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会社の飲み会は「残業」として認められないのか

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新卒一括採用を行う企業が多い日本では、4月から新社会人・新入社員が大量に誕生します。

新入社員が企業に入って最初に疑問に思うことの一つが「会社の飲み会は残業ではないのか」ということではないでしょうか。

歓迎会、送別会、期末の打ち上げ等々の名目で飲み会が開催される職場は多いのです。新入社員は、上司や先輩から出席を実質的に強制されたり、お店選びや司会をすることもあるでしょう。

自分の貴重な時間を使い、少ない給料からの負担もある飲み会は、実質的には仕事と感じるのではないでしょうか。

今回は「会社の飲み会は残業にはならないのか」という素朴ながら難しい問題について考察しましょう。

 

そもそも残業とは何か

では会社の飲み会が残業に当たるのかを具体的に考えていく前に、定義をしっかりと確認しておきましょう。

まずは、労働時間です。

<労働時間とは>

労働者が労働に従事する時間。休憩時間を除き、1日8時間、1週40時間を超えないことを原則とする。(出所 デジタル大辞泉) 

次に残業です。

<残業とは> 

残業とは、規定の労働時間を超えて仕事をすることをいいます。
超過勤務、時間外労働ともいいます。

残業には「法内残業」と「法定残業」の2つがあります。
「法内残業」とは、労働基準法で定められている1日8時間以内、
週40時間以内の範囲内において、職場の所定労働時間を超える残業を行うことをいいます。

この場合割増賃金を支払う必要はありません。
「法定残業」とは、労働基準法で定めた範囲を超えている場合であり、
越えた時間については25%の割増賃金が支払われることになっています。

法定残業が行われる場合、会社と従業員との間で三六協定が締結されている必要があります。

(出所 転職.jp/用語集)

会社員の労働時間は基本的には1日8時間までと法律で決まっており、それを超えて働くことを残業と言います。そして残業を行うためには三六(さぶろく)協定が締結されている必要があります。

 

労働時間と認められる条件 

労働時間・残業の定義は上記の通りですが、どんな「時間」が労働時間・残業と認められるのでしょうか。

例えば、会社の机に座っていても、ずっとスマートフォンでゲームをやっている場合には労働時間と言えるでしょうか。上司に相談せず、休日に自宅で仕事を行い、その時間を時間外労働=残業として会社に請求することはできるでしょうか。

この労働時間と認められるかの基準については以下の裁判例が重要です。

三菱重工長崎造船所事件(最一小判平成12年3月9日)

労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)三二条の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるものではない。

(出所 裁判所/裁判例情報)

すなわち、労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」です。ここでの使用者とは「事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者(労基法10条)」となりますので、いわゆる課長等の職場の上司も含みます。

以上を見てくると、会社の飲み会が残業となるか否かは、労働時間に該当するか、すなわち「使用者の指揮命令下に置かれているか」が基準となることが分かります。

 

裁判例

会社の懇親会が労働時間(残業)と認められるかについての判断の参考となる裁判例は筆者が知る限りかなり少ないと思われます。

以下事例を紹介します。

<福岡トヨペット・セクハラ事件(福岡地裁平成26(ワ)3814号)>

この事件は新入社員歓迎会の2次会におけるセクハラ行為につき、セクハラ行為を行った社員のみならず会社の責任が問われた事案です。

ここで、会社の使用者責任が争われており、「勤務時間外・職場外ではあるが、新入社員歓迎会の2次会は職務と密接な関連があった」として、会社の使用者責任も認めた判例です。

純粋に労働時間に該当するか、残業代が発生するかが争われた事件ではありませんが、仕事の一環と判定された以上、残業代は発生したと解釈できる可能性があります。

 

<労災(福岡県苅田町交通事故)事件(最高裁第二小法廷平成28年7月8日判決)>

会社の歓送迎会後に従業員が交通事故に遭い死亡した事案について、労災を認めた判例です。それまでの判例は、会社の飲み会において従業員が災害を被った場合、ほとんどの事例で業務遂行性を否定してきました。

この判例における事案は、交通事故の被害者が「福岡県苅田町の居酒屋で行われた上司主催の歓送迎会に途中参加。翌日提出期限の仕事があったため、飲酒せずに同町内の勤務先に戻るため乗用車を運転中、衝突事故で死亡した。当時、男性は参加した5人の中国人研修生を居住先に送るために乗せていた。(出所 産経新聞2016.7.8)」ものです。
判決では、「上司の意向で懇親会に参加せざるを得なかったこと」「研修生を送ることも会社から要請された一連の行動」と指摘し、被害者は「会社の支配下」にあったと結論付けました。

ただし、注意すべきは本判決は、会社の費用負担で行われる歓送迎会等の飲み会への参加が、すべて労災保険法上の「業務」に当たるとまでは言っていないということです。

 

<多治見労基署長事件(岐阜地裁平成13年11月1日判決)

旅行の目的が観光及び慰安にあること、会社が参加を強制していなかったことを理由に、社員旅行は業務の一部とは言い難く、労災と認定することは妥当では無いと判断した裁判例です。

上記の福岡県苅田町交通事故は例外であり、通常はこの多治見の事件のような考え方が取られるのが一般的でしょう。

 

<福井労基署長事件(名古屋高裁金沢支部昭和58年9月21日判決)>

従業員が会社(使用者)の実施した忘年会に出席し、その終了後に同会場付近で交通事故にあって負傷したケースで、業務上の負傷に当るか否かが争われた事例です。

労働者が事業主(使用者)主催の懇親会等の社外行事に参加することは、通常労働契約の内容となっておらず「社外行事を行うことが事業運営上緊要なものと客観的に認められ、かつ労働者に対しこれへの参加が強制されているときに限り」労働者の社外行事への参加が業務行為になると解するのが相当と判断されています。

こちらの判例からは懇親会がそう簡単に労働時間として認められるのが難しいことが分かるのではないでしょうか。

 

所見

以上、日本における懇親会と労働時間についての事例を見てきました。

近年は会社の飲み会が業務と関連していると判断される事例が散見されるようになってきましたが、 基本的には飲み会は業務とはみなされません。これが現実です。

会社の飲み会が上司から強制され、飲み会中の話題がほとんど業務運営等の仕事に関わることであれば労働時間と認定されることもあるでしょうが、そのような要件を満たす会社の飲み会はほとんどないでしょう。

筆者は、会社の飲み会がなぜ残業とならないのか、新人の頃に疑問を持ちました。上記の判例等を調べ法的問題点を確認しましたが、納得のいかない思いが強く残ったものです。

会社の飲み会が基本的に残業ではないことについて納得いかない方は、飲み会を強制された際には「強制参加だと残業と認定されるリスクがありますが宜しいですか」と返すことぐらいは出来ると心の中に覚えておきましょう(このフレーズを実際に使うかは別の話です)。

ちなみに筆者は、会社にすっかり慣れてしまい、飲み会に行くことを何とも思わなくなりましたし、部下を誘うことも気遣いはするものの普通に行っていました。それで良かったのかは今となっては迷うところです。

新年度のスタートそして新社会人が生まれるこの時期に「会社の飲み会は残業なのか」を改めて考えることは、新社会人にとっても、中堅の従業員にとっても、そして上司と呼ばれる人たちにとっても良いことではないでしょうか。法的観点も含め、相手がどのように思うか、相手もしくは自分をどのように守るか等、考えることは有用かもしれません。