銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

銀行への仮想通貨保有規制案は「銀行に仮想通貨を保有するな」と言っているに等しい

f:id:naoto0211:20210623112132j:plain

バーゼル銀行監督委員会(バーゼル委員会、Basle Committee on Banking Supervision(BCBS))が、銀行によるビットコインなどの仮想通貨(暗号資産)の保有を規制する案を公表しました。

規制案が発表された際には、仮想通貨が一時的に上昇したと報道されました。銀行が仮想通貨を保有できるようになったと認識されたためです。

しかし、この規制は、保有する仮想通貨の額に対して資本の積み上げを求めるものです。この規制が導入された場合には、少なくとも銀行は仮想通貨への投資・保有を行うことは難しいと筆者は考えます。

今回は、このバーゼル委員会の公表した規制案について簡単に見ていくことにしたいと思います。

 

規制案の概要

まず、バーゼル委員会が公表した規制案の概要を確認します。

以下は、同委員会が2021年6月に公表した文書の抜粋です。

f:id:naoto0211:20210623113141j:plain

(出所 Basel Committee on Banking Supervision「Prudential treatment of cryptoasset exposures」)

この規制案では、仮想通貨(CryptoAssets)を2つのグループに分けています。

1番目のグループは、伝統的資産をトークン化した仮想通貨と、法定通貨などを価値の裏付けとして発行するステーブルコインと呼ばれる仮想通貨のようなグループです。

2番目のグループは、それ以外の仮想通貨であり、ビットコインはこの2番目のグループに入ります。単純化すれば、何らかの価値の裏付けがない(仮想通貨のみの価値となる)仮想通貨がこの2番目のグループに入ります。

尚、この図では中央銀行が発行するデジタル通貨についての記載もありますが、中央銀行デジタル通貨(CBDC)は規制の対象外です。

ここでポイントになるのは、2番目のグループに位置する仮想通貨を銀行が保有する時に要求されるリスクウェイトが1250%であるということです。

 

1250%のリスクウェイトとは

リスクウェイトとは、簡単に言えば、銀行の健全性を表す自己資本比率を計算する際に使う資産の計算に用いる指標です。言葉を換えれば、銀行の総資産を算出する場合に、保有する資産の種類ごとに危険度を表す指標となります。

銀行の自己資本比率は総資産を分母に、自己資本を分子にして算出しますが、この総資産の算出では、資産を単純合計しません。資産については、リスクの度合いで加重平均して総資産を求めます。

例えば、邦銀だと日本国債や現金(日本銀行券)はリスクウェイトを0%とします。すなわち、日本国債や現金はいくら持っていても規制されることはありません。一方で、企業や外国向けの債権は、保有額にリスクウェイトという掛け目を用いて資産額を算出していきます。例えば、貸出債権は100%で資産として計算するということです。

では、資産の裏付けがないようなビットコインではどうかといえば、これが1250%のリスクウェイトにしたいという規制案になっています。

例えば、1億円の仮想通貨を銀行が保有していたら、自己資本比率の計算上は、1億円×1250%=12.5億円の資産を計算上は保有しているとみなすということなのです。

銀行は概ね8%以上の自己資本比率を国際的に要求されています(今回は議論を分かりやすくするために簡易的に8%としています)。

例えば、自己資本が8億円ある銀行があるとします。貸出債権がリスクウェイト100%だとすると、自己資本比率8%を遵守するためには、自己資本8億円÷(貸出債権100億円×100%)=8%ですので、貸出債権を100億円まで保有することができます。

一方で、仮想通貨の場合は、リスクウェイトが1250%ですので、自己資本8億円÷(仮想通貨8億円×1250%)=8%となります。すなわち、仮想通貨だと8億円までしか銀行は保有できません。

これは何を意味するでしょうか。

簡単に言えば、銀行は仮想通貨(上記のグループ2)を保有したいのであれば、同額の自己資本を用意しておかなければならないということです。言葉を換えるならば、仮想通貨(グループ2)を保有すると、自己資本から仮想通貨保有額を控除していることと同義だということです。

これがリスクウェイト1250%の意味です。

 

バーゼルⅢ規制におけるリスクウェイト

バーゼルⅢとは、国際的に事業を展開する金融機関に対して、金融危機を防ぐ目的で自己資本の強化に努めるように策定された規制です。2023年3月期から、国内におけるバーゼルⅢの最終化が適用される見込みとなっています。

このバーゼルⅢにおけるリスクウェイトは以下のようになります(標準的手法)。

  • 事業法人向け債権=20~150%(無格付の場合、中堅中小企業は85%、それ以外は 100%)
  • リーテル(中小企業・個人)向け債権=75%(例外あり)
  • 株式=250%(投機的な非上場株式=400%)
  • 不動産担保債権(居住用)=20~70%

これらのリスクウェイトと比べると仮想通貨(グループ2)の1250%というのは、保有自体を禁じる、もしくは保有することに罰則を科す、というレベルに近いと言えます。

銀行はビジネスモデルとして、預金を受け入れ、それを貸出に回したり、債券に投資したりします。全ての業務を自己資本の範囲内で行う訳ではありません。仮想通貨の場合、保有する資産と同額の自己資本を要求されるということは、本当の余剰資金(資本)で保有をしなければならないということです。すなわち、自己資本に見合うだけの利益を仮想通貨で上げられるかということになり、そうでなければ仮想通貨を保有するインセンティブは銀行に発生しないでしょう。

自己資本に見合うだけの利益という観点では、例えばROE8%を目指している銀行があるのであれば、仮想通貨が税引後年率8%の収益(税引前だったら利益率は2ケタ必要)が見込めると判断出来るか否かです。仮想通貨は基本的には配当や金利を生みません。値上がりだけで継続して高い収益率が見込めるのかについては何とも言えないでしょう。

 

所見

以上、銀行への仮想通貨保有規制案について簡単に確認してきました。

かなり簡略化してご説明していますが、バーゼルⅢという規制は、本来はもう少し複雑です。分かりやすさを重視していますので、少し正確性(枝葉が多いので)を犠牲した点についてはご容赦頂ければと思います。

銀行を規制していく当局からすると、ビットコインが代表する仮想通貨は、価格変動が大きすぎ、銀行が保有する資産としては適正ではないと考えているのでしょう。リスクウェイトの規制では、まさに懲罰的水準となっています。

エルサルバドルが法定通貨をビットコインにするという計画もあり、仮想通貨はこれからも存在感を増していく可能性はあります。但し、現時点では、仮想「通貨」という呼び名の割には、まだまだ法定通貨の代わりになるには遠いということです。