銀行員のための教科書

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IFRS改定で消えるのはリースのみならず「不動産賃貸業」の可能性も

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国際会計基準(IFRS)のリースにかかる会計基準の変更が2019年から予定されています。

現時点では、このリースにかかる基準変更の影響は限定的でしょう。

しかし、日本の会計基準は国際会計基準に足並みをそろえてきました(コンバージェンス)。

この基準変更が日本にも導入された場合には、リース業界が大きな影響を受けるとされていますが、筆者は不動産業界にも重大な影響を与える可能性があると認識しています。

今回は、このIFRSのリース会計基準の変更について考察しましょう。

 

報道内容

日経新聞が以下のように報道しています。全体の概要をつかめると思いますので引用いたします。

リースが消える? 国際会計基準、借りても「資産」に
2018/06/30 日経新聞

 英和辞典を見ると、リースの意味は「賃貸借」とある。工場で使う機械から事務所のコピー機まで、多くの企業は「リース」を利用している。しかし国際会計基準は2019年から、リースの機械もすべて資産とみなす。買っても借りても同じルールが日本にも適用されれば、リース本来のメリットはなくなる。手元資金の乏しい中小企業の投資意欲に水を差すと懸念する声が出ている。
 三菱UFJリースの柳井隆博社長が5月に開いたリース事業協会の会長就任記者会見は、強い危機感のにじむ発言が目立った。「リースの手軽さが薄れ、設備投資を大きく落ち込ませる恐れがある」。念頭にあるのが、リースを巡る会計変更の議論だ。
 機械などを自社で購入せず、リース会社から借りるリース取引の利点の一つは会計処理が簡単なことだ。複数あるリース取引のうち、残価を設定して借りる期間を区切る「オペレーティングリース」であれば、代金を経費として処理できる。自動車やコピー機などの多くはオペリースだ。
 ところが国際会計基準では19年から、すべてのリースが企業の資産とみなされる。オペリースも例外ではなくなる。資産であれば減価償却が必要で、元本と利息は分けて計算する。経費処理に比べると煩雑だ。
 日本で対応が必要になるのは国際会計基準を採用している200社ほど。しかし、企業会計は透明性を高めるため、世界的に基準の足並みをそろえてきた。「国際基準との整合性を図ることが、日本金融市場の信頼につながる」。6月初旬、日本の会計基準をつくる企業会計基準委員会の部会で、識者らは国際会計基準への準拠の重要性を強調した。
 リースは00年代、米国で不適切な会計処理が問題となった。適切な会計監査を求める声は世界的に強い。監査法人は日本が取り残されることを懸念しており、「リース会計の整備は最大の課題」(関係者)だ。

(以下略)

これはかなり大きなニュースです。

ただし、IFRSの新リース会計基準が公表されているのはかなり前なので、なぜ今のタイミングで記事としたかは不明です。

銀行業界においては、グループのリース会社を各行とも保有していることが多いでしょう。

このグループのリース会社は、OBの出向先としても重要です。

また、銀行業界としては、リース会社に多額の融資を行っています。

リース会社が苦境に陥ることは銀行経営にとっても非常にリスクなのです。

しかし、今回の記事ではリースに焦点を当てるのではなく、不動産に焦点を当てていきます。

 

IFRSにおける新リース会計基準

新リース会計基準では、短期もしくは少額資産のリースを除き借り手は全てのリース取引をオンバランスさせることになります。貸し手については大きな変更はありません。

新基準のリースには、一般的に言われるリース取引はもちろんのこと、オフィス機器や不動産の賃借契約も含まれます。

この影響は大きく、オフィスを賃借している企業は、賃借しているオフィスを使用権資産として、賃借料をリース負債として、資産もしくは負債勘定に計上する必要がでてきます。毎年度の決算では使用権資産については減価償却費を、リース負債については支払利息を計上し、取り崩しをはかっていくことになります。

ポイントとなるのは、貸借対照表(B/S)が膨らむこと、損益計算(P/L)では賃借料の一部が支払利息として営業外費用の扱いとなることから、いわゆる営業利益が改善する点です。

 

 

企業への影響

まず、IFRSを適用している企業にとっては、新リース会計基準の導入により、これまでは当然にオフバランスだった賃借オフィス等の不動産が使用権資産とリース負債という形でオンバランスされることになり、自己資本比率、ROA等の指標が悪化します。

また、リース会計基準では、いままで支払賃料として処理していた単純な費用支払が、使用権資産計上および減価償却、リース負債計上およびリース料支払・支払利息計上等、複雑な会計処理が求められることになるため、不動産を賃借するインセンティブが薄れることになります。

加えて、使用権資産については減損会計も適用されることになり、赤字企業にとっては突然巨額の減損損失を迫られることになりかねません。

以上のことから、企業によっては不動産を「持たざる経営」から「保有する経営」へ切り替えるところも出てくる可能性があります。 

 

 

新リース会計基準導入の影響が想定される範囲

上述の通り、資金力、財務体力のある企業は不動産の賃借から保有に切り替える可能性があります。これに伴い、IFRS適用会社をテナントに持つビルでは、テナントの退去が起こる可能性もあります。

今回の新リース会計基準は、あくまでIFRSでの導入です。ただし、会計基準のコンバージェンスの流れの中では、日本基準についても同様のリース会計基準が導入される可能性は否定できません。

この場合には、例えば、業績拡大中でオフィスの拡大が必要な企業、賃借で多店舗展開を行う小売業・飲食業は軒並み財務指標が悪化します。

賃借で拠点を展開していることが比較的多い卸売業、運送業も同様です。

企業を対象とした不動産賃貸企業、J-REIT、私募REIT・ファンド等は企業のオフバランスニーズを捉えて規模を拡大してきましたが、賃借人に賃借メリットがなくなるのであればスポンサーからの物件供給が途切れる、もしくはテナントが退去する等の影響を受ける可能性があります。

また、不動産についてはリース会計基準など関係のない個人が賃借する住宅物件や上場企業が賃借などしない小型の物件が優位とされることになる可能性もあります。

いずれにしろ、IFRSでの新リース会計基準導入だけでは影響は少ないですが、日本基準で同様の会計基準が導入されたときの影響は甚大なものになります。

企業も(融資を行う)銀行も、J-REIT 等の投資家も、もちそん現物不動産の投資家も、今後の動向については留意が必要です。