日産自動車は2020年3月期決算で6,712億円の最終赤字に転落しました。
約720万台の生産能力を2割削減する方針で、多額の設備の減損損失を計上し、脱・拡大路線の覚悟を示した決算とされています。
では、日産の経営の推移はどうだったのでしょうか。
単年度の決算ではなく、中長期的なスパンでの日産自動車の業績について簡単に考察してみたいと思います。
営業CFと投資CFの推移
筆者は企業を評価する際に、中長期のキャッシュフロー(CF)を確認することにしています。
会計上の黒字・赤字よりも、中長期のCFはごまかしが効かないためです。黒字であったとしても「銭足らず」で倒産する企業も存在します。キャッシュ(現金)の流れであるCFこそが、本当の経営実態を表していると筆者は考えます。
そして、標準的な経営(特に製造業)では、企業は投資を行い(投資CFがマイナスとなり)、それが将来的なキャッシュの獲得(営業CFがプラスになる)につながります。
そのため、日産自動車についてもCFを見ていくのが当然ながら重要です。
まずは営業CFを確認しましょう。
【営業CF(単位百万円)】
- 2011年3月期 667,502
- 2012年3月期 696,297
- 2013年3月期 412,257
- 2014年3月期 728,123
- 2015年3月期 692,747
- 2016年3月期 927,013
- 2017年3月期 1,335,473
- 2018年3月期 1,071,250
- 2019年3月期 1,450,888
- 2020年3月期 1,185,854
- 合計 9,167,404
このように見ると、本業の稼ぎで入ってくるキャッシュは、比較的右肩上がりで推移していることが分かります。
10年間で9兆1,674億円のキャッシュインがあったことになります。
一方で、投資はどうだったでしょうか。
【投資キャッシュフロー(単位百万円)】
- 2011年3月期 △331,118
- 2012年3月期 △685,053
- 2013年3月期 △838,047
- 2014年3月期 △1,080,416
- 2015年3月期 △1,022,025
- 2016年3月期 △1,229,280
- 2017年3月期 △1,377,626
- 2018年3月期 △1,147,719
- 2019年3月期 △1,133,547
- 2020年3月期 △708,687
- 合計 △9,553,518
投資によって10年間の合計で9兆5,535億円をキャッシュアウトしています。
本業でのキャッシュインは前述の通り10年間で9兆1,674億円です。営業CFと比較すると、投資CFの方が先に年間1兆円を超えているのが分かるでしょう。
すなわち、日産自動車は本業で稼いだキャッシュ以上に投資を行ってきたと言えます。
これは言葉を換えると、投資したのに本業の稼ぎが増えないということでもあります。
凄まじく単純化すると、筆者は日産自動車の10年間の経営は「投資しても結果の出なかった10年」であると評価しています。投資の失敗もしくは過大投資だったということになります。
財務CFの推移
上記で、本業でのキャッシュ獲得(営業CF)と投資でのキャッシュアウト(投資CF)の推移を見てきました。
日産自動車が10年前にキャッシュをほとんど保有していなかったとすると、投資過多になっているので、外部から資金を調達して帳尻を合わせる必要があります。
まさに、その外部からの資金調達におけるキャッシュの流れを見るのが財務CFです。
【財務CF(百万円)】
- 2011年3月期 110,575
- 2012年3月期 △308,457
- 2013年3月期 433,817
- 2014年3月期 396,925
- 2015年3月期 245,896
- 2016年3月期 530,606
- 2017年3月期 320,610
- 2018年3月期 36,810
- 2019年3月期 △127,140
- 2020年3月期 △155,494
- 合計 1,484,148
この△は借入が返済超過となっていると考えて下さい。
日産自動車は、10年間で1兆4,841億円の調達を行っています。
2011年3月末時点の現預金は1兆1,535億円、2020年3月末時点の現預金は1兆6,430億円ですので、調達した額の大半はどこかに消えていることになります。
この外部から調達し「消えた」お金が、配当として株主に相当額還元されています。
これも非常に単純化しているのですが、日産自動車は投資のためのみならず、配当のために外部から資金を調達していたことになります。
所見
日産自動車の2020年3月末における自動車事業の手元資金は1兆4,946億円であり、自動車事業のネットキャッシュは1兆646億円と決算発表資料に記載されています。
また、約1兆3,000億円の未使用の融資枠を確保し、さらに新型コロナウイルス対応のために、7,126億円の資金調達を4~5月にかけて実行しており、日産自動車は厳しい事業環境を乗り切るための十分な流動性を維持しているとしています。
確かに日産自動車は足元では流動性を確保しており、すぐに資金繰り倒産するというような状況にはないでしょう。
しかし、先ほど見てきたように、日産自動車の10年間の経営は、投資がキャッシュに結びつかなかった10年です。
投資過多であったのにモデルチェンジも遅れ、業績も低迷しました。
日産自動車の10年間の経営は、うまくいかなかったと総括できるのではないでしょうか。
もちろん将来のことは分かりません。日本の製造業のためにも期待したいと思います。
しかし、企業を見る目としては、このようなキャッシュに着目した長期的な視点も忘れてはいけないのだろうと筆者は考えます。