暗号資産(仮想通貨)交換業者として世界大手のFTXが破綻しました。暗号資産業界では過去最大の破綻とされており、暗号資産業界のリーマンショックとも言われています。
この破綻の影響で、 個人投資家が巨額の暗号資産を失うリスクが改めて意識されたことから、暗号資産市場からの資金流出が強まり、ビットコインのような暗号資産の価格は下落してきています。FTX の破綻はどのような理由によるものなのでしょうか。やはり暗号資産は「危ない」のでしょうか。 今回は、このFTXの破綻劇について少し確認していきたいと思います。
FTX の破綻経緯
このFTXが破綻したきっかけは、暗号資産専門のニュースサイトCoindeskがFTXの財務面の問題を指摘したことにあります。Coindeskの記事は、FTXの兄弟会社アラメダ・リサーチの資産の多くがFTXの交換所トークンFTTで占められているというものでした。より具体的には、関係者が漏洩した非公開であるアラメダ・リサーチの決算資料によれば、アラメダリサーチは2022年6月末時点で約146億ドル(21兆円程度)の資産を保有しており、このうち最大の保有資産は36.6億ドル(5,300億円程度)相当のFTTだったとされています。また、他にも流動性の低いトークン(暗号資産)を大量に保有していたことが決算で判明しています。その時点での、現預金等は20億ドル(2,900 億円)相当でした。アラメダリサーチは約2兆円の資産を計上していたものの、流動性の低いトークンを売却した際のコストを考慮すると実際にはそれ以下の可能性が高い点や、関連会社であるFTXが発行したFTTを担保に多額の借入を行なっていたとされ、財務リスクを指摘する記事だったのです。
このCoindeskの記事は、非常に簡単に言えば、FTXの兄弟会社であるアラメダリサーチが保有している資産の大半は実際には価値が無いものであるということを示唆していたということになります。
この後、FTTの大口保有者がFTTの売却を発表し、FTTの価値が下落していきました。
FTXの破綻の直接的な引き金となったのは、顧客がFTXのプラットフォーム上に持っていた暗号資産を一気に引き出そうとしたからとされています。その引き出しにFTXは応じることが出来るほどに手元に資金を持っていなかったため、FTXは破綻しました。フィナンシャル・タイムズの記事によると、FTX は90億ドルの負債に対し、10億ドル以下の流動資産を保有していたとされています。また(おそらく流動資産以外の資産として)セラムという資産で22億ドルを保有していたと報道されていますが、そのセラム自体の価値は暴落しており、22億ドルには全く届いていないようです。FTXは保有する資産を換金出来ず、投資家からの引き出しにも応じられず、結果として破綻することになりました。これは典型的な資金繰り破綻と言って良いでしょう。銀行の取り付け騒ぎと同じような破綻経緯となりました。
FTXの破綻理由
FTXの破綻の直接の原因は資金繰り破綻であり、銀行の取り付け騒ぎと同様の事象です。
では、なぜこのような破綻が起きたのでしょうか。FTXの破綻要因を端的に言えば、その顧客資産管理方法と財務体質に対する信用が失われたからです。Coindeskの記事やFTT大口投資家の動きは、FTXに資金を預けていた投資家にとってFTXに疑義を抱かせるものでした。報道通りだとするとFTXが保有している資産は、資産性の低い(もしくは疑義のある)暗号資産もしくはその関連投資が多くを占めていたものと思われます。
暗号資産は、その価値が非常にあいまいなものが多く存在します。裏付けとなる資産がある訳ではなく、誤解を恐れずに言えば、「当事者が付けた値段」がその暗号資産の価格となっています。ほとんどの暗号資産は、「仮想通貨」と呼ばれていた頃から「購入代金や税金支払」に使える訳ではなく、単に価値が上がりそうだから買われるという投機性の高いモノでした。逆に言えば、この暗号資産に価値が無いと思う人が増えれば、暴落する危険性を秘めていることになります。元々は何の資産価値も無い、タダで作れるようなモノだからです。
このような説明をすると、株式も暗号資産と同じじゃないかと思う方もいるかもしれません。しかしながら株式と暗号資産は大きく異なります。最も異なるのは、株式には配当があるということです(業績や方針によって配当が無い企業もありますが)。例えば、配当利回りが2%の株式があるとします。株価が高すぎると思う投資家が増えたら株価は下落していきます。ただ、株価が下がって配当利回りが5%ぐらいになったとすれば、配当利回りから考えて割安と判断する投資家が出てくるでしょう。配当という形で株式は価値を「担保」されていることになります。また、株価が低迷している会社があっても、会社が保有している資産を全て売却してしまえば、今の株式時価総額を優に上回るキャッシュが手に入ると想定される会社があるとします。そうすれば株式を買い占めて会社を解散し、資産をキャッシュ化してしまえば、その投資家は現在の株価を上回るリターンを手に入れることが出来ます。これがPBR(株価純資産倍率)の概念であり、PBRが1倍を割れている場合、割安となるのです。
すなわち、株式の場合は、株価が割安か割高を測る尺度があり、それは裏付けとなる配当や資産等によって担保されているのです。
暗号資産は、少なくとも現時点では、株式のような伝統的な資産には比べることが出来ないほどに、それ自体では価値を生んでいません。単に誰かが欲しがるから、高くなると思うから価値が付いているに過ぎません。1636~37年にオランダで発生した世界最古のバブルである「チューリップ・バブル」と同じです(チューリップの方が鑑賞できるだけマシかもしれません)。
もちろん、暗号資産を誰もが価値のあるものであると認識する時代が来たら、その時には暗号資産も価値を持つのかもしれません。しかし、現時点ではまだその時期にはないでしょう。
少し話がそれましたが、FTXは価値が実際には低く、かつ現金への換金性が低い資産を大量に保有していたものと思われます。そして、恐らくFTXは顧客から預かった資金を自らの事業に流用していました。証券会社に預けている株式のように安全に管理されているのではなく、実際にはFTXもしくはアラメダリサーチ等の事業に使われていたのです。
報道を見ると、FTXは顧客から預かった資金を使い、他の暗号資産への投機を行うだけではなく、兄弟会社のアラメダリサーチへ資金を融通しています。そしてアラメダリサーチは大々的に様々な暗号資産プロジェクト等に投資を行い、恐らく失敗したのでしょう。FTXはアラメダリサーチからおカネを返してもらえなくなったのです。
だからこそ、FTXに「預けていた資産を引き出したい」と投資家が行動した際に、FTXは投資家にすぐにおカネや資産を返せなかったのです。そして、FTXがすぐにおカネや資産を返せないことが知られると、今まで行動していなかった投資家も一斉にFTXからおカネを引き出そうとします。投資家は一人ひとりが合理的と思う行動を取り、それがFTXの破綻を招いたのです。
このような資金繰り破綻の流れは、まさに過去に発生した銀行の取り付け騒ぎと同じです。
銀行はその事業の特性上、全ての預金者から一斉に預金を引き出そうとされると破綻します。銀行は預かった預金を全て現金で持っている訳ではありません。預かった預金を元手に貸出を行っています。貸出は債務者にお金を渡すことですから、銀行の手元からはお金が無くなるのです(借入人が預金口座をその銀行に作って、そこに借り入れたおカネの一部を残していることはありますが)。貸出は銀行がすぐに返して欲しいと考えても出来ません。例えば、住宅ローンを借りている人が、銀行が資金繰りに困ったから今すぐ返してくれと言われても、返せないでしょうし、返さないでしょう。それは契約で返済期日が決まっているからです。
このような銀行の取り付け騒ぎとFTXの今回の破綻劇は、資金繰り破綻であるという点で、典型的なパターンです。顧客から「預けていたものを今すぐ返せ」と迫られ、出来なかったということにおいて、両者は同じなのです。
そして、ここで留意すべきは、今回のFTXの破綻劇は「暗号資産(仮想通貨)が危ない」ということを示している訳ではありません。
FTXの破綻劇は、顧客資産を恐らく流用したこと、流用して投資した資産に価値が無かったというだけです。暗号資産は価格のボラティリティが高く、本源的な価値も不明です。そのため、暗号資産に投資するには大きなリスクがあることは間違いないでしょう。しかし、FTXの破綻と暗号資産の投資対象としてのリスクというのは直接的なつながりがあるとまで言えません。もちろん、FTX(もしくはアラメダリサーチ)が投資していたのは暗号資産のプロジェクトが多いのかもしれません。しかし、重要なのは暗号資産がダメというよりは「FTXの投資が下手だった、見る目が無かった」というだけなのです。暗号資産と同じようにリスクのある資産は存在します。FTXが集めた資金を、リスクの高い株式で運用していても同じようなことが起きた可能性がある訳です。顧客はFTXが安全に自分たちの資金を保管していると信じたからこそ預けたのです。その信頼を裏切って、自らのために顧客資産を流用したのですから、FTXがダメなのであって、暗号資産がダメということとは直接の関係はないということです。