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KDDIのアセットマネジメント業参入で得をするのは大和証券

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KDDIが大和証券グループ本社と組んでアセットマネジメントを設立すると発表しました。

方向性は面白いとは思いますが、筆者はこの合弁会社設立で利益を得るのは大和証券側だと考えています。おそらくKDDI側からみると収益ではかなり苦戦するでしょう。

今回は資産運用会社、アセットマネジメント会社を設立することの難しさ等について考察していきましょう。

プレスリリース

まずは本件合弁会社設立がどのようなものか、両社のプレスリリースを確認していきます。

KDDIと大和証券グループ、資産形成分野で資本業務提携

~iDeCo/投資信託でお客さまの資産形成をサポート~

KDDI株式会社 (本社: 東京都千代田区、代表取締役社長: 田中 孝司) と株式会社大和証券グループ本社 (本社: 東京都千代田区、執行役社長: 中田 誠司) は、資産形成分野において資本業務提携し、人生100年時代におけるお客さまの資産形成を両社にてサポートする合弁会社「KDDIアセットマネジメント株式会社」を発足させました。

人生100年時代を迎え、若年代からの計画的な資産形成の重要性が高まっているなか、日本では家計金融資産の半分以上が現預金に留まっており、米国や英国と比較し、貯蓄から資産形成へのシフトが進んでいない状況にあります。

KDDIアセットマネジメントは、お客さまの資産形成をサポートするためアセットマネジメント事業及び確定拠出年金運営管理業へ参入し、早期のサービス提供開始を目指します。また、お客さまが気軽に資産形成を始めていただけるよう、スマートフォンアプリから操作できる、より身近な金融サービスを開発します。たとえば、若年層にも関心の高い個人型確定拠出年金 (通称: iDeCo) は、毎月決まった掛け金を投資信託や定期預金などに積み立て、60歳以降に年金または一時金で受け取る私的年金制度であり、長期的な資産形成に最適な制度です。iDeCoのみならず投資信託など、お客さまが気軽に資産形成いただける様々な金融サービスを開発し、販売会社等を通じてお客さまへ提供します。

KDDIは、従来の通信サービスに加え、物販・金融・エネルギー・決済サービスなどの提供を通じて、お客さまのライフステージに応じたさまざまな商品・サービスを提供する「ライフデザイン企業」を目指して変革を進めています。KDDIの強みである通信サービスを生かし、お客さまが安心して資産形成できる人生100年時代の金融サービスを提供していきます。

大和証券グループは、幅広い投資家層のニーズに対応する商品・サービスプラットフォームの構築に取り組んでまいりました。今回のKDDIとの資本業務提携を通じて、個人投資家のお客さまに新たな投資機会を提供し、我が国における「貯蓄から資産形成へ」の流れを強力にサポートしていきます。

KDDI、大和証券グループは、それぞれが持つ強みを生かし、お客さまのより豊かな生活の実現をサポートし、より良い社会の実現に向け貢献していきます。

■合弁会社の概要

商号:KDDIアセットマネジメント株式会社

事業内容:投資信託、個人型確定拠出年金 (iDeCo) の提供

株主構成:KDDI (66.6%) 大和証券グループ本社 (33.4%)

出典 KDDIホームページ

KDDIと大和証券グループ、資産形成分野で資本業務提携 | 2018年 | KDDI株式会社

報道

以上のプレスリリースに加えて日経新聞には以下の通り記事が掲載されています。

KDDIは8日、大和証券グループ本社と組み資産運用業に参入すると発表した。同分野への進出は大手通信で初となる。英会話大手を買収するなど本業以外への展開を急ぐKDDI。背景にあるのは飽和感が強まる携帯市場への危機感と、変化に乗り遅れまいとする焦りだ。「携帯2位」の座に埋没してきたイメージを返上し、成長への弾みをつけられるか。
 資産運用業の新会社を共同で設立。スマートフォン(スマホ)で投資信託などの購入から運用状況の管理までを手軽にできるサービスを提供する。約2500万人の携帯利用者に個人型確定拠出年金などへの加入を促し、契約期間の長いサービスで利用者の囲い込みも同時に強める狙いだ。(以下略)

出典 2018年2月9日 日本経済新聞

資産運用会社の運営に必要な人員数等

上記がKDDIの合弁会社に関する公表および報道されている概要です。

この資産運用会社は一見するとKDDI (au)の顧客に新たなサービスを提供する良い戦略のようにみえるでしょう。

しかし、資産運用会社は運営していくために相応のコストがかかるのも事実です。

なお、この記事では、DCの運営管理よりも資産運用会社(=投信会社)がKDDIの主な狙いだと仮定して以下考察します。(DCの運営管理は全く収益が上がらず、投信の販売で儲けるビジネスのため) 

コストを考えるには、資産運用会社=投信会社、AM会社の通常の組織例(最低限度)をまずは確認しましょう。

  • 経営層 3~4名程度
  • 運用部署 5~7名程度
  • 調査部署2~5名程度
  • コンプライアンス部署 1~2名程度
  • その他業務部署(※) 5-8名程度

※商品企画·マーケティング、事務、人事、総務、経理·ディスクロージャー作成

 

以上の通り、資産運用会社では30名弱程度の人員は少なくとも必要になるのです。

そして、資産運用会社のコストは総人員数に概ね比例します。

理由は、資産運用会社は、給与以外では、システムコスト·家賃·広告宣伝費等以外の支出があまり想定されないためです。

総コストとしては最低限に抑えても、人件費の2~3倍がかかるイメージとなるものと想定されます。

ただし、自前の運用をせず、運用自体をアウトソースすることで必要人員数を減少させることは可能です。

例えば、セゾン投信はアウトソーススキーム(ファンド·オブ·ファンズ)により運用担当者を複数名程度まで削減しています。その場合の運用担当者はモニタリングや投資実行·投資回収程度の役割となります。

また、事務(投信自体の投信計理含む)のアウトソースをすることも可能でしょう。これで数名程度は削減可能です。

資産運用会社の損益分岐点

以上を勘案しても資産運用会社には少なくとも20名程度は人員を確保する必要があります。

簡単にコストを試算すると以下の通りとなります。

  • 人件費=20名× 700万円=140百万円
  • アウトソース費用=5~10百万円程度

これに、システムコスト·家賃等を仮に人件費と同程度とすると、人件費·システムコスト等物件費で300百万円の費用が固定費として最低限発生します。

KDDIの資産運用会社は、大和証券グループとの合弁であるため、自前での運用商品を開発するよりは大和証券グループより商品供給を受ける形態をとるものと想定されます。(セゾン投信のビジネスモデルに近いものと想定)

その場合、預入を受けた運用商品に対する報酬率(KDDIの資産運用会社の取り分のみ)は0.1%~0.5%程度が想定されるところではないでしょうか。

この報酬率を前提とし、上記の固定費をカバーするための運用残高を試算すると以下のようになります。

  • 運用報酬率0.1%の場合=運用残高3,000億円
  • 運用報酬率0.3%の場合=運用残高1,000億円
  • 運用報酬率0.5%の場合=運用残高600億円

以上、簡単な試算ではありますが、最低限の人員数·システム等としても運用残高で上記のような金額を集めなければ、黒字にすらならないのです。

他資産運用会社の事例

それでは、上記の運用残高を集めるのは現実的なのでしょうか。

他資産運用会社の事例をみていきましょう。

以下の数値は、各社の公表資料もしくは投資顧問業協会 投資運用会社要覧等から数値をピックアップしております。

まず、資産運用会社の人員数は、概ね運用するファンド本数に比例します。これは、運用のモニタリング、運用成績等を説明する資料作成等に人手がかかるためであり、その業務はファンド毎に発生するためです。

事例として以下の数値をご覧ください。

  • 大和証券投資信託委託=ファンド654本、人員数623名
  • アセットマネジメントOne=ファンド597本、人員数972名
  • 岡三アセットマネジメント=ファンド128本、人員数170名
  • しんきんアセットマネジメント=ファンド22本、人員数57名

如何でしょうか。

このようにファンド本数と人員数は概ね比例すると想定されます。

よって、KDDIの資産運用会社が多くのファンドを取り扱おうとすると人員数も増加させる必要が出てきます。そのため、当初は少ないファンド数で対応していかざるを得ないでしょう。

では、少ないファンド本数で運営している資産運用会社の収益はどのようになっているのでしょうか。

事例をみてみましょう。

<セゾン投信>
ファンド本数2本
運用残高1,700億円
人員数30名程度(想定)
営業収益( 売上) 673百万円

経常利益89百万円

<コモンズ投信>
ファンド本数2本
運用残高170億円
人員数20名程度(想定)
営業収益227百万円
経常利益▲93百万円(赤字)

<ちばぎんアセットマネジメント>
ファンド本数15本
運用残高600億円
人員数30名程度
営業収益498百万円
経常利益33百万円

<さわかみ投信>
ファンド本数1本
運用残高3,000億円
人員数40名程度
営業収益2,477百万円
経常利益1,155百万円

<レオスキャピタルワークス(ひふみ投信) >
ファンド本数2本(実質1本)
運用残高6,500億円
人員数50名程度
営業収益1,288百万円
経常利益44百万円

 

以上をみると改めて認識できることがあります。
どんなに華々しくみえていたとしても資産運用会社は簡単には儲かりません。

規模の利益が働く業界なのです。

KDDIの資産運用会社は、当初はセゾン投信のようなところを目指していくものと勝手なが
ら想定します。

しかし、セゾン投信の業績のように1,700億円もの運用資産を受託しても、利益は1億円残らないのです。

これは資産運用会社がうまく軌道に乗ったとしても、KDDIの全体の利益水準からすると、非常にわずかな利益貢献に留まるということです。

そして、筆者が考えられる限り、ネットのビッグデータや金融面での新たなイノベーションを持たないと想定される携帯電話会社には、顧客を魅了する運用商品を作るのは難しいものと想定されます。

現実はこのようなものなのです。

ビジネスとしての評価と利益を得る当事者

au(KDDI)の契約数は5,000万件程度です。

その全てが個人だと仮定した場合(前述の日経新聞記事ではユーザーは2,500万人となっていますが)、顧客一人当たり年間に1万円の運用預入があったとしましょう。

5,000万人×1万円=5,000億円となります。
しかし、これは現実的とはいえません。

読者個々人にとっても、携帯電話会社からの勧誘でサービスを利用した経験がある方は少ないのではないでしょうか。携帯電話会社はやはりインフラの提供会社なのです。

では、上記の試算で5,000万件のユーザーの内、1%が資産運用をしたとしましょう。その場合には、わずか50億円にしかなりません。これでは逆にビジネスとして全く成り立ちません。

もちろん、一人当たり多額の運用を預入してもらえるのであれば、話は変わってきます。

しかし、KDDIに他の運用会社に勝る魅力のある運用商品を作ることができるのでしょうか。

そもそも大和証券グループと資本提携している以上、大和証券グループから商品を導入し、リパッケージして販売することが通常でしょう。

従って、他社を圧倒するような魅力的な商品をリリースすることは困難と言わざるをえません。

そのような中で、少なくとも1,000億円程度は運用資産を集めないと利益すら出ないのです。

資産運用会社とは、簡単には儲からないビジネスなのです。

よって、メジャー出資を取っているKDDIにとっては非常に厳しいビジネスになると筆者は認識しています。

ところが、このビジネスで間違いなく利益を確保するだろう関係者が存在します。

それは大和証券グループです。

大和証券グループからすると、KDDIの資産運用会社の規模がどの程度だろうと、自社グループで組成したファンドを売り込むことができれば、利益が出ます。

なぜならば、新たなファンドを立ち上げるのではなく、既存のファンドをKDDI向けにリパッケージして販売するだけだからです(筆者想定)。

新たな投資も必要なく、単純に販売先が増えるだけなのです。金融ビジネスは規模の利益が働きます。販売先が拡大できれば効率がアップします。

そのために、今回の合弁事業は、社員の出向や、出資を行う必要はあっても、損をする可能性は低いビジネスだと想定されます。

よって、このKDDIの資産運用業への参入の真の勝者は大和証券グループだと筆者は想定しているのです。