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銀行口座の入出金情報を活用した企業の信用力評価研究事例

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日本銀行とりそな銀行が銀行口座の入出金情報を活用した企業等の信用リスクを評価する共同研究(「入出金情報を用いた信用リスク評価」)の結果を発表しました。
ビッグデータ、機械学習、AI等を活用したファイナンスの研究は銀行のみならずフィンテック企業を含めて様々な組織で行われています。
その中で銀行が持ち得る強みである口座の入出金情報を活用した研究というのは、他の銀行にとっても参考となるものです。
今回はこの日本銀行とりそな銀行の共同研究について見ていきましょう。

 

研究の背景

今回の共同研究の背景は以下のように説明されています。以下日本銀行の公表資料を引用します。
(出所 日本銀行/2018年2月15日公表「入出金情報を用いた信用リスク評価」)

実務では、与信先の信用力の変化を察知するなどの目的で、RM(渉外担当)が経験則に基づき、担当先の預金口座の残高や入出金の動きなどを目で見て評価することが行われてきた。
しかし、与信ポートフォリオ全体の信用評価に口座情報を用いるためには、情報量の多さのため、モデルやシステムなどによる評価が必要となる。
足元では、金融機関におけるデータ整備やコンピュータ性能の向上等により、大量の情報・データを処理・分析できる環境が整いつつある。
そこで、本研究では、入出金情報を用いた与信ポートフォリオ管理において、「AI(機械学習)による適切な信用評価が可能か」という分析を通じたAI活用の検証を行った。

 

【本研究の問題意識】
①中堅中小企業の信用力変化の予兆(※)指標創出
大企業を中心とした上場企業には、株価など参照する予兆指標が存在し、リスク管理のモニタリングに活用されている。
一方、中堅中小企業には上記のような広く使われる予兆指標が存在せず、リスク管理の高度化余地がある。
また、多くの金融機関では、大企業を中心として大きな与信を実行している先には、ヒアリング等を通じ、できるだけ早期に信用力変化を捕捉しようというインセンティブが働く。
一方、与信額の小さな中堅中小企業に対し、担当者がヒアリング等を頻繁に行い信用力変化を捕捉することは高コスト。
⇒ 中堅中小企業に対する予兆指標を創出し、モニタリングへの活用を行いたい。
(※)本分析では、「デフォルト発生の数か月前の時点でデフォルト発生を正しく予測できること」と定義。

②財務以外の情報を用いた信用リスク評価
(ア)財務データ(情報)の信頼性
中堅中小企業においては、会計知識が十分でない担当者(経営者)が作成した計数であったり、場合によっては改竄された計数の可能性もあり、財務データの信頼性が十分でない(信用評価に十分でない)場合がある。
(イ)即時性
決算は1年あるいは四半期に一度などの頻度で更新され、タイムリーな信用力評価の観点では、タイムラグを含んでいる場合がある。
⇒ 財務以外の情報をもとに、中堅中小企業の予兆指標を創出できないか?

 

【研究の目指すもの】
当問題意識から、以下の要件を満たす予兆指標の算出を目指したい。
A) 株価等のマーケットの情報でなく、(非上場の)中堅中小企業でも算出可能な指標であること
B) 計数に作成者の知見や意図が入り込む余地がなるべく少ない指標であること
C) タイムリーに算出可能な指標であること
上記要件を満たす指標として、預金口座の入出金データをもとにした信用評価指標の創出を企図する。

以上がこの研究の背景です。非常にまとまっていて参考となると思います。

 

分析結果

では、この研究の分析結果はどうだったでしょうか。以下で見ていきましょう。こちらも資料を引用します。

1.入出金情報を用いた信用評価の分析結果
機械学習モデルを用いた結果、いずれのデフォルト観測期間においてもAR値(※)が0.7以上と、予兆管理指標として十分に活用可能な水準。

(※筆者註 accuracy ratio=信用スコアリングモデルの序列性能(悪い先をより悪く、良い先をより良く評価する能力)を評価する際に最も基本となる統計量。理想的なモデル(パーフェクトモデル)を1、良い先と悪い先を全く区別できないモデル(ランダムモデル)を0として、当該モデルがどの程度の能力を有しているのかを表す。)

ロジットモデルは(精度向上の余地があるものの)機械学習モデル対比で相応の差が確認された。
ロジットモデルは、モデル精度は機械学習対比で低いが、AR値の水準自体が低いものではない(AR値0.65以上)。
運用面(モデル理解のしやすさ、指標の感応度などが分かりやすい)を勘案すると、ロジットモデルを採用・使用する、という判断も考えられる。

2.メイン・非メイン別の精度比較結果
メイン取引を行っている債務者は、非メイン対比でデフォルト予測精度が高い結果。
メイン取引先は、入出金情報の多くを捕捉可能なため、デフォルト予測精度が高いと考えられる。
但し、非メイン取引先においても相応の予測精度を確保している。
費用対効果の面から、非メインの取引先に対してRMが電話・訪問等を行うモニタリングはコスト高。
本予兆指標をモニタリングすることで、RMが担当先に電話・訪問等を行わずとも予兆管理が可能であるとすると、モニタリング効率化の観点から、非メイン先に対する予兆管理指標としても重要と考えられる。

3.財務スコアリング計数の併用結果
財務スコアをモデルの指標に採用した場合、AR値が約0.1上昇。0.8台後半の水準と極めて高い予測精度を実現。
入出金情報のみでも予測精度として十分な水準(AR値0.7強)だが、財務情報を加えることにより、 即時性と予測精度の両面を有する予兆管理指標となり得る。
中堅中小企業の財務情報は年に一度の更新であることが多く、信用力の変動をよりタイムリーに把握するためには、入出金情報を用いたモニタリングが有効と考えられる。

 

所見

以上の研究結果のように口座の入出金情報と財務指標(決算データ)を合わせた分析は債務者の信用力を図る指標としては効果がありそうです。

しかし、この結果自体は「当たり前」かもしれません。

銀行口座の入出金をきちんと分析できたならば、商売が儲かっているのか、資金繰りは苦しくないのかがわかるはずです。

商売は現金が残って初めて成り立ちます。

会計制度は複雑になりましたが、最も原初的な会計は現金主義です。売上の入金があったときに初めて売上を認識し、設備の購入金額を払ったときに全額を費用計上する、それが最も分かりやすく、テクニックを必要とはしないのです。

現在の会計制度は発生主義が採用されていますので、売上の認識とキャッシュの入金時期は異なることが多いでしょう。これは、投資家や税務署から見た場合に、数期間を比較して企業が儲かっているかを判断するための会計制度だからです。

すべての費用及び収益は、その支出及び収入に基づいて計上し、その発生した期間に正しく割当てられるように処理しなければならない。ただし、未実現収益は、原則として、当期の損益計算に計上してはならない。

前払費用及び前受収益は、これを当期の損益計算から除去し、未払費用及び未収収益は、当期の損益計算に計上しなければならない。

(出所 厚生労働省ホームページ)

例えば、ドライバー一名の配送企業があるとします。この企業が設備投資、すなわちトラックを購入するのは数年に一回程度です。トラックを購入したときには大きな赤字となり、それ以外の期間では黒字となるのでは企業の評価もしづらく、税金も安定して徴収できなくなってしまうでしょう。

それを減価償却費という概念を採り入れることにより、複数の決算期を比較出来るようにしたのです。

会計という考え方は一面では企業の評価をやり易くするものであり、一面では理解をしづらくさせます。

根本的には、キャッシュが残っている限り、企業も個人も破綻しません。入出金情報は原初的なキャッシュフロー計算書であり損益計算書なのです。

したがって、口座の入出金情報が企業の信用評価に有効であることは「当たり前」と言えるのです。

今まで活かしきれていなかった口座の入出金データは様々な予兆管理のデータとしてこれからは役に立つということです。

銀行の強みは口座の入出金情報というビッグデータとなる日も来るかもしれません。そうなると、現在はどちらかというと力の入っていない預金口座獲得、預金集めのような競争が銀行間に発生するかもしれません。

今回の共同研究が実務に活かされ、銀行が中小企業等をより正しく判断が出来ることを期待します。