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地銀の私募投信への投資傾斜は粉飾に近いという問題

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日経新聞に地方銀行(地銀)が私募投信への投資を積極化させているとの記事が掲載されました。

確かに地銀の私募投信での運用は問題を内包しています。

今回はなぜ地銀が私募投信での運用を行うのか、その背景・問題点を考察します。

(当該記事は筆者の過去の記事を一部引用しています)

 

報道内容

まずは、概要を把握するため、日経新聞の記事を引用します。

地銀、私募投信の購入傾斜
2018/09/06 日経新聞

 地方銀行が私募型の投資信託に傾斜している。国内債では十分な利回りが得られず、私募投信の購入を通じて国内外の株式や外国債券への配分を増やす構図だ。私募投信は、配当や売却益を本業のもうけに計上できる特性がある。地銀は低金利時代に合わせた運用の多様化と主張するが、その急膨張ぶりに金融当局はリスク管理の面などから懸念を強めている。
 私募投信を巡る地銀の存在感は突出している。日銀のまとめによると、2月時点の金融機関の投信保有残高は約20兆円。このうち地銀が10.5兆円と最大で、メガバンク(5.3兆円)の2倍の規模になった。とりわけ2014年に日銀が量的・質的金融緩和を拡大してからの伸びが著しい。14年末に比べ地銀の残高は2.2倍、伸び率でメガバンク(6割増)を大きく上回る。その大半が私募投信とみられる。
(中略)
 ある関東の地銀幹部は「私募投信以外に残高を積めるところがない」と打ち明ける。昨年好調だった日本株は上値が重く、投資しづらい。金利上昇(債券価格は下落)懸念が高まるなかで、外債への直接運用には金融庁が厳しい視線を送る。
(中略)
 私募投信の運用を拡大する金融機関側には、もう一つの大きな動機がある。株や債券の直接保有では得られない会計上のメリットだ。
 私募投信は会計上、「その他有価証券」に分類されることが多い。期中の価格変動で含み損益が発生しても決算時の損益に計上する必要はない。一方で投信を持つことで得られる毎期の分配金や、投信の売却益は本業のもうけである「コア業務純益」に計上できる。
 大手地銀の幹部は「決算の見栄えを良くするためにも私募投信は使い勝手がいい」と本音を吐露する。マネックス証券の大槻奈那氏も私募投信の膨張は、「本業のもうけをよく見せる」動機が大きいと話す。貸し出しの利ざやが低迷する中で、本業の収益を支える役割を担っているという見立てだ。
(以下略)

これが、報道されている内容です。

では、以下でもう少し詳しく見ていきましょう。

 

私募投信とは

ではそもそも私募投信(正式名称は私募投資信託)とは、どのようなものでしょうか。

投資信託は募集の方法により「公募投資信託」と「私募投資信託」に分類されます。

「私募投資信託」は、50人未満の投資家、もしくは適格機関投資家を対象としている投資信託のことを指します。よって、個人で購入する投信はほぼ間違いなく公募投信です。

私募投資信託は投資家が限定されているため、自由な運用が可能ですし、運用会社は公募投信で法令上必要な様々な書類の作成義務を免れます。また、公募投資信託と比較して解約を制限していることが多いため、流動性の低い資産に投資する等の運用を行うことができます。

一般社団法人 投資信託協会が公表している私募投信の資産額推移をみると以下の通りとなります。

  • 私募投信が解禁された1999年は純資産総額が1兆5,441億円
  • 5年経過した2004年には15兆5,963億円と10倍の規模に成長
  • リーマンショック前の2007年には36兆0,307億円へと急成長
  • 2008年には25兆5,558億円へとリーマンショックの影響を受け急減
  • 2012年に31兆8,185億円あたりから急激に資金流入
  • 2013年に40兆4,131億円
  • 2014年に46兆8,707億円
  • 2015年に61兆9,738億円
  • 2016年に74兆0,843億円
  • そして2018年3月末時点では、89兆7,400億円

以上の通り、私募投信には凄まじい勢いで資金が流入しているのが分かります。

そして、私募投信の内訳では株式投信が大半をしめています。

私募投信のうち株式投信の残高は、2012年=約31兆円→2016年=約70兆円→2018年3月末=84兆円となっています。

この増加分については金融機関が購入している可能性が高いでしょう。

そもそも私募投信は「プロ」向けの商品です。

加えて、日本銀行は2018年度の考査方針で、地銀を含む金融機関は収益力の強化に向けてミドルリスク先(貸倒リスクが比較的高い代わりに金利を高く適用できる先)向け貸出、リスクの複雑な外国証券・投資信託への投資等を積極化させていると述べています。

冒頭の報道にある通り、金融機関、特に地銀が私募投信への投資を積極化させているものと思われます。

では、なぜ銀行は私募投信への投資を増やしているのでしょうか。

この理由は、まず低コストであることが挙げられます。私募投信はいわゆる書類作成等の手間が省けているからです。

また、オーダーメードに近い特徴的な運用が可能であることも私募投信が投資を集める理由です。

加えて、特に外国株式・債券で運用するタイプの私募投信は、投資家の事務のアウトソースの面でメリットがあります。

直接に外国株式・債券に投資をすると、国内から海外への送金、両替、税務申告等の事務が発生しますが、私募投信であればそのような事務は信託銀行が代わりに対応してくれます。

最後に、筆者は最も大きな要因だと考えていますが、私募投信は銀行にとって会計上のメリットがあるということです。

以下でこの会計上のメリットについて詳しくみていきましょう。

 

私募投信の会計上のメリット

投資信託といえば銀行が販売している運用商品というイメージの方が一般的です。

ところが上述の通り、銀行も私募投信(投資信託)で運用をしています。

まず、前提として、なぜ銀行が私募投信で資産運用をしているのかをみていくことにしましょう。

日銀の金融システムレポートによれば地銀は2017年8月末時点で約10兆円の投資信託等を保有しています。2012年時点では2兆円強でしたから、5年程度の間に4~5倍になったことがわかります。

なお、メガバンク等の大手行は同じ時期に2倍強といったところですので地銀の投資信託への投資が急増していることが分かります。

では、なぜ地銀は投資信託(私募投信)への投資を行うのでしょうか。

この理由は明確です。

前述の通り、投資信託への投資は銀行にとって会計上のメリットがあるのです。

日本では銀行会計において私募投信(プロ向けの投資信託)は「その他有価証券」に分類されます。

この「その他有価証券」は、単純にいえば、評価(含み)損益を損益計算書には反映しなくて良いのです。

例えば、株式を投資目的で直接保有すれば株価の上下によって生じる時価の変動が、そのまま損益計算書に影響を与えます。ところが私募投信ではそのようなことがないということです。

また、私募投信は売買益(解約益)等を本業の利益である「業務純益」に計上できます。

直接株式に投資している場合は、売買で儲かったとしても臨時損益(株式関係損益)となり、業務純益に通常は計上できません。

そのため、銀行にとってみれば株式を直接保有するよりは、私募投信の形にして同じ株式に投資した方が本業の収益が良いようにみえるのです(もちろん投資がうまくいき利益が発生すればですが)。

これが銀行が投資信託で資産運用を増加させてきた理由なのです。

もちろん、銀行においては取引先企業が借入を増やしてくれて、自行の預金額程度まで貸出残高が積み上がるなら投資信託で運用をする必要はないでしょう。

しかし、現在は金余りの世の中であり、貸出は儲かりません。

そのため投資信託へ頼ってしまうのです。

なお、参考までに全国銀行協会のホームページより銀行の会計で投資信託がどのような科目で取り扱われるのかについて以下お示ししておきます。

<調査要項と勘定科目の説明>

○資金運用収益
・貸出金利息
貸付金利息+手形割引料(電子記録債権に係る受入利息、割引料を含む)。
・有価証券利息配当金
「商品有価証券」及び「有価証券」の利息、配当金、投資信託の期中収益分配金等(解約、償還時の差益を含む)。消費貸借型貸付債券の品貸料を含む。

○その他業務収益
・国債等債券売却益
国債等債券の売却益(証券投資信託の買取請求による差益を含む)、ヘッジ会計により繰延べた債券先物・オプション取引の利益の償却を処理する。
*国債等債券=国債、地方債、社債(旧転換社債および新株予約権付社債を除き、新株予約権行使・分離後の社債を含む)、投資信託受益証券および外国証券のうちこれらに準ずるもの。

出典 全国銀行協会ホームページより一部引用

https://www.zenginkyo.or.jp/abstract/stats/year2-02/account2011-terminal/guidance/

以上の通り、銀行の本業である資金運用収益(もしくはその他業務収益だが、資金運用収益の方が主)に投資信託の解約等の利益が「有価証券利息配当金」という科目で計上されることが分かります。

これは株式を投資対象とする投資信託でも同様です。

有価証券利息配当金ときけば、何となく国債等の債券運用における利息というイメージで受けとるかもしれませんが、この科目に投資信託の解約等投資利益が計上されるというところがポイントです。

銀行経営者の立場で考えてみましょう。

「株式の値上がりによって利益が出ました」といっても株主は評価してくれないでしょう。銀行決算上、本業の利益としては計上されませんし、株式マーケットがたまたま良い時期だったかもしれないからです。

ところが「資金運用収益が増加した」となったら、株主は、貸出等銀行の「本業」で利益をあげたと受けとるでしょう。

すなわち、投資信託への運用は、本業利益が増加したように見せられるのです。

これは「決算を作る」ことに他なりません。

私募投信を使えば、ある程度は決算が作れるのです。

銀行の経営者にとっては非常に都合の良い商品なのです。

では、私募投信という使い勝手の良い投資への傾斜は問題がないのでしょうか。

 

私募投信の増加に懸念点はないのか

一般に投資には「収益性」「安定性」「流動性」の3つの要素・性質があります。

この全てを充足する投資商品は存在せず、各々の投資家が自身のマーケットの見通し、必要な運用利回り、自身の財務状況等を勘案しながら、バランスをとって運用をしていきます。

私募投信は、上記3つの要素のうち、特に流動性を犠牲にした商品です。

公募投信と異なり私募投信には通常解約制限がついています。簡単にはキャッシュ化できないのです。

これは、現物の不動産に投資するか、J-REITに投資するかの違いだと思えばよいでしょう。

J-REITは投資口が上場されているため、毎日、いつでも基本的には売買ができます。一方で現物の不動産はキャッシュ化しようとすると不動産仲介会社に売却を頼み買い主を探さなければなりません。1年間ずっとキャッシュ化できないなんてことも普通にありえるのです。その代わり、J-REITでは運用会社に支払う運用報酬フィーや上場コスト等によって獲得できる収益は現物の不動産に比べて低いのです。流動性を獲得する代わりに収益性を犠牲にしているといえます。

私募投信は流動性を犠牲にする代わりに収益性を狙っていく運用商品です。

マーケットに流動性があり、運用が上手くいっている時は、この運用で良いかもしれません。

しかし、リーマンショック時のように一旦マーケットから流動性がなくなってしまうと簡単にはキャッシュ化できない以上、想定外の損失を被ることもあります。

私募投信のリスクとはこのようなものなのです。

また、私募投信は運用が上手くいっている私募投信のみを解約し、損失が出ている私募投信を解約しないことにより一時的に決算を良く見せることもできます。

例えば、日経平均株価が上昇すると利益が出る私募投信と、日経平均株価が下落すると利益が出る私募投信があったとします。

悪意を持った運用者(=銀行)は両方の私募投信を同額だけ購入します。

そして、日経平均が上昇しようと下落しようと、利益が出ている私募投信だけを売却(解約)するのです。

そうすれば本当は儲かっていない(プラスマイナスゼロ)のに、一時的に本業の利益が出たように見せることができます。

誤解を恐れずに言えば、私募投信はこのように銀行決算を「粉飾」することにも使えます。

これも私募投信の特徴なのです。

 

所見

筆者は銀行、特に地銀が私募投信に投資することをあまり良いとは考えていません。

上述の通り、決算対策に使われる可能性があるからであり、純粋な銀行の収益力を評価出来なくなるからです。

一方で、地銀が貸出先がなく、集まってきた預金の運用に困っているのも事実です。

そのため、地銀含めた銀行に私募投信への投資を禁止するのも問題でしょう。

この場合、どのようにすべきなのでしょうか。

やはり、ポイントは地銀の株式へ投資する株主が分かりやすい仕組みにするべきなのではないでしょうか。

解決策は単純です。

債券および投資信託(特に私募投信)への投資についての会計ルールを変えれば良いのです。

上述の通り、日本では銀行会計において私募投信(プロ向けの投資信託)は「その他有価証券」に分類されます。

この「その他有価証券」は、評価(含み)損益を損益計算書には反映しなくて良いものです。

私募投信は売買益(解約益)等を本業の利益である「業務純益」に計上できます。株式の場合は、売買で儲かったとしても臨時損益(株式関係損益)となり、業務純益に通常は計上できません。

そのため、銀行にとってみれば株式を直接保有するよりは、私募投信の形にして同じ株式に投資した方が本業の収益が良いようにみえるのです。

これは債券投資も同様です。

すなわち、債券も投資信託も常に時価評価を行い、それを銀行の損益計算書に反映することになれば、含み損の先送り、損切りルールもない体制の存続等は許されなくなります。

もちろん、これは暴論と言えるでしょう。今の実務を無視している、銀行の損益状況を分かっていないと批判を受けるかもしれません。

しかし、もしかしたら、銀行は損益計算書(P/L)を中心とした期間損益による経営評価・思考回路から、貸借対照表(B/S)を中心に置いた時価評価を前提とした評価・経営に移行していかなければならない時期にあるのかもしれません。

例えば、上記事例のような損失の先送りは、本質的には無意味であることは間違いありません。

そして、本質的に意味がないことは、大きな流れ・時間の中では解消されてきたのが常ではないでしょうか。

筆者は、事業法人についてはCFの流れを分析・評価上は重視します。金融機関についてはB/Sを重視しています。いずれにしろP/Lは参考にするだけです。

銀行は長らく「貸出金が基本的に簿価評価(≠時価評価)されること」を前提に業務を行ってきました。債務者区分等の査定により、貸出債権を疑似的に時価評価するようになったのは、銀行の長い歴史の中では最近といえます。

貸出金が簿価評価であり、債券投資でも基本的には簿価評価を前提としたような会計ルールであれば、当然にP/Lを重視とした評価・経営を行うことになります。

しかし、IFRS(国債会計基準)の概念等、世の中の流れはB/S重視、時価評価重視になってきました。

暴論ですが、日本の銀行に適用される会計ルールについても、考え方を整理する時期が来ているのかもしれません。

地銀は何とか私募投信への傾斜を減らした方が良いのではないでしょうか。

銀行の本業とは何か、目指すべきビジネスモデルとは何か、強みは何か、について考えるしかありません。

私募投信への投資集中は、マーケット等のリスクを地銀が抱え込むことになります。これは、目指すべき地銀の姿とは言えないのではないでしょうか。