銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

スルガ銀行は「不正・不適切融資事例の教科書」~第三者委員会報告より~

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スルガ銀行が調査を依頼していた第三者委員会が調査結果を報告しました。

この第三者委員会は2018年1月に株式会社スマートデイズがシェアハウスオーナーに対する賃料支払を中止したことに端を発するシェアハウス関連融資問題の発生を受け、ステークホルダーに対する説明責任を果たすことが不可欠として、スルガ銀行が、同行から完全に独立した中立・公正な専門家のみで構成される「第三者委員会」を設置して、事案の徹底調査と原因の究明をしてきたものです。

この第三者委員会の報告書は非常に興味深く、銀行関係者にもそれ以外の方にも示唆に富んだものと言えます。

今回は、この報告書のうち、スルガ銀行の不正事象がどのようなものだったのかについて確認していきましょう。

 

報告内容 

今回の記事では、スルガ銀行でどのような偽装行為や不正行為等が行われていたのかに注目します。

以下、報告書の概要版から抜粋し、スルガ銀行の融資における問題事象を見ていくものとしましょう。

 

個別の不正行為等-①直接的な偽装行為

<債務者関係資料の偽装>

  • スルガ銀行では、シェアハウスローンを含む収益不動産ローンにおいて、10%の自己資金を投資家に要求する運用となっていたため、10%の自己資金を用意できない投資家や当該投資家に不動産を販売したい業者が、10%の自己資金があるように偽装する工作が行われた。また、不動産購入後も一定程度の財務力を有していることが審査に当たって重要視されることを踏まえて、不動産購入後も相応の金融資産を有しているように見せるための自己資金の偽装も同時に行われた。
  • 収入関係資料を偽装して返済原資を多く見せ、本来の限度額を超えた融資を可能とするための偽装も行われていた。
  • 上記以外の債務者関係資料に関する偽装として、団体信用生命保険の加入申込みにおける診断書の偽装等が認められた。

<物件関係資料の偽装>

  • 返済原資となる賃料収入を多く見せて融資限度額や担保評価額をつり上げるため、 中古マンション等について、レントロールやサブリース契約を偽装する行為が行われていた。また新築の収益不動産についても、同様の理由で、現実的な家賃設定額の見込みを超えた家賃を設定することが行われた。
  • レントロールは物件から得られる収入のみであるが、これ以外に、稟議申請に当たって必要となる物件購入後の事業計画についても偽装が行われた。
  • レントロールの偽装工作を確実にするために、虚偽の賃貸借契約を作成する行為や、ウェブ上に掲載されている空室についての賃借人募集の情報を、業者に命じて取り下げさせる行為も発見された。
  • 行員の中には、行内の物件の調査者が現地に向かう前に、業者に対して調査者が現地に向かうタイミングを教えることも行われた。これにより、調査が行われる物件について、業者が(空室が少なく見えるように)カーテンを引くこと等の偽装工作を行うことが可能となっていた。
  • このほか、物件関係資料に関する偽装として、建物の検査済証や確認済証の偽装が疑われる案件も認められた。

<売買関連資料の偽装>

  • スルガ銀行では、事実上、売買価格の90%が融資限度額とされていたため、このルールを潜脱するために、スルガ銀行に提示される売買価格の約90%が実際の売買価格となるようにして、虚偽の価格を記載した売買契約書が提出されていた。同じようなやり方として、売買契約を高い価格で締結しておいて、後に減額の覚書を作成するというやり方も存在する。
  • 自己資金がない者について、通帳の代わりに、手付金等の領収証を偽装することも行われていた。

<書類の偽装の蔓延>

  • 当委員会が行ったフォレンジック調査(PC等に残る記録を収集・解析する調査)及びインタビューにより、多くの行員が偽装に関与していることが認められた。
  • フォレンジック調査の結果として検出された偽装が疑われる件数(資料の数)は、2014 年以降で 795 件であった。
  • 当委員会によるアンケートとは別にスルガ銀行が行ったアンケートでも、多くの行員が偽装行為について、自ら偽装したか、偽装を黙認したか、又は偽装の疑いを持ちながら融資を実行したと回答した。
  • 取扱案件が多かった業者とのやり取りに着目して行ったフォレンジック調査においても、当委員会が調査した限りで偽装が疑われるやり取りが含まれる電子メールが数多く検出された。
  • 以上から、正確な偽装行為の件数を数えるのは不可能であるものの、書類の偽装が収益不動産ローンの全般に蔓延していた事実が認められる。

<行員の偽装への関与>

  • 当委員会が行ったフォレンジック調査、当委員会による行員アンケート、スルガ銀行のコンプライアンス部によるヒアリング及び当委員会によるインタビューにおいて、パーソナル・バンクにおいては、偽装を黙認した融資業務を行うことに多くの営業職員が関与し、かつ、一部では営業職員自らが偽装に積極的に関与していたものと認められる。
  • 所属長(支店長)レベルでも、一部の偽装行為については、そもそも所属長が直接関与していたことが認められる。また、それ以外の者も、偽装を事実上黙認していたか、又は偽装の存在を知りながらも自らが現認せずに済むようにしていた(見たくないものを見ないようにしていた)かのいずれかであったと認められる。
  • パーソナル・バンク所属の執行役員においても、1 名については偽装行為に直接関与していた事実が認められた。またそれ以外の執行役員についても、比較的最近(5 年以内)、所属長のポストを経験しており、上記の所属長と同様、偽装を事実上黙認していたか、又は偽装の存在を知りながらも自らが現認せずに済むようにしていたかのいずれかであったと認められる。

 

個別の不正行為等-②偽装以外の不正行為等

<抱合せ販売>

  • スルガ銀行においては、営業本部から各支店に対して、(シェアハウスローンに限らず)収益不動産ローン(有担保)全体について、無担保ローンの抱き合わせ販売が強く奨励されていた。
  • 横浜東口支店では、有担保ローンと無担保ローンのセット販売率が他の支店と比べても高かったが、これを実現するため、スマートライフに対して、無担保ローンをセットにした上でシェアハウス案件を進めるように要請していた。
  • 上記以外に定期預金や保険の契約についても、個別事情を勘案することなく機械的に抱き合わせ販売が行われていた。
  • 横浜東口支店は、特にシェアハウスローンについて、金銭消費貸借契約上の根拠がないにもかかわらず、スマートライフに命じて繰上返済を防止することの協力を求めていたことが認められた。
  • スルガ銀行の営業店においては、物元業者と客付業者をマッチングさせることによって、多くの融資案件を実現させていたが、一部の行員は、業者同士のマッチングを超えて、不動産業者に対して個別に不動産を紹介する行為も行っていた。
  • 営業本部の各支店では、審査部によって取引停止処分となった業者(チャネル)について、「ハコ」と呼ばれる別の法人を介して関係を継続する行為が公然と行われていた。


個別の不正行為等-③不正行為等の温床を醸成する行為

  • スルガ銀行では、行員が業者に銀行の審査条件(どのような案件であれば審査が通る か)を暴露する行為が行われていた。
  • シェアハウスローンに限らず収益不動産ローン全般において、行員がやり取りをするのは専ら業者であり、行員が債務者と面談するのは金銭消費貸借契約の締結時のみであるのが常態化していた。そのため、ローンの内容の説明や書類の受領は、全て業者を通じて行われた。
  • スルガ銀行では、特に遠方にいる債務者の場合、スルガ銀行の行員が債務者の居住地の近くまで赴いて、ファミリーレストラン等で金銭消費貸借契約の手続を行う、「出張金消」と呼ばれる運用が頻繁に行われていた。出張金消に当たっては、融資の案件をアレンジしているチャネル(業者)が行員に対して交通費を支払う取扱いが定着していた。
  • 当委員会が行った行員アンケートで、キックバックの受領を自ら認める行員は存在しなかったが、金銭を受領している疑いがある行員(退職者を含む。)については複数の回答が寄せられた。しかし、当委員会として、それらの行員(とりわけ退職者)から預金通帳の提出等を求める権限まではないこともあり、それらの者が実際に業者からの金銭を受領していることの確証までは取得することができなかった。 

以上がスルガ銀行における偽装等の事象です。

 

所見

以上見てきた事例はいかがでしたでしょうか。

どの事例も「ひどい」「くだらない」等と感じる方が多いかもしれません。

しかし、筆者はこの事象を非常によく理解できます。

もし自分が営業の目標・ノルマで追い込まれているのであれば、考えるだろう事例ばかりだからです。もう少し正確に言えば、ほとんどの事象を考えたことがある、というのが正解かもしれません。

  • お金を貸したいから、お客様の自己資金額をかさ上げして審査に説明する
  • 審査を説得するために、融資の対象となる収益不動産が良い資産であるように見せる(例えば、家賃が非常に高い物件であること)
  • お金を貸すために、都合の悪い事象を隠す(例えば、空室が多いことを隠すためにカーテンをつけておく等)
  • 自分の成績を上げるために、抱き合わせで商品を購入するようにお客様に強制する
  • お金を借りてくれる都合の良い取引先が取引禁止になったら、付き合いを続けるために違う方策を考える(今回の場合は新たな法人を設立)
  • 収益用不動産貸出を行う際に、業者に説明・事務含めたセットアップをしてもらう(「素人」の個人では説明が面倒くさい)

以上のようなことを少しでも考えたことがある銀行員は少なくないのではないでしょうか。銀行の営業現場はどこでも目標・ノルマ達成へのプレッシャーはすさまじいものがあります。

楽に、効率的に、収益を計上するのであれば、スルガ銀行の事例のように偽装等をするのが良いのかもしれません。

しかし、大多数の銀行員はスルガ銀行の事例のような不正行為等を行いませんでした。

この違いは何でしょうか。

筆者は、単純に「運」でしかないようにも感じています。属する会社、部署、置かれた環境等によるのではないでしょうか。

直属の上司、審査部の担当、収益目標のいずれが強烈なプレッシャーとなった場合に、スルガ銀行の事象のようなものに手を染めないと確信を持てる銀行員はどのぐらいいるでしょうか。特に若手のころの筆者を思い返すと、不正を起こさないと言い切れる自信はありません。銀行員も「ただの人」です。

一方で、スルガ銀行に企業風土や仕組みの問題があったことも否定はできません。

「堅い」と言われている銀行は、やはり行内で組織同士の牽制が働いています。そして、頭取は基本的にサラリーマン上がりです。スルガ銀行のように創業家が残っている銀行はほとんど存在しません。

スルガ銀行のような事象が起これば、基本的には行内のリスクチェック部署が気付き、実施した本人には処罰が下されます。従業員は当然に自分を守ろうとしますから、メリットよりもデメリットが大きければ、基本的に不正には手を染めないでしょう。

今回のスルガ銀行の事例は、不正・不適切融資の「生きた事例」です。そして、似たような事象は、銀行のみならず様々な業種で発覚しています(東芝の不適切会計、神戸製鋼のデータ改ざん等)。

第三者委員会の公表資料は非常に細かく、多岐にわたった調査です。銀行関係者のみならず、一般企業の総務部・人事部・監査部・コンプライアンス関係部署等にとっては非常に参考になるのではないでしょうか。