銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

「コロナが落ち着いたら富裕層への増税」という考えは短絡的ではないか

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コロナ禍が日本の財政に大きな影響を与えています。

2020年度の新規国債発行額は112兆円超となり、リーマン・ショック後の経済対策を実施した2009年度の2倍を超える規模でした。

また、企業が従業員に支払う休業手当を助成し、雇用を守る役割のある「雇用調整助成金」の給付決定額が4兆円を超え、財源が不足しています。そのため、厚労省は雇用保険料の引き上げの検討を行っていると報道されています。

今後、増税(保険料増加を含む)は間違いなく実施されるでしょう。

その際に、恐らく金持ちから取れば良いという議論が出てくるのは間違いありません。

今回は、この「金持ちから取れば良い」という観点について、少し国税庁の統計から確認していきたいと思います。「世の中は簡単ではないな」と感じるのではないでしょうか。

 

日本の所得税を支えているのは?

従業員として企業に雇われ、企業から賃金を得ている個人は日本に5,200万人以上存在します。働いている個人の大多数は従業員であり、いわゆるサラリーパーソンです。

従業員は、企業から給料を受け取る際に、様々な税金・保険料を控除されてから給料を支給されています。額面ではまあまあ多いのに、手取額を見るとガックリと来たことがある方は多いのではないでしょうか。

誰もが「国に税金を取られ過ぎだ」と感じているかもしれません。でも、本当にそうでしょうか。

所得税について、以下のデータをまずはご覧ください。

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(出所 国税庁/第145回 令和元年度版 国税庁統計年報より筆者作成)

この表は国税庁統計年報において、給与所得者の全体像と、給与総額、そして納税額を所得階層別にまとめたデータです。

給与所得者は日本全体で5,255万人、その内の納税者は4,460万人です。

そして、給与所得者の給与総額は229兆円、その内の納税者の給与総額は213兆円(全体の93%)となっています。

この給与総額から源泉徴収として控除される所得税は10兆円超です。

ここまでが上表から簡単に読み取れる内容ですが、更に簡単に計算すると以下の点が分かります。

  • 年収が1,000万円以上の給与所得者は全体の5.8%(納税者の構成比)
  • 一方、その年収1,000万円以上の給与所得者の全体給与総額に占める割合は18.0%(納税者の構成比)
  • 年収1,000万円以上の給与所得者が払った税額は、全体の53.4%

すなわち、全体の6%弱の高所得層の個人が、所得税額の半分以上を払っていることになります。そして、その半分以上の所得税を払っているにも関わらず、給与総額全体では2割弱しか占めていないのです。

これは、言葉を換えれば、所得税というカテゴリーにおいては、高所得者層に既に大きな負担が発生しているということになります。

 

所得税が税収全体に占める割合

2019年度においては、国の税収(正確には租税及び印紙収入)の主要項目の内訳は以下のようになっています。

  • 消費税 18兆3,527億円(31.4%)
  • 源泉所得税 15兆9,375億円(27.3%)
  • 法人税 10兆7,971億円(18.5%)
  • 申告所得税 3兆2,332億円(5.5%)
  • 相続税 2兆3,005億円(3.9%)
  • その他 7兆8,206億円(13.4%)
  • 合計 58兆4,415億円(100%)

今回取り上げている所得税は、この源泉所得税部分です(その内の給与所得者分)。

日本は、今や消費税が最大の税収項目となっていますので、所得に関係ない税収も多くなってきてはいますが、消費税は法人も納める税金です。我々個人の生活に最も影響しているのは、やはり所得税でしょう。

 

地方間の比較

尚、給与所得者の源泉所得税については、納税地域毎の金額・割合も公表されています。

地域別(国税局別)では、以下のような割合となっています。

  • 札幌【北海道】2,965億円(構成比2.6%)
  • 仙台【青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島】4,148億円(構成比3.6%)
  • 関東信越【茨城、栃木、群馬、埼玉、新潟、長野】9,683億円(構成比8.5%)
  • 東京【千葉、東京、神奈川、山梨】51,972億円(構成比45.7%)
  • 金沢【富山、石川、福井】1,815億円(構成比1.6%)
  • 名古屋【岐阜、静岡、愛知、三重】12,037億円(構成比10.6%)
  • 大阪【滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山】17,403億円(構成比15.3%)
  • 広島【鳥取、島根、岡山、広島、山口】4,244億円(構成比3.7%)
  • 高松【徳島、香川、愛媛、高知】2,074億円(構成比1.8%)
  • 福岡【福岡、佐賀、長崎】4,080億円(構成比3.6%)
  • 熊本【熊本、大分、宮崎、鹿児島】2,713億円(構成比2.4%)
  • 沖縄【沖縄】630億円(構成比0.6%)

この構成割合を見ると、東京・名古屋・大阪の三大都市圏の合計で7割強となります。

給与所得者の源泉所得税は、そのほとんどが三大都市圏で徴収されていることが分かります。

 

所見

コロナ禍が少し落ち着いた時には、増税の議論がなされることは間違いありません。

その際には、高所得層、しかも給与所得者から取るということになる可能性があります。源泉徴収を行うため、所得が捕捉できており、取りやすいからです。

しかし、上述の通り、給与総額の2割弱の層から所得税の5割強を徴収しているのは、少し負担が偏り過ぎているように感じられないでしょうか。

また、所得税は、大都市圏からその大半を徴収しています。地方創生という動きは重要だとは思いますが、一方で、大都市圏の納税者の理解(納税しても受益していないという感情)をきちんとフォローしていくことも必要でしょう。

政府は、法人に負担を求められないのか、資産課税という考え方はあるのか等、新たなアプローチを今のうちから考え、議論を公開しておく方が良いのではないでしょうか。

日本は、累進課税である所得税のみならず、健康保険料、年金保険料、介護保険料、雇用保険料等が所得額に比例して増加していきます。また、各種助成(子供手当等)の所得制限もあります。そして、全体としては少子高齢化で負担が重くなってきました。これでは、所得が増加しても手取りが増加した実感がほとんどないことになり、所得増のインセンティブが弱くなっている可能性があります。

日本は、高齢化時代に活力が低下しています。少子化も進行しています。

税制については慎重に、繊細に、大胆に政治が検討していって欲しいと思います。