銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

従業員の給与が上がらなかったのは「株主への配当より大事ではなかった」だけ

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日経平均株価が約30年ぶりに3万円台を回復し、ビットコインが5万ドルを突破する等、資産運用への関心が高まっています。これは日本のみならず、世界各国において起きていることのようです。

2000年代に入ってから、日本は株主を重視する政策を展開し、世界の投資を日本に呼び込んできました。

その中で、日本企業は配当を増やしてきています。

株価は上昇し、配当も増加する中で、株式に投資した投資家は収益を得ています。

一方で、企業に働く個人にとっては、2000年代は良い時代だったと言えるでしょうか。

今回は、配当と給与について、少し確認していきたいと思います。

 

配当の推移

以下は日本取引所グループが集計している「決算短信集計結果」からのデータです。東証一部・二部・マザーズ・JASDAQに上場している企業データとなります。

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(出所 日本取引所グループ「決算短信集計結果」から筆者作成)

このグラフは日本取引所が公表している上場企業の2006年以降の経常利益と配当金総額をまとめたものです。

リーマンショック、東日本大震災後の2012年からは経常利益は増加傾向にあります。

また、配当も同様です。

以下のグラフの方がより分かりやすいかもしれません。

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(出所 日本取引所グループ「決算短信集計結果」から筆者作成)

このグラフは、先ほどのデータと内容は同じですが、配当金総額を右軸にしています。

経常利益の増加に伴い配当金総額が増加してきたことが良く分かるのではないでしょうか。

 

配当と給与の推移

上図では、日本の上場企業が増益を続け、配当も増やし、株主が利益を得てきたことが分かりました。

では、従業員として働く個人にとってはどうだったのでしょうか。

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(出所 法人企業統計から筆者作成)

このデータは、法人企業統計における全産業(除く金融保険業)、資本金10億円以上の企業を抽出したものです。資本金10億円以上であれば上場企業である可能性が高いからです。

このグラフで見ると、バブル崩壊後に給与(+賞与)は下落に転じ、2000年代前半からは徐々に回復しつつありますが、横ばいと言った方が正しいでしょう。

一方で、配当金は2000年代に入ると急上昇しています。

 

配当と給与の関係

では、配当と給与の関係をもう少し見ていきましょう。

以下は先ほどの法人企業統計のデータを、配当金の前年比増減率と従業員給与及び賞与の前年比増減率に加工したものです。横軸が配当の増減率、縦軸が給与・賞与の増減率となっています。

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(出所 法人企業統計から筆者作成)

このデータは1980年から1999年までの期間のものです。

これを見ると配当が増加すると給与・賞与も増加していく関係性(点線が近時線)が見えてくるでしょう。

では次のグラフをご覧ください。

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(出所 法人企業統計から筆者作成)

1980年から1999年と比べて、2000年から2019年のデータは異なっていることが明らかです。

横軸の配当が増減しても、縦軸の給与・賞与はほとんど動いていません。

これは、業績が向上して配当は増額されても、従業員の給与・賞与は動かなかったということを表しており、それが長期間に渡って続いているということです。

 

所見

「日本は貧しくなった」と説明されることが多くなってきているように筆者は思います。

日本が低迷している理由の重要な背景は、個人の所得が上昇しなかったということがあります。

この20年、個人の所得はほとんど増加していません。

その要因として、非正規雇用の増加が挙げられますが、それ自体は一面で正しいでしょう。ただ、正社員の給与もほとんど上がっていませんし、そもそも公的年金保険料、健康保険料等が増加したことで、正社員の手取りは減少しているものと想定されます。

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(出所 法人企業統計から筆者作成)

このグラフは、資本金10億円以上の企業における配当金と従業員給与・賞与の積み上げグラフです。

これで見ると、配当金と従業員給与の合計額は着実に増加しています。すなわち、企業は業績の向上と共に「外部」におカネを配分(流出)していることは間違いありません。

そのおカネの行き先が、昔は従業員だったのが、今は株主に変わったということです。

この流れが、「企業は、従業員や、取引先、顧客、地域社会といったあらゆるステークホルダーの利益に配慮すべき」という「ステークホルダー資本主義」によって修正されていくのか、それとも変わらないのかは、まだまだ不透明です。

ただ、株主を重視する流れは一部は修正されても、大きく変わることはないように筆者には思います。

従業員が企業に今以上に利益をもたらす存在とならなければ、経営者は従業員を大事には扱わないでしょう。デジタルトランスフォーメーションは、従業員の仕事が必要なモノかを改めてあぶり出します。むしろ、これからも不要な仕事は削られていきます。その中で、従業員は企業に貢献できることを示していかなければなりません。簡単な道のりではないのです。

ただ、実質的に所得が低下し、高齢化が進む日本においては、どのように従業員という個人の所得を増加させていくのかは、非常に重要な政治のトピックスになっていくことだけは間違いありません。今後の動向に注目し続けたいと思います。