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朝日新聞社の巨額赤字には社内に危機感を覚えさせたい経営陣の思惑を感じる

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朝日新聞社の2021年3月期決算が発表されました。

営業損益は70億円の赤字となり、最終損益に至っては441億円の最終赤字となりました。この決算を受けて、マスコミからは、コロナの影響によって朝日新聞社は過去最大の赤字となったと報道されています。

まだ決算短信ベースでありセグメント毎の内訳が分からないため、新聞事業がどの程度の赤字となっているかは分かりませんが、本業が厳しいことは間違いないでしょう。

但し、本業の損益である営業損益の赤字額と最終損益の赤字額の間には大幅な乖離があります。この要因は何なのでしょうか。そして、過去最大の赤字を計上した朝日新聞社の企業存続に問題はないのでしょうか。

今回は、朝日新聞社の2021年3月期(2020年度)決算の内容について確認していきたいと思います。

 

決算概要

では、朝日新聞社の決算について概要を見ていきます。

ポイントとなる項目を以下挙げます。

<2021年3月期連結決算>

  • 売上高 293,771百万円(前期比▲16.9%、▲59,837百万円
  • 営業利益 ▲7,031百万円(赤字転落、前期比▲9,424百万円
  • 経常利益 ▲507百万円(赤字転落、前期比▲13,592百万円
  • 当期利益 ▲44,194百万円(赤字転落、前期比▲54,882百万円
  • 純資産 347,022百万円、自己資本比率58.8%

この数字を見ただけで、気になるところが多数あるでしょう。

まず、売上高は約17%のダウンです。額では598億円減少しています。これはかなりの減収と言えるでしょう。

本業の利益である営業利益は赤字転落しています。

金融収支や投資損益等を加味した後の経常利益は5億円の赤字です。営業利益が70億円の赤字ですので随分と改善していますが、これは連結子会社ではない企業からの受取配当金と持分法損益が多額にあるためです。

そして、当期利益になると突然赤字額が膨れ上がります。この赤字要因は後述しますが、過去最高の441億円の赤字を出しても純資産は約3,500億円あり、自己資本比率は6割弱を維持しています。

朝日新聞社の決算を簡単に言えば、収入と利益は厳しいが、潤沢に資産を持っているので財務内容はまだまだ大丈夫ということになるでしょう。

 

当期赤字の中身

朝日新聞社の今回の決算でインパクトがあったのは「441億円という過去最大の赤字」でしょう。

赤字額が巨額であり朝日新聞社の存続が脅かされているのではないかというイメージを持ってしまいそうになります。

但し、この巨額赤字はきちんと理解した方が良いモノです。

まず、営業利益は▲70億円、経常利益は▲5億円という赤字規模であるのに対して、最終利益だけが▲441億円なのです。

この要因はどのようなものでしょうか。

従業員の早期退職にかかる割増退職金でしょうか。それとも設備の減損損失でしょうか。

この巨額赤字の主要因は、繰延税金資産の取り崩しです。

割増退職金は27億円、減損損失は22億円、新型コロナウィルス感染症による損失13億円であるのに対して、法人税等調整額(≒主に繰延税金資産の取り崩し)は371億円あります。貸借対照表の資産項目である繰延税金資産は前期末が321億円でしたが、2021年3月末には13億円まで減少しています。繰延税金資産の取崩は300億円超あったことになります。

この繰延税金資産というのは、単純化して言えば、将来利益がきちんと出れば、前払いした税金がいずれ戻ってくるという想定(正確には税金を払う金額が少なくなる)で資産として計上されている会計テクニックのような資産です。そのため、将来利益の計上が危うい場合には、税金が戻って来なくなる訳ですから、資産性が認められなくなります。

今回、朝日新聞社は、この繰延税金資産を取り崩すことで巨額の赤字に陥りました。

但し、繰延税金資産の取崩しはある程度経営陣の思惑によって行うことができます。誤解を恐れずに言えば、「将来が赤字の見通しだと経営陣が考えてしまえば良い」のです。繰延税金資産計上時の想定のように利益が上がらず、税金も返ってこないというような見解を持てば、繰延税金資産を取り崩すことになります。

今回、朝日新聞社はこれをやりました。

巨額の赤字なのですが、会計上の処理でしかなく、朝日新聞社への影響は非常に限られています。

まず、キャッシュアウト(現金流出)はありません。これは、将来戻ってくることを見越しているものだからです。

朝日新聞社の2021年3月末時点の現預金は928億円あります(前期末は907億円)。巨額の赤字であっても会計上の処理だけだったため、現預金の水準は変わっていません。それに対して借入金はわずか80億円です。

自己資本比率も50%を超えており、朝日新聞社の財務体質は強固であることに変わりはありません。

 

所見

朝日新聞社の巨額赤字は、同社の経営を揺るがすものではありません。現預金の水準も変わっていませんし、借入が増えている訳でもありません。現預金以外に投資有価証券は2,099億円あり、朝日新聞社は相変わらずのキャッシュリッチです。

恐らく3年程度は完全な無収入に陥っても持ちこたえられます。

(本当に単純な試算ですが、現預金928億円+投資有価証券2,099億円)÷販管費867億円=3.5年となります)

巨額赤字と報道されながら、朝日新聞社の屋台骨は全く揺らいでいません。もちろん、新聞事業は厳しいでしょう。どの程度の赤字額となったかは有価証券報告書の提出を待たなければなりませんが、相当な赤字ではあるでしょう。

それでも、過去に蓄積してきた強固な財務体質によって、そう簡単には会社存続の危機に陥りません。

今回の巨額赤字について、筆者は、早期退職を行っていることもあり、社内に危機感を覚えさせたいという経営陣の意思を感じます。

「巨額赤字に陥ったんだから、全社一丸となってこの難局を乗り切ろう」と経営陣が言いながら、社員を更に配置転換したりしていくのではないでしょうか。あくまで筆者の憶測ですが、そう外れてはいないと考えています。