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敵対的TOBは悪く無いが、伊藤忠のデサントへのTOBは少数株主軽視

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伊藤忠商事(以下伊藤忠)によるスポーツ用品大手のデサントに対する株式公開買付(TOB=take-over bid)が成立しました。

伊藤忠はデサントの40%の議決権を確保し、経営陣の体制変更を求めるものと見られています。この伊藤忠によるTOBは、日本で敵対的TOBが成立した初の例となったようです。

様々な報道がなされましたが、この伊藤忠によるデサントへのTOBについて問題点を考察してみたいと思います。

 

報道内容

まずは伊藤忠によるデサントへのTOBについて大枠を確認しましょう。以下で日経新聞の記事を引用します。

伊藤忠、デサント株40%確保 TOB終了
2019/03/14 日経新聞  
 伊藤忠商事によるスポーツ用品大手デサントへのTOB(株式公開買い付け)が14日、終了した。目標の721万株に対し倍近くの応募があったとみられ、相手の合意なしで行う敵対的TOBとして日本の主要企業同士で初の成立例となったもよう。伊藤忠は一段と増した資本の力をテコにデサントに経営体制刷新を求める。デサント内でも社長交代は不可避との見方が広がりだした。
 伊藤忠はTOBの具体的な結果を15日午後に公表する予定。TOB価格(2800円)は直前の株価の5割高と通常2~3割の上乗せ幅より厚く成立は確実視されていたが、関係者によると応募数は倍近くに上ったという。
 伊藤忠はデサント株の約3割を持つ筆頭株主だが保有比率は4割に高まった。まず手にしたのが「3分の1超」というM&A(合併・買収)など重要事項への株主総会での拒否権だ。加えて過半がハードルとなる役員選任案にも王手をかけた。
 総会への出席率を勘案すると、役員選任に関する普通決議に必要な票数は45%超に下がる。確保した40%に加え、他の株主からの5%超の協力で可決が可能になる。既に約7%を実質保有する中国のスポーツメーカー、安踏体育用品(ANTA)が支持を表明している。
 焦点はデサントの石本雅敏社長の進退に移る。両社はTOB開始後、計4回にわたり取締役会の構成を巡って水面下で交渉を続けた。
 現在の役員構成は社外取締役2人、伊藤忠出身2人、デサントプロパー6人の計10人。自社出身者の比率を増やしたい「伊藤忠案」と伊藤忠の影響を薄めるために社外取を増やしたい「デサント案」の綱引きだった。
 一時は石本社長が退任し、伊藤忠の繊維事業トップ、小関秀一専務執行役員が社長に就任する「折衷案」で折り合ったという。ところが、デサントが持ち帰った後「社外取をもう1人増やすべき」との意見が強まり合意が流れた経緯がある。
 一度は石本社長自らが退任を容認しただけに、今後の議論はこの「幻の合意案」が下敷きとなる。あるデサント幹部は「トップが誰かはそれほど問題ではない」といい、社内の空気も退任に傾いているという。
 両社の対立が続く間、置き去りになったのが成長戦略だ。そもそも伊藤忠はなぜデサントに固執するのか。
 年間で5000億円の純利益を稼ぐ伊藤忠のなかで、繊維部門の利益は300億円程度でうちデサントの貢献は二十数億円。数字上、必ずしも欠かせない存在ではないが、繊維は伊藤忠の祖業であり岡藤正広会長兼最高経営責任者(CEO)の出身母体でもある。
 縮小傾向の国内アパレル市場にあって数少ない有望分野が、デサントが得意なスポーツ要素を街着に取り入れる「アスレジャー」だ。高級ダウン「水沢ダウン」も大ヒットになった。
 アジアでは2020年の東京、22年の北京と五輪が続き、関連需要拡大が見込まれる事情もある。伊藤忠はデサントの中国事業展開に「スピード感が遅い」と不満を募らせており、22年に向けてウインタースポーツウエアの拡販体制を築くには「今がギリギリ」との見方も背中を押した。
 その障害がデサント取締役会の意思決定過程にあるとみており、社外取の増員には、「一段と経営のスピードが鈍りかねない」と否定的だ。
 伊藤忠は今後、臨時株主総会の開催を要求し、新たな役員選任に関する株主提案を出すことも視野に入れる。取締役会刷新の実現性は高い半面、デサントの国内従業員の9割弱、1040人はTOBに反対署名をした。
 「経営陣は替えても会社そのものを変えるわけではない」(伊藤忠幹部)――。従業員の理解を得るには、新経営陣による確かな成長戦略の提示が欠かせない。

以上が今回のTOBに至る背景とその結果というところです。

 

論点

この伊藤忠によるデサントに対するTOBは様々な報道等のされ方をしました。敵対的TOBに反発を感じる個人も多いでしょう。

しかし、伊藤忠が敵対的TOBを行うことは「悪い」ことなのでしょうか。 

上場企業は「誰でも株式を買える」ように上場しているのです。上場企業は株主を選べません。だからこそ上場企業なのです。これこそが原理原則です。

今回のように、伊藤忠のような企業や、アクティビスト(例:村上ファンド)からの厳しい主張・提案を上場企業が受けたくないのであれば、割高な企業になるか、非上場かするしかないのです。少なくとも、割高な企業の株式をアクティビストは購入しません。隙のある割安な企業の株式を購入するのです。

これは厳然たる事実です。上場企業は、広く資金を集めるために上場した代わりに、厳しい株主からの主張にもさらされるのです。

従って、敵対的TOB自体を否定することは、基本的には株式市場という仕組みそのものを否定していることと同義だと筆者は考えています。

一方で、伊藤忠のTOB価格については議論があるかもしれません。筆者はTOBの価格については、基本的に経営陣の裁量の範囲内だとは思いますが、TOB表明前のデサント株価に対して50%のプレミアムを乗せたことについては妥当性が問われかねないとも考えています。

原理原則として投資は割安のものを買わなければ利益が出ません。中国事業を強化すればデサントの株価はまだまだ上昇が可能だというのが、伊藤忠側の理屈でしょう。しかし、おそらくプレミアムは2~3割だったとしてもTOBは成立したのではないでしょうか。

デサントの現在(2019/3/15)のPERは30倍弱、PBRは2.4倍程度となっており買付価格は少なくとも割安とは言えません。

そもそも伊藤忠の祖業が繊維だというような報道が出ることには違和感を覚えます。祖業だから無駄な投資をしても良いとはなりません。

このTOBは伊藤忠が絶対に成立させるという強い意地を示したということでしょう。会社もしくは経営トップの沽券に関わるということなのです。だからこそ、経済的な論理を超えたような買付価格になったのだと筆者は予想しています。これが株主から経営を請け負う取締役会として正しい判断か、本質的には議論が分かれるのでしょう。

しかし、このTOBでは買付価格以上に問題となることがあります。

それは、伊藤忠の目指した議決権比率「40%」です。

すなわち過半数を握る訳でもなく、(おそらく)連結子会社化しないのです。しかし、株主総会での議決権行使率(9割と報道されています)や賛成株主を考えると実質的にほ過半数を押さえているとも言えそうです。これはまさに親子上場の問題であり、少数株主の保護を考えるべき問題です。

 

親子上場問題と所見

親子上場とは、親会社と子会社の双方が株式を上場していることです。子会社には親会社以外にも株主が存在することになります。

この親子上場については、様々な問題が指摘されています。特に、親子上場のデメリットは、子会社側の株主に存在します。このデメリットについては、東京証券取引所の考えが参考となります。以下は資料からの抜粋になります。

【親子上場一般について】
  • 親子上場を認めていない取引所は、国際的にみても皆無。
  • 欧州・アジアでは盛んに行われており、米国・英国ではスピンオフの前段階として行われることが一般的。東証では、現在322件の親子上場が存在。(筆者註:2014時点)
  • 親子上場は、親会社にも子会社にも少数株主が存在することとなり、少数株主間での利益相反が避けられないため、上場時(上場審査時)には以下のとおり対応。
  • 〈子会社の少数株主保護〉子会社は、支配権を持つ親会社によって不当に利益を搾取されるおそれがあるため、子会社の親会社からの独立性を確認。
  • 〈親会社の少数株主保護〉親会社は、日常的な監視が行き届かない子会社の不祥事等により、不利益を被るおそれがあるため、企業集団としての内部管理体制が適切に機能していることを確認。
  • 上場後は、株主の監視による未然防止を目的として、開示や内部統制に関する制度を整備。
【中核的な子会社の上場について】
  • 上場している親会社が、グループ内の中核的な子会社を上場させる場合、その状況によっては、①証券市場にとって新しい投資物件といえず、②親会社が子会社を上場させて新規公開に伴う利得を二重に得るような結果となるおそれあり。
  • 「中核的な子会社」の上場については、各企業グループ、子会社の事業の特性、事業規模、過去の業績の状況、将来の収益見通し等を総合的に勘案しながら慎重に判断。
  • 典型的には、親会社の上場後に子会社を設立して、親会社の中核的な事業を移転し、子会社を新たな投資物件のように装うような、詐欺的なケースを想定。
(出典 東京証券取引所への上場について/平成26年4月24日)

このように東証は表明しています。

親子上場の子会社では親会社以外の少数株主が保護されない懸念が高く、株主の平等に反するという問題点を指摘しているのです。

親会社の利益を優先させ、子会社の少数株主の利益を損なうことがあるならば、誰でも株式を購入可能であり不特定多数の少数株主が存在するであろう上場企業としては問題でしょう。

ただし、東証としては、親子上場が日本独自のものではなく、法制度上は親子上場を禁止している国はないことから、親子上場を禁止・規制することは適切ではないとしています。

その代わり、親子上場には利益相反や少数株主保護といったコーポレートガバナンス上の問題が生じやすいという懸念があるため、上場審査の際には、親会社からの独立性や内部管理体制を確認するとしています。

株式市場の原理原則に従うならば、親子上場は都合の良過ぎるやり方です。子会社を上場させるならば、経営権は手放すべきです。株主は平等でなければなりません。上場しながら、一般株主からの圧力を感じなくて済むならば、本末転倒です。それならば上場してはいけないのです。

同様に、今回の伊藤忠とデサントのケースでは、40%という中途半端な議決権を取得しながら、実質的に伊藤忠がデサントを支配しようとするものです。

デサントの取締役会は伊藤忠が実質的に支配し、それに伴ってデサントにとっては不利益となり伊藤忠にとっては利益となるような取引を強要されることになるかもしれません。例えば、デサントが企画・販売する商品を「割高な伊藤忠関連企業で生産し」「割高な伊藤忠関連企業で運ぶ」ことを求められることもある訳です(あくまで可能性です)。この場合、大株主の伊藤忠にとっては良い取引でも、残り60%のデサント株主にとっては伊藤忠の利益は自分達の不利益となります。

これは親子上場問題と何ら違いがありません。大株主(この場合は伊藤忠)と少数株主(残り60%のデサント株主)には利益相反があるのです。

今回のTOBは、わずか10%弱の株式を追加取得することにより、企業を実質的に支配し、ひいては親子上場の問題ともなりかねないというものです。

本質的には、伊藤忠がデサントの経営権を取得したかった(言うことを聞かせたかった)のであれば、伊藤忠はデサント株式の100%取得を目指すべきなのです。

この点で、伊藤忠のデサントへのTOBは少数株主軽視であり、問題をはらんだものと筆者は考えているのです。