銀行員のための教科書

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大学ファンドは気概を持て

大学の研究力強化のために政府が設立した10兆円規模の「大学ファンド」の2022年度運 用実績が604億円の赤字となったと発表されています。初の運用実績公表の段階から「つまずいた」と報道しているメディアもあります。大々的に発足が報じられた(そして議論もなされた)大学ファンドの運用成績は相応の関心を集めているものと思われます。

今回は、この大学ファンドの運用状況について少し確認していきたいと思います。

 

運用の概要

大学ファンドの2022年度末の「運用資産額」は9兆9,644億円、「収益額(=実現収益額(簿価ベース)に評価損益額の増減等(時価ベース)を加味した収益額(運用手数料等控除前))」は▲604 億円となりました(元本比▲0.6%)。

また、保有資産の時価評価による評価差額(貸借対照表上の「その他有価証券評価差額金」)、すなわち含み損は▲1,259億円となっています。大学ファンドは2024年度から国際卓越研究大学に認定された大学に助成する原資となり、政府は2026年度末までに年間3,000億円の収益達成を目標に掲げています。これは、世界と伍する研究大学の実現には、長期的な視点から年間3,000億円(実質)程度の支援額が必要であると有識者の会議で提言されていたからです。

ざっくりといえば、元本が10兆円のファンドですので年間3%の運用収益を目標としていることになります(実際には、大学への助成にかかる3%に長期物価上昇率を上乗せした水準が長期運用目標)。

 

ポートフォリオ

大学ファンドの2022年度末におけるポートフォリオ(資産構成割合)は以下の通りです。

(出所 国立研究開発法人科学技術振興機構「2022年度 業務概況書」)

グローバル債券54.6%、グローバル株式17.2%、オルタナティブ0.6%、短期資産(預金等)27.6%となっています。尚、グローバル債券とグローバル株式には日本の債券・株式も含まれています。

尚、資産運用に携わったことのある方からすると上記資産構成割合は非常に違和感があるかもしれません。債券の割合が多く、短期資産の割合も多すぎるためです。但し、これには理由があり、運用立ち上げ期においては、投資実行までに時間を要する資産の特性も考慮しつつ、運用開始以降10年が経過する年度の年度末までの可能な限り早い段階で、基本ポー トフォリオに沿った資産構成割合の実現を目指すことが助成資金運用の基本指針において定められているためです。大学ファンドの運用元本の約9割が財政融資資金からの借り入れであり、自己資本比率が低い財務構造であることにあることから、リスクを抑えて運用を開始しているということ(簡単に言えば借入で投資しているのでおカネを返せるようにリスクは低めにスタートし、まずは利益をためる)と、プライベート・エクイティ(非公開株式投資)や不動産といったオルタナティブ投資には、運用開始まで相応の時間がかかることが考慮され、スタート時点ではまだ歪な資産構成割合になっていることになります。

 

今後について

大学ファンドの運用成績が一時的に赤字となったことについて騒いだり批判する必要はありません。運用は長期で行うものであり、単年度の黒字・赤字で運用の是非を議論することにはあまり意味がありません。

但し、筆者が少し気になるのは、この大学ファンドは運用結果に対する国民の批判を恐れてリスクを抑制しているのではないかという懸念です。せっかく運用の専門家集団が そろっているのですから、短期間での運用成果を気にせず、長い目で見た際に国益をもたらすような運用を行うべきだと考えます。

そもそも運用というのは長期で時間を味方にして投資するものです。それなのに、周囲の目を気にして、リスクを抑えて運用するというのは、最初からブレーキを踏みながら運転しているようなもので、長い時間軸を活かせていませんし、時間を無駄にしているとも言えます。このようなファンドは、むしろ最初こそリスクを取って運用すべきなのです。

日本は、専門家でもないコメンテーターが、様々な事象に批判を行います。大学ファンドもその一つとなる可能性はありますが、ファンドには気概を持って運用に取り組んで欲しいと思います。