銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

人材派遣健康保険組合の解散~他人事ではない重要な問題~

f:id:naoto0211:20180924084735j:plain

人材派遣会社の従業員や家族が加入する健康保険組合が解散することを決めました。

この人材派遣健康保険組合は国内2位の規模となる健康保険組合です。

近時、健康保険組合の解散が相次いでいます。

今回は人材派遣健康保険組合の解散の背景について考察していきましょう。

 

報道内容

まずは、新聞報道から引用をしましょう。以下は読売新聞からの引用です。

人材派遣健保が解散へ、50万人協会けんぽ移行

2018年09月22日 読売新聞

 人材派遣会社の従業員や家族が加入する「人材派遣健康保険組合」は21日、組合会を開き、今年度末で解散することを決めた。約50万人の加入者は、中小企業向けの全国健康保険協会(協会けんぽ)に移行することになる。

 加入者の高齢化に伴って医療費が増加し、高齢者の医療費を支える拠出金も増えて耐えきれなくなったことが、解散の主な要因とみられる。人材派遣健保の健康保険料率は9・7%で、この10年間で2ポイント上昇していた。
 協会けんぽによると、同協会が発足した2008年以降、加入者の移行では最大規模となる。全国の生活協同組合の従業員らが加入する「日生協健康保険組合」(約16万人)も、今年度末で解散することを7月に決めた。厚生労働省によると、両健保の解散と加入者の移行に伴い、国から協会けんぽへの補助金は120億円程度増えるとみられる。

 この記事では加入者の高齢化に伴う医療費増加および高齢者の医療費を支える拠出金負担に耐え切れなくなったとされています。少し前には生活協同組合の従業員が加入する健康保険組合も解散を決めており、国の負担が増えるとされています。

 

人材派遣健康保険組合解散の背景

なぜ人材派遣健康保険組合は解散に至ったのでしょうか。医療費や拠出金の負担に耐え切れなくなったとされていますが、具体的にはどのような状況なのでしょうか。

以下で、人材派遣健康保険組合の財政状況を確認してみましょう。

【平成29年度】

<基礎情報>

加入者数:423,155人

1人当たり年間報酬額: 2,910,420円

保険料率:9.6%(労使折半)

<収入>

健康保険料収入:1,161億円

高額な医療に係る交付金:10億

国からの補助金など:4億円

収入合計(繰入金等を除く):1,175億円

<支出>

加入者の医療費:594億円(支出全体の52%)

国へ納める納付金:497億円(支出全体の44%)

加入者の健康診断等:27億円

相互扶助のための拠出金:16億円

事務費・その他:7億円

支出合計:1,141億円

(出典:当該健保組合ホームページ)

http://www.haken-kenpo.com/member/info/files/kessan_h29.pdf

以上の数字を見れば分かるように、人材派遣健康保険組合の収入1,175億円は、その半分が加入者の医療費に使われています。しかし、残りの大半は国への納付金に使われているのです。

「健康保険組合の財政が厳しい。そのため保険料率を上げる。」と聞くことはあると思いますが、その理由は漠然としたイメージでしかない読者も多いでしょう。

人材派遣健康保険組合が解散に至った理由は単純です。加入者の医療費だけであれば耐えられたものの(収入の半分「しか」支出がないため)、国への納付金負担に耐えられなくなったのです。

この健康保険組合は平成28年度には9.24%→9.6%へ保険料率を引き上げ、平成30年度にはさらに9.7%まで引き上げていました。

同健保の年度予算は以下の通りとなっており、緩やかな保険料率引き上げではすぐに限界が来ることが分かります。

<平成30年度予算(抜粋)>

  • 加入者の医療費 645億円(前年度比+8.6%)
  • 国へ納める納付金 533億円(前年度比+7.2%)

人材派遣健康保険組合は解散し、「協会けんぽ」に移行します。

この協会けんぽの保険料率は約10%です。すなわち、保険料率(当該健保の場合は9.7%)が10%を超えるようになれば、自前で健康保険組合を運営していく意義はかなり薄れます。自分たちの健康保険組合を解散し、国が面倒を見てくれる健康保険組合に移行した方が企業も加入者個人も金銭的メリットが出るからです。

これが、人材派遣健康保険組合の解散の理由であり、他の健康保険組合が赤字となり解散を検討している要因です。

 

所見

現在の健康保険組合全体の状況はどのようになっているのでしょうか。

以下、健康保険組合連合会のホームページに記載されている内容が分かりやすいでしょう。

2008年度の高齢者の医療費を支えるしくみを見直してから、健保組合の財政は急速に悪化しました。その原因として、後期高齢者医療制度への支援金に加え、前期高齢者納付金の拠出による保険料収入の半分近くを占める過重な負担などがあげられます。13年度の健保組合の決算の経常収支では、全体の7割の組合が赤字を計上、赤字総額は約2,500億円となりました。

健保組合では、積立金を取り崩したり保険料を引き上げたりしてなんとか運営していますが、すでに限界を超えており、健保組合制度の存続にかかわる深刻な問題となっています。

f:id:naoto0211:20180924144234g:plain

(出典:健康保険組合連合会ホームページ)

上述の通り、2008年に75歳以上の高齢者を対象にした「後期高齢者医療制度」が導入されました。その医療費は、税金(国:県:市長村=4:1:1)約5割、現役世代(健康保険組合・協会けんぽ・公務員共済・国民健康保険の被保険者)の保険料約4割、75歳以上の高齢者の保険料約1割でまかなわれています。この現役世代が拠出する後期高齢者医療制度の保険料が「後期高齢者支援金」とされ、健康保険組合の財政を圧迫しています。 

国の医療費は増加が続き、現役世代への負担が重くなることはあっても軽くなることはないでしょう。

f:id:naoto0211:20180924144811g:plain

(上図出典:健康保険組合連合会ホームページ)

健康保険組合へ支援を求める現行のやり方はすでに限界が見えていますが、それに代わる制度も現時点では存在しません。今後の課題と言えるでしょう。

銀行員にとって、以前の健康保険組合は「良いお客様」でした。豊富な資金があったため、定期預金等の大口顧客だったのです。デリバティブ定期預金で大量に運用していた健康保険組合もありました。

しかし、現在の健康保険組合は資金の取り崩しばかりが発生しており、いつ何時でも解散となっておかしくない状況にあります。最早、期限前に解約できないような流動性の乏しい運用商品での運用は難しいでしょう。

健康保険組合の動向は、いわゆるサラリーマン(会社勤めの従業員)にとって非常に重要です。そして、自社で健康保険組合を持っている企業に勤めている従業員にとっては、特に今後大きな影響が出てくる可能性があります。自社の健康保険組合が解散する可能性があるからです。

人材派遣健康保険組合の解散のニュースは他人事ではありません。我が事なのです。