ついに金融庁がスルガ銀行に対して一部業務停止命令を含む行政処分を行いました。
このような事例は過去になかったため金融庁の行政処分内容には注目が集まっていました。
今回は、この行政処分の内容について考察しましょう。
行政処分の内容
銀行に対する行政処分の内容を直接確認する機会は少ないでしょう。そのため今回は本文を引用(抜粋)します。
1.命令の内容
銀行法第26条第1項に基づく命令
(1)平成30年10月12日(金)から平成31年4月12日(金)までの間、新規の投資用不動産融資を停止すること。
また、自らの居住に当てる部分が建物全体の50%を下回る新規の住宅ローンについても同様に停止すること。
(2)上記(1)の期間において、当行の役職員が融資業務や法令等遵守に関して銀行員として備えるべき知見を身につけ、健全な企業文化を醸成するため、全ての役職員に対して研修を行うこと。その際、各役職員が少なくとも一定期間通常業務から完全に離れ当該研修に専念することにより、その徹底を図ること。
(3)健全かつ適切な業務運営を確保するため、以下を実行すること。
① 今回の処分を踏まえた経営責任の明確化(厳正な判断が期待できる社外の第三者による客観的な検証体制の構築及び責任追及を含む)
② 法令等遵守、顧客保護及び顧客本位の業務運営態勢の確立(当局への正確な報告の実施にかかるものや過去の不正行為等に関する必要な実態把握を含む)と全行的な意識の向上及び健全な企業文化の醸成
③ 反社会的勢力の排除に係る管理態勢、マネー・ローンダリング及びテロ資金供与に係る管理態勢の確立
④ 融資審査管理を含む信用リスク管理態勢及び内部監査態勢の確立
⑤ 当行の営業用不動産の所有・管理や当行の株式の保有等を行い、創業家の一定の影響下にある企業群(ファミリー企業)との取引を適切に管理する態勢の確立
⑥ シェアハウス向け融資及びその他投資用不動産融資に関して、金利引き下げ、返済条件見直し、金融ADR等を活用した元本の一部カットなど、個々の債務者に対して適切な対応を行うための態勢の確立
⑦ 上記を着実に実行し、今後、持続可能なビジネスモデルを構築するための経営管理態勢の抜本的強化
(4)上記(3)に係る業務の改善計画を平成30年11月末までに提出し、直ちに実行すること。
(5)上記(4)の改善計画について、当該計画の実施完了までの間、3ヶ月毎の進捗及び改善状況を翌月15日までに報告すること(初回報告基準日を平成30年12月末とする)。
2.処分の理由
先般9月7日付で公表されたスルガ銀行第三者委員会の調査報告書も踏まえ、当庁による立入検査の結果や銀行法第24条第1項に基づき求めた報告を検証したところ、当行の法令等遵守態勢、顧客保護及び顧客本位の業務運営態勢、信用リスク管理態勢、経営管理態勢等について、以下の問題が認められた。
(1)シェアハウス向け融資及びその他投資用不動産融資に関する不正行為
当行では、シェアハウス向け融資及びその他投資用不動産融資に関して、以下のような不正行為が確認された。
① 不動産関連業者(チャネル)が、賃料や入居率について、実勢よりも高く想定し、もしくは、実績値よりも高い数値に改ざんして、収益還元法で不動産を評価することにより、割り増された不動産価格が算出された結果、当該価格に基づき、当行から多額の融資が実行されている。
当行では、投資用不動産融資を扱う相当数の営業職員が、チャネルによる上記の不正行為を明確に認識、もしくは少なくとも相当の疑いを持ちながら業務を行っていた。中には、当行営業職員が、チャネルに対して不正行為を能動的に働きかけて改ざんを促す事例や、自ら改ざんを行った事例も認められた。
② チャネルが、当行の融資審査を通すために、(ⅰ)自己資金のない債務者の預金通帳の残高の改ざん、(ⅱ)債務者の口座へ所要自己資金の振り込み(見せ金)、(ⅲ)一定の年収基準を満たすよう債務者の所得確認資料の改ざん、(ⅳ)売買契約書を二重に作成、等を実施している。
当行では、投資用不動産融資を扱う相当数の営業職員が、チャネルによる上記の不正行為を明確に認識、もしくは少なくとも相当の疑いを持ちながら業務を行っていた。
③ 審査部が資料の改ざん等の不芳情報のあったチャネルを取扱い停止にしたにもかかわらず、営業店が、取引継続を企図し、当該チャネルに新たなチャネルの設立を持ちかけるなど、迂回取引を行い、不正行為を継続・助長させている。
(2)顧客の利益を害する業務運営
当行では、シェアハウス向け融資を含めた投資用不動産融資を実行する際に、カードローン、定期預金、保険商品等の様々な商品を抱き合わせて販売しているが、これらの取引は、顧客にとって経済合理性が認められない取引となっており、顧客保護上不適切な業務運営となっている。こうした取引の中には、銀行法第13条の3第3号(抱き合わせ販売)に違反する行為が一定数認められる。
また、当行は、銀行代理業の許可を持たないチャネルに顧客への説明を委ねており、顧客説明態勢に不備が認められる。
(3)適切な信用リスク管理及び営業に対する牽制機能の欠如
経営陣及び審査部は、シェアハウス向け融資及びその他投資用不動産融資に関して、特定のチャネルの財務状態、ビジネスモデルの持続可能性に関する様々なリスクを把握しているにもかかわらず、こうしたリスクについて十分に検討を行うことなく融資を継続した結果、不良債権の増加を招いており、信用リスク管理上の問題が認められる。
審査部は、営業部門からの要請により、審査の迅速化のため、資金使途や保有金融資産の確認を営業店の事後確認のみで完結させるなど、稟議関係書類の簡素化を図っている。また、営業部門の本部長ミーティングで妥当とされたシェアハウス向け融資をほぼ全件(99%)承認するなど、実質的に審査が形骸化している。
監査部は、一連の不正行為に関して、融資方針や施策、ポートフォリオの構造変化などに対するリスクアセスメントを行っておらず、事務不備点検に重きを置いた監査にとどまっており、不正の兆候を発見できていない。
(4)ファミリー企業に対する不適切な融資
以下のとおり、当行では、ファミリー企業に対する融資に関して、保有資産の実態把握、具体的な返済計画の検証等を行っておらず、不適切な融資管理の実態が認められる。また、ファミリー企業から創業家個人に対して一定額の融資が実行される中、業況の芳しくないファミリー企業に対する当行融資の回収が進まないなど、信用リスク管理上の問題が認められる。
① 当行が融資を実行したファミリー企業が別のファミリー企業に対して転貸した資金の回収可能性がなく、大幅な債務超過となり破綻懸念先に該当し、当該ファミリー企業向け融資について追加引当が必要となった事例が認められる。
② 特定のファミリー企業からの融資を回収するために、複数回にわたり、当初寄付名目で拠出した資金を別のファミリー企業を通じて当該ファミリー企業へ還流させ、返済を受けている。当該取引は実質的に特定のファミリー企業を支援するものであり、本来であれば、将来の経営改善の見込みや経営支援の必要性について取締役会や経営会議において議論した上で決定すべきであるにもかかわらず、実際は一部の経営陣のみで決定しており、与信管理及びガバナンス上の問題が認められる。
(5)反社会的勢力との取引の管理態勢、マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に係る管理態勢の不備
① 当行では、既存顧客を新たに反社会的勢力と認定しても、(ⅰ)既存のカードローンの与信枠の閉鎖を行っていないため、枠内でローン残高が増加している事例、(ⅱ)反社会的勢力に対する新規の預金口座の開設をブロックするシステムの整備が不十分であるため、預金口座を新規開設している事例が多数存在する。
② 当行では、既存顧客を新たに反社会的勢力と認定しても、警察への照会件数が少なく、照会する顧客(反社会的勢力)についても取引解消が相対的に容易な先を優先するなど、取引解消に向けた取組みを十分に行っていない。
③ 当行では、疑わしい取引のチェックを行うシステムにおいて、法人取引を検知対象に含めておらず、管理帳票の出力・確認などの代替の対応策も講じていないなど、法人取引における疑わしい取引の検知態勢を整備していない。
また、法人取引時の実質的支配者の確認・記録を営業現場に徹底していないため、実質的支配者の情報を確認しないまま、取引を実行している(犯罪による収益の移転防止に関する法律第4条第1項第4号違反)。
(6)当局に対する実態と異なる報告
シェアハウス向け融資や投資用不動産融資に関して、特定のチャネルとの取引関係の有無について当局から照会を受けた際の報告が、実態と異なる内容となっていたことが判明している。
また、ファミリー企業に対する融資の管理状況について当局へ報告しているが、融資先ファミリー企業による転貸状況を十分に把握していないため、当該報告が実態と異なる内容となっていたことが判明している。
(7)上記(1)から(6)の問題発生の要因としては、創業家が実質的に当行を支配する中、審査態勢に不備が認められる営業優位の組織を構築する一方で、営業現場を放置したため、営業現場では、創業家の後ろ盾を得た特定の執行役員が、厳しい業績プレッシャー、ノルマ、叱責等で営業職員を圧迫した結果、法令等遵守を軽んじ不正行為を蔓延させる企業文化が醸成されたことが認められる。
また、取締役会は、特定の役職員に営業方針や施策を任せきりとなり、その内容や結果だけでなく自行の貸出ポートフォリオの構造すら把握せず、適切に監督機能を果たさないなど、経営管理(ガバナンス)に問題があったことも、問題発生の要因と認められる。
以上がスルガ銀行に対する金融庁の行政処分内容です。
所見
スルガ銀行の不動産投資用融資が新規実行を停止されることは事前に予想が出来ました。過去の業務停止命令事例からも逸脱はしていません。
(過去の業務停止命令事由については以下の記事をご参照ください)
スルガ銀行へどのような行政処分が下されるのか~業務停止命令の過去事例~ - 銀行員のための教科書
また、「自らの居住に当てる部分が建物全体の50%を下回る住宅ローン」、すなわち賃貸併用住宅ローンについても、業務停止命令の実効性を確保するために新規融資が停止されました。これも驚きはありません。預金等の取り扱いは「預金者保護」のために従前同様に営業しています。
一方で今回の行政処分の新たなトピックスは以下の3点でしょう。
- 債務者に対する金融ADR等を活用した「元本の一部カットなど」適切な対応を行うための態勢の確立を求めたこと
- 創業家のファミリー企業との取引を適切に管理する態勢の確立を求めたこと
- 反社、マネロン、テロ資金供与への防止の確立を求めたこと
まず、問題の端緒となったシェアハウスオーナーへの融資問題とは関係のない「創業家のファミリー企業向け融資問題」が問題として挙がっています。
これは不良債権という観点では確かに問題なのでしょうが、あえて取り上げたということは、スルガ銀行に対して「創業家および創業家ファミリー企業との関係を絶て」というメッセージでしょう。今後の再編も見据えている可能性が十分にあります。
そして「反社、マネロン、テロ資金供与等に対する態勢不備」を求めている点は、実は多くの銀行にも影響があります。やはり金融庁は「反社、マネロン、テロ資金供与」については非常に強い問題意識・危機感を持っているということです。他行も検査が入れば最初に注目されるポイントでしょう。
そして最大のポイントは、債務者に対する金融ADR等を活用した「元本の一部カットなど」の適切な対応を行うための態勢整備を「命令」したことです。これには非常に強い違和感があります。
そもそも業務停止命令は、金融機関の法令違反が著しい場合や、財務内容の悪化が深刻な場合などに出されます。その根拠は銀行法にあります。
その銀行法の目的はどのようなものでしょうか。銀行法の1条を確認しておきます。
<銀行法>(目的)第一条 この法律は、銀行の業務の公共性にかんがみ、信用を維持し、預金者等の保護を確保するとともに金融の円滑を図るため、銀行の業務の健全かつ適切な運営を期し、もつて国民経済の健全な発展に資することを目的とする。2 この法律の運用に当たつては、銀行の業務の運営についての自主的な努力を尊重するよう配慮しなければならない。
筆者の解釈では、銀行法の主旨は、信用維持・預金者保護です。お金の流れは、金融機関に信用が無ければ滞ります。信用不安を発生させないために銀行法は制定されているのです。
一方で、スルガ銀行には「元本の一部カット」をも検討できるようにするべし、との命令が出されています。これは、スルガ銀行にとってみれば「損失」を出すことを意味します。
金融庁は「銀行の財務の健全性」を重視し、不良債権処理等を指導してきました。アパートローン、カードローン等への警鐘も(国民の目を気にしていたとはいえ)銀行の財務健全性(持続可能性)維持を目的としていました。
しかし、元本の一部とはいえ「カット」は、今までの金融庁の行動原理とは異なるように筆者は考えます。
今回の命令は、「社会問題になったのだから債務者を救え」と命令しているようなものです。銀行の財務健全性維持は主旨・目的ではありません。
このような考え方は、以前の金融円滑化法の目指していた中小企業の保護等に近いとは思いますが、円滑化法はあくまで法律として制定されたものです。そして「投資用不動産に投資するために借入を行った債務者」を救う理屈とは異なるのではないでしょうか。
そもそも投資用不動産に投資したオーナーは「詐欺の被害者」と言うことはできるかもしれません。しかし、投資は自己責任です。そして、スルガ銀行が詐欺の片棒を担いでいたのであれば、それは当事者との話し合い(ADR含む)もしくは裁判で決着すべき話ではないでしょうか。