スルガ銀行にいわゆるシェアハウスへの不動産担保融資問題が発覚してから、相応の時間が経ちましたが、スルガ銀行の経営はいまだ落ち着きを取り戻してはいない状態にあります。
その中で、2019年10月に日本銀行(日銀)がスルガ銀行に対して経営管理態勢の改善策報告を求めました。理由は、日銀の業務調査に事実と異なる情報を提出したためです。
今回は、この事象について簡単に確認しましょう。
報道内容
まずは、本件事象の全体像をつかみましょう。
スルガ銀行 日銀の業務調査に事実と異なる情報提出
2019年10月11日 NHK日銀は、シェアハウスなどの不動産融資で組織的な不正が明らかになった静岡県のスルガ銀行が「考査」と呼ばれる業務の調査を受けた際に、事実と異なる情報を提出していたなどとして、11日、経営管理態勢の改善策を報告するよう求めました。
スルガ銀行は、シェアハウスを含む投資用不動産向けの融資をめぐって、2014年以降、多くの行員が書類の改ざんなどの不正に組織的に関わっていたことが明らかになりました。日銀によりますと、スルガ銀行に対して、2014年12月と問題が発覚した去年2月から3月にかけて、業務の実態を調査する「考査」を実施しましたが、銀行側が企業の信用情報に関する資料を一部、提出しなかったほか、事実と異なる内容が書かれた社内会議の議事録を提出していたことがわかったということです。
日銀は考査を実施する際、金融機関側と契約を結んでいますが、今回のスルガ銀行の対応は契約違反にあたるとして、11日、銀行側に対して経営管理態勢を改善し、実施状況を報告するよう求めました。
これについて、スルガ銀行は「深く反省するとともに再発防止を徹底します」というコメントを発表しました。
(出所 NHK NEWS WEB https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191011/k10012123821000.html)
本件のポイントは、スルガ銀行が「考査」と呼ばれる業務の調査を受けた際に、事実と異なる情報を提出していたことと、スルガ銀行の対応が「契約違反」にあたるとされていることです。
様々なマスコミで本件報道されたにもかかわらず「法令違反」等の文言は見られません。単に「契約違反」なのです。日本の中央銀行である日銀からの考査で虚偽報告を行ったのになぜなのでしょうか。
日銀のプレスリリース
本事象をもう少し詳しく見るために、日銀のプレスリリース内容を確認しましょう。
スルガ銀行の考査契約違反行為に関する事実の公表について
2019年10月11日 日本銀行2014年12月および2018年2月から3月にかけてスルガ銀行に対して各考査を実施した際、同行が「考査に関する契約」(以下「考査契約」)に違反し、求められた資料の提出に関し正当な理由なく情報を提供しなかった事実および求められた資料において虚偽の情報を提供した事実があったため、考査契約第13条第1項に基づき、これを公表する。
同行が行っていた考査契約違反行為の内容は以下の通りである。
(1)2018年2月から3月にかけて実施した考査の事前提出資料として同行に作成・提出を求めた、各種会議等の運営状況および信用リスク関連の経営陣宛て報告に関する資料について、一部の会議体の存在や会議体における報告内容が記載されないまま提出された(考査契約第13条第1項第5号の「情報提供を正当な理由なく行わない場合」に該当)。
(2)2014年12月および2018年2月から3月にかけて実施した各考査の際に同行に提出を求めた各種会議等の議事録の一部について、議事の内容に関し、実態とは異なる情報が掲載されたものが提出された(考査契約第13条第1項第6号の「虚偽の情報を提供した場合」に該当)。
考査先金融機関との間の相互信頼と協力関係は、考査の目的を達成する上で極めて重要であり、上記の同行の行為は誠に遺憾と言わざるを得ない。今回の件を踏まえ、本日、同行に対して、考査契約第9条第2項に基づき、経営管理態勢等の改善策とその実施状況につき、別途報告するよう要請した。(出所 日本銀行ホームページ)
このプレスリリースで確認しても法令違反という言葉は出てきません。 あくまで考査に関する契約(考査契約)に違反した事実が指摘されているだけであり、「考査先金融機関(=スルガ銀行)との間の相互信頼と協力関係は、考査の目的を達成する上で極めて重要」としており、日銀の考査に「強制性」も感じられません。
同じような金融機関に対しての調査には金融庁の「検査」があります。日銀の考査とは何が違うのでしょうか。
日銀考査と金融庁検査の違い
日銀考査は上述の通り日銀と考査契約を締結した金融機関との間で実施されます。
考査は、オフサイト・モニタリングとともに、日本銀行が、当座預金取引の相手方である金融機関(取引先金融機関)の業務および財産の状況を把握するために行う活動の1つです。具体的には、取引先金融機関に実際に立ち入って、経営実態の把握や各種のリスク管理体制の点検を、詳細かつ網羅的に行っています。
また、考査では、その結果を基に、必要に応じ、当該取引先に対してリスク管理体制の改善などを促しています。
日本銀行法第44条では、日本銀行が金融システムの安定確保のための業務を適切に運営する観点から、取引先金融機関と考査に関する契約を締結することができる旨が定められています。日本銀行は、この規定に基づき、取引先金融機関との間で契約を締結し、考査を行っています。
(出所 日本銀行「おしえて!にちぎん」)
日銀は、日本における金融システムの安定化を使命の一つとしています。この使命に基づき、日銀は「最後の貸し手」として、銀行に何らかの問題が起きた時等に資金を銀行に貸し出すこともあります。そのため、日銀にとってみれば銀行の経営状況がどのようになっているのかを把握してこれが日銀考査が行われる理由です。
日銀考査を銀行が正当な理由がなく拒否した場合には、日銀はその事実を公表することや日銀当座預金取引の解約等を行う可能性はあります。しかし、考査は行政権限の行使ではないため、拒否した銀行に対しての法律上の罰則はありません。日銀当座預金取引の解約をなされた金融機関は実務上は非常に大きな問題が発生しますが、あくまで法令違反ではないのです。
日銀考査と金融庁検査の違いについて日銀は以下の通り解説しています。
日本銀行による考査は、考査契約に基づくものであり、行政権限の行使として金融庁が実施する検査とは異なります。
考査では、最後の貸し手機能等の適切な発揮に備えるため、業務および財産の状況を調査し、その結果に基づき助言等を行います。金融機関が正当な理由なく、考査や情報提供を拒絶した場合、日本銀行はその事実を公表することがあるほか、当該先との当座預金取引等を解約することもあり得ます。
これに対し、金融庁による検査では、金融機関の業務の健全かつ適切な運営を確保するため、法令等遵守態勢、各種リスク管理態勢等を検証したり、問題点に対する認識を確認したりします。検査は、立入検査権や資料提出請求権を付与された行政権限の行使として実施されます。(出所 日本銀行「おしえて!にちぎん」)
<ご参考/日銀考査に関する契約書>
https://www.boj.or.jp/finsys/exam_monit/touyo02.htm/
日銀の考査と異なり金融庁の検査に対しての問題事象は法令違反となる可能性があり、罰則規定もあります。金融庁は業務改善命令のみならず、業務停止命令、免許取消等を行うこともできます。
強いて言うのであれば(そして誤解を恐れずに言えば)、日銀の考査に対する虚偽報告等は、日銀とスルガ銀行の間だけの問題なのです。単なる契約違反ということです。
スルガ銀行の事象は、報道だけ見ていると法令違反のように感じるかもしれませんが、そうではないという「ちょっとした指摘」はしておきたいと思います。