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朝日新聞はまだ生き残ることができてしまうという現実

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朝日新聞社が早期退職募集を行うことが話題となっています。非常に多額の退職金が払われるということで注目を集めました。一方で、朝日新聞でさえも早期退職募集を行うことで新聞社の置かれた状況が厳しいことが改めて認識されたものと思います。

また、2019年5月には朝日新聞労働組合副委員長の自殺が報じられました。朝日新聞社の従業員の給料が一律165万円の賃下げとなることを苦にしたとも言われています(真相は分かりませんが)。

このように朝日新聞社は厳しい環境に置かれていることが分かります。

朝日新聞社は今後も存続できるのでしょうか。今回は朝日新聞社の業績について確認してみましょう。

 

報道内容

冒頭で触れた朝日新聞社の「早期退職募集」については以下の記事が詳しいと思われます。 

朝日新聞、45歳以上の「早期退職」募集…退職金の「驚きの金額」
進む「優秀な若手」へのシフト

2019/12/4 松岡 久蔵 

朝日新聞がこの12月から、大規模な早期退職の募集をかけることが判明した。45歳以上のデスクや地方支局長などを狙い撃ちしたリストラ策だ。(以下略)

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68889

また、労働組合の役員が会社との交渉を苦にして自殺したとの報道もなされています。

朝日新聞労働組合副委員長が自殺

花田紀凱 | 月刊『Hanada』編集長、元『will』『週刊文春』編集長

2019/5/22

朝日新聞労働組合副委員長が自殺した。会社側との賃下げの交渉で、最終的に、会社側の主張する一律165万円の賃下げを認める方向になった。そのことに責任を感じていたらしい。むろん、人が自殺する原因なんか本当のところは当人しか分かるまい。
それにしても、165万円の賃下げは大きい。朝日新聞の経営がいかに苦しくなっているかを象徴する事件だ。 (以下略)

https://news.yahoo.co.jp/byline/hanadakazuyoshi/20190522-00126883/

では、朝日新聞社は企業存続が難しいところまで追い込まれているのでしょうか。 

  

単体業績推移

まずは朝日新聞社単体の業績推移を確認しましょう。以下は有価証券報告書の数値を使用しています。

  • 2011年3月期 売上高3,168億円、経常利益87億円、正社員数4,153名
  • 2012年3月期 売上高3,119億円、経常利益53億円、正社員数4,075名
  • 2013年3月期 売上高3,148億円、経常利益89億円、正社員数4,100名
  • 2014年3月期 売上高3,135億円、経常利益83億円、正社員数4,172名
  • 2015年3月期 売上高2,886億円、経常利益65億円、正社員数4,156名
  • 2016年3月期 売上高2,748億円、経常利益111億円、正社員数4,178名
  • 2017年3月期 売上高2,624億円、経常利益64億円、正社員数3,948名
  • 2018年3月期 売上高2,553億円、経常利益70億円、正社員数3,933名
  • 2019年3月期 売上高2,455億円、経常利益82億円、正社員数3,957名
上記のように売上高は大きく減少していますが、利益は大きく変動していません。正社員数は減少していますが、減収幅に比べると減少率は緩やかです。
では、直近の状況はどうでしょうか。
  • 2019年9月中間期 売上高1,208億円(前年同期比+0.2%)、営業利益▲3億円(赤字転落、前年同期比▲12億円)、経常利益19億円(前年同期比▲41.5%)
この通り、直近の単体業績は、中間決算時点で本業の利益である営業利益が赤字転落しています。
朝日新聞社は本体で不動産を保有しており単体決算で不動産収益も取り込んでいます。そのため、本業の新聞事業が相応の赤字に転落している可能性が高いということになります。
2019年3月期通期の不動産事業のセグメント利益(営業利益)は68億円でしたので、2019年9月中間期でも35億円程度は不動産事業で利益を計上していると想定できます。新聞事業の赤字はその不動産事業の利益を上回る40億円弱に達している可能性があるのです。
 

財務内容

朝日新聞社の足元の業績が厳しくなってきていることは間違いありません。
しかし、朝日新聞社は財務内容が強固であることで有名です。2019年9月末時点(単体決算)で総資産4,329億円、純資産2,256億円、自己資本比率52.1%となっており、財務内容は盤石と言って良いでしょう。
朝日新聞社は経常利益が営業利益を大幅に上回っています。これは「配当金」を受け取っているからです。朝日新聞社は様々な投資(関連会社のみならず持合株式を多数保有)を行っており2019年3月期(単体)の受取配当金は34億円となっています。
資産の中身は、2019年9月末(単体)では、現預金356億円、短期有価証券145億円(恐らく譲渡性預金)、投資有価証券623億円、関係会社株式406億円となっています。これらの資産の合計は1,530億円となり、単体決算の総資産4,329億円の35%を占めています。関係会社株式を除いたとしても流動性のある資産をため込んでいることになります。
また有価証券報告書を見る限り、不動産事業資産の主な資産は647億円(単体)となりますが、土地の簿価が異様なまでに低くなっています。そのため、時価とは大幅に乖離があり多額の含み益が発生しています。(土地の簿価が低いのは、過去に政府から安く土地の払い下げを受けたということのようですが、ここでは取り上げません。)
これは連結決算ベースの数値ですが、2019年3月末時点で賃貸等不動産の簿価が1,237億円に対して、時価が3,826億円(有価証券報告書記載)となっており2,589億円の含み益がある計算となります。
借金もほとんどなく、朝日新聞社は更に業績が低迷したとしても、かなりの期間を資産の切り売りだけで乗り越えられるでしょう。
そして、朝日新聞社はその商号(会社名)とは異なり、今や利益だけで見ると不動産屋です。あくまで業績だけから見た場合には、不動産事業会社が新聞社の事業を兼業(副業)しているのでいるのです。
2019年3月期(連結決算)では、メディア・コンテンツ事業の売上高が3,345億円、セグメント利益19億円となっています。一方で、不動産事業は売上高414億円、セグメント利益は68億円となっていることがその証左です。
連結での総資産4,903億円のうち、メディア・コンテンツ事業の資産は3,233億円、不動産事業の資産は1,635億円ですので、不動産事業が効率よく稼いでいるとも言えるでしょう。
 
企業存続だけを考えれば、メディア・コンテンツ事業を売却し、不動産事業に特化した方が業績は大幅に改善するでしょう。しかし、非上場である朝日新聞社に対して業績改善のプレッシャーを与えるモノ言う株主は存在しませんので、ドラスティックな事業組み換えは難しいものと思います。
 

所見

以上、朝日新聞社の業績状況について見てきました。
朝日新聞社は、従業員の給与削減を行ったり、早期退職を募集したりと業績改善に向けて対応を重ねています。紙の新聞の売上減少の動きは止まらないでしょう。いかにデジタルに対応した戦略を打っていくのかが業績を反転させるポイントとなることは間違いありません。
しかし一方で、朝日新聞社の財務内容は抜群に良好です。不動産の含み益まで勘案すれば、(経営陣さえその気ならば)かなり長期間、新聞事業の赤字を耐えることが出来るでしょう。ある意味でメディアの独自性が担保されている企業なのです。