銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

日銀の審議委員による厳しい指摘「金融機関は供給過多」

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日本銀行の原田審議委員が講演と記者会見で金融機関について述べた意見が少し話題となっています。

厳しい収益状況にある銀行を含む金融機関については「低金利という問題を克服すればすべて解決するわけではない」「貸出以上に預金が集まってしまうという構造的問題によるもの」「供給過多だから経営が苦しいという問題は解決できない」「全体として減るしかない」等と発言しています。

また、追加緩和による金融機関への副作用については経済構造が問題の主因であり、金融緩和の副作用は小さいとしています。

今回は、この日銀の審議委員の講演についてご紹介します。銀行を取り巻く環境、低金利(マイナス金利)の問題、銀行・銀行員の今後の動向について考えさせられるものと思います。

 

日銀審議委員の講演録

以下は日本銀行政策委員会審議委員 原田氏が大分県金融経済懇談会にて述べた講演録からの抜粋になります。基本的には原文そのままを引用しています。マイナス金利政策や銀行の先行きについて関心がある方は一読してみると良いでしょう。

 

日本銀行/わが国の経済・物価情勢と金融政策 大分県金融経済懇談会における挨拶要旨 日本銀行政策委員会審議委員 原田 泰 2019年12月5日

 

金利が上昇せず、低金利が、銀行経営を圧迫しているという議論が強まっています。しかし、銀行経営の困難は、貸出需要以上に預金が集まってしまうという構造問題に依るものです。

銀行は、この問題に対処する必要があります。また、金利を引き上げれば、貸出需要の低下、物価の下落、円の上昇、景気後退、企業倒産の増加(銀行にとっての信用コストの増加)などが起きるでしょう。金利の引上げは、問題の解決になりません。現在の低金利の要因の一部が、後述するように、過去のデフレ的な金融政策によるものであることを考えれば、現在の緩和的な金融政策を継続し、景気の持続的拡大を目指し、物価と金利の上昇を待つことが唯一の道だと思います。

(中略) 

低金利と銀行経営の関係を考える前に、そもそも銀行の機能とは何かを考えてみたいと思います。銀行はなぜ利益を得ることができるのでしょうか。金融論の教科書によると、銀行の機能は1)情報生産、2)資産転換があり、この2つの機能によって銀行は
利益を得ることができると説明されています。

1)の情報生産機能とは、預金者に代わって、借り手の投資の将来収益やその資産内容を審査し、貸出実行以後も、計画通りの結果が出ているかを審査し、借り手が正しい会計情報を提供しているかをチェックすることです。銀行は同時に、担保や経営者個人の保証を求めます。十分な担保と個人保証があれば、銀行は会計情報のモニタリング負担が軽減されるので、これで情報生産コストが低下します。担保と個人保証は預金者には取れませんから、これは銀行が情報生産機能を果たしていることになります。企業が会計情報を整備・拡充すれば、規模拡大に伴って、資本市場から資金を調達でき、銀行から借り入れる必要はなくなります。日本の多くの大企業が借入をしているのは、銀行が安く貸してくれるからです。銀行にとっては利幅の薄い貸出になります。

そもそも将来の収益など分からないものです。 一方、銀行以外でも、企業の将来の収益をより正しく予測しうる企業は様々に存在します。親会社は下請け企業の売り上げをある程度知っています。自分が発注しているのだから当然です。経営に関与している商社などもそうです。銀行は情報優位にある彼等とも競争していることになります。仮に貸出先企業が大成功したとしても、銀行にとって得られるものは、わずかな利鞘にすぎません。銀行は預金者のお金を投資できないのですから、ベンチャー企業に投資して何十倍にもなるということは起こりえません。
企業の将来の収益の予測という、正しいかどうか分からないことを評価しようとすれば、評価者の裁量が拡大し、評価者が権力者になってしまいます。組織の運営方法を誤ると、融資をチェックしている審査部門は機能せず、人々を評価している人事部門は組織内の権力闘争に向かうという小説の世界になってしまいます。むしろ、担保など外形的に分かることだけで融資をすれば、審査部門や人事部門を大幅に縮小し、コストダウンできるでしょう。
銀行が企業の将来の収益を考えるのは例外的な事例にとどめ、外から分かることで貸せばよいということです。外形的審査だけでも、預金者にできないことを銀行はしていることになります。

2)の資産転換機能には、2つの機能があります。まず、①短期の預金を集めて、それを長期の貸出に転換することです。借りる側は機械を買ったり建物を建てたりする訳ですから、急に返せと言われても困ります。銀行は、多数の預金者のお金を預かることによって、長期に貸し出すことが可能になります。次に、②債務不履行の可能性のある貸出資産を、リスクのない預金に転換することです。これによって、預金者は安心して銀行に資産を預けることができます。これは1)の情報生産機能によってリスクのある資産を全体としても安全な資産に転換することです。
これらの機能によって銀行はどれだけの貸出を維持することができるでしょうか。土地があっても預金は少ないという人もいますが、事業に成功すれば預金は増えていきます。人々が豊かになっていきますと、長期に資金を寝かしておくことのできる人も増え
ていきます。すると、長期金利と短期金利の差も縮小してしまいます。世の中には、高い金利でもお金を借りる人もいますので、そういう人に高い金利でお金を貸すことはできるでしょう。しかし、そういう人は少数派です。
不完全な担保でも貸出はできます。自分のお店を出したい人がある程度の金額の頭金を作ればその人の勤勉さや堅実さを評価できます。銀行にとって担保不足でも、失敗すれば数年間の努力を無駄にするのですから、真剣さは確かです。住宅ローンも、頭金10%~20%では担保として不十分でしょうが、借り手は、なんとしてでも自宅を守りたいと思うものですので、それで問題ないようです。
銀行の資産を見ると、2019 年9月末時点で、貸出 509 兆円のうち、法人向けが 324 兆円(うち中小企業向けが 206 兆円)、個人向けが 144 兆円です(日本銀行「預金・現金・貸出金」)。個人向けについては、2019 年9月末時点で、住宅資金が 131 兆円、消費財・サービス購入資金が 10 兆円となっています(同「個人向け貸出金」)。利幅が確保できそうな貸出は、中小企業向けと個人向けを合わせて 350 兆円ぐらいではないでしょうか。集計ベースは異なりますが、2019 年8月末時点で、5%以上の金利での貸出は貸出総額 485 兆円のうち、5.9 兆円しかありません(同「利率別貸出金」)。

さらに、貸出以上に預金が集まってしまうという問題があります。(中略)

日本では、1990 年代の末まで、ほぼ 100%程度であった預貸率は、急速に低下し、今や 60%程度となっています。
一方、日本以外の国では、預貸率は低下していますが、アメリカを除いては 100%程度です。貸すだけの預金しか集めていないと言えます。それでも、欧州の銀行も経営が苦しい状況にあります。まして、預金が集まりすぎている日本の銀行はさらに苦しくなっ
てしまうでしょう。
QQE(筆者註:量的・質的金融緩和政策)導入以来、それまで減少傾向にあった銀行(国内銀行)の貸出は、2019 年9月までで 79 兆円増えていますが、預金は 161 兆円も増えています(日本銀行「民間金融機関の資産・負債」)。これに関連して、金融機関に人材が集まらない、中途退職するという報道があります。報道では、これが悪いことであるかのように書かれていましたが、結果的に必要以上の預金集めにつながっている人員や店舗の削減が可能になります。これは、銀行業、ひいては、日本経済全体の生産性を上げることにもなります。
また、日本の銀行は、貸出が伸びず、預金が集まりすぎることに対して、預金を減らすより、リスクの高い貸出、リスクの高い運用手段に傾斜し、かつ、顧客にも預金よりも投信を推奨するようになっているのではないかと懸念されます。金融庁は、投資信託を保有している顧客の運用損益(手数料控除後)を算出していますが、この資料によれば、2019 年3月末で、運用損益率がマイナスの顧客が 34%を占めているということです。保有期間は3年程度と思われますが、この間、わが国を含む主要国の株価が上がっていますので(日経平均は2割5分ほど上昇)、本来ならほとんどの投信がプラスになるはずですが、手数料の高さでこのようなことが起きるのだと思います。金融庁は、一部の投信販売会社が、手数料収入を上げるために、投信間の乗り換えを勧めていることに警鐘を鳴らしています。また、前掲資料に掲載されたグラフで、投資信託のコストとリターンを業態別に見ると、相対的に、銀行や対面の証券会社は高コストでリターンの低い投資信託を販売している一方、直販を行っている投信会社やネット系の証券会社は、低コストでリターンの高い投資信託を販売しているように見受けられます。
やはり低金利状況にある欧州の金融機関には、長引く収益低迷を受けて大規模な経営効率化を進めているところがあります。欧州では、労働慣行もあって、大胆な雇用調整は容易ではないようです。そこで、欧州の金融機関は、日本を含む世界各国で組織体制の見直しを進めています。一方、日本は大胆な金融緩和によって人手不足になっていますので、こうした見直しは欧州よりも容易なはずです。銀行が数でも資金量でもうまくダウンサイジングできれば、利益を得られるようになります。資本主義と市場経済においては、儲からない仕事を止めて、儲かる仕事に転換することが必要です。その過程で、銀行が人と資本を放出すれば、日本経済全体ではプラスになるはずです。日本において仕事を止めることの難しさは分かりますが、銀行という、資本主義と市場経済の根幹をなすべき機関に、このことを理解していただければ、日本の生産性はより顕著に改善すると思います。
(中略)

金利が上がらないことによって、金利が上がれば利益が上がると考えている銀行の不満は高まっています。私は、これは、貸出以上に預金が集まってしまうという構造的問題によるものですから、銀行部門全体として今の規模は維持できないと思います。また、前掲図5は、どうしても金利が上がらないというのはせいぜいここ 10年のことであることを示しています。であれば、それ以前に戻れないと考えるのは時期尚早なのかもしれません。
現在、金利を引き上げれば、再びデフレ期待を呼び戻し、物価と金利の上昇をさらに遅らすことになるでしょう。それは銀行部門にとっても利益にならないと思います。日本の経済成果は、人口動態を考えれば悪くないのだから、早く金利を上げるべきだという方もおられますが、生産年齢人口当たりの実質 GDP が高まったのは、QQE 以後の事なのですから、金利を上げれば元の木阿弥だと思います。すなわち、円高、株安、輸出と投資と消費と雇用の減少、就職氷河期の再来です。

(出所 日本銀行/わが国の経済・物価情勢と金融政策 大分県金融経済懇談会における挨拶要旨 日本銀行政策委員会審議委員 原田 泰 2019年12月5日

http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2019/data/ko191205a1.pdf

 

所見

ここまではっきりと、銀行の経営の厳しさは「貸出以上に預金が集まってしまうという構造的問題によるもの」と指摘し、銀行はダウンサイジングするべきとした日銀の審議委員はいないかもしれません。そして銀行の審査についても原則的に外形的なことをしておけば良いとまで述べています(銀行には企業業績の先行きを見通す能力はなく、持つ必要もないということでしょう)。

このような考え方があるということは銀行および金融機関の関係者(投資家含む)は認識しておくべきなのではないでしょうか。少なくとも筆者は、非常に理解できる部分が多い講演だったと思います。