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朝日新聞社の2022年3月期決算を冷静に見る

通勤電車内で新聞を読んでいる人を見ることが極端に減りました。

周囲に聞いてみても新聞記事はスマホでチェックしています。

このような新聞離れが進む環境下において、大手新聞社である朝日新聞社の2022年3月期決算が発表されました。

前期(2021年3月期)は営業損益は70億円の赤字となり、最終損益に至っては441億円の最終赤字となりました。他マスコミからは、コロナの影響によって朝日新聞社は過去最大の赤字になったと大きく報道されていたことを覚えていらっしゃる方もいるのではないでしょうか。

一方で、2022年3月期は黒字決算となりました。一年前には、朝日新聞社が経営危機に陥っているというニュアンスの報道が多数されていたと筆者は記憶していますが、2022年3月期の朝日新聞社の決算は、報道すらほとんどされていません。

今回は、朝日新聞社の2022年3月期(2021年度)決算について、確認していきましょう。

 

損益概要

朝日新聞社の連結売上高は、272,473百万円と前年同期と比べ21,297百万円(△7.2%)の減収となりました。

損益については、営業利益が9,501百万円(前年同期は営業損失7,031百万円)、経常利益が18,925百万円(同経常損失は507百万円)、親会社株主に帰属する当期純利益は12,943百万円(同親会社株主に帰属する当期純損失は44,194百万円)でした。

朝日新聞社の2022年3月期連結決算をまとめると、大幅減収となったものの、損益は大幅に改善し黒字化したということになります。

個別のセグメントで見ていくと、新聞を中心としたメディア・コンテンツ事業の売上高は239,237百万円と前年同期と比べ23,476百万円(△8.9%)の減収となった一方で、セグメント利益は4,466百万円と前年同期の損失12,025百万円から黒字に転じています。

主な減収要因は、やはり新聞発行部数の減少です。朝日新聞の年間平均部数は455万7千部、夕刊134万2千部(前期比で朝刊39万部減、夕刊14万部減)となっています。朝刊で7.9%、そして夕刊では9.5%の部数減となっているのです。

10年前の2012年には760万部強の発行部数を誇っていた朝日新聞社は、10年で4割強の発行部数を減らしてきているのです。まさに新聞離れといったところでしょう。

但し、今回の決算では収益認識に関する会計処理方法が変更されています(この細かい内容は触れません)。但し、この会計処理の変更で、従来の方法に比べてメディア・コンテンツ事業の売上高は24,898百万円減少していると報告されています。つまり、2022年3月期決算におけるメディア・コンテンツ事業の減収幅のほとんどの要因は、会計処理方法の変更で説明できるということになるのです。朝日新聞社は新聞発行部数が落ち、更に会計処理方法の変更で売上高が減少していますが、実際には広告等で2022年3月期はある程度盛り返したということと想定されます。

次のセグメントとしては、不動産事業です。

不動産事業の売上高は30,759百万円と前年同期と比べ1,773百万円(6.1%)の増収、セグメント利益は5,075百万円と前年同期と比べ178百万円(△3.4%)の減益となりました。

不動産事業は、東京銀座朝日ビルディングや大阪中之島フェスティバルシティ等の大型優良物件を多く保有しています。コロナ禍においても比較的順調に稼働していることが強みとなります。

売上規模では朝日新聞社の本業であるメディア・コンテンツ事業と一桁違うぐらい規模が異なりますが、セグメントの利益で見れば、メディア・コンテンツ事業を上回る利益の柱となる事業です。

そして、最後にその他事業です。これは朝日カルチャーセンターを中心とした事業ですが、売上高は2,476百万円と前年同期と比べ405百万円(19.6%)の増収、セグメント損失は157百万円(前年同期の損失は265百万円)となりました。売上規模・損益とも朝日新聞社全体で見れば影響は小さい事業となります。

 

財務内容

次に朝日新聞社の財務体質を確認していきましょう。

2022年3月末時点での現金及び預金残高は1,020億円あります。2,700億円程度の売上高を誇る会社ではありますが、現預金残高が1,000億円を超えているというのは驚異です。2022年3月期の販管費は587億円ですから、一年以上売り上げが全くなくても生き残れる現預金残と言えます。

そして、投資有価証券は2,146億円あります。このほとんどがすぐに売却できる流動性のある資産だとすると、これも現預金とあまり変わらないと考えられます。

朝日新聞社は、現預金と投資有価証券を合わせると売上高を超えている企業なのです。

また朝日新聞社の純資産は3,506億円です。売上高を超える純資産であり、自己資本比率は59.5%となります。

朝日新聞社は借入もほぼなく、財務体質は極めて良好です。

新聞が売れなくとも、赤字がそれなりに発生したとしても、朝日新聞社が倒産する可能性は極めて低いのです。

 

朝日新聞社の課題

これまで朝日新聞社の2022年3月期決算を確認してきました。

朝日新聞社における課題について、朝日新聞社自身はどのように認識し、そしてどのように対応していく方針なのでしょうか。同社の有価証券報告書では以下のように記載をしています。

  • いわゆるプラットフォーマーの台頭など、メディアを巡る環境は激変している。成長するメディア企業として当社が生き残り、社会から必要とされるジャーナリズムの担い手であり続けるためには、新聞の部数減を直視してスリム化を進め、収入と支出のバランスの取れた会社になる必要がある。また、顧客との結びつきを太く強くし、不動産に加えてデジタル、イベントを収益の柱に育て、新たな成長事業を開拓することが欠かせない。
  • 21年4月に中村史郎が代表取締役社長に就任し、新たな経営体制のもとで「中期経営計画2023」をスタートさせた。デジタル、不動産、イベントを収益の3本柱として、21年度から23年度を持続可能な成長軌道への道筋をつけ、未来を切り開いていく3年間とした。
  • 若年層を中心とした新聞離れ、広告宣伝における新聞媒体のシェア低下が続く中、プリントメディア事業中心の事業構造から脱却することが当社の大きな課題である。

(出所 朝日新聞社/2022年3月期有価証券報告書)

ここに端的に朝日新聞社がどのように経営されていくかが示されています。すなわち、本業であるメディア・コンテンツ事業については、紙媒体中心から脱却し収入と支出のバランスを取る(=売り上げ減に伴い支出を削減する)ことを基本とし、全体としてはデジタル・不動産・イベントを収益の3本柱としていくということです。

朝日新聞社は、メディア企業でありながらも不動産・イベントへもさらに進出していくことになります。

但し、これは朝日新聞社に勤務している従業員としては大きな変化を伴うでしょう。昨年も希望退職募集のニュースが取り上げられましたが、今後もリストラは続く可能性があります。

朝日新聞社連結(子会社含む)で見た場合、2022年3月31日現在で、メディア・コンテンツ事業の従業員は5,766名、不動産事業は943名、その他の事業は285名となっています。圧倒的にメディア・コンテンツ事業の従業員が多いのです。そして、朝日新聞社本体(単体)で見ると、メディア・コンテンツ事業の従業員は3,600名であるのに対して、不動産事業は19名、そしてその他の事業は0名です。本体の従業員にとって、大きな変化が訪れる可能性は高いでしょう。

尚、2022年3月期の設備投資額を見ていくと、メディア・コンテンツ事業に39億円、不動産事業に36億円の投資となっています。朝日新聞社としては、本業・祖業であるメディア・コンテンツ事業と同じ程度に不動産事業に資金を振り向けていることが分かります。

 

不動産事業という強み

朝日新聞社の強みは不動産事業です。利益面では本業が不動産業と表現しても良いぐらいにグループに貢献しています。

では、朝日新聞社の不動産事業は何故強いのでしょうか。

その要因は、好立地物件であるにも関わらず、非常に低い価格で過去から保有しているからです。

例えば、大阪本社・中之島フェスティバルタワーの土地簿価は83百万円しかありません。建物は338億円です。東京銀座朝日ビルディングの土地の簿価は40百万円、建物は78億円です。有楽町センタービル(通称:有楽町マリオン)は土地の簿価が1百万円、建物が34億円です。

建物は新たに建設した物件については簿価が高くなっていますが、朝日新聞社の不動産事業はとにかく土地の簿価が低いのです。土地の取得経緯については、当該記事では触れませんが、過去に手に入れた土地が朝日新聞社を支えていることは間違いありません。

有価証券報告書では、賃貸等不動産関係として、朝日新聞社の賃貸不動産事業についても説明されています。

賃貸等不動産に関する賃貸損益は約65億円、賃貸等不動産の決算上の計上額(簿価)は1,262億円です。単純に言えば、1,262億円を使って65億円を儲けています。利益率は5.2%となります。

ところが、賃貸等不動産は「時価」も開示されています。この時価は、4,357億円となっています。すなわち、誤解を恐れずに言えば、朝日新聞社が一から同じ不動産を取得しようとすると4,357億円の費用がかかるということです。この4,357億円を基準とすると、65億円の儲けは1.5%の利益率となります。

1.5%の利益率であれば、不動産事業としてはやっていけないでしょう。朝日新聞社は借金が不要な強固な財務体質を誇りますが、一般的な不動産会社は借金をして不動産を購入しています。賃貸不動産から得られる利益率が1.5%だとすると、借入金利の水準によっては赤字となります。事業として成り立たないぐらい、朝日新聞社の不動産事業の利益率は低いとも言えるのです。

筆者の考えですが、朝日新聞社の強みは不動産事業ですが、一方で、不動産事業が本業ではなく、おそらく不動産のプロが社内に少ないために、せっかく保有していた不動産を完全には活かしきれていないとも言えるのです。

 

所見

朝日新聞社は減収が続いていますが、リストラ効果が表れメディア・コンテンツ事業は黒字化しました。但し、新聞発行部数の減少は続き、デジタルで稼ぎをカバー出来ない場合には、今後も継続してリストラが必要となるでしょう。

一方で、不動産事業は好調です。この不動産事業は、今となっては朝日新聞社の屋台骨を支えています。但し、本来はもっと稼げてもおかしくないほどの不動産を過去から保有しています。朝日新聞社の強みは不動産事業ですが、一方で潜在力を発揮できていないという観点で弱みでもあります。

朝日新聞社の財務体質は強固です。メディア・コンテンツ事業を従の事業として、不動産業を本業とすれば、朝日新聞社は更に収益を稼げるようになるでしょう。それが会社の目指す未来とは言えませんが、朝日新聞社が良くも悪くも、不動産を核として、これからも長らく存続し続けそうなことに間違いはありません。