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中央銀行発行のデジタル通貨“Central Bank Digital Currency”(CBDC)のメリットと課題

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日本銀行の雨宮副総裁が、デジタル通貨について近い将来の発行はないと発言しました。

日本ではキャッシュレス推進のための動きが盛んになっていますが、一方で事業者・規格が乱立しておりキャッシュレス化が進まない要因の一つと言われています。

その解決策の一つとして、中央銀行がデジタル通貨を発行すれば良いとの考えがあるのです。特に、日本においては金利政策の実効性を高めるためにデジタル通貨を導入すべきとの議論もあります。現金(日本銀行券等)を無くし、デジタル通貨だけになればマイナス金利を確実に適用することが出来る(=タンス預金が無くなる)からです。

そもそも、中央銀行がデジタル通貨を発行することについては、どのようなメリットと課題があるのでしょうか。今回は、中央銀行によるデジタル通貨について考察してみましょう。

 

報道内容

まず、日本銀行がデジタル通貨の発行についてどのように考えているのかについて簡単に確認しておきましょう。以下、日経新聞の記事を引用します。

雨宮日銀副総裁、デジタル通貨「近い将来の発行ない」
2019/07/05 日経新聞  
 日銀の雨宮正佳副総裁は5日、中央銀行がデジタル通貨を発行する利点と課題の両面をあげたうえで「近い将来、発行する計画はない」と述べた。まずは民間のキャッシュレス決済の利便性や信頼性の向上を優先すべきだとの認識を示した。
 雨宮氏は中銀がデジタル通貨を発行し、多くの消費者が使うようになれば「キャッシュレス決済手段が林立している状態の解消につながるかもしれない」と述べた。ただ現在は「フィンテック企業や銀行が競争し、イノベーションを進めている段階だ」と説明し、民間の努力を促すことが先決だとの見解を示した。

(以下略)

日本銀行(日銀)の雨宮副総裁は中央銀行としての日銀におけるデジタル通貨発行の計画について、近い将来はないとしています。このスタンスは近年一貫しています。

では、そもそも中央銀行によるデジタル通貨のメリット・課題はどのようなものなのでしょうか。

以下で確認していきましょう。

 

中央銀行発行のデジタル通貨とは

中央銀行発行のデジタル通貨は“Central Bank Digital Currency”(CBDC)と呼ばれています。

一般にCBDCとは、次の3つを満たすものであると言われています。

(1)デジタル化されていること、(2)円などの法定通貨建てであること、(3)中央銀行の債務として発行されること。

以下で日銀副総裁の講演録を引用しますが、この中でもCBDCという用語が使われています。

<中銀デジタル通貨の発行形態> 
CBDC には、2 つのタイプがあります。一つは、利用者が銀行など一部の先に限定され、金融機関間の資金決済を目的とした電子的な中銀マネーです。これは、中央銀行の当座預金という既にデジタル化された中銀債務による決済について、分散型台帳技術などの新しい情報技術を応用しようというものであり、「ホールセール型 CBDC」と呼ばれます。もう一つは、個人や企業も含む幅広い主体による利用を想定した電子的な中銀マネーです。これを「一般利用型CBDC」と呼びます。以下、CBDC という場合、後者のタイプを念頭に置いて議論を進めることとします。

「一般利用型 CBDC」は、銀行券や貨幣などの現金を代替するものであり、2つの発行形態が考えられます。一つは、口座型 CBDC です。これは、個人や企業が中央銀行に口座を開いて、口座間の振替で決済を行うというものです。このスキームは、民間銀行において預金口座間の振替により決済する方法と基本的に同じです。異なるのは、利用者の口座が中央銀行にあるのか、それとも民間銀行にあるのかの違いです。もう一つは、トークン型 CBDC です。

これは、利用者のスマートフォンや IC カードに CBDC を格納し、利用者間で金銭的価値を移転することにより決済を行うというもので、価値保蔵型 CBDC とも呼ばれます。このスキームは、交通系・流通系企業や FinTech 企業が発行するプリペイド型電子マネーと似ています。異なるのは、発行主体が民間企業か中央銀行かの違いです。

f:id:naoto0211:20190706163944j:plain(出所 日本銀行はデジタル通貨を発行すべきか―「ロイター・ニュースメーカー」における講演―2019年7月5日)

これが中央銀行発行のデジタル通貨=CBDCです。 

 

CBDCのメリット

CBDCのメリットは主に以下となります。

<金融政策の有効性向上>

CBDCの導入メリットの第一は、金融政策の有効性が向上するとされています。

金融政策の運営面では、CBDC に金利を付ける、場合によってはマイナスにすることで金融政策の有効性を高め得るという主張が学界を中心に聞かれます。これは、CBDC への付利水準が広範な金融資産の金利下限として働くことを前提とした主張です。もっとも、名目金利のゼロ制約を乗り越えるには、現金を完全に無くす必要があります。CBDC にマイナス金利を付与しても、ゼロ金利の現金が残る限り、これへの資金シフトが起こるからです。多くの国民に使用されている現金を無くすことは、決済インフラを不便にすることに他ならず、そうしたことを行おうとする中央銀行は存在しません。

(出所 日本銀行はデジタル通貨を発行すべきか―「ロイター・ニュースメーカー」における講演―2019年7月5日)

<決済手段の林立の解消>

中央銀行が CBDC を発行し、多くの消費者がこれを使うようになれば、キャッシュレス手段・規格・事業者が乱立した現状の解消につながる可能性はあります。

通貨の歴史を振り返ると、複数の銀行が紙幣を発行し、その後、銀行券の増発が経済的混乱を招いたことで、銀行券の発行が中央銀行に集約されてきたという経緯があります。 デジタルマネーと紙幣とは完全に同じではなく、過去の事例が繰り返すとは限りませんが参考にはなるかもしれません。

<市場の競争環境の維持>

ネットワークに参加する利用者や利用店舗の数が一定の規模、つまり「クリティカルマス」を超えると、決済プラットフォームの規模が大きく拡大し、市場の寡占や独占につながる可能性が考えられます。ある特定の事業者がリテール決済サービス市場で強い支配力を持つようになれば、価格体系の歪みやイノベーションの誘因低下を招くとか、何か問題が生じた場合のシステミック・リスクが大きくなるなどの問題がでてくるかもしれません。

(その点で、)CBDC の発行が、リテール決済市場の競 争環境の維持に寄与するという指摘がみられます。中央銀行がキャッシュレス決済のプラットフォームを構築することによって、民間の決済事業者に対する競争圧力を維持するという考えです。

(出所 日本銀行はデジタル通貨を発行すべきか―「ロイター・ニュースメーカー」における講演―2019年7月5日)

 

CBDCの課題

CBDCにも当然ながらデメリット・課題があります。

<取付騒ぎの加速>

デジタル社会では、伝統的な銀行取り付けよりも急激な形で(インターネットやスマートフォンの操作一つで)、銀行預金から CBDC へ資金シフトが起こり、金融危機が加速するのではないかという懸念があります。“digital bank run”と呼ばれる現象です。

(出所 日本銀行はデジタル通貨を発行すべきか―「ロイター・ニュースメーカー」における講演―2019年7月5日抜粋)

<銀行の信用創造力の低下>

CBDC が銀行預金を代替するようになると、銀行の信用仲介が細り、実体経済に悪影響を及ぼすかもしれません。簡単に言えば、特に銀行の貸出が資金制約の観点から減少する可能性もあります。

およそすべての近代国家が採用している通貨供給の「二層構造」は、中央銀行は、現金と中央銀行預金からなる中銀マネーを一元的に供給し、民間銀行は、この中銀マネーを核とする信用創造を通じて、預金通貨を供給する仕組みです。この二層構造は、情報処理や資源配分などの面で様々なメリットを有しています。中銀マネーにより通貨に対する信認が確保される一方で、経済への資金の配分は民間イニシアチブを通じて効率的に行われ、また、決済サービス面での民間イノベーションの力が十分活用されることになります。
(出所 日本銀行はデジタル通貨を発行すべきか―「ロイター・ニュースメーカー」における講演―2019年7月5日抜粋し、筆者加筆)

 

所見

日銀の副総裁が発言したように、少なくとも日本においては近い将来に中銀デジタル通貨=CBDCが発行される可能性は低いでしょう。

しかし、技術は変化し、人の求めるものも変わります。

その中で中銀デジタル通貨=CBDCが本格的に普及した場合には、銀行のビジネスモデルは変わる可能性があります

上記で簡単に触れましたが、CBDCの場合は、中央銀行に個人や企業が直接口座を持つことが想定されます。その場合、銀行は信用創造が難しくなるかもしれません。銀行は預金を受け入れ、その一部を残して貸出に回します。その貸出金の一部が滞留して銀行に預金で預けられ、それをまた貸出しています。これを繰り返すことが信用創造です。単純に言えば、銀行は元手以上にお金を貸しているのです。

当然ながら信用創造が出来なくなれば、銀行は現在の貸出額を維持できなくなるでしょう。

しかし、それも良いのかもしれません。高度成長時代と異なり、日本は企業が資金を必要としなくなってきています。そして、技術の進展に伴いクラウドファンディングのような「資金の出し手」と「資金を必要とする側」が「直接資金のやり取りを行う」直接金融がより普及していくでしょう。

銀行という間接金融が果たす役割もさらに低下していくのかもしれません。