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ブラック企業撲滅のためにも「未払賃金請求権の消滅時効延長」は妥協しないことを厚労省に求めたい

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未払賃金の請求期間、すなわち賃金債権の消滅時効についての見直しが議論されています。

現在は賃金に関する債権は2年で時効を迎えます。今回の賃金債権の消滅時効の見直しについては、2020年4月の改正民法施行によって債権の消滅時効が見直されることに対応するものです。

今回は、この賃金債権の消滅時効の見直しについて確認しましょう。

 

報道内容

未払賃金請求期間、すなわち賃金債権消滅時効についての見直しに関しては日経新聞が取り上げています。概要がつかめると思いますので以下引用します。

未払い賃金請求期間、まず3年に延長へ 厚労省
2019/10/20  日経新聞

 厚生労働省は働き手が企業に未払い賃金を請求できる期間について、現行の2年を3年に延長する検討に入った。2020年4月の改正民法施行で賃金に関する債権の消滅時効が原則5年となるのに対応する。労働者の権利を守るため将来は5年への延長を視野に入れつつ、企業経営の負担が過大にならないよう、まずは3年への延長で制度改正の実現をめざす。
 労使の代表らで構成する労働政策審議会(厚労相の諮問機関)で19年度中にも結論をまとめ、早期に労働基準法改正案を国会に提出したい考え。
 労基法は労働者が過去2年にさかのぼり未払い賃金を請求できるとしている。だが改正民法では賃金に関する債権の消滅時効を1年から原則5年に延長する。この結果、労働者保護のため優先して適用される労基法の請求期間が民法より短くなる「ねじれ」が生じる。
 厚労省は17年に検討会を設け、請求期間を最長5年への延長を議論してきたが、結論が出ていない。労務管理のシステム改修などに1社あたり数千万円かかることや、残業時間の上限規制が20年4月から中小企業にも適用されるため、経営側が負担増に反発した。
 このため厚労省はまず3年への延長で制度改正に道筋を付けたい考え。賃金台帳などの保管期限が3年で、企業側も対応しやすいとみている。5年に延ばすことも引き続き検討する。ただ労働側は早急に5年に延ばすよう求めており、議論の難航が続く可能性もある。
 18年度に残業代の未払いで労働基準監督署から是正指導を受けた企業は前年度に比べ5%減の1768社。対策が急務になっている。 

民法改正では賃金に関する債権の消滅時効を1年から原則5年に延長することになります。それにもかかわらず、特別法(民法よりも優先して適用される)であり、労働者保護のため優先して適用されるはずの労基法の請求期間が民法より短くなる「ねじれ」が生じることは、おかしいのではないかということです。

しかし、消滅時効が現行の2年から改正民法のように5年に延長されると、労務管理のシステム変更に費用がかかったり、タイムカードのような勤務実績資料を長期間企業が保管しなければならない等の問題が出てくるとして、経営者側が反発しています。

そのため、「落としどころ」として消滅時効を3年とすることを厚労省が検討しているとされています。

 

消滅時効に関する経緯

まず、消滅時効とはどのような制度でしょうか。

消滅時効とは、一定の期間、その権利を行使しないと、その権利が消滅して請求をすることができなくなる制度をいいます。

民事において時効制度が設けられている理由は、主に以下3点とされています。

  • 本来の権利関係よりも、これと異なって永続している事実状態を尊重する必要があること(取引の安全、秩序維持)
  • 長い年月を経た場合には、真実の権利関係の証明が困難となること
  • 権利の上に眠る者は保護に値しないこと

民法上、一般債権の消滅時効は10年(民法第167条)、月又はこれより短い期間によって定めた使用人の給料に係る債権については1年の短期消滅時効(民法第174条)とされています。

労働者にとって重要な請求権の消滅時効が1年ではその保護に欠ける一方で、10年では使用者には酷にすぎ取引安全に及ぼす影響も少なくないため、労働基準法(昭和22年法律第49号)第115条において2年間と定められたのが、賃金に関する消滅時効の現状です。

労働基準法

第115条 この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)、災害補償その他の請求権は二年間、この法律の規定による退職手当の請求権は五年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。

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(出所 厚生労働省「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討の参考資料」)

上記の現状を踏まえた上で、民法の改正によって消滅時効は以下のように変更となることが決まっています。 

<民法の消滅時効>

【現状】

① 職業別の短期消滅時効(1年の消滅時効とされる「月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権」も含む)が存在
②一般債権については、「権利を行使することができる時から進行」「10年間行使しないときは消滅」

【改正後】

① 職業別の短期消滅時効(1年の消滅時効とされる「月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権」も含む)を廃止し、
② 一般債権については、ⅰ)債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき ⅱ)権利を行使することができる時から10 年間行使しないとき、に時効によって消滅することと整理。

改正民法において短期消滅時効を廃止し、主観的起算点からの5年の消滅時効期間を新設した趣旨は、現代では合理性に乏しい短期消滅時効の規定を廃止し、時効期間の統一化、簡素化を図ることにあります。但し、短期消滅時効を廃止した結果、単純に消滅時効期間が10年となると、弁済の証拠保存のための費用が増加するといった懸念が示されたこと等を踏まえ、主観的起算点からの5年の消滅時効期間を新設することになりました。

 

今後の動向

今後、賃金請求権の消滅時効はどのようになっていくのでしょうか。

厚労省の資料には以下の通り記載されています。

賃金請求権の消滅時効期間について

以上を踏まえると、賃金請求権の消滅時効期間については、

・ 労基法第115 条の消滅時効期間については、労基法制定時に、民法の短期消滅時効の1年では労働者保護に欠けること等を踏まえて2年とした経緯があるが、今回の民法改正により短期消滅時効が廃止されたことで、改めて労基法上の賃金請求権の消滅時効期間を2年とする合理性を検証する必要があること

・ 現行の2年間の消滅時効期間の下では、未払賃金を請求したくてもできないまま2年間の消滅時効期間が経過して債権が消滅してしまっている事例などの現実の問題等もあると考えられること

・ 仮に消滅時効期間が延長されれば、労務管理等の企業実務も変わらざるを得ず、紛争の抑制に資するため、指揮命令や労働時間管理の方法について望ましい企業行動を促す可能性があること

などを踏まえると、現行の労基法上の賃金請求権の消滅時効期間を将来にわたり2年のまま維持する合理性は乏しく、労働者の権利を拡充する方向で一定の見直しが必要ではないかと考えられる。この検討会の議論の中では、例えば、改正民法の契約上の債権と同様に、賃金請求権の消滅時効期間を5年にしてはどうかとの意見も見られたが、この検討会でヒアリングを行った際の労使の意見に隔たりが大きい現状も踏まえ、また、消滅時効規定が労使関係における早期の法的安定性の役割を果たしていることや、大量かつ定期的に発生するといった賃金債権の特殊性に加え、労働時間管理の実態やその在り方、仮に消滅時効期間を見直す場合の企業における影響やコストについても留意し、具体的な消滅時効期間については速やかに労働政策審議会で検討し、労使の議論を踏まえて一定の結論を出すべきである。

(出所 厚生労働省「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する論点についての資料」)

そして、論点整理では以下の説明もなされています。 

<記録の保存>

労基法第109条に規定する労働者名簿や賃金台帳等の記録の保存については、現在その保存期間が3年間とされている。この規定は紛争解決や監督上の必要性のために設けられており、保存の目的からは保存期間は長いほど便利であるが、使用者の負担をあわせ考えて、一律に3年間の保存義務とされており、義務に違反した場合の罰則も設けられている。記録の保存について検討するに当たっては、刑事訴訟法の公訴時効(3年)との関係や、記録の保存年限の規定の趣旨、仮に見直すとした場合の企業における影響やコストなども踏まえつつ、賃金請求権の消滅時効期間の在り方と合わせて検討することが適当である。

(出所 厚生労働省「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する論点についての資料」)

上記のような観点もあり、賃金に関する消滅時効を3年とする落としどころとされているものと想定されます。 

しかし、筆者は今回の改正では改正民法に合わせ、消滅時効は5年とすべきだと考えています。

まず、賃金不払については以下の通り是正がなされています。これは実際の事象から見ると一部でしかないと思われますが、賃金不払は全く無くなっていません。

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(出所 厚生労働省「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討の参考資料」)

賃金を従業員たる労働者に払うのは当たり前です。

企業は労働者の労働時間を把握する義務があります。そして、サービス残業等を強要すること(もしくは黙認すること)は許されません。賃金未払い自体が許されないはずです。

そのため、賃金未払いを請求できる期間を延長することが「企業の負担増加」になるため認められないというのは、ロジックとしておかしいように感じます。

例えば、賃金台帳の整備(保管)や労務管理システムの改修の負担があるとされていますが、そもそも「払うべきものを払うための仕組み整備」は企業の責務ではないでしょうか。後から未払賃金を請求されること自体が問題なのです。また、昨今は「人材(もしくは人財)」を大事にしていると宣言している企業が多いですが、人材を大事にするのであれば、相応の仕組みを整えるべきでしょう。

さらに付言しておくと、賃金請求権に関する消滅時効を設けていること自体が問題ではないかと筆者は考えています。

消滅時効があるのであれば、サービス残業等を強要するようなブラック企業が単に得するだけです。ルールを守らなくても「罰則が限定」されているようなものです。

厚労省にはしっかりとした議論を望みます。