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FacebookのLibra(リブラ)は既存の金融システムをひっくり返す可能性も

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(出所 Libra Association Webサイト)

 

世界最大のSNS「Facebook」を中心とする企業連合が仮想(暗号)通貨「Libra(リブラ)」の発行を計画しています。

このLibraについては、大きく報道されている一方で、各国政府や中央銀行等から厳しい反応も相次いでいます。

Libraとはどのようなものなのでしょうか。なぜ、政府や中央銀行、金融当局は懸念を示しているのでしょうか。

今回はLibraという仮想通貨、その壮大な試みについて確認していきましょう。

 

Libra(リブラ)とは

Libraとは、「Libraリザーブ」と呼ばれる実在の資産のリザーブによる十分な裏付けと、Libraを売買する取引所の競争力のあるネットワークによるサポートを有する、安定性のあるデジタル暗号通貨を目指してデザイン・開発されている仮想(暗号)通貨です。

Libraとは、てんびん座という意味が一般的ですが、古代ローマ発祥の質量・通貨の単位としての意味も持ちます。新たなデジタル仮想通貨の単位としては良いネーミングト言えるかもしれません。

開発の主体はFacebookです。他に以下の企業がパートナーとなっています。

  • 決済: Mastercard, Mercado Pago, PayPal, PayU (Naspers' fintech arm), Stripe, Visa
  • テクノロジー・マーケットプレイス: Booking Holdings, eBay, Facebook/Calibra, Farfetch, Lyft, Spotify AB, Uber Technologies, Inc.
  • 電気通信: Iliad, Vodafone Group
  • ブロックチェーン: Anchorage, Bison Trails, Coinbase, Inc., Xapo Holdings Limited
  • ベンチャーキャピタル: Andreessen Horowitz, Breakthrough Initiatives, Ribbit Capital, Thrive Capital, Union Square Ventures
  • 非営利組織、多国間組織、学術機関: Creative Destruction Lab, Kiva, Mercy Corps, Women's World Banking

この中には残念ながら日本企業・団体は入っていません。

Libraが他の仮想通貨と異なるのは、eBayやLyft、Spotify、Uber等、Libraが使えるであろう企業がパートナーとなっていることです。例えばビットコインのような仮想通貨は、その仮想通貨を受け入れてくれるサービス提供企業がいなければ実体上は無価値と言っても良いかもしれません。しかし、Libraは少なくともサービスの提供を受けられることが確約されているようなものです。これは利用者にとっての安心感につながると思われます。

Libraが目指すゴールは、住んでいる場所や職業、所得にかかわらず、より多くの人が安価でオープンなより良い金融サービスにアクセスできるようにすることです。(これは金融包摂、フィナンシャル・インクルージョンと言われる取組です)

世界中で、貧しい人ほど金融サービスを受けるのにより多くのお金を払っているのが現状とLibraの運営団体は指摘します。一生懸命働いて得た収入が送金や借入やATMの手数料に消えていくとしています。

そのような既存の金融システムへのアクセスが弱く、金融機関に「ぼったくられている」金融弱者に対しても、瞬時に送金できる機能、暗号化によるセキュリティ、簡単に国境を越えて資金を移動できる自由をLibraは提供しようとしています。友達が世界のどこにいても携帯電話でメッセージを送信できるのと同じように、Libraを利用すれば、瞬時に、簡単に、安価でお金を送れるようになることを目指しているのです。例えば、海外で働く人が祖国の家族に簡単に送金できるようになるかもしれません。これは強いニーズがあるでしょう。

では、Libraの価値はどのように担保されるのでしょうか。ここもビットコインのような仮想通貨とはアプローチが異なります。

Libraは、既存の仮想通貨であればTether(テザー)に近いものです。Tetherは米ドルを裏付け資産としています(少なくとも表向きはです)。

Libraは、安定性と信頼性のある中央銀行が発行する単一ではない通貨での銀行預金や短期国債など、価格変動率の低い資産の集合体により裏付けられる、とされています。従って、Libraは、複数の通貨を裏付けとしたデジタル暗号(仮想)通貨(バスケット型のステーブルコイン)となるということになります。

イメージとしては、Libraが購入されたならば、それに見合う通貨(通貨建ての預金や国債等)がリザーブされることになります。

このリザーブ資産に付与される利子はシステムの経費をまかなうためにLibraの運営団体(協会)が使用します。これにより低額の取引手数料を保証し、エコシステム立ち上げのために資金を提供してくれた投資家に配当を支払うことになります。

Libraのユーザーはリザーブからの利子等運用益を受け取ることはできませんが、低廉なコストでLibraを使うことができる(例:送金手数料)というメリットを享受するのです。 

尚、Libraを主導しているFacebookは、ソーシャルデータ(=自社のSNSデータ)と財務データ(=Libraのデータ)の分離を保証するとしています。

(Libraのホワイトペーパーは以下リンク先をご参照下さい)

https://libra.org/ja-JP/white-paper/

 

Libraが政府等から懸念を持たれる理由

これまでは、Facebook・Libraの運営団体の目線でLibraを説明してきました。

しかし、Libraは政府や中央銀行・金融監督当局から懸念を持たれています。その理由はどのようなものでしょうか。所得の低い人も含めて、金融サービスをあまねく享受できるようになるのであれば、それは世界にとって良いことなのではないでしょうか。

Libraが懸念を持たれている最大のポイント「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策」です。

国境を越えて資金が移動することが想定されているため、マネーロンダリングへの対策は必須ですが「どの国が監督するのか」「実効性が伴うのか」という問題が出てきます。現時点ではKYC(本人確認、Know Your Customer)をどのようにするか等も発表されていません。

Libraは既存の金融システムが高いコストを顧客に強いていることの対抗策として生まれてきた側面がありますが、金融機関のコストにはこのマネロン対策等のコストが含まれています。そのため、政府等の中には、Libraが既存の金融システムの「タダ乗り」になるのではないかと懸念を示しているところもあるのです。

また、経済が脆弱な国からの資金逃避に使われる可能性も想定されます。中央銀行や金融当局からすると厄介な存在となるかもしれません。

加えて、グローバル通貨を目指すLibraには金利が付与されません。各国は、金利の上げ下げによって金融政策を実施しますが、これは自国の通貨に対してのみ有効です。Libraが流通し過ぎると各国の金融政策の効果が減じられることになります。

これらは、共通通貨ユーロを導入しているEUにおいて、財政状況が厳しい国と経済が好調な国との間で起きている問題に近いと言えるでしょう。

 

所見

Libraは、ビットコイン等の既存の仮想通貨を超えて、既存の金融システムへ大きな影響を及ぼす可能性があります。

ビットコイン等仮想通貨・暗号資産は、一般的にサービスへの支払いに充当できることが保証されている訳ではありません。ところがLibraは創立メンバーにサービスを提供可能な企業が含まれています。Libraは一定程度の流通性は確保されていると言えます。

そしてFacebookの月間アクティブユーザー数は23億8000万人(2019年3月時点)です。この基盤にLibraが乗るとすれば大きなアカウント獲得が見込まれます。Libraは当初から想定される規模がグローバルかつ巨大なのです。

また、仮想通貨・暗号資産の価格変動率は非常に大きくなっていますが、Libraは複数通貨のバスケットに連動することになるため価格変動率は抑制されるものと思われます。例えば、ベネズエラやアルゼンチンのように、自国の通貨が高いインフレ率に悩まされている場合や、トルコのように為替相場が急変するような国の場合のように、自国の通貨を信用できない個人や企業にとってみれば、グローバルの共通通貨であるLibraは米ドル等主要通貨と並ぶ選択肢となる可能性があります。

個人や企業にとってみれば、グローバルの共通通貨が成立した場合には、為替リスクがない投資や販売が可能になってきます。そして、銀行に今まで支払っていた両替手数料、送金手数料が劇的に減少するのです。ECが世界的に拡大してきた現代では、物流の問題さえ解決できれば、一部の商品についてはマーケットが世界的に統合されていく可能性もあります。その統合にLibraが大きく貢献するかもしれません。

Libraに資金が集まるのであれば、既存の銀行からは資金が引き出されることになります。そのLibra側に移った資金は、各国の短期国債のみならず銀行預金でも運用されることになります。銀行の資金繰りに影響を与える可能性もあり、またLibraに選ばれた国の金利を押し下げる可能性もあります。

Libraの流通量が増加すると、当然ながらLibraの借入ニーズも出てきます。このLibra建の貸出を行うことができる体制を銀行が整えなければ、顧客を失う可能性もあります。そもそもLibraの運営団体(協会)が自ら貸出業務を行う可能性も否定できません。

送金業務をLibraに奪われ、預金も貸出もLibraに奪われるのであれば、既存の銀行のビジネスモデルは破綻します。

世界には「大きな一つの銀行(=Libra運営団体)だけで事足りる」時代が到来する可能性だって荒唐無稽ではないのかもしれないのです。

筆者は、Libraの普及を注目して見守っていきたいと思いますが、非常に期待しています。

銀行の既存のビジネスモデルや各国の金融政策へは大きなマイナスのインパクトを及ぼす可能性はありますが、個人や企業にとっては流通にコストがかからないグローバルの共通通貨の登場は待ちわびていたものである可能性があります。世界のマーケットはグローバル通貨の登場で統合が加速されていくことになることも想定され、個人・企業にとってビジネスのフィールドが広がる(但し、競争は激化する) でしょう。

金融は、実業(生産・販売に関わる事業等)の黒子だったはずです。実業をサポートすることで金融は存在出来ます。Libraが目指す世界が実現すると、金融機関はビジネスモデルの再構築を迫られる可能性があるでしょう。その世界がどのようになるのか、筆者は予想することしか出来ませんが、今よりは金融機関のビジネスモデルに納得感が出てくるのでしょう(少なくともATMの手数料で無駄を感じることは無くなるでしょう)。