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日産が指名委員会等設置会社への移行を目指す理由

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日産自動車がガバナンス改革を進める組織移行を株主総会の議案に挙げています。

しかし、報道では日産自動車の実質的な親会社であるルノーがこの移行に難色を示しているとされています。

この日産自動車が進める組織移行は「指名委員会等設置会社」への転換です。

「指名委員会等設置会社」という用語は、聞き慣れない方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今回は「指名委員会等設置会社」について確認すると共に、日産自動車がなぜ指名委員会等設置会社に移行しようとしているのか見ていくことにしましょう。

 

報道内容

まずは現在の状況をつかむために、日経新聞の記事を確認しましょう。以下引用します。

親子上場を問う(ルポ迫真)
2019/06/18 日経新聞

 「ルノーの代表2人がともに議席を持てるなら賛成してもいい」。日産自動車に43%を出資し実質的な親会社に当たるルノー。会長のジャンドミニク・スナール(66)は12日にパリで開いた株主総会でこんな発言をした。日産は指名・報酬・監査の3委員会から成る指名委員会等設置会社への移行を6月25日の総会に諮るが、ルノーは独立性が高まることを懸念する。議案採決に棄権する意向も示しており、ゆさぶりをかける。
 親子関係が企業統治のゆがみを生んでいる。本来、監視役の3つの委員会は第三者中心で構成されるべきだが、そこに親会社が関わろうとしているからだ。ルノー案の一部受け入れの可能性が出る一方、日産社内からは「疑問」の声も多く、先行きはなお不透明だ。
 「ルノー以外の5割強の株主と向き合えていなかった」。昨年12月下旬、社長兼最高経営責任者(CEO)の西川広人(65)は統治改革を誓った。「株主が納得できる改革をやり遂げる」。IR担当者らも米運用大手ブラックロックなど機関投資家を巡り理解を求めるが、矛盾も抱える。経営統合問題などが絡み事態が複雑とはいえ、ルノー幹部が委員会に入れば統治改善の動きに逆行しかねない。

(以下略)

ルノーが日産自動車のガバナンス改革・組織変更に難色を示しているのは、日産自動車の独立性が高まるためであるとされています。

では、日産自動車が移行しようとしている指名委員会等設置会社とはどのようなものなのでしょうか。

 

指名委員会等設置会社とは

指名委員会等設置会社とはどのような組織形態でしょうか。以下、野村證券のWebサイトから引用します。

取締役が指名委員会・監査委員会・報酬委員会という3つの委員会の活動などを通じて経営の監督をおこなう一方で、取締役会が選任する執行役が、取締役会から権限委譲を受けて業務執行をおこなう形態の会社のこと。 

2015年5月に施行された改正会社法で、委員会設置会社から名称変更され「指名委員会等設置会社」になった。この形態の会社は、2003年4月に施行された商法改正によって委員会等設置会社として導入され、2006年5月に施行された新会社法によって、名称が委員会設置会社に変更された経緯がある。 

従来型の株式会社(いわゆる監査役会設置会社)においては、取締役会が業務を執行しそれを監査役が監督するのに対し、指名委員会等設置会社においては、執行役が業務を執行しそれを取締役が監督することになる(指名委員会等設置会社では、取締役は業務を執行することができない)。より優れたコーポレートガバナンスを実現するため、会社法ではこれらの会社形態のほか監査等委員会設置会社を新たに用意しているが、いずれが優れたものということではないため、各会社が自社にとって適当と思われる形態を採用することができる。

(出所 野村證券Webサイト)

指名委員会等設置会社とは、単純に言えば経営の監督と執行が分かれている組織形態の会社です。

日本の大部分の会社は、監査役会設置会社ですが、この形態は取締役が経営の監督と執行を兼ねていると考えれば良いでしょう。現在の日産自動車もこの形態です。

指名委員会等設置会社は、日産自動車のように経営トップに権限(人事や報酬等)が集中しないようにすると共に、取締役に対しても牽制を利かせる効果があります。

以下の解説が分かりやすいでしょう。

指名委員会等設置会社では、取締役会の中に、指名委員会、報酬委員会および監査委員会の3委員会が置かれ、各委員会は取締役3人以上の委員で組織され、社外取締役がその過半数を占めます。指名委員会は株主総会に提出する取締役の選任議案を決定し、報酬委員会は執行役・取締役が受ける個人別の報酬等の内容を決定します。また、監査委員会は、執行役等の職務執行を監査します。
 なお、指名委員会と報酬委員会の決定は、取締役会が覆すことはできません。このような点から、指名委員会等設置会社の制度は、少数の社外取締役しかいない場合であっても、社外取締役による監督機能をできるだけ働かせようとした制度であるといえます。

(出所 BUSINESS LAWYERS(ビジネスロイヤーズ))

 

なぜ指名委員会等設置会社へ移行するのか

では、なぜ日産自動車は指名委員会等設置会社へ組織を移行しようとしているのでしょうか。

その答えは「日産自動車株式会社 ガバナンス改善特別委員会 報告書」にあります。

本件不正行為等は、一言で言うならば、「典型的な経営者不正」である。しかも、経営者が私的利益を追求している点で、いわゆる「会社のため」を不正の正当化根拠としていた過去の上場会社での経営者不正(粉飾決算・不正会計)と根本的に異なる。
本件不正行為等の主な根本原因は、ゴーン氏への人事・報酬を含む権限の集中である。ゴーン氏は、経営者不正を発見し得る一部管理部署の権限を、ケリー氏をはじめとする特定少数の者に集中させることで、当該部署をブラックボックス化し、ゴーン氏の私的利益の追求を探知することが難しい体制を作りあげた。その結果、一部の管理部署の牽制機能が、ゴーン氏の私的利益の追求に関する問題点については必ずしも有効に機能しなかった。

(出所 日産自動車株式会社 ガバナンス改善特別委員会 報告書)

ガバナンス改善委員会の報告書では、日産自動車のゴーン前会長の問題発生が以下にあるとしています。

  • 1人の取締役に権限が集中したこと(特に人事・報酬)
  • 一部の管理部署がブラックボックス化したこと
  • 取締役会の監督機能が一部有効に機能しなかったこと
  • 他の会社機関の監視・監査機能が一部有効に機能しなかったこと
  • 社内各部署の牽制機能が一部有効に機能しなかったこと

すなわち、ゴーン前会長に権限が集中したことにより、様々な領域において牽制機能が働かなくなったということです。

権限を分散するために社外取締役の役割が大きい指名委員会等設置会社に日産自動車は移行するのです。

 

ルノーの反対理由

では、ガバナンスで改善が図られるはずの指名委員会等設置会社への移行をなぜルノーは牽制してきたのでしょうか、

答えは簡単です。

ルノーが日産自動車の役員人事等に関与し、日産自動車全体に影響を及ぼす力を保持したいからです。

指名委員会や報酬委員会の委員のポストをルノーが得られれば、各委員会の過半数は社外取締役とはいえ、ルノーは一定の影響力を持つことになります。

ルノーは、日産自動車という会社、そしてその役員達に睨みを利かせることが出来るのです。

よってルノーは委員会におけるポストを要求してきているのです。

本来、指名委員会等設置会社は特定の取締役個人や株主からの影響を排し、株主全体にとってのメリットを追求するために生まれた仕組みです。

実際のところ、日産自動車のような実質的な親子上場とは相性が悪い(親会社から見た場合)のです。

もちろん、日産自動車はルノーの影響力を薄めようと、今回のガバナンス改革を行っているのでしょう。

これが、今回の全体像なのです。