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日本型雇用見直しを簡単に実施されたら困るのは、政治家も経営者も含めた国民全体

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日本企業の経営者から、年功賃金、終身雇用等のいわゆる日本型雇用制度が限界を迎えているとか、見直しが必要だという発言が相次ぐようになってきました。

産業構造の変化等が起きている中で、経営者達の発言は理解できるかもしれません。しかし、日本型雇用制度を転換していくのは簡単なことなのでしょうか。

今回は、日本型雇用の見直しが起こす問題について簡単に確認していきましょう。

 

報道内容

近時、日本型雇用見直しについての報道がなされています。まずは、報道内容を確認しておきましょう。

経団連、日本型雇用見直しで一致 幹部会議
2019/12/09 日経新聞

 経団連は9日の会長・副会長会議で、年功賃金など日本型雇用の見直しが必要だとの認識で一致した。同日記者会見した中西宏明会長は「おのおのの(雇用形態の)長所をどう組み合わせ、働く人が力を蓄え安定した仕事をできるようにしていくか」が重要だと指摘。あらかじめ職務を明確にするジョブ型雇用との複線的な制度を拡充すべきだとの認識を示した。(以下略)

こちらも日経新聞の記事です。 

デジタル人材獲得 海外との競争出遅れに危機感
2019/12/03 日経新聞

 経団連は2020年の春季労使交渉に向けた経営側の指針案で、年功序列賃金など日本型の雇用システムの見直しを訴える。外国企業は優秀なデジタル人材の獲得で先行し、日本企業の危機感は強い。指針案は日本型雇用の課題を強調する内容となった。
 米国のコンサルティングDraupは、ビジネスの場で活躍する人工知能(AI)人材は世界に45万人と見積もる。日本は1万8千人で米国の13万人や中国の7万人より大幅に少なく、インドやフランスとも差がある。
 人材争奪戦で競り負けている一因が待遇だ。優れた技術者を高額な報酬で処遇するNTTデータやソニーのような例はあるが、日本企業全体では処遇改善はなお課題だ。英系人材サービス大手のヘイズによると、データ分析の専門家の「データサイエンティスト」の最高給与は日本が年1200万円で中国やシンガポールより低い。
 人材獲得競争で、日本企業は出遅れている。春季労使交渉で労働組合を巻き込み、デジタル時代に対応した雇用システムを築けるかが課題だ。

同じく日経新聞の記事です。少し詳しくなっています。

年功賃金「再検討を」 経団連、春季交渉へ指針案
2019/12/03 日経新聞

 経団連は2020年の春季労使交渉で会員企業に、年功型の賃金など横並びを特徴とする日本型雇用システムの再検討を呼びかける方針だ。人工知能(AI)などのデジタル人材が獲得しにくくなっていることが背景にある。日本の有力企業の多くが会員である経団連が方針を打ち出すことは、戦後続いてきた日本型雇用システムが変わる契機となりそうだ。
 20年の春季労使交渉の経営側の指針となる「経営労働政策特別委員会報告」を来年1月に公表する予定だ。中西宏明会長のもと、政府が主導する「官製春闘」から一線を画した19年に続き、新たな改革を打ち出す。
 グローバル企業が多い経団連にとっても、経済のデジタル化への対応が急務になっている。指針案は、新卒一括採用や終身雇用の仕組みが働き手の転職などキャリア形成を阻害しかねないことを問題点に挙げる。年功序列で画一的な待遇が、AIやデータ分析にたけた優秀な若年層や海外人材の獲得を難しくしている現状を指摘。優秀な人材が海外に流出しかねないと懸念を示す。
 雇用制度を見直す方向性として、従来型の雇用を中心としつつも、あらかじめ職務を明確にするジョブ型雇用と複線的な制度の拡充を掲げる。ジョブ型の社員を対象に、中途採用や通年採用の枠を広げ、成果主義的な賃金制度へ切り替えることを提起。高度の専門知識を持ち、高い年収を得る一部の専門職を対象に労働時間の規制を外す「高度プロフェッショナル制度」などの活用も検討すべきだとする。

(以下略)

では、これらの経営者の問題意識につながっている日本型雇用について、以下で見ていくことにしましょう。 

 

日本型雇用見直しの背景 

企業が置かれた環境は、今や非常に流動的です。

Amazon.comが創業したのは1994年、Googleの創業が1998年、アリババ創業は1999年、Facebookの創業が2004年、iPhoneが発売されたのは2007年です。

尚、三井銀行の創立は1876年(住友銀行創業は1895年、三菱銀行設立は1919年)、日立製作所の設立は1910年、トヨタ自動車の設立は1937年、日本電信電話公社(NTTの前身)の設立は1952年です。

確かに時代が変化するスピードは速くなってきました。

今後の企業競争力維持・拡大のためには、社内には知見がない分野にも対応していかなければならなくなってきたのです。日本企業は自前主義の傾向が強かったと思いますが、急激な変化では社内の育成も間に合いません。そのため、日本企業は変化に対応出来なくなってきています。

すなわち、企業内で育成してきた人材が不要になったり、企業内の人材では対応出来ない分野が増えてきているのです。どのような技術・サービスがスタンダードになっていくかが判然としない一方で、全ての分野にリソースを割くことは企業の体力面や効率の面では現実的に難しいでしょう。

そして、必要な技術を日本国内だけで、日本人・日本企業から獲得できることも減少してきました。日本は既に先進的な国ではなくなっていると言えるのかもしれません。

以上のような背景から、技術やビジネスモデルの急激な変化が起こらないことを前提とした年功序列賃金、終身雇用へのインセンティブを企業は無くしつつあるのです。

 

日本の雇用に関する制度

日本的経営の三種の神器は「年功序列」「終身雇用」「企業内労働組合」と言われてきました。しかし、現代ではこの仕組みが企業の変革、生き残りを阻んでいると経営者は認識し始めているのでしょう。

経営者が望む雇用のあり方は「必要な時に」「必要な技術・ノウハウを持った」人材を雇うと共に、「変化出来ない人材」「実績の上がらない人材」を外部に放出できるようなものでしょう。

しかし、日本では解雇規制があり簡単には解雇できません。少なくとも終身雇用を単純に止めようとしても法令違反もしくは裁判での敗訴が予想されます(主に大企業ですが)。そのため、解雇規制の緩和を経団連を含めた経営者は求めているのです。そして、そのリストラで浮いた資源・資金を使って有能な人材を獲得したいと経営者は考えます。これ自体は自然なことかもしれません。

しかし、単に解雇だけを企業がやり易くするだけでは、日本に社会不安が蔓延します。日本の労働者を取り巻く制度は、終身雇用・年功序列賃金に依存しているのです。

日本型雇用見直しを行う際に、財界・政府が検討すべきは人材教育、社会保障制度、そして給与制度の再構築です。これを怠ると日本は経済的に沈没してしまうかもしれません。また社会の安定を保てない可能性があります。

日本の人材教育と社会保障制度は、企業に依存しています。本来は政府が行うべきことまで企業が肩代わってきたと言えるかもしれません。退職金・企業年金制度や企業の健康保険組合はその最たる例です。継続雇用義務もそうでしょう。

若年時には安い給料で働き、後から給料を取り戻すという年功序列賃金・終身雇用は、企業が「優秀な人材を逃がさない」という狙いをかなえてきました。退職金や企業年金は賃金の後払いの性格を持っています。早期に退職すると退職金・企業年金は大きく目減りします。労働者は企業に若い頃の「貸し」を返してもらわなければならないので企業に居続けるインセンティブになっていました。これも企業の人材引き留め策です。そして、企業が新卒者を教育してくれるので、政府としては人材教育に費用をかける必要性も少なかったのです。

単純に終身雇用・年功序列賃金を止めるならば、恐らく単に労働者の生涯賃金が全体として下がるだけです。企業は従業員に「借り」を返さなくて良くなったと考えるでしょう。教育をする必要もなくなるかもしれません。新卒一括採用も不要でしょう。

このような環境を日本全体として乗り切るためには、すなわち、企業のコスト減らしのために終身雇用・年功序列賃金が廃止されないようにするためには、転職が不利にならない社会システムの構築が必要です。これはブラック企業対策にもなります。

転職が容易で、経済的に不利にならないのならば、低賃金を許容する労働者は多くないはずです。ブラック企業・ブラックな職場からも、労働者自身が壊れてしまう前に離脱を選択することになるでしょう。

日本の雇用を取り巻く制度は、年功序列賃金と終身雇用制度を前提として成り立っています。何かを止めたら良いというだけではないのです。全体を考えなければならないはずなのです。 

  

所見

部分最適の合計は全体最適にはなりません。

個々の企業が短期的には業績が良くなったとしても、日本全体が沈んでしまえば、自らの行動でマーケットそのものを壊した訳ですから、それは決して成功とはいえないでしょう。政治家のみならず、経営者も目指すは長期的な収益の最大化のはずです。

政治家が日本全体のことを考えるのは当たり前だとして(そうではないかもしれませんが)、経団連のような団体も日本全体のことを考えているはずです。

筆者は、日本型雇用見直しは、合成の誤謬になってしまうのではないかと危惧しています。日本型雇用の見直しは、少なくとも「転職の容易化」を伴って初めて有効になるものと思います。経団連や政府はその点を重々理解した上で、全体の制度設計・見直し・運営を行って欲しいと思います。

尚、年功序列の賃金制度などはほとんどの企業に残っていないと考える方もいらっしゃるかもしれません。確かに大企業中心に年功序列賃金「制度」自体は無くなっていると思います。しかし、制度の「運営・運用」では年功序列は残っているように感じないでしょうか。企業は、職能給(年功序列的な傾向が強い給与)から職務給・役割給に給与制度を移行してきました。それでも、30代のメガバンク子会社社長誕生がニュースとなるように制度がその趣旨通りに運用されている訳ではなかったのです。あくまで年功序列的に運用されています。これが現実です。この現実を変えていくのは、経営者・幹部の意識を本当の意味で変えなければいけません。「年長者の方が偉い」という日本の文化のようなものを変えるのは本当に簡単ではありません。