朝日新聞社の2020年4~9月期の半期報告書が開示されました。
この半期報告書は、先に公表されていた決算短信よりもセグメント別の業績等が開示されており、朝日新聞社の業績動向を深く把握することが可能です。
朝日新聞社の2020年4~9月半年間の決算は、大幅な減収となり、営業利益以下も赤字でした。最終損益は419億円の大幅な赤字となっています。赤字の責任を取って現社長は新中期経営計画がスタートする2021年4月1日に退任し、早期退職者の募集も行う予定とされています。
朝日新聞社は企業として存続できるのでしょうか。
今回は、朝日新聞社の直近の業績状況について確認していきたいと思います。
中間連結決算における財務内容
まずは2021年3月期連結中間決算について財務内容から簡単に見ていきましょう。
【主な資産項目】
- 現預金 844億円
- 有価証券 115億円(ほとんど譲渡性預金)
- 有形固定資産 2,137億円
- 投資有価証券 1,925億円
【主な負債・純資産項目】
- 短期借入金および1年内返済予定の長期借入金 11億円
- 長期借入金 75億円
- 退職給付に係る負債 1,300億円
- 長期預り保証金 262億円
- 純資産合計 3,365億円
朝日新聞社は2020年9月時点で現預金(譲渡性預金含む)にて959億円と1,000億円近くの現預金を保有しています。そして、投資有価証券も1,925億円保有しています。
一方で、借入金は86億円しかなく、従業員に支給を約束している退職給付に係る負債も1,300億円と現預金+投資有価証券の範囲内に収まっています。
そして、賃貸等不動産は含み益が膨大です。
2020年9月時点は著しい変動が認められないとして公表されていませんので2020年3月末時点となりますが、賃貸等不動産は会計上の期末残高1,352億円に対して、時価は4,175億円とされています。含み益は2,823億円となります。
そして、朝日新聞社の2020年9月末時点の純資産は3,365億円あり、不動産の含み益も勘案すれば、朝日新聞社の財務基盤は盤石です。
中間決算における損益
朝日新聞社の中間決算についてのポイントは財務内容よりも損益です。
<2021年3月期連結中間決算>
- 売上高1,391億円(前年同期比▲22.5%)
- 営業利益▲93億円(赤字転落、同▲99億円)
- 経常利益▲82億円(赤字転落、同▲112億円)
- 親会社株主に帰属する中間純利益▲419億円(赤字転落、同▲433億円)
2020年4~9月の中間連結決算は、コロナ感染拡大の影響を受け、売上高が2割を超える減収となり、コスト削減も進まずに営業利益から赤字に転落しました。
最終損益は、将来の利益を前提に税金の前払い分を資産として計上する「繰延税金資産」を取り崩したため、更に大幅な赤字となっています。
朝日新聞社が中間決算で赤字となるのは9年ぶりです。
では、この赤字要因はどのようなものでしょうか。次にセグメント別の業績を確認しましょう。
<メディア・コンテンツ事業>
- 売上高 1,243億円(前年同期比▲337億円、▲21.3%)
- セグメント利益 ▲116億円(同▲86億円、赤字幅拡大)
<不動産事業>
- 売上高 160億円(同▲57億円、▲28.8%)
- セグメント利益 24億円(同▲13億円、▲33.5%)
2021年3月期2Q決算では、朝日新聞朝刊部数は504万8千部となり、前年同期比▲42万8千部(▲7.8%)となっています。
朝日新聞社は、新聞を「紙」で読む読者が減っている中で、朝日新聞自体の購読部数も減少し、それに伴い広告収入減の影響も続いてきました。そして、コロナが更に広告収入減少を加速させたと想定されます。
一方で、朝日新聞社の2020年4~9月の販管費は459億円ですが、前年同期は457億円でした。単純に言えば、新聞発行部数が減少している中にあって朝日新聞社のコスト(=販管費)はほとんど変わっていないことが分かります。例えば、給料手当は2020年4~9月は99億円ですが、2019年4~9月は104億円です。
そのため、主に新聞事業が占めるメディア・コンテンツ事業は大幅な赤字幅拡大となりました。
朝日新聞社の利益を支えてきた不動産賃貸事業については、オフィスは問題なく稼働しているようですが、コンラッド大阪、ハイアットセントリック銀座東京のようなホテルが急激に悪化しているようです。朝日新聞社の賃貸不動産の一部がホテルであったことがコロナ禍のおいてはマイナスとなっていることになります。それでも安定的なオフィス事業が牽引し、不動産事業全体では黒字を確保しています。
朝日新聞社全体で見れば、新聞事業の赤字幅が大きくなり過ぎ、不動産事業ではカバー出来なくなったということになります。
これから朝日新聞社に起こること
ここまで、朝日新聞社の2020年4~9月期の決算状況を確認してきました。
財務内容は盤石であり、朝日新聞社が短期的に破綻することは無いでしょう。
一方で、損益は大幅な赤字に転落しており、新聞事業の赤字を不動産収益ではカバーできない状況に陥っています。もちろん、朝日新聞社には現預金が多額にありますので、赤字でも暫くは大目に見て経営することも可能でしょう。そもそも非上場企業である朝日新聞社の株主は従業員持株会が筆頭株主であり、朝日新聞社の経営に口を出すようなうるさい外部の株主はいません。
しかし、報道で見る限りは、朝日新聞社の経営陣が赤字を放置するような方針を取っている可能性はないでしょう。朝日新聞社の財務内容が盤石とは言え、今の赤字幅だと10年程度では過去の遺産を食い尽くすことがその理由です(不動産の含み益も吐き出せば、もっと延命出来ます)。
朝日新聞社はコスト削減に動き出しています。足元では、現在約4,400人いる朝日新聞社単体の従業員を、300人の希望退職を実施する等で2023年度までに約3,900人まで削減する方針であるとされています。そして、まずは第一弾として100人以上の希望退職募集を年明けに実施する模様です。
尚、2020年9月までの朝日新聞社の従業員数の推移は以下の通りです。
(出所 朝日新聞社有価証券報告書より筆者作成)
従業員数は、緩やかに右肩下がりというレベルであり、発行部数を大幅にさせてきた企業とは思えないほどです。これはやはり不動産事業という収益の底支えがあったからでしょう。
しかし、コロナ禍は朝日新聞社を支える不動産事業にも影響を及ぼし、かつ新聞を中心としたメディア事業の赤字幅を大幅に拡大しました。
既に不動産事業の利益では新聞事業をカバーできません。
そのため、まずは手を付けやすい人件費の削減が朝日新聞社としての経営施策の中心になります。2020年3月末時点だと、朝日新聞社の単体従業員のうち3,945人がメディア・コンテンツ事業に携わり、不動産事業に携わっているのは21人だけです。連結で見ると、メディア・コンテンツ事業には6,174人が従事し、不動産事業には958人、その他事業308人となります。基本的には朝日新聞社の従業員の大部分は新聞事業を中心としたメディア・コンテンツ事業に従事しています。
2020年3月期の朝日新聞社本体の平均年間給与は1,228万円(平均年齢45.4歳、平均勤続年数21.2年)です。
100人の人件費を減らした場合には、社会保険料等を考えずに表面的な人件費だけ勘案しても、100人×1,228万円=12億2,800万円のコスト削減となります。
しかし、半年間で100億円超の赤字を出している朝日新聞社にとっては、この程度の人員減では黒字となりません。2020年4~9月の収益状況でも黒字化するためには、メディア・コンテンツ事業の約4,000人の従業員のうち4分の1程度の1,000人を減らせば、黒字化できる可能性はあるでしょう(1,228万円×1,000人=年間123億円)。これに広告が戻ってくること、印刷能力の削減等を組み合わせれば、今の状況でも十分に黒字化は狙えます(やり過ぎでしょうが)。
朝日新聞社は、これから様々なコスト削減を模索します。しかし、新聞発行部数の減少、すなわち読者の新聞離れは高齢化とデジタル化の加速と共に止まりません。一方で、新たな収益獲得策は見えてきません。ネット時代のメディアに朝日新聞社は生まれ変わる道筋はまだ見えていないのです。
結果として、朝日新聞社は、膨大な資産を抱え、不動産の利益を基に新聞事業を営んでいる会社であり続けるしかないのではないでしょうか。新聞事業は不動産の利益を食い潰さない程度まで縮小させていくことになるものと筆者は考えています。しかし、販売費・発送費や、記者という人員を削減させながら、朝日新聞社の報道の「クオリティ」を維持していくのは難しいのではないでしょうか。
朝日新聞社が新たなメディアとして業績を回復できるのか、それとも緩やかにメディアをやめていくのか、そして、その時に読者はどう動くのか、暫くの間、注視したいと思います。