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仮想通貨の呼称を暗号資産に変えるのは妥当か?

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政府が仮想通貨の呼称を「暗号資産」へと変更する法律改正案を公表しました。

今回はこの仮想通貨の呼称変更について簡単に考察しましょう。

 

報道内容

政府が仮想通貨を暗号資産と呼び名を変える法律改正案を閣議決定しました。

まずは、概要をつかむため以下ど日経新聞の木地を引用します。

仮想通貨の呼称「暗号資産」に 法案を閣議決定
2019/03/15 日経新聞

 政府は15日の閣議で、仮想通貨の交換業者や取引に関する規制強化策を盛り込んだ金融商品取引法と資金決済法の改正案を決定した。20カ国・地域(G20)会議などで使われる国際標準に表現を統一し、仮想通貨の呼び名を「暗号資産」に変えるほか、サイバー攻撃による流出に備えて顧客に弁済するための原資を持つことを義務づける。
 金融庁は2017年4月、世界に先駆けて仮想通貨の交換業者に登録制を導入した。仮想通貨の育成と規制の両立をめざしてきたが、交換業者でハッキングによる消失やマネーロンダリング(資金洗浄)対策の不備といった問題が広がった。事態を重くみた金融庁は規制強化を検討する有識者会議を18年3月に設け、議論を進めてきた。
 資金決済法の改正案で目玉となるのが、仮想通貨の呼び名の変更だ。G20をはじめ国際会議では「暗号資産(crypto-assets)」という表現が主流になりつつある。決済手段としての普及が進まないなか、円やドルなど法定通貨との混同を防ぐため明確に区別する。
 取引を担う交換業者の名称も法律上は「暗号資産交換業者」となる。ただ今回の改正案では、個々の交換業者に暗号資産の呼び名を義務づける強制力はない。自主規制団体の日本仮想通貨交換業協会も「協会名を変えるかどうか現時点では様子見の状況」という。一方で投機を助長する広告や勧誘が禁じられるため、交換業者は過度な宣伝活動が難しくなりそうだ。
 「妥当な表現」「通貨になりきれなかった」――。金融庁が呼称変更の方針を打ち出して以来、インターネット上では個人投資家らから賛否両面の声があがる。「『通貨』と呼ぶのは違和感がある」との意見がある半面、「価値を移転できることに意味があるのに、『資産』ではそれが伝わらない」との異論も残る。

これが報道内容です。

 

(参考情報)バーゼル銀行監督委員会の発表

バーゼル銀行監督委員会は、2019年3月13日、「暗号資産に関するステートメント」と題するニューズレターを公表しました。

このレターはバーゼル銀行監督委員会による世界の銀行に対する暗号資産に関するリスクの警告といって良いでしょう。

このレターの中にも、まさに暗号資産という用語が使われており「暗号通貨」との呼び方には否定的であることも分かります。(従って仮想「通貨」という呼び方にも否定的と思われます。)

 While crypto-assets are at times referred to as "crypto-currencies", the Committee is of the view that such assets do not reliably provide the standard functions of money and are unsafe to rely on as a medium of exchange or store of value. Crypto-assets are not legal tender, and are not backed by any government or public authority.

【日本語訳】暗号資産は「暗号通貨」と呼ばれることもありますが、委員会は、そのような資産は標準的な貨幣機能を確実に提供するものではなく、交換の手段または価値の貯蔵として信頼するのは危険であると考えています。(翻訳はGoogle翻訳を使用)

(出所 https://www.bis.org/publ/bcbs_nl21.htm)

これが国際的な流れと言えるでしょう。

 

法律改正案の内容

では、今回の法改正の内容はどのようなものでしょうか。

法律案の概要を確認しておきましょう。

情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律案の概要

<呼称変更>

  • 国際的な動向等を踏まえ、法令上の「仮想通貨」の呼称を「暗号資産」に変更

<暗号資産の交換・管理に関する業務への対応>

  • 暗号資産交換業者に対し、顧客の暗号資産は、原則として 信頼性の高い方法(コールドウォレット等)で管理することを義務付け
  • それ以外の方法で管理する場合には、別途、見合いの弁済原資(同種・同量の暗号資産)を保持することを義務付け
  • 暗号資産交換業者に対し、広告・勧誘規制を整備
  • 暗号資産の管理のみを行う業者(カストディ業者)に対し、暗号資産交換業規制のうち暗号資産の管理に関する規制を適用

<暗号資産を用いた新たな取引や不公正な行為への対応>

  • 暗号資産を用いた証拠金取引について、外国為替証拠金 取引(FX取引)と同様に、販売・勧誘規制等を整備
  • 収益分配を受ける権利が付与されたICO(Initial Coin Offering)トークンについて、①金融商品取引規制の対象となることを明確化、②株式等と同様に、投資家への情報開示の制度や販売・勧誘 規制等を整備
  • 暗号資産の不当な価格操作等を禁止

<その他情報通信技術の進展を踏まえた対応>

  • 情報・データの利活用の社会的な進展を踏まえ、金融機関の業務に、①顧客に関する情報をその同意を得て第三者に提供する業務等を追加、②保険会社の子会社対象会社に、保険業に関連するIT企業等を追加
  • 金融機関が行う店頭デリバティブ取引における証拠金の清算に関し、国際的に慣行となっている担保権の設定による方式に対応するための規定を整備

以上の法改正の説明については以下のリンク先資料が参考となります。

https://www.fsa.go.jp/common/diet/198/02/setsumei.pdf

今回の法改正は仮想通貨の呼称変更のみならず、仮想通貨における利用者の保護に重点を置いたものとなっています。

また、金融機関が顧客の情報を活用したビジネスに乗り出せるようにしています。(今回の記事では仮想通貨の呼称変更以外については触れません。)

 

所見

そもそも通貨とは何でしょうか。

【通貨の定義】

  • 貨幣と同義にも用いられるが,特に商品交換の媒介物として一般に流通する貨幣をいい,流通手段,支払手段としての機能を果たす。本位貨幣,補助貨幣,銀行券,政府紙幣のほか預金貨幣も含まれる。法律上は強制通用力のある貨幣(法貨)に限るのが通常である。(出所 百科事典マイペディア)
  • 流通手段・支払い手段として機能している貨幣。銀行券・補助貨幣などの現金通貨のほかに、預金通貨も含まれる。(出所 デジタル大辞泉)
  • 流通手段・支払い手段として機能する貨幣。本位貨幣・銀行券・補助貨幣・政府紙幣などや、取引の決済に使われる預金通貨をさす。広義には貨幣と同義。法貨。(出所 大辞林 第三版)

このように通貨とは、通常は法律上の強制通用力のある貨幣(法貨)を指します。そして、通貨は流通手段・支払い手段としての機能を果たします。

ただし、仮想とは「事実でないことを仮にそう考えること」であり、「仮想」を「通貨」と組み合わせると、仮想通貨は定義上は問題ないとも言えそうです。

しかし、現在の仮想通貨は、法貨ではなく、実質的に流通手段・支払い手段でもありません。

よって、少なくとも通貨と呼ぶのは定義上は不正確と言えるでしょう。これは、前述のバーゼル銀行監督委員会が指摘している考え方とも合致します。

そのため、今回の仮想通貨から暗号資産への呼称変更は、(様々な意見があることは認識していますが)妥当なものと筆者は考えます。

 

なお、政府が制度等の名称・呼称を変更する際には、真の目的を隠す、もしくは国民の目線を反らすことを目的とすることもあります。

たとえば、以下はその例と言えるでしょう。

  • ホワイトカラーエグゼンプション→高度プロフェッショナル
  • 後期高齢者医療制度→長寿医療制度
  • 共謀罪→テロ等組織犯罪準備罪
  • 日米FTA→TAG(日米物品貿易協定)

今回の仮想通貨から暗号資産への呼称変更は、このような観点での変更ではないと筆者は考えています。裏で何らかの目的がある訳ではなく、あくまで国際的に使用されている用語へ変えるだけであるためです。実際問題として仮想通貨は通貨として機能しておらず、今後もその可能性は少ないと考えています。