後の法定デジタル通貨の議論動向については特に金融関係者にとっては留意が必要な事項だと考えます。