銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

銀行業界の「書面・押印・対面主義」見直しの動き

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コロナ禍において、在宅勤務を経験した方もいるでしょう。

この在宅勤務を阻害した要因の一つに金融機関の「書面・押印・対面主義」とでもいえる紙での取引慣行があります。

この商慣行を打破すべく、「金融業界における書面・押印・対面手続の見直しに向けた検討会」が開催されました。

今回はこの検討会の内容について簡単に確認しましょう。

 

政治の流れ

まず、金融業界における書面・押印・対面手続の見直しに向けて以下の動きがありました。

  • 令和2年4月22日 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)・官民データ活用推進戦略 会議合同会議【総理発言】
  • 「さらに、民間の経済活動についても、紙や押印を前提とした業務慣行を改め、オンラインで完結することが原則とな るよう、民事ルールも含め、国の制度面で見直すべき点がないか、全面的な点検を行ってください」
  • 令和2年4月24日 「新型コロナ対応を機に加速すべきデジタル規制改革緊急提言」の実現に向けて【自由民主党 行政改革推進本部規制改革チーム座長小林史明】
  • 「自民党行政改革推進本部は、4月6日、安倍総理に対し、対面原則・書面原則・押印原則など、感染症の拡大防止の ために協力しようとする国民・企業の活動(テレワーク等)を妨げかねない、法令関係の政省令や要請事項の徹底的な 点検・見直しを実施するとともに、経済界と連携して民間同士の商習慣の見直しにも取り組むべきことを提言した」
  • 令和2年4月27日 経済財政諮問会議 【総理発言】
  • 「本日の有識者議員の皆様の提言を踏まえ、関係府省において、早急に必要な見直しを行っていただきたいと思います。 特に、テレワークの推進に向けて、押印や書面提出等の制度・慣行の見直しについて、緊急の対応措置を規制改革推進 会議で早急に方針を取りまとめ、IT総合戦略本部と連携しつつ、着手できるものから順次実行していただきたいと思 います」
このように政治の流れは、行政手続きのみならず、民間における書面・押印等の制度・慣行の見直しに向けて動いていくことになりました。
 

規制改革推進会議

この政治の流れを受けて、規制改革推進会議 第11回成長戦略ワーキング・グループで不動産分野/金融分野/会社法関連に関する書面規制、押印、対面規制の見直しが議論されました。
民間同士の取引において、「書面、押印、対面」を原則とした制度・慣行の見直しの要望が強かった分野です。
そのワーキング・グループで金融庁が提出した資料には以下のように記載されています。
以下の論点について、下記回答欄にご回答ください。
 
金融関連手続きについて、
・金融機関の口座開設や改廃、融資等の書類について、押印不要化や電子化
・金融機関における振込及び、振込変更・組戻依頼書の電子化
等の要望がある。これらは法制度上の阻害はないものの、押印の見直しや書面の電子化等の取組を進めていくには、業界全体で慣習を見直し、デジタル技術を積極活用することで時代の要請に即した業務のあり方を再構築していくことが重要である。業界を監督する立場である貴庁において、事業者対金融機関、協会等への手続きについて、押印や書面を前提とした慣習を全体的に見直すべく、押印不要化や電子化に向けた取組を行うべきではないか。このために、業界と金融庁において連絡会の設置などを行うべきではないか。
 
【回 答】
ご提示いただいた金融業界の手続については、法制度上の阻害要因によって、電子化・押印不要化が進んでいないという性質のものではなく、民民間の取引における、商慣行に基づくものだと認識している。これらの手続の一部については、すでに電子化・押印不要化に取り組んでいる金融機関もあり、今後、これをさらに広げていくために、どのような課題があるのか、金融業界の実態も踏まえて、丁寧な議論を重ねた上で、慎重に検討していく必要があると認識している。金融庁としては、金融業界と協力して検討会を立ち上げることで、その解決に向けた議論を進めていきたいと考えている。

この資料で明らかなように、在宅勤務を阻害する要因として特に改善が要望されているのは以下の2点でしょう。

  • 金融機関の口座開設や改廃、融資等の書類について、押印不要化や電子化
  • 金融機関における振込及び、振込変更・組戻依頼書の電子化 
この金融庁の回答を踏まえて更なる会議が動き出しています。
 

金融庁の検討会

金融庁から、令和2年6月9日(火)第1回「金融業界における書面・押印・対面手続の見直しに向けた検討会」議事次第が開示されました。
この検討会で金融業界における書面・押印・対面手続きの慣行を見直していくことになります。
金融庁の問題意識はこの検討会で以下の通りとされています。
  • 新型コロナウイルス感染症拡大を契機としてテレワーク導入の機運が高まる 
  • テレワークの推進がうたわれるが、書類ベースのやりとりや押印原則のため出勤せざるを得ない事業者が多数あり、従来の商慣習が問題視されている 
  • 金融業界においても書類・押印・対面の手続が多く残っていることから、金融業界全体で手続の見直しについて検討していく
まさに書類ベースのやり取り、押印が原則であるがためにコロナ禍の中で経理、財務部のメンバーが出勤せざるを得なかった企業は相当数に上るものと思われます。
金融業界の電子化の状況と課題について、金融庁がまとめた資料が以下の通りです。

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(出所 「金融業界の電子化の状況と課題について」令和2年6月9日 金融庁)
これらの課題をクリアしていくことが、これからの金融業界、銀行に求められるのでしょう。
銀行の法人営業担当者がお取引先のご担当者からご意見をいただくことに以下のようなものがあります。
「おたく(銀行)が営業しているから年末、年始も出社しなきゃいけない」
「銀行に提出する書類に押印するために出社しなきゃいけない。インターネットでどうにかならないの」
「FAXを使う取引はどうにかならないのか」
「当座貸越枠の借入の申込ぐらいは書類じゃなくても良いでしょ」
「法人の住所変更届ぐらいは紙じゃなくても良いんじゃないの」
等々、銀行はまだまだ紙に依存している業務のやり方を貫いています。
銀行という業界は、規制業界であり、かつ債権者であるだけに比較的「強い」立場を享受してきました。
取引先も銀行の業務フロー、商慣行に合わせることが多く、銀行のやり方を変えさせづらかったのでしょう。
しかし、時代は変わりました。
カネ余りの時代に、銀行の地位は低下しています。
コロナの影響もあり、このタイミングで業界の慣行を見直していかなければ、代替サービスがフィンテック企業等から提供された場合に、銀行から顧客離れが止まらなくなる可能性はあるでしょう。
銀行にとっては、「顧客ファースト」が本当に目指せるか、重要な局面なのではないでしょうか。